学位論文要旨



No 117484
著者(漢字) 高山,智子
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,トモコ
標題(和) 医師のコミュニケーション行動およびスタイルと診療環境が患者の診療場面への参加に及ぼす影響 : 乳癌外来患者を対象として
標題(洋) Effects of Physician's Communication Behaviors, Style and Consultation Characteristics on Patient Participation and Effective Communication : A study on breast cancer outpatients' setting
報告番号 117484
報告番号 甲17484
学位授与日 2002.04.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2022号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 助教授 青木,幸昌
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】診療場面における効果的なコミュニケーションは、医師、患者の双方にとって大切である。それは、患者の心身の良好な健康状態や診療への満足感だけでなく、医師の正確な診断や治療の助けや仕事の満足感にもつながるからである。診療場面における効果的なコミュニケーションを行うためには、医師、患者の相互の参加(mutual participation)が必要である。特に、これまで不十分であり、今日改善の焦点となっているのは、患者自らが診療場面に積極的に参加し、医師と効果的に情報交換を行うことである。患者の参加にとって重要な要因には、医師、患者、環境の要因があげられる。診療場面でのコミュニケーションは、時間的にも空間的にも限られた会話の場面で行われ、医師・患者間の相互作用を理解するためには、医師、患者だけでなく診療環境も含めたより広い枠組みの中で、医師・患者間の情報交換や患者の診療場面への参加に及ぼす影響を把握していく必要がある。

 さらに、コミュニケーションの行動は、相手の行動や周囲の状況そのものだけでなく、当事者が相手や周囲の状況をどのように認知しているかによっても規定される。患者の参加に関してもまた、参加の行動以外に参加しているという感覚が重要である。したがって、診療場面の医師・患者間のコミュニケーションを理解するためには、診療環境を含めた枠組みの中で、さらに行動および認知・感覚の両側面から、医師・患者間の情報交換や患者の診療場面への参加に及ぼす影響を検討していくことが望ましい。しかしながら、診療環境や認知的側面について、それぞれに検討したものはわずかに見られるものの、両者を含めた検討は、行われていない。

 そこで、本研究では、まず、外来の癌診療場面を描写し、それぞれのコミュニケーション測定尺度の信頼性と妥当性の検討を行うために、観察されたコミュニケーション行動と対象者本人から報告されたコミュニケーションの認知との関連を検討した上で、医師のコミュニケーション行動およびスタイルと診療環境が診療場面における患者の参加の行動と参加の感覚に及ぼす影響について検討を行った。

【方法】2つの医療機関の医師5名のもとに来院した、初診を除く外来乳癌患者133名に調査の主旨を説明し、同意がとれた患者に対して、調査票、オーディオテープ録音の調査を実施した。分析は、調査票、録音テープの両方のデータが得られた86診療に対して行った。医師・患者のコミュニケーション行動(言語的側面)は、RIAS(Roter Interaction Analysis System)を用いて、オーディオテープから分類を行った。診療場面における患者の参加の行動は、「患者の言語的な参加(「医学関連の情報提供」、「心理社会的な情報提供」、「質問」)」の発話頻度により捉え、「医師の言語的なコミュニケーション行動」は、「傾聴的受け答え」「情報提供」「質問」から把握した。「患者の参加の感覚(「話ができたという感覚」、「理解されたという感覚」)」および「医師のコミュニケーションスタイル」の患者による認知は、調査票から把握した。診療環境は、「診療時間」および「診療場面への忙しさ」の患者による認知により測定を行った。制御変数として、医師:医師別、患者:年齢、疾患の状態、身体的状態、心理的状態、診療環境:検査結果の提示、診療時間、および共変量として、患者が診療前に医師と話そうとする程度(willingness to discuss)を用いた。まず、医師のコミュニケーション行動と患者による「医師のコミュニケーションスタイル」の認知および「患者の言語的な参加」と「患者の参加の感覚」との関連を検討した。次に、予備分析でモデルへの投入変数を定め、「医師の言語的なコミュニケーション行動(「傾聴的受け答え」、「情報提供」、「質問」)」と「患者の参加」との関連の検討を行った後、「医師のコミュニケーションスタイル」の患者による認知と「診療場面の忙しさ」の患者による認知の影響の仕方について共分散分析を用いた分散分析を用いて検討を行った。分析の枠組みと用いた変数を図1に示した。

【結果】1日の外来診療における医師一人あたりの患者数は、18-123名/日、1時間あたりの患者数は5.5-18.5名/hrであった。まず、観察されたコミュニケーション行動と対象者本人から報告されたコミュニケーション認知との関連の検討結果は以下の通りである。1)観察されたコミュニケーション行動と対象者本人から報告されたコミュニケーションの認知との間に関連性が認められた。医師の"open-endの質問"や"意見や質問を促す言葉かけ"行動が多いほど、また、医師の「傾聴的受け答え」行動が少ない場合に、「医師のコミュニケーションスタイル」は、協働的であると患者に認知されていた。一方、「患者の参加の感覚」のうち、患者の「話ができたという感覚」は、「患者の言語的な参加」のいずれの項目とも単相関のみで正の関連がみられた(r=0.19-0.35)。2)患者の認知による「医師のコミュニケーションスタイル」は、医師の言語的なコミュニケーション行動に関する項目群によって分散の約20%が説明され、「患者の参加の感覚」は、「患者の言語的な参加」によって分散の約10%が説明された。

 次に、医師のコミュニケーション行動およびスタイルと診療環境が診療場面における患者の参加の行動と感覚に及ぼす影響について検討した結果は以下の通りである。3)診療時間が短い場合に患者の「心理社会的な情報提供(p<0.05)」と「質問(p<0.0001)」が少なくなっていた。4)「医師のコミュニケーションスタイル」が協働的と患者に認知されているほど、患者の「心理社会的な情報提供」は多くなり、「理解されたという感覚」は高くなるという主効果が認められた。さらに、「医師のコミュニケーションスタイル」が患者により協働的と認知されている場合には、医師の「傾聴的受け答え」行動は、「患者の参加の感覚」を有意に高め、また、医師の「質問」は、「患者の言語的な参加」および「参加の感覚」を高めるという傾向がある一方、「患者の言語的な参加」である「質問」を有意に少なくする傾向が認められた。5)「診療場面の忙しさ」の患者による認知は、「患者の言語的な参加」とは関連がみられなかったが、「診療場面の忙しさ」が患者により認知されている場合には、「患者の参加の感覚」は高められるという主効果が認められた。次に、「患者の参加」に対する「医師の言語的なコミュニケーション行動」と「診療場面の忙しさ」の交互作用の検討では、診療場面が忙しくないと患者が認知している場合には、医師の「傾聴的受け答え」行動や「質問」により、「患者の言語的な参加」が促進されるという関連が認められたが、逆に、「患者の参加の感覚」は、高められるという傾向が認められた。

【考察】今回調査を実施した医療機関における癌外来診療は、欧米と比べて時間あたりの患者数が多く、患者一人あたりの時間が短いという外来診療の現状が示された。また、「医師のコミュニケーションスタイル」は、医師の"open-endの質問"や"意見や質問を促す言葉かけ"行動が多い場合に、患者により協働的であると評価されていた。患者に話す機会を提供するような医師のコミュニケーションスタイルとコミュニケーション行動の重要性が示唆された。ただし、医師の「傾聴的受け答え」行動については、それが少ない場合に「医師のコミュニケーションスタイル」は協働的と評価される傾向にあった。この予測とは異なる結果については、「医師の言語的なコミュニケーション行動」の指標では捉えられなかった医師の非言語的な態度による影響、RIASによるコーディング上の限界、「傾聴的受け答え」の定義上の不一致などの理申が考えられた。「医師のコミュニケーションスタイル」の患者による認知および「患者の参加の感覚」は、発話頻度から測定された言語的側面によって、10〜20%程度説明された。このことから、診療場面のコミュニケーションについて、患者はある程度は、客観的事実に基づいて「医師のコミュニケーションスタイル」や「患者の参加」を判断していることが示唆された。しかし、言語的なコミュニケーション行動によって説明されていない分散はより大きく、「医師のコミュニケーションスタイル」および「患者の参加の感覚」が今回捉えきれなかった、医師の非言語的な態度や患者の特性、それまでの医師との関係性等によって、影響を受けている可能性も示唆された。つまり、コミュニケーションの認知は、コミュニケーションの行動とは異なる側面の"コミュニケーション"を測定していることが示唆される。したがって、コミュニケーション行動からの独立性も大きく、医師・患者間のコミュニケーションを研究する際に両方を組み込んだ検討が必要であることが示唆された。

 患者の心理社会的な情報提供や質問は、診療時間が短い場合に抑制されやすく、時間の限られた診療場面では、医師よりも患者の発言が制限されやすいことが示された。「医師のコミュニケーションスタイル」における協働性は、概して「患者の言語的な参加」および「参加の感覚」を促進しており、医師の言語的な側面以外に、患者が医師の態度をどう受け止めているかに関わっている医師の非言語的な側面もまた重要であることを示唆した。また、患者が診療場面の忙しさを感じている場合には、「患者の言語的な参加」が抑制される一方で、「患者の参加の感覚」が高められるという矛盾する結果が得られた。この結果については、今後さらなる検討が必要であるが、診療環境に原因を帰属させることによって、医師・患者間の相互作用の評価がより肯定的に認識されるという機序が作用している可能性がある。今後、医師・患者間のコミュニケーションの評価を行う際には、患者の主観的および客観的な指標を使うことは複雑なコミュニケーションの過程を把握・理解する上で極めて有用であると考えられた。

図1.分析の枠組みと用いた変数

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は診療場面における効果的なコミュニケーションについて、患者の参加にとって重要な医師、患者、環境の要因から医師・患者間の情報交換や患者の診療場面への参加に及ぼす影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.初診を除く外来乳癌患者133名に調査票、オーディオテープ録音の調査を実施し、調査票、録音テープの両方のデータが得られた86診療に対して分析を行った。医師・患者のコミュニケーション行動(言語的側面)は、RIAS(Roter Interaction Analysis System)を用いて、オーディオテープから分類を行い、「患者の参加の感覚(「話ができたという感覚」、「理解されたという感覚」)」および「医師のコミュニケーションスタイル」の患者による認知については、調査票から把握した。

 観察されたコミュニケーション行動と対象者本人から報告されたコミュニケーションの認知との間に関連性が認められた。医師の"open-endの質問"や"意見や質問を促す言葉かけ"行動が多いほど、また、医師の「傾聴的受け答え」行動が少ない場合に、「医師のコミュニケーションスタイル」は、協働的であると患者に認知されていた。一方、「患者の参加の感覚」のうち、患者の「話ができたという感覚」は、「患者の言語的な参加」のいずれの項目とも単相関のみで正の関連が示された。この結果から、患者に話す機会を提供するような医師のコミュニケーションスタイルとコミュニケーション行動の重要性が示唆された。

2.患者の認知による「医師のコミュニケーションスタイル」は、医師の言語的なコミュニケーション行動に関する項目群によって分散の約20%が説明され、「患者の参加の感覚」は、「患者の言語的な参加」によって分散の約10%が説明された。このことから、診療場面のコミュニケーションについて、患者はある程度は、客観的事実に基づいて「医師のコミュニケーションスタイル」や「患者の参加」を判断していることが示唆された。しかし、言語的なコミュニケーション行動によって説明されていない分散はより大きく、「医師のコミュニケーションスタイル」および「患者の参加の感覚」が今回捉えきれなかった、医師の非言語的な態度や患者の特性、それまでの医師との関係性等によって、影響を受けている可能性も示唆された。

3.診療時間が短い場合に患者の「心理社会的な情報提供(p<0.05)」と「質問(p<0.0001)」が少なくなっていた。患者の心理社会的な情報提供や質問は、診療時間が短い場合に抑制されやすく、時間の限られた診療場面では、医師よりも患者の発言が制限されやすいことが示された。

4.「医師のコミュニケーションスタイル」が協働的と患者に認知されているほど、患者の「心理社会的な情報提供」は多くなり、「理解されたという感覚」は高くなるという主効果が認められた。さらに、「医師のコミュニケーションスタイル」が患者により協働的と認知されている場合には、医師の「傾聴的受け答え」行動は、「患者の参加の感覚」を有意に高め、また、医師の「質問」は、「患者の言語的な参加」および「参加の感覚」を高めるという傾向がある一方、「患者の言語的な参加」である「質問」を有意に少なくする傾向が認められた。「医師のコミュニケーションスタイル」における協働性は、概して「患者の言語的な参加」および「参加の感覚」を促進しており、医師の言語的な側面以外に、患者が医師の態度をどう受け止めているかに関わっている医師の非言語的な側面もまた重要であることが示唆された。

5.「診療場面の忙しさ」の患者による認知は、「患者の言語的な参加」とは関連がみられなかったが、「診療場面の忙しさ」が患者により認知されている場合には、「患者の参加の感覚」は高められるという主効果が認められた。次に、「患者の参加」に対する「医師の言語的なコミュニケーション行動」と「診療場面の忙しさ」の交互作用の検討では、診療場面が忙しくないと患者が認知している場合には、医師の「傾聴的受け答え」行動や「質問」により、「患者の言語的な参加」が促進されるという関連が認められたが、逆に、「患者の参加の感覚」は、高められるという傾向が認められた。患者が診療場面の忙しさを感じている場合には、「患者の言語的な参加」が抑制される一方で、「患者の参加の感覚」が高められるという矛盾する結果が得られた。診療環境に原因を帰属させることによって、医師・患者間の相互作用の評価がより肯定的に認識されるという機序が作用している可能性が示された。以上、本論文は医師、患者だけでなく診療環境も含めたより広い枠組みの中で、医師・患者間の情報交換や患者の診療場面への参加に及ぼす影響を明らかにした。本研究はこれまで検討がなされていなかった、診療場面における患者の参加に及ぼす機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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