No | 117485 | |
著者(漢字) | 福井,基裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フクイ,ツネヒロ | |
標題(和) | 1H-MRSを利用した分裂病患者の脳内代謝物の定量的評価と精神症状との相関について | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117485 | |
報告番号 | 甲17485 | |
学位授与日 | 2002.04.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2023号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生体物理医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 精神分裂病の病態についてはいまだ不明な点が多く、神経病理学的、生理・生化学的な手法で様々な研究がおこなわれている。本研究では16名の分裂病患者(男10名、女6名)と17名(男11名、女6名)の健常ボランティアに対して脳実質のMRIおよび1H-MRSを撮像した。そして、分裂病患者と健常者間で脳内代謝物の絶対濃度に対する比較をおこなうとともに、性別で分けた場合の群間比較および臨床的なパラメータ(発症年齢、罹病期間、薬物投与量)や精神症状評価尺度(陰性尺度、陽性尺度、総合精神病理評価尺度)との相関関係を調べた。1H-MRSの撮像部位は、前頭葉灰白質および左被殻部の2ヶ所でPRESS法による測定をおこなった。Spectrum dataから得られた脳内代謝物質であるN-acetylasparate、phosphocreatine、choline、myo-Insositol、glutamate-glutamine conplex(Glx)に関しては絶対濃度を算出して解析をおこなった。定量化のためには、あらかじめ濃度のわかっている、ヒト脳内の組成に近似した標準溶液の信号強度を測定しておき、脳内での信号強度と対比させるとともに、脳脊髄液、毛細血管容積、飽和因子およびコイルによる補正をおこなって求めた。脳内代謝物の絶対濃度における群間比較においては、左被殻部の測定において健常者よりも分裂病患者の方が高い傾向がみられたが、統計学的な有意差は認められなかった。また、性別で分けた群間比較でも統計学的に有意差は認められなかった。Spearmanを用いた相関分析では、前頭葉灰白質においてNAA、Cho濃度と総合精神病理評価尺度の間に負の相関がみられた。これは、岡部におけるニューロンの減少またはviabilityの低下と細胞膜の生合成過程の異常が患者の精神症状に影響を与えている可能性を示唆していう。左被殻部においては、脳内代謝物と相関関係を示すパラメータは認められなかった。男性のみの解析では、左被殻部でのNAAの絶対濃度と罹病期間の間に負の相関関係がみられたが、前頭葉灰白質の代謝物とは相関関係を示す臨床的なパラメータはみられなかった。これは、左被殻部におけるニューロンの減少またはviabilityの低下が、男性分裂病患者の罹病期間に影響を与えている可能性を示唆している。女性のみの解析では、灰白質でのGlxの絶対濃度と総合精神病理評価尺度が負の相関関係を示している。これは、同部におけるGlu-Gln系の異常が女性の分裂病患者において精神症状に影響を与えている可能性を示唆している。また、左被殻部においてはCrの絶対濃度と陽性症状評価尺度が正の相関関係を示している。これは、同部におけるエネルギー代謝の亢進が患者の陽性症状に影響を与えている可能性を示唆している。 さらに、本研究では、健常者および分裂病患者をそれぞれ性別で分けて、男女間での脳内代謝物の絶対濃度に有意差がないかどうかも検討してみた。全体として男性に比して女性の方が代謝物の絶対濃度の平均値が低い傾向がみられた。健常者においては左被殻におけるChoの絶対濃度が男女間で統計学的な有意差があったのに対して、分裂病患者では男女間での有意差がなかった。また、分裂病患者においては、灰白質でのCr、Choおよび被殻でのNAA、Cr、myo-Ins、Glxの絶対濃度について統計学的な有意差が認められたのに対して、健常者の男女では統計学的に有意差が認められなかった。これは、分裂病患者においては性別による代謝物の生合成過程の違いが強いことを示唆しているのかもしれない。 以上の所見は、分裂病患者の病態を神経生化学的に理解する一助になると考えられる。 | |
審査要旨 | 精神分裂病(以下、分裂病)の根本的な原因はいまだに不明であり、現在のところ精神状態の把握と詳細な記述により分類・評価しているが、より客観的な指標となりえる神経生化学的な検査方法とそれに基づいた診断および分類基準の確立が望まれている。分裂病患者において提唱されている神経生化学的な仮説としては「興奮性アミノ酸仮説」があり、脳内代謝物としてのGlu-Gln系の異常が疑われている。本研究においては、この仮説を検証するために、proton magnetic resonance spectroscopy(1H-MRS)を利用して分裂病患者における脳内代謝物の測定を行った。 まず、脳内代謝物の絶対濃度を算出して、健常者および分裂病患者の間で統計学的な有意差がないかどうかを検討した。さらに、分裂病患者においては精神症状評価尺度(陽性症状評価尺度、陰性症状評価尺度、総合精神病理評価尺度)などの臨床的なパラメータと脳内代謝物濃度について相関がないかどうかも検討して、以下の結果を得た。 (1)前頭葉灰白質および左被殻部の測定において、健常者と分裂病患者における脳内代謝物の絶対濃度に関して、2群間に統計学的な有意差は認められなかった。 (2)前頭葉灰白質のNAAおよびChoの絶対濃度と総合精神病理評価尺度の間には負の相関がみられ、岡部におけるニューロンの減少、および細胞膜の生合成過程の異常が分裂病患者の精神症状に影響を与えている可能性が考えられた。 (3)被検者を男性および女性に分類して、男性および女性の分裂病患者と健常者について、脳内代謝物の絶対濃度の比較をおこなったが統計学的な有意差は認められなかった。 (4)男性の分裂病患者においては、左被殻部におけるNAAの絶対濃度と罹病期間との間で負の相関がみられ、岡部におけるニュー滋ンの減少が罹病期間に影響を与えている可能性が考えられた。 (5)女性の分裂病患者においては、前頭葉灰白質におけるGlx(Glu、Gln、GABA)の絶対濃度が総合精神病理評価尺度と負の相関を示し、同部におけるGlxの低下が精神症状に影響を与えている可能性が考えられ、「興奮性アミノ酸仮説」に基づいたGlu-Gln系の異常を示唆している可能性が考えられた。 さらに、女性の分裂病患者においては、左被殻部でのCrの絶対濃度が陽性症状評価尺度と正の相関を示し、同部におけるエネルギー代謝の亢進が陽性症状に影響を与えている可能性が考えられた。 (6)健常者および分裂病患者を性別で分けて、男女間における脳内代謝物濃度に統計学的な有意差がないかどうかを検討した。健常者においては、前頭葉灰白質でのGlxと左被殻部でのChoの絶対濃度が、男女間で統計学的な有意差が認められた。分裂病患者では、前頭葉灰白質でのCr、Cho、Glxおよび左被殻部でのNAA、Cr、myo-lns、Glxの絶対濃度が、男女間で統計学的な有意差が認められた。これは、分裂病患者においては健常者よりも多くの代謝物で、性別による生合成過程の違いが強くなっていることを意味している可能性が考えられた。 本研究においては、健常者での精神症状の評価をおこなっていないこと、分裂病患者での投与薬物の影響についての評価が不十分であるが、1H-MRSで測定した脳内代謝物について絶対濃度まで算出していることと、性別による病態の違いを考慮して男女別に分けた解析をおこなっている。分裂病患者と健常者の間では、脳内代謝物濃度について統計学的な有意差は認められなかったが、分裂病患者においては健常者よりも多くの代謝物で男女間による脳内代謝物濃度の違いが認められることを明らかにした。以上の所見は、分裂病患者における病態を神経生化学的に理解するのに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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