学位論文要旨



No 117494
著者(漢字) 狩野,宗英
著者(英字)
著者(カナ) カノウ,ムネヒデ
標題(和) サルエイズモデルによる組換えセンダイウイルスベクターワクチンの開発研究
標題(洋)
報告番号 117494
報告番号 甲17494
学位授与日 2002.05.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2024号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 教授 斉藤,泉
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 岩本,愛吉
内容要旨 要旨を表示する

 後天性免疫不全症候群(エイズ)を引き起こすヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-4)に対するワクチンの開発は、緊急かつ重要な課題である。近年の多くの研究により、HIV-1感染防御における細胞性免疫の重要性が指摘されている。有効なワクチン開発のため、どのようにして効率的な細胞性免疫の誘導を促すかに関心が集まっている。本研究では、組換えセンダイウイルス(SeV)ベクターのエイズワクチンヘの応用の可能性を検討することを目的として、サル免疫不全ウイルス(SIV)(3ag蛋白を発現するSeVベクター(SeV/SIVgag)を作製し、マカクサルモデルにおいて安全性と有効性の検討をおこなった。

 培養細胞実験

 (1)Gagp27モノクローナル抗体を用いたイムノブロッティングと免疫蛍光染色とによってSeV/SIVgag感染細胞における良好なGag蛋白の発現が確認された。

 (2)SeV/SIVgag感染細胞が、Gag特典杓Tリンパ球刺激能を有するかについて検討した。SIV感染アカゲザルのリンパ球とSeV/SIVgag感染autolgousBリンパ球(B-LCL)を共培養することにより、Gag特異的CD8陽性Tリンパ球におけるinterferonγの誘導が確認された。

 これらの培養細胞実験によって、SeV/SIVgagは抗原発現に優れ、Gag特異的Tリンパ球刺激能を有することが示された。

 動物(マカクサル)実験

 サルにおける解析として、4つの実験をおこなった。

 (1)安全性検討の実験では、SeV接種後の臓器分布を調べるために、6頭のカニクイサルに対して10HCIU(cell infections unint)のSeV/SIVgagを1回経鼻接種し、接種後第4、7、13日に各2頭ずつ安楽殺解剖をおこなった。SeV接種後、サルに特に異常所見は観察されなかった。鼻粘膜細胞サンフルにおけるSeVNmRNAおよびgagRNAの定量的解析から、鼻腔におけるSeVの発現が示された(図1)。また後咽頭リンパ節と顎下リンパ節にもgagRNAの発現が認められた。しかし、他の組織からは、SeVの発現は認められなかった。RNAの定量解析から、SeVの複製は、鼻腔とその近傍リンパ節に限局し、1週間以内をピークとすると考えられた。

 (2)SeV接種後早期の免疫応答を調べるために5頭のアカゲザルに組換えSeVを1回経鼻接種した(SeV/control、2頭、SeV/SIVgag、3頭)。SeV接種後、サルに特に異常所見は観察されなかった。血漿中抗体価測定では、すべての動物において抗SeV抗体が第2週から検出可能となったが、抗Gag抗体はSeV/SIVgag接種群3頭を含めて検出レベル以下であった。抗原特異的Tリンパ球レベルの解析では、すべての動物において接種後第1週から高レベルのSeV特異的CD4陽性Tリンパ球とSeV特異的CD8陽性Tリンパ球が検出された(図2a)。SeV/SIVgag接種群3頭においてGag特異的CD8陽性Tリンパ球の誘導も第3週から検出された(図2b)。以上の結果から、SeV/SIVgag感染は、SeV特異的Tリンパ球の迅速な誘導によりコントロールされている可能惟が示唆された。SeV特異的Tリンパ球誘導が非常に強いにも関わらず免疫に必要なレベルのGag特異的Tリンパ球も同時に誘導されることが明らかとなった。SeV/SIVgagワクチン接種による感染防御効果を検討するために、SIV/HIVキメラウイルス(SHIV)またはSIVによる攻撃感染実験をおこなった。

 (3)上記(2)の5頭のアカゲザルに対して、SeV接相接第14週にSHIVV89.6PD(10TCID50)経静脈接種をおこなった(図3)。対照群2頭と比較して、SeV/SIVgag接種群3頭のうち2頭では、sel-point期における血漿中SHIVRNA量の低下と、エイズ発症阻止が観察された。

 (4)4頭のカニクイサルに対してSIVmac239攻撃感染実験をおこなった(図4)。SeV/SIVgag接種群2頭と対照群2頭(SeV/control接種1頭、SeV未接種1頭)との2群に分け、SeV未接種以外の3頭に対して1x10xClUの組換えSeVを3回(第0、4、14週)経鼻接種した。免疫開始後第21週までの経過観察では、SeV接種を受けた3頭とも身体所見および末梢血所見に異常は観察されなかった。免疫開始後第22週にSIVmac239経静脈接種(100TCID50)を行った。対照群2頭と比較して、SeV/SIVgag接種群2頭では、set-point期における血漿中SIVRNA量の低下が、また、そのうち1頭についてはエイズ発症阻止が観察された。ただし、SeV/SIVgag接種群の1頭については第30週以降SIV量の増加が認められた。

 以上のごとく、本研究では、組換えSeVワクチンの有効性および安全性について、マカクサルエイズモデルにて検討した。Gag発現SeV経鼻接衝麦異常所見が認められなかったこと、ベクター発現が鼻腔近傍に限局されたこと、複製が迅速にコントロールされたこと、および迅速なSeV特異的細胞性免疫反応を呈したことは、霊長萎羅力物における組換えSeVベクター接種の安全性を支持した。一方、Gag発現SeV経鼻接種後Gag特異的Tリンパ球が誘導され、接種サルにおいてSHIVあるいはSIV攻撃感染に対する感染防御効果が認められた。したがって、組換えSeVワクチンシステムは、エイズワクチン戦略における有力な手法として期待される。

図1.SeV/SIVgag接種マカクサルの鼻腔粘膜におけるベクター由来mRNAレベル

図2.組換えSeV接種後の抗原特異的CD8Tリンパ球誘導

図3.SHIV攻撃感染後の血漿中SHIVRNAコピー数の推移

図4.SIV攻撃感染後の血漿中SIVRNAコピー数の推移

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、組換えセンダイウイルス(SeV)ベクターの後天性免疫不全症候群(エイズ)を引き起こすヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)に対するワクチンヘの応用の可能性を検討することを目的として、サル免疫不全ウイルス(SIV)Gag蛋白を発現するSeVベクター(SeV/SIVgag)を作製し、マカクサルモデルにおいて安全性と有効性の検討をおこなったものであり、下記の結果を得ている。

1.SIV感染マカクサルのリンパ球に対してSeV/SIVgag感染autologousBリンパ球を共培養することで抗原刺激を与えることにより、CD8陽性Tリンパ球において細胞内インターフェロンγが誘導されることが示され、SeV/SIVgagに抗原提示能力があることが示された。

2.SeV/SIVgag経鼻接種マカクサルからの感染性SeV回収および解剖サンプルから抽出したRNAに対する定量的RT-PCR法により、鼻粘膜と鼻腔近傍リンパ節に限局した1週間以内をピークとするマカクサルにおけるSeVの複製を確認した。

3.SeV接種マカクサル(SeV/controlまたはSeV/SIVgag)において、接種後第1週から高レベルのSeV特異的CD4陽性Tリンパ球とSeV特異的CD8陽性Tリンパ球が誘導されることが細胞内インターフェロンγ染色によって検出された。

4.SeV/SIVgag接種マカクサルでは、接種後第3週にGag特異的CD8陽性Tリンパ球が誘導されることが細胞内インターフェロンγ染色によって検出された。

5.SIV/HIVキメラウイルス攻撃感染実験およびSIV攻撃感染実験では、対照群と比較してSeV/SIVgag接種群において良好な末梢血CD4陽性Tリンパ球減少阻止とsep-point期におけるウイルス量の減少が観察された。

 以上、本論文はGag発現組換えSeVの安全性を示唆するとともに、その優れた細胞性免疫誘導能および感染防御能を明らかにした。本研究は、エイズワクチン戦略において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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