学位論文要旨



No 117500
著者(漢字) 竹内,猛
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,タケシ
標題(和) 高周波四重極ライナックヘのプラズマ直接入射法の実験的研究
標題(洋) Experimental Study on Direct Plasma Injection Scheme into RFQ Linac
報告番号 117500
報告番号 甲17500
学位授与日 2002.06.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4236号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,義治
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 助教授 中村,典雄
 東京大学 助教授 江尻,晶
内容要旨 要旨を表示する

 重イオンビームの大強度化は、クォーク・グルーオン・プラズマ状態の探査を主目的とした高エネルギー物理学領域、また不安定核の研究を軸にした最近の原子核物理学の展開、さらに放射線療法で癌を治療する放射線医学領域などにおいて早急なる要請がなされている。ピーク電流値mA級の大強度重イオンパルスビームの生成にはいくつかの種類のイオン源が候補としてあげられるが、その1つとしてシンクロトロンヘの入射に適するビームパルス時間幅(μs〜数拾μs)、繰り返し周波数(数10Hz)を有するレーザーイオン源(Laser Ion Source: LIS)が理化学研究所(RIKEN、日本)、欧州原子核研究機構(CERN、スイス)、理論実験物理学研究所(ITEP、ロシア)などで現在研究開発されている。LISは真空中に配置された固体ターゲットに、集光したレーザー光を照射することにより生成されたプラズマをイオン生成源とし、高電圧ステージによりプラズマから多価イオンを引き出し100mA級のピーク電流値を持つイオンビームを生成する。生成されたビームは大強度で、多価チャージであるため、低エネルギー領域(<1MeV)においてイオン間のクーロン力である空間電荷効果が強く働きビームは発散、またビームエミッタンスの増加をもたらしビーム損失となる[1]。そこでCERN研究所ではこのような問題に対し、LISとその後段加速器となる高周波四重極ライナック(Radio Frequency Quadrupole linac: RFQ linac)の間に静電レンズなどを配置した低エネルギービームラインを設けビーム発散に対応するよう試みた。その結果、LISからRFQ linacまで(約300mm)のビーム電流値透過率は8%から約40%に増加した[2]。一方、東京大学・理化学研究所ではこの問題に対し「プラズマ直接入射法」を提案した。本論文は、「プラズマ直接入射法」の実験的研究を行い、レーザーイオン源の低エネルギービームラインでのビーム損失の問題点を解決する方法を確証することを目的とする。

 「プラズマ直接入射法」は、LISのレーザープラズマ発生ターゲットを後段加速器となるRFQ linacの入口近くに置き、レーザープラズマのもつ運動エネルギーでRFQ linacにプラズマを直接入射する方法である。この方法によれば、電気的に中性であるレーザープラズマがRFQまでのビームライン中を輸送されるので、クーロン力による空間電荷効果は起こらない。そしてRFQ linac入射後には、プラズマから引き出されるイオンビームは強力なRFQ fieldにより空間電荷効果が抑制されて、加速輸送される。十分加速された高エネルギーイオンビームでは、空間電荷効果の影響は小さいのでRFQ linacより後段の加速器では低エネルギー程には問題にならない。

 まずRFQ linacへ入射されるレーザープラズマの放出角度、プラズマ中の各チャージステートイオン種のカレント量、時間パルス波形を明らかにするために理化学研究所において、RIKEN-LISを製作しその特性測定を行った。

 RIKEN-LISの全景を図2に示す。レーザー、ターゲットチェンバー、アナライザー、ファラデーカップ等検出器から構成される。CO2レーザーとターゲットチェンバー内レーザービーム集光レンズによりターゲット表面で約1011W/cm2のパワー密度を達成した。回転ターゲットを用いレーザープラズマ放出角度を測定し、レーザープラズマ中イオンの断熱膨張広がりの有効角度は±20度であることがわかった。アナライザーを用い、ターゲットからの距離に依存する各チャージステートイオン種のカレント量(表1)と時間パルス波形(図3)を測定した[3]。得られたレーザープラズマ特性から「プラズマ直接入射法」実験装置の製作を行った。実験装置の全景を図4に示す。レーザーより発振されたレーザー光はターゲットチェンバーの真空容器内に輸送され、固体ターゲット表面に収束されることで固体表面垂直方向にプラズマが発生・膨張する。このプラズマはRFQ linacに入射され、ビームは加速・収束を受けてRFQ linac出口より放出される。出口直後に設置されたファラデーカップ1(F.C.1)は加速ビームを検出し、ダイポール分析磁石後のファラデーカップ2(F.C.2)はイオン荷電分析されたビームを検出する。RFQ linac後のビーム輸送のためにトリプレット4重極磁石をダイポール分析磁石前に設置した。RFQ lillacは東京工業大学高周波4重極重イオン線系加速器が用いられた。図5で示されるターゲットチェンバーは、プラズマが入射しRFQ linacの異なる極性ヴェイン間に放電が起こらないようビームサイズを制限するため、RFQ入口に4mm径スリットが設けられた。反射集光ミラー(曲率半径240mmで直径100mm、中心に16mm穴)を用いターゲット表面への入射レーザー集光レンズ系が製作された。

 実験は炭素をターゲットとし、ターゲットチェンバー電圧20kV、RFパワー74kW、RFQ linacの運転周波数は81.075MHz、ターゲットとスリット先端との間の距離は254mmの実験条件で行われた[4]。プラズマを直接入射するために懸念されていたヴェイン間の放電は無く、F.C.1(有効直径15mm)で図6の信号波形が得られた。約3.24μsを頂点にするピークは最大値24.6mAの電流値を示している。波形が81.075MHzでバンチングされていることとTOF計算結果からビームはRFQ linacの加速チャンネルに正常に捕獲されRF加速(214keV/u)が実現されていることがわかった。バンチングされている波形を1周期で平均化し、プロットした波形のピーク値(平均化ピーク電流値)は7.84mA、パルス時間幅(90%)は1.22μsであった。F.C.2(有効直径15mm)でC4+、C3+の平均化ピーク電流値はそれぞれ2.65mA,1.18mAであった、パルス時間幅(90%)は0.46μs、0.41μsであった(図7,8)。また多数回の実験のなかで、F.C.1で得られた平均化ピーク電流値の最高記録は9.22mAであった。

 さらに、「プラズマ直接入射法」でのビームの現象を考察した。図9はRFQ入射部を示しており、slit端からRFQ電極までの距離は6mmである。レーザープラズマの空間制限電流の計算、イオン源プラズマシミュレーションコードIGUNによる計算から今実験の場合、レーザープラズマは入口スリット端面でプラズマ面を形成しslit端からRFQ内部にはイオンビームが入射されていることが類推された。次に、slit端からRFQ電極までの距離6mmのビームは空間電荷効果を加えた3次元RF4重極電場粒子トラッキングコードにより求められ、RFQ電極からはRFQ linac内の粒子シミュレーションコードPARMTEQを改造し多種のチャージステートイオンについて計算可能に改造したpteqHIを用いRFQ後の加速された炭素イオンビーム電流値を求める。図10はターゲットチェンバー電圧15kVでのRFパワー(vfac)依存による出力ピーク電流値の実験結果(●)と計算結果(○)をプロットしたものである。得られた計算値は実験値をほぼ再現する値が得られた。そして、RFQのRFパワーが高いときつまり4重極電場の強いとき、ビームはそれ自身による空間電荷効果のための発散をRFQの4重極電場により抑えられ、有効に加速が行われていることがわかった。

 表2は今研究による加速ビーム電流値と他研究所との比較を示す。異なる核種、ビームエネルギーを比較するためをピーク電流値に掛けた値を用いる。Einは初段加速器への入射エネルギーである。「プラズマ直接入射法」によるこの値は最も大きく、このことは「プラズマ直接入射法」がイオン源からRFQ入口近傍までの低エネルギービームラインでの空間電荷効果を抑制し、他研究所に比較してより有効なビーム加速が行われるということを示している。以上の結果から「プラズマ直接入射法」はレーザーとRFQからなる簡便な装置で、レーザーイオン源の低エネルギービームラインでのビーム損失の問題点を解決し大電流の重イオンビームを加速する入射方法であることを確証した。

References

[1]J.Collier et al., Laser and Particle Beams, 14, p. 283,(1996).

[2]J.collier et al., Rev.Sci.Instrum., 67, p. 1089, (1996).

[3]T.Takeuchi et al., Rev.Sci.Instrum., 73, p. 767, (2002).

[4]T.Takeuchi et al., Rev.Sci.Instrum., 73, p. 770, (2002).

図1:「プラズマ直接入射法」のコンセプト

図2:理研レーザーイオン源

図3:ターゲットからの距離254mmでのプラズマ中イオン種パルス波形

図4:プラズマ直接入射法実験装置全景

図5:ターゲットチェンバー構造

表1:プラズマ中イオン種の割合とターゲットからの254mmでのカレント(積分量)

図6:F.C.1での炭素ビーム波形

図7:F.C.2でのC4+ビーム波形

図8:F.C.2でのC3+ビーム波形

図9:RFQ入射部

図10:加速Cイオンビームのピーク電流値実験結果(●)とシミュレーション結果(○)

表2:低エネルギー重イオンビームラインでの加速ビームのピーク電流値比較

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなる。

 第1章は、序論である。レーザーイオン源より生成される大強度重イオンパルスビーム(数100mA程度)には低エネルギービームラインにおいて極めて強い空間電荷効果が働き、深刻なビーム損失を受けることが大きな問題である。

 本章では、本研究の目的である新しく提案されたレーザープラズマソースと後段加速器である高周波4重極線形加速器(RFQ Linac)から構成される「プラズマ直接入射法」により始めてこの困難を克服し、大強度の重イオンビームを加速できることが述べられている。また、ビーム損失の問題点についての今までの研究成果、他研究所のアプローチがまとめられている。

 第2章は、「プラズマ直接入射法」の実証実験のためのレーザーイオン源におけるレーザープラズマ特性について述べられている。そこでは:1.レーザープラズマの放出角度、2.各チャージステートイオンに対してのパルス時間波形、エネルギー、エネルギー幅、3.各チャージステートイオンのイオン電流値、等についての実験結果がまとめられており、さらににレーザープラズマ測定の結果がまとめられている。

 第3章は、「プラズマ直接入射法」の実験装置についての説明である。レーザープラズマ生成用標的真空容器、RFQ Linac、そして荷電数分析ビームラインの個々の装置について詳説されている。

 第4章では、カーボンターゲットを用いた「プラズマ直接入射法」についての実験結果が述べられている。RFQ Linac直後に置かれたファラデーカップにおいてピーク24.6mAのビーム電流が得られたことが述べられている。さらに波形が81.075MHzでバンチングされていること、飛行時間測定からの結果より、ビームはRFQ linacの加速チャンネルに正常に捕獲され、RF加速(214keV/u)が実現されていることが実証された。また、バンチングされている波形を1周期で平均化し、プロットした波形のピーク値(平均化ピーク電流値)は7.84mAで、分析ビームライン後のファラデーカップでのC4+、C3+の各ビームでの平均ピーク電流値はそれぞれ2.65mA,1.18mAであることが確認された。さらに出力ピーク電流値のRFQ LinacのRFパワー依存と入射エネルギー依存の測定が行われ、それらの実験結果についてまとめられている。これらの結果は、ビームの空間電荷効果で規格化されたビーム輝度で比較すると、他所で得られたこれまでの測定値の5〜10倍であった。本研究での「プラズマ直接入射法」が、ビームの空間電荷効果を抑制し、レーザーイオン源からの高強度のビームをRFQ Linacで効率良く捕獲、加速させることが可能なことを実験的に示した。

 第5章では、「プラズマ直接入射法」の定量的評価を、シミュレーション計算により示している。これにより、レーザープラズマはRFQ Linac入口スリット端でイオンビームとしてプラズマから引き出されRFQ内に入射されていることが示された。3次元RF4重極電場内の粒子トラッキングと多種荷電数のイオンに対する計算が可能であるRFQ Linac内の粒子シミュレーションを併せた計算結果は、実験値と非常に良い一致を示した。これによりRFQ Linacの4重極電場が大きな場合には、ビーム自身の空間電荷による発散力は十分抑制され、ビーム損失を回避して有効にビームが加速されることが示された。

 第6章は結論である。「プラズマ直接入射法」は今研究の目的であった低エネルギービームラインにおいて極めて強い空間電荷効果によるビーム損失の問題を克服し、大強度重イオンビームの加速が可能である入射方法であることが結論として述べられている。さらに他研究所の大強度重イオンビーム加速の結果と比較が行われ、「プラズマ直接入射法」はレーザーとRFQ Linacからなる簡便な装置でにもかかわらず有効なビーム加速が行われたことが本研究により始めて示されたことが述べられている。

 なお、本論文第2、3,4章はT.Katayama,T.Nakagawa,M.Okamura,K.Yano,A.Sakumi,S.Ozawa,T.Hattori,N.Hayashizaki,R.A.Jameson,S.Kondrashev,N.Mescheryakov,B.Sharkovとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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