学位論文要旨



No 117501
著者(漢字) 蔡,曜陽
著者(英字) Tsai,Yao-Yang
著者(カナ) サイ,ヤウヤン
標題(和) マイクロ放電加工における電極消耗
標題(洋) Electrode Wear in Micro-EDM
報告番号 117501
報告番号 甲17501
学位授与日 2002.06.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5295号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 助教授 川勝,英樹
 東京大学 助教授 新野,俊樹
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 毛利,尚武
内容要旨 要旨を表示する

一、研究背景及び目的

 近代生産加工の技術は二つの流れに分かれてきたと言える。一つは自動化、無人化、多様化及びシステム化と言うようにシステム的な発展である。もう一つは精密化、微細化テクノロジの追及である。製品の小型化、微細化への要求はますます強くなっている。昔の重厚長大から、今の軽薄短小の時代へと変化している。1990年代に入ってMEMSが赳急激な発展をとげ、いわゆるシリコンプロセスに基づいた静電マイクロモータからはじまり、各種マイクロセンサ、さらにはより複雑マイクロシステムとしてマイクロマシンの開発へと進みつつある。

 現在製作可能とされている微小機械はフォトファプリケーションを基本とする二次元的なマイクロ構造物がほとんどである。基本的にはエッチングによって形成されるきわめて薄い2次元形状を積み重ねる加工となり、三次元的で複雑な構造物を実現する手段が望まれているのは言うまでもない。マイクロ放電加工、エキシマレーザ加工、LIGAプロセス、マイクロ光造形などといったマイクロ加工方法が提案されているが、立体的な部品製作が基本である。特に、放電加工では工具と工作物が非接触であるため加工力が小さいため、工具や工作物が微細であっても変形しにくいので、装置の位置決め精度さえ確保されればに必要とされる高精度の維持が容易であるという特性がある。また、放電エネルギーを微小化することにより硬さを間わず導電性を有する材料に対して0.1μmの加工粗さが得られる。そのため、マイクロ放電加工法は高精度な微細形状を創成できる超微細精密加工技術として大いに期待されている。

 放電加工法は名の示すように加工用電極と工作物間に起させた過渡アーク放電の作用で、工作物材料を除去し、成形、研磨など精密加工を行う点で、従来の機械的加工法とは加工原理が異なっている。一方、切削工具に代わる電極が工作物の加工と同時に消耗することはその難点の一つである。放電加工で加工形状は電極形状の転写となるが、高精度加工の場合には電極の消耗状態が精度に影響するため、その特性を十分把握しなければならない。なお、マイクロ放電加工を行う場合(特に寸法100μm以下)放電エネルギーが一般の放電加工に比べて1万分の一と小さくなる。こうした極短パルスの放電では電子流が主要な電荷担体となって、放電エネルギの熱交換と材料の除去が起こることとなる。しかしながら、放電加工の加工現象は複雑でありマイクロ放電加工のメカニズムはまだ明確でない。本研究の目的は微細穴加工の実験を通してマイクロ放電加工における電極消耗特性を明らかにすることである。

二、実験方法

 放電加工にいて電極消耗は最も困難な問題点であり、零に近づけるための取り組みは従来からつづけられているが、放電特有の現象なので加工に伴い電極が消耗することは避けられない。電極が細くなれば電極の消耗量は大きくなるし、曲率が大きな部位では消耗が激しいことが経験的に知られている。電極形状を転写する放電加工では電極消耗が加工精度に大きく影響するのは当然であるが、貫通穴の加工でも単一電極の使用可能回数に影響する。高精度加工を実現するためには電極形状の変化を明確にする必要があるので、相対的体積消耗率に加えて電極先端の形状が消耗により変形することにも注目した。図1のように新しい解析手法として電極の底部と角部に分けて消耗体積の正確な計算モデルを構築した。次いで、電極消耗に影響している要因を分析し、実験調査の結果に基づいて電極消耗の問題と消耗の決定因子との関係を解明した。電極消耗の要因は図2に示す。

三、実験結巣及び分析

 本研究では消耗決定要因の解明のためにいろいろな実験を行ない、その結果以下のことが明らかになった。

(1)電気条件の影響

 EDMがマイクロ分野に用いる場合、加工エネルギを小さくすることが重要である。放電加工のエネルギは単位除去量を決定することだけではなく、電極消耗率の要因の一つでもある。電極の体積消耗率は図3のようにパルスエネルギとともに減少する。RC回路では、コンデンサの容量と電源電圧の調節によりエネルギを小さくできるが、実際には電源電圧を低下させることによって、連続アークのリスクが大きく増加する。一方、浮遊容量が存在するためコンデンサ容量には下限がある。

 ついで放電波形パラメータが電極消耗率にどのように影響を与えるかを明らかにした。図4のように電極の体積消耗率はピーク電流の減少に従って約3%まで減少するが、ピーク電流を0.5Aより小さくすると増加し始めることが分った。ピーク電流が低過ぎる場合、放電の安定性が劣化して短絡を引き起こし、電極消耗率の増加をもたらす。

 放電の持続時間を延長するために適切なインダクタンスを挿入することにより電極消耗率を減小することができる。これは従来各種文献により示された結果と同様の傾向である。しかしながら、それらは異なる消耗メカニズムであるため放電エネルギの非常に小さなレベルに適さない。T-F理論を用いて電子流密度の増大を導くことによりエネルギ配分の観点から説明できる。

(2)電極材料の影響

 電極材料としてはタングステン、モリブデン、チタン、銅、銀、鉄、白金等を用い、各々の電極材料により微細穴あけ加工を行った。この結果より電極消耗は材料熱物性の影響を大きく受けることが明らかになった。図6に加工した後の電極形状と材料の熱的性質との関係を示した。角部消耗の生成は熱の拡散に影響され、温度拡散率が低いTi、Fe、Niの電極などで角部消耗が激しい、工作物の熱伝導率が低い場合も顕着である。なお、電極材料の沸点と融点と熱伝導率の積が大きいほど消耗率は小さくなる。図7のように熱伝導率、沸点、融点と潜熱導入した修正比熱の積(p・c'・λ・Tm・Tb)或いは(p・c・λ・Tmc・Tbc)と体積消耗率の間には依存関係がある。ただし、c'(修正比熱)=c+hm/p・Tm、Tmc=Tm+hm/p・c、Tbc=Tb+(hm+hv)/p・c。これを新しい評価関数として、電極材料を選ぶことが重要なポイントとなる。

 電極加工面のクレータの観察して電流密度の分析を行った締果、高熱容量の材料はクレータ寸法が小さくなり電流密度が高くなることが明らかになった。さらに、クレータ体積と材料沸点の関係も示した。これらにより、マイクロ放電の加工メカニズムには材料の蒸発がつよく関係していると考えられる。電子放出しやすく、沸点の高い材料、例えばCu、Wは電極として優れている。

四、今後の課題

 本論文の研究結果より、今後次のような研究課題についてさらに追究する必要があると考えられる。

(1)適応ファジィ理論によるギャップの制御

 従来、加工プロセスは平均電流または平均加工電圧によって制御しているが、パルス毎の電流量とエネルギの変動は非常に大きい。したがって、ファジイ理論で放電パルスを分類して望ましい波形の放電が多くなるように制御すれば、プロセスの最適化が可能となる。

(2)ニューラル・ネットワークによる加工条件が異なる場合の電極消耗の予測

 EDMの工程を設定するためには、電極消耗の予測が重要である。ニューラル・ネットワークANNモデルによる実験結果等を用いれば、加工条件が異なる場合の電極消耗をより正確に予測できる。

(3)マイクロ放電加工に適用するトランジスタ式パルス発生器

 マイクロ放電加工の現状ではRC回路を用いているため、電極消耗を低減しようとすると加工速度も低下する場合がある。マイクロ放電加工に適用できるような短パルス単極性のトランジスタ回路が実現できれば、電流量、パルス幅、及びDUTY FACTORを独立に制御できる。これにより、加工速度保ったまま電極消耗を減らせすことができる。

図1.Model of electrode wear

図2.Factor analysis of the eleetrode wear

図3.Relationship bctween discharge energy and electrode wear

図4.Relationship between peak current and electrode wear

図5.Effect of inserting the inductance

図6.Morphology of machined electrode with the thermal properties of materials

図7.Relationship between electrode wear and modified erosion streng

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Electrode Wear in Micro-EDM(マイクロ放電加工における電極消耗)」と題し、全5章より成る。

 第1章ではマイクロ加工技術における放電加工の位置付け、また、マイクロ加工に適用する場合の放電加工の問題点について述べている。また、それらの問題点の中で、電極消耗が加工精度や生産性を上げるうえでの大きな障害となっていることを指摘し、その特性を実験、解析により明らかにすることの必要性について述べ、本研究の目的を明らかにしている。

 第2章では、従来、電極および工作物の加工前後の重量差から換算により求めていた電極消耗率がマイクロ加工では測定困難になることから、新たな測定手法を提案している。即ち、電極消耗量については加工前後の長さ変化と加工後の先端形状の変化から消耗量を長さ消耗と角部消耗に分けて直接求める。また工作物の加工量については、貫通穴加工により得た穴の入口、出口の寸法から円錐台の体積として求める。これらにより、微少体積での体積消耗率の直接測定を可能にしている。

 第3章では、RC回路の各々の回路定数が電極消耗にどのような影響を与えるかを、実験により検証するとともに、その特性について考察を加えている。まず、解放電圧および放電用のコンデンサ容量の変化により放電エネルギを変えた場合に、エネルギが小さいほど陰極としての電極消耗率が小さくなることを明らかにしている。次いで、充電抵抗の値を500Ω付近より小さくすると急激に電極消耗率が上昇することを見出し、適正な範囲の存在を明らかにしている。また、放電回路のインダクタンスがコンデンサ容量と共に放電波形を支配する主要なパラメータであることに着目し、これらを変化させた時の消耗率変化を広範囲にわたって測定している。この結果、コンデンサ容量が大きい荒加工域と、コンデンサ容量の小さい仕上げ加工域では、その特性が互いに逆の傾向となることを明らかにしている。すなわち、荒加工域ではインダクタンスが大きいほど、仕上げ加工域ではインダクタンスが小さいほど、それぞれ電極消耗率が小さくなる。さらにこれらの複雑な挙動をパルスのピーク電流によって整理すると、約500mAのピーク電流となるようなパルスを発生させるコンデンサ容量とインダクタンスの組み合わせの時に、電極消耗率が極小となる傾向であることを見出している。また、マイクロ放電加工における陰極、陽極への注入エネルギ配分について、実験データを基にT-F理論による解析を行い、本研究の実験条件における電子電流密度は全電流密度の75%以上となることを示し、通常の放電加工では電極を陽極とした方が電極消耗率が小さくなるのと反対に、マイクロ放電加工では陰極側である電極の消耗を低減できたことの理由を明らかにしている。

 第4章では、純度の高い10種類の電極材料を用い、電極の材質による電極消耗特性の違いについて解析している。まず、一般的傾向として、融点、沸点の高い材料、または熱伝導率の高い材料は電極消耗率が小さくなることを確認した後、統一的な指標の導入を試みている。現在広く用いられている熱伝導率×融点により整列した場合は実際のマイクロ放電加工における体積消耗率の順位とは大きく異なることから、Heuvelmanの提唱した耐消耗度による整列を試み、その優位性を示している。さらにクレータ寸法の実測に基づく解析では、放電点温度は各材料の沸点を超えていることを示し、沸点の導入により修正された耐消耗度を提案し、これによる評価でも少なくとも同等の確かさで消耗特性の推定が可能であることを明らかにしている。一方、加工後の電極先端形状の詳細な観察、比較も行っている。10種類の電極材料に加え、工作物にも3種類の異なる材料を用いて比較した結果、電極または工作物のどちらかの材料の温度拡散率が大きければ、電極角部の消耗が抑制され、電極先端形状の変化の少ない加工が可能になることを明らかにしている。

 第5章では以上の結果をまとめ、マイクロ放電加工における電極消耗特性の総合的評価について述べている。また、これらの結果より、今後のマイクロ放電加工の高精度化に対応すべきいくつかの方法を提示している。

 以上、本論文は、従来正確なデータに基づく検討が行われていなかった、マイクロ放電加工における電極消耗特性について、詳細な実験、解析を行い、加工回路および電極材料の両面から多くの新たな知見を提供しており、今後のマイクロ放電加工、さらにはマイクロテクノロジー技術全般の発展に寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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