学位論文要旨



No 117502
著者(漢字) 青塚,瑞穂
著者(英字)
著者(カナ) アオツカ,ミズホ
標題(和) 高亜音速/遷音速流中で剥離を伴う振動翼列の空力特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 117502
報告番号 甲17502
学位授与日 2002.06.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5296号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 渡辺,紀徳
 東京大学 教授 梶,昭次郎
 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 助教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 金子,成彦
内容要旨 要旨を表示する

 近年の軸流圧縮機の高負荷化、高効率化の要求に伴い、サージライン近傍の高負荷な領域で発生するフラッタが問題となってくる。また、最近の翼列は高亜音速から遷音速領域で作動するものが多い。遷音速流れ場においては翼間に衝撃波が発生し、その衝撃波が非定常空気力源となって翼の振動が起きやすくなっている。また、衝撃波は翼面上の境界層と干渉し剥離を生じていることも多い。また、このような翼列には薄翼が用いられているため、亜音速領域においては翼前縁に剥離泡が生じる。この剥離泡は翼の振動に伴い振動し、大きな非定常空気力源となると言われている。このように高亜音速から遷音速領域に渡る翼列のねじり振動の非定常空力特性を調べた研究はまだ例が少ない。

 本研究においては高亜音速から遷音速で用いられる二重円弧翼列を用いた実験及び数値解析を行い、剥離と衝撃波が振動翼列の非定常空力特性にどのような影響を与えるのかを調べた。非定常空力特性の解明には一翼振動法を採用した。

 高亜音速における流れ場では、翼への入射角を変え、翼前縁に生じる剥離泡の大きさが代わるような条件で解析を行った。入射角は0°から5°の範囲で行ったが、いずれの入射角においても翼前縁から剥離泡が生じることが確認された。実験の結果、図1に示すように翼間位相差が正の領域で翼振動が不安定になることが確認された。また、インシデンスが大きくなるにつれて不安定となる翼間位相差の領域が増大し、不安定性が強くなっていく。

 翼ごとの剥離泡の挙動を調べた結果、翼の振動によって剥離泡が振動し、大きな空カモーメントを生じさせていることがわかった。また、空気力の位相の変化にも剥離泡が大きな影響をもっていることが判明した。

 一方、遷音速の流れ場においては翼間に衝撃波が生じる流れ場となる。翼列前後の静圧比を様々に変更することにより、この衝撃波の位置を変え、翼列の安定性を調べた。図2にこのときの翼列の安定性を示す。翼間位相差が正の領域で不安定となる。また、静圧比が高くなるほど安定側に推移する。

 空力特性が安定側に推移するのは、翼振動により自分自身に誘起される空カモーメントの位相が安定側に推移するためである。この空カモーメントの位相の変化は翼間に生じている衝撃波によって引き起こされる。

図1 高亜音速流れ場における翼列の安定性

図2 遷音速における翼列の安定性

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)青塚瑞穂提出の論文は、「高亜音速/遷音遠流中で剥離を伴う振動翼列の空カ特性に関する研究」と題し、本文6章から成っている。

 ジェットエンジンの軸流圧縮機が失速に近い高負荷の状態で作動するとき、圧縮機翼面には部分的な剥離域を伴う。このような状態で発生する翼列フラッタは、失速フラッタとも関連して古くから重大な問題とされてきたが、本質的に流体の粘性が支配的な非定常現象であるため、従来の研究では未解明の部分が多かった。また、近年の圧縮機翼列では遷音速流れで作動するものが増加しているが、このような翼列では翼前縁や流路内に発生する衝撃波と翼面境界層との干渉により、特に高負荷状態では境界層が急激に発達し、ときによって剥離に至ることもある。こうした境界層流れが遷音速振動翼列の非定常空カ特性に与える影響については、解明がほとんど進んでいない状況にある。このため、実機翼列においても、失速限界近傍の翼列の非定常空力特性について、現実の粘性流れ現象に即した解明が、圧縮機の安全性確保や今後の更なる性能向上のために不可欠となっている。

 本研究では高速翼列に用いる代表的翼型である二重円弧翼列を取り上げ、上記のような条件下で作動する翼の捩り振動特性を、高亜音速および遷音速流れを実現できる直線翼列風洞による実験と、振動翼列周りの流れの乱流数値解析により明らかにした。これにより、翼振動に及ぼす翼面上剥離域の影響、衝撃波/境界層干渉流れの影響が詳細に解明されている。

 論文の第1章では、本研究の背景及び目的を述べている。

 第2章では、実験方法を説明している。二次元遷音速直線翼列風洞に翼を捩り振動させる加振装置を設置し、流入マッハ数0.7および1.2の条件で、二重円弧翼を対象とした振動翼列実験を実施した。翼に働く非定常空カモーメントの計測には一翼振動法を採用している。

 第3章では、数値解析の方法について説明している。基礎方程式に、壁面境界層の発達による流路断面積の減少を考慮し得る準三次元Navier-Stokes方程式を用い、流れの剥離・再付着を的確に把握するために、k-ε二方程式モデルによる乱流粘性を使用している。また、振動翼列流れの標準問題に対する実験結果を利用した検証計算により、開発した数値解析コードが翼前縁に剥離泡を生じるような翼列の空力特性を適切に捉えることができることを確認している。

 第4章では、高亜音速流れ場における実験及び数値解析の結果について述べている。実験による緕果から、翼前縁に生じる剥離泡の挙動と空カモーメントとが強い相関を有することが見出された。また、従来の理論では扱うことのできなかった、剥離泡の存在によるフラッタも観察された。これらの実験結果をもとに行った数値解析の結果、剥離泡の振動により翼前縁部に大きな非定常圧力振幅が生じ、そのため翼全体に大きな非定常空カモーメントが生じることが確認された。この剥離泡による非定常空カモーメントに起因して、失速に至るよりかなり前の状態から、翼列フラッタが発生し易い状態になることが明らかになった。更に、インシデンスの大きな流れ場においては、翼面上の境界層の発達に伴って翼振動の擾乱が遠く離れた翼にまで伝播し易い状態となる結果、翼に加わる空気力はより大きなものとなり、翼振動が急激に不安定になることがわかった。

 第5章では、遷音遠流れ場における実験及び数値解析の結果について述べている。遷音速流れ場においては翼間に衝撃波が発生し、これが翼振動に伴って振動するため、大きな非定常空気力が生じる。実験の結果から、空カモーメントの振幅と位相が翼列前後の静圧比の変化によって大きく変化することが確認され、特に位相の変化が、翼列の振動安定性に大きな影響を与えることがわかった。実験結果をもとにした数値解析の結果から、非定常空カモーメントの位相は、翼腹側の衝撃波入射位置と捩り軸中心位置との相対関係に支配されることが示された。また、振動特性には衝撃波と境界層との干渉も大きな役割を持つことが明らかになった。衝撃波は翼面の境界層と干渉し、特に高負荷の翼面では境界層の発達を促し、ときに流れを剥離させる。剥離域の存在により衝撃波振動の様子、ひいては翼の非定常空気力は大きく変化するが、無次元振動数が高いと境界層挙動およびこれと干渉する衝撃波の振動に翼振動に対する位相遅れが生じ、これが振動安定性に支配的な寄与を及ぼすことが見出された。

 第6章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

 以上要するに、本論文は高亜音速および遷音速の流れ場において、高負荷の条件で作動する翼列の非定常空力特性と振動現象を実験と数値解析により明らかにし、将来の高性能圧縮機の空力設計・安全設計に有用な基礎的知見と設計指針を与えたものであり、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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