学位論文要旨



No 117503
著者(漢字) 廣谷,智成
著者(英字)
著者(カナ) ヒロタニ,トモナリ
標題(和) 高真空への噴流と堆積ダストとの干渉による宇宙機汚染に関する基礎研究
標題(洋)
報告番号 117503
報告番号 甲17503
学位授与日 2002.06.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5297号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

 現在、宇宙科学研究所において、小惑星サンプルリターン計画MUSES-Cが進められている。この計画では、探査機が小惑星に着陸し、数回、異なる場所でサンプルを採取する。場所の移動は探査機下面に設置されたスラスタを用いて行われるが、小惑星表面上にダストが堆積している可能性があるため、スラスタの噴射によって小惑星表面のダストが舞い上がり、探査機下面に配置された光学センサ等を破損、汚染することが考えられる。このような問題は、MUSES-C計画に限らず、今後の惑星探査計画においても生じる可能性がある。

 そこで本研究では、MUSES-C計画の条件を手がかりとして、高真空中への噴流により舞い上げられたダスト粒子の運動を調べ、堆積ダストの舞い上がりの機構を考察するとともに、その結果生じる宇宙機下面にダストが衝突する様子を考察するための基本的な情報を得た。そして、それらに基づき、堆積ダストに影響を与える流れ場を解析することに用いるモデルを検討し、流れの影響により舞い上げられるダストの、宇宙機下面に衝突する様子を記述する解析モデルの構築を行った。

 まず、高真空中への噴流により舞い上げられたダストの挙動を把握するために、真空チャンバー内に単純化された宇宙機の模型と疑似ダストを充填した砂箱を配置し、模型上のオリフィスから窒素ガスの噴流を作り、砂箱内の疑似ダストと干渉させ、疑似ダストを吹き上げる実験を行った。この実験では、MUSES-C計画において探査機の下方の堆積ダスト層表面が噴流から受ける動圧と、堆積ダスト層表面上の噴流の平均自由行程と堆積ダスト粒子の直径の関係を再現している。また、この実験においては、以下のことに関する情報が得られる様な装置の構築を行った。

1.実験模型下面における、ダスト粒子の衝突する位置及び、量の傾向

2.噴流により舞い上げられるダスト量の時間変化

3.舞い上げられるダスト粒子の初期位置

4.舞い上げられたダスト粒子の軌跡

 この実験結果から得られたた知見を以下にまとめる。

1.実験模型下面には、オリフィスを中心としたほぼ円形の全くダストの衝突しない領域(非衝突領域)が存在する(図1参照)

2.模型下面と疑似ダスト表面の距離が大きくなるに伴って非衝突領域の半径は大きくなり、擬似ダスト粒径が大きくなるに伴って非衝突量域の半径は大きくなる

3.非衝突領域の周辺に多量のダストが衝突し、オリフィスから遠ざかるに従ってダストの衝突量は減少している

4.舞い上げられる疑似ダストの量は、流れ場が静定する時刻付近において最大となり、その後減少する

5.舞い上げられる疑似ダストの量が最大となる時刻から、新たに舞い上げられる疑似ダストはなくなると考えられる時刻までの時間は、オーダとしては0.1sec〜1secである

6.疑似ダスト表面において、噴流の中心から一定距離以内の位置からの疑似ダスト粒子の飛び出しはない

7.比較的噴流の中心に近い位置から飛び出した疑似ダスト粒子が模型下面に衝突している 次に、MUSES-C計画における探査機の設計段階に開発された、探査機の舞い上げられたダストによる汚染の程度を予測するための簡易解析モデルを用いて、実験と同じ設定の問題に関して模型下面のダストの衝突する位置及び、量の傾向を解析した。そして、この解析結果と実験結果を比較することにより簡易解析モデルを評価し、その問題点を調べた。このことは本研究において、流れの影響により舞い上げられるダストの、宇宙機下面に衝突する様子を記述するための新たな解析モデルの構築の大きな手がかりとなった。

 簡易解析モデルを用いた、模型下面のダストの衝突する位置及び、量の傾向の解析結果においては、実験結果において確認された、実験模型下面のダストの非衝突領域を良好に再現することは出来なかった。実現象においては堆積ダスト層表面上の噴流の中心から一定距離以内の位置からはダスト粒子の飛び出しがないことが分かっているが、簡易解析モデルのダスト粒子の飛び出しに関する部分においては、このことが考慮されておらず、そのため、実験結果を良好に再現することが出来ないと考えられた。

 また、簡易解析モデルの流れ場を記述する部分に関して個別に調べることにより、流れ場が実現象を良好に記述しておらず、改良する余地があることが分かった。

 これらのことから、本研究において新たに構築する解析モデルにおいては、堆積ダスト層からのダスト粒子の飛び出しを記述する部分に関して、堆積ダスト層表面上のダスト粒子の飛び出しのない領域を考慮する必要があり、流れ場を記述する部分に関して、実現象をある程度良好に記述する必要があることが分かった。

 堆積ダスト表面上のダスト粒子の飛び出しのない位置を考慮するためには、堆積ダスト層表面が流れから受ける影響を理解する必要があり、そのため、実験における実験模型下面と疑似ダスト表面の間の流れを、Monte Carlo直接法により数値的に解析した。この数値解析の結果は

1.ダスト表面上における圧力分布の測定

2.電子ビーム誘起蛍光法による流れ場の数密度分布の測定

 の2種類の検証実験の結果と比較することにより、その信頼性を確認している。また、この数値解析結果は十分な精度を有することから、本研究において新たに構築する解析モデルの流れ場を記述する部分として用いることが出来る。

 本研究において、ここまでに述べた内容を材料として、宇宙機からの噴流により舞い上げられるダストの、宇宙機下面に衝突する様子を記述する解析モデルを構築した。この解析モデルは

1.噴流のモデル

2.ダストの飛び出しのモデル

3.飛び出した後のダストの運動のモデル

 の3つの部分から構成されている。また、実際の宇宙機からの噴流により舞い上げられるダストが宇宙機下面に衝突する現象は、ダスト粒子同士の相互作用に起因した非常に複雑な現象を含んでいるが、本研究で構築した解析モデルの個別の部分では、ダスト粒子同士の相互作用に起因する現象を厳密に検討することは避け、ダストの飛び出しのモデルに関しては、モデルパラメータを用いてダスト粒子の飛び出す速度を記述する。そして、モデルパラメータは実験結果との比較により決定することとしている。

 噴流のモデルとしてはMonte Carlo直接法による数値解析の結果を用いている。つまり、舞い上げられたダスト粒子は流れ場に影響を与えないものと仮定し、定常に達した後の流れ場の中をダスト粒子が運動するものとしている。

 ダストの飛び出しのモデルは、先に述べたように、堆積ダスト層表面上のダスト粒子の飛び出しのない領域を考慮する必要がある。そこで、先に述べたMonte Carlo直接法による数値解析結果を用いて、実験における疑似ダスト表面上のダスト粒子の飛び出しのある位置と飛び出しのない位置が流れから受ける影響の差異について調べた。その結果から、堆積ダスト層表面が流れから受ける剪断応力と垂直応力の比に関して、堆積ダスト層表面上のダスト粒子の飛び出しの有無を記述するための基準を設けた。この基準(これを限界応力比と定義する)はダスト粒子の直径に依存し、実験結果との比較により決定される。そのため、限界応力比は解析モデルのモデルパラメータの一つになっている。

 また、ダスト粒子の飛び出す速度は、堆積ダスト層表面が流れから受ける運動量の関数とし、ダスト粒子が堆積ダスト層から飛び出す過程において移動する距離を代表した量(これを代表移動距離と定義する)を用いて記述している。この代表移動距離も実験結果との比較により決定されるモデルパラメータであり、ダスト粒子の直径の関数である。そして、解析において注目するダスト粒子は複数のダスト粒子群を代表ダスト粒子とする。初期状態において、それぞれの代表ダスト粒子は堆積ダスト層表面に存在し、その位置が流れから受ける運動量に応じた重みを有していると仮定する。

 堆積ダスト層から飛び出した後の代表ダスト粒子は、噴流との局所的な速度差によって生じる抵抗により加速され、重力の影響を受けながら質点として運動する。代表ダスト粒子同士の衝突といった相互作用はないと仮定している。

 代表ダスト粒子が宇宙機下面に衝突した場合には、代表ダスト粒子は静止すると仮定している。また、予め宇宙機下面を空間的に分割しておき、その分割された面内に衝突した代表ダスト粒子の重みの総和を分割された面の面積で割った値が、分割された面の中心における相対衝突量となり、これにより、宇宙機下面に衝突したダストの位置及び、量の傾向を記述している。

 この解析モデルのモデルパラメータをある条件設定の実験結果と比較することにより決定し、他の条件設定の実験結果について解析した場合、実験模型下面に対して、ダストの非衝突領域の周辺に多量のダストが衝突し、オリフィスから遠ざかるに従ってダストの衝突量は減少するという傾向を再現することが出来、図2に示すように実験模型下面のダストの非衝突領域の半径を良好に再現することが出来た。

 実際の問題に関しても、その問題において想定されるダスト粒子の直径に関してモデルパラメータを決定し、重力の影響を排除して解析することにより、噴流により舞い上げられるダストの、宇宙機下面に衝突する様子を予測することが出来ると考えられる。

図1:実験模型下面のダストの衝突する位置及び量の傾向

図2:実験模型下面とダスト層表面との距離を変化させた場合の、実験結果と解析結果における非衝突領域半径の比較(オリフィス上流の淀み点圧:40Torr、疑似ダストの粒径:12μm)

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)廣谷智成提出の論文は、「高真空中への噴流と堆積ダストとの干渉による宇宙機汚染に関する基礎研究」と題し、本文7章および付録1項から成っている。

 MUSES-C計画における小惑星ドッキング時に見られるように、惑星探査において惑星表面に着地する際には、ダストに覆われた表面近傍において表面に向けて逆噴射ジェットを動作させる必要がある。その際、ダストは噴流により舞上げられ、探査機を汚染することが懸念される。このような汚染は、探査機のセンサーを機能不全にし、ミッションそのものを危険にさらすことになるため、汚染の程度を把握することが重要となるが、このような研究はほとんど行われていない。

 このような観点から、筆者は実験により、噴流とダストに覆われた表面との干渉により生じる現象を把握するとともに、それらをもとに汚染の程度を把握する工学的解析モデルを提案している。本論文は、将来行われる惑星探査における探査機の設計に際して有用な知見をもたらすものである。

 第1章は序論で、要素的な現象も含めてこれまでの研究を概観し、本論文の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、この現象のシミュレーション実験とその結果が述べられる。探査機底部を模擬した円盤には、中央に噴流を出すオリフィスが設けられ、円盤の下にはダストに覆われた表面を模擬して粒径のそろった砂を入れた箱が置かれる。その砂面に噴流が吹き付けられると、砂粒は舞い上がり、粘着性をもつ円盤下面に付着する。実験は真空チャンバー内で行われ、表面付近の流れは希薄流れである。実験では、舞い上がる砂粒の動的挙動、付着する砂粒の様相を詳しく観察している。付着した砂粒の様相として、まず、オリフィスの周りの一定範囲内にはほとんど付着しないことを見い出した。さらに、このことは、砂粒が砂表面から飛び出す際オリフィス直下の一定範囲内(限界半径)からは飛び出さず、その周辺領域からのみ飛び出すこと、即ち、限界半径の外側からのみ飛び出すことに関連していることを、舞い上がる砂粒の動的挙動の観察より、見いだしている。さらに、飛び出す砂粒の速度に関しても知見を得ている。また、砂粒の付着量の分布としては、オリフィスから遠ざかるとともに付着量が減少することを見い出している。

 第3章では、付着量を予測するための簡略化した解析モデルについて、その特質が述べられる。このモデルは次のような3つの要素からなる。即ち、(1)噴流のモデル化、(2)砂表面からの砂粒の飛び出し方に関するモデル化、(3)飛び出した後の砂粒の動的振る舞いのモデル化、である。実験で得られた知見との比較により、(1)と(2)について、改良する余地のあることを指摘している。即ち、(1)に関しては、希薄な流れの効果を考慮し、より高精度のモデルを用いる必要があること、また、(2)に関しては、特に、限界半径の存在を考慮する必要があることを見い出している。

 第4章では、希薄な流れのモデル化として直接シミュレーションモンテカルロ法を用いた流れ場の解析を行い、解析結果の妥当性を実験と比較しつつ検討している。実験では、砂表面を模擬した平板表面での圧力分布、そして、電子線による蛍光を測定することにより密度の空間分布を得ており、計算結果との比較の結果、両者の一致は良好であると結論している。

 第5章では、第3章で述べた単純なモデルを改良したモデルを提案している。主な改良点は、流れのモデルとして第4章で述べた直接シミュレーションモンテカルロ法を用いた流れ場を用いること、また、砂表面からの砂粒の飛び出し方に関しては、限界半径を考慮していることである。限界半径についてのモデル化にあたり、限界半径の存在が流れから砂表面が受ける力に関連づけられること(具体的には、シェアカが垂直応力に対して適当な比になる地点に関連づけられること)を見い出している。

 第6章では、改良されたモデルによる予測と第2章の実験結果を比較検討し、実験結果を十分再現できるとしている。

 第7章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

 付録は1項から成り、数値解析に用いた直接シミュレーションモンテカルロ法を詳述している。

 以上要するに、本論文は、噴流とダストに覆われた表面との干渉効果でのダストの舞い上がり効果を実験的に明らかにし、さらに、それらに対する解析モデルを構築することにより、惑星探査機の汚染の度合いを把握することを可能としており、将来の惑星探査機の設計に際して有用な知見をもたらすと考えられ、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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