学位論文要旨



No 117504
著者(漢字) 金井,俊光
著者(英字)
著者(カナ) カナイ,トシミツ
標題(和) 新規強誘電・強磁性体の作製とその磁気および非線形光学効果に関する研究
標題(洋)
報告番号 117504
報告番号 甲17504
学位授与日 2002.06.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5298号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 岸本,昭
 東京大学 講師 大越,慎一
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 近年、高度情報化社会の実現をめざして、光通信、光コンピュータ、光記録など、光を用いた情報社会が構築されている。さらに高度な光情報化社会を実現するために、光を制御する新しい機能性材料の開発が重要となっている。光を制御する材料に強誘電体や強磁性体がある。強誘電体は光を照射すると第2高調波を発生し(Second Harmonic Generation:SHG)、光の波長を制御できる。また、強磁性体は磁気光学効果(Magneto Optical effect:MO効果)を示し、光の偏光面を制御できる。これらが共存する強誘電・強磁性体では、磁化誘起第2高調波発生(Magnetization-induced Second Harmonic Generation:MSHG)、すなわちSHG偏光面を外部磁場により制御する非線形磁気光学効果を示すことが期待できる(Fig.1)。しかしながら、強誘電・強磁性体はこれまであまり知られておらず、新規化合物の設計・合成が切望されている。

 本研究では、ペロブスカイト構造を持つBiFeO3反強磁性体と透明強誘電体である(Pb0.9La0.1)(Zr0.65Ti0.35)O3[PLZT(10/65/35)]の固溶体を作製し(Fig.2)、その磁気および非線形光学効果について検討を行った。まず固相反応法により焼結体の作製を行ない、誘電性および磁性について検討した。次に、湿式法により光学測定が可能となる薄膜の作製を行ない、MO、SHGさらにMSHGの観測を試みた。

2.固相反応法による焼結体の作製

2.1実験

 (PLZT)x(BiFeO3)1-x焼結体は固相反応法で作製した。PLZT(10/65/35)粉末とBiFeO3粉末を所定の比率で湿式混合し、一軸加圧してペレット状に成形した。成形体をPbの揮発を防ぐため、PbO雰囲気中で950℃、5時間の熱処理を行った。

 得られた焼結体の結晶構造をXRD装置(Rigaku RINT2100)および顕微ラマン測定装置(Renishaw RAMASCOPE)を用いて同定した。強誘電ヒステリシス測定はシリコーンオイル中で強誘電ヒステリシス測定装置(Radiant Technologies RT6000HVS)を用いて行った。誘電率測定は電気炉内で温度を制御しながらインピーダンスアナライザー(HP 4194A)を用いて測定した。測定には焼結体ペレットの両面を#1000のアルミナで約200μmまで研磨し、電極としてPtをスパッタしたものを用いた。磁気測定はSQUID(Quantum Design MPMS 5)を用い、300K以上の測定には高温オプション(Quantum Design Sample Space Oven Option)を使用した。

2.2結果と考察

 作製した焼結体の結晶構造を同定するため、XRD測定を行った。Fig.3に示すように、すべての組成範囲で不純物のピークはみられずペロブスカイト単相であった。x=0のBiFeO3は菱面体晶であったが、0.1≦x≦1.0では立方晶を形成した。XRDの各ピークはxの増加とともに一様に低角度側ヘシフトした。すなわち、格子定数が0.400Å(x=0.1)から0.409Å(x=1.0)へと一様に増加した。

 室温での強誘電ヒステリシスループ測定を行った(Fig.4)。すべての組成範囲でヒステリシスループが得られ、強誘電体であった。印加電界50kV/cmでの残留分極値はx=0.1で1.0μC/cm2であり、xの増加とともに増加し、x=0.7で最大の9.6μC/cm2であった。その後減少し、x=1.0で3.2μC/cm2であった。また強誘電性転移温度を検討するため、誘電率の温度依存性を測定した。全ての組成範囲において誘電率は温度上昇ともに増加し、ブロードなピークを示した。ピーク温度は測定周波数1MHzにおいて、x=0.1で596K、x=0.2で最大の672Kとなり、その後は減少し、x=1.0で407Kとなった。ブロードなピークに加えて、周波数変化にともなう誘電率のシフトがみられたことから、本固溶体がリラクサー強誘電体であることが示唆された。またラマンスペクトル測定より、菱面体晶のTOモードに帰属されるピークが確認され、微視的には菱面体晶を形成していることが示唆された。したがって本固溶体の強誘電性は、菱面体晶の極性クラスターに起因し、リラクサー特性はクラスター間の電気双極子-双極子相互作用によると考えられる。

 次に室温での磁化の外部磁場依存性を測定した(Fig.5)。x=0は反強磁性体であり、磁化は外部磁場に対して比例した。またx=1.0は反磁性体であり、磁化は傾きが負で小さな値を示した。一方、0.10≦x≦0.45ではヒステリシスループが現われ、強磁性を示した。以上より、0.10≦x≦0.45の組成範囲において室温強誘電・強磁性体となった。

 自発磁化をもつ試料においてさらに外部磁場を増加させて磁化測定を行ったところ、磁化は飽和せず直線的に増加した。このような磁化曲線はα-Fe2O3などでみられる磁化曲線とよく似ており、発現した磁化は弱強磁性に起因すると考えられる。本固溶体の弱強磁性発現機構としては、(i)金属置換の選択性、(ii)キャント磁性、(iii)反強磁性体ドメインウォールのピニングなどの可能性が挙げられる。

3.湿式法による薄膜の作製

3.1実験

 薄膜は構成金属の硝酸塩、アルコキシドを所定の比率(x=0、0.02、0.05、0.10、0.15、0.20、0.30)でアルコールに溶解することでコート液を作製し、サファイア単結晶C面基板上にスピンコーティング、熱処理することで作製した。

 得られた薄膜についてXRD測定より結晶構造の同定、SEM(Hitachi S4200)により微構造の観察、SQUIDにより磁気測定、強誘電ヒステリシス測定装置により電気抵抗および強誘電測定を行った。また、透過モードでの磁気光学効果を磁気光学効果測定装置(JASCO corporation E250)を用いて測定した。SHGは、フェムト秒パルスのTi:Sapphireレーザー(Claark-MXR、Inc.CPA-2001)を用いて透過の光学配置で測定した。

3.2結果と考察

 XRD測定からx≦0.10においてペロブスカイト単相を得ることができた。また、x≦0.05では菱面体晶であったが、x=0.10では立方晶に構造変化した。SEM観察より薄膜は平滑であり、クラックはみられなかった。膜厚は約300nmであり、粒径はx=0、0.02、0.05、0.10でそれぞれ300、190、150、130nmであり、xの増加とともに減少した。

 磁気測定では、x=0は反強磁性体であり、磁化は外部磁場に対して比例したが、x=0.02、0.05、0.10ではヒステリシスループがみられ、強磁性を示した。強誘電ヒステリシス測定では、x=0.10においてのみヒステリシスループが観測された。

 次に磁気光学効果について検討を行った。入射光470nmでのファラデー回転角の外部磁場依存性を測定した。Fig.6にはx=0.10の測定結果を示すが、磁気測定と同様にx=0ではヒステリシスループはみられなかったが、x=0.02、0.05、0.10ではヒステリシスループがみられ、強磁性体であることが確認できた。SHG測定では、すべての薄膜においてSHGが観測された。Fig.7にはx=0.10でのメーカーフリンジパターンを示す。このパターンは電気分極が薄膜面に垂直に配向していることを表しており、C∞Vの対称性を有していることが示唆された。

4.薄膜における磁化誘起第2高調波発生

4.1実験

 Ti:Sapphireレーザーを用いたSHG測定系の試料スペースに電磁石を配置し、光軸方向に磁場を印加できるようにした。薄膜試料を光軸に対して45°傾けて配置した。試料にS偏光を照射し、出射されるSHGの強度を、検光子をS配置から±45°回転させながら測定した。

4.2結果と考察

 x=0.10におけるSH強度の検光子回転角依存性をFig.8に示す。SH強度は検光子の回転角度に対して、サイン2乗でフィッティングできる変化を示すが、外部磁場±1Tの印加により、そのパターンは±1.0°シフトした。これは、SHGの偏光面が磁場により回転したことに対応し、外部磁場でSHGの回転を制御することに成功した。

 メーカーフリンジ測定から電気分極は薄膜面に垂直に配向しており、C∞Vの対称性を有していた。今、分極方向をz軸、薄膜面内方向をx軸に座標変換すると、非線形感受率テンソルは以下のように書ける。

 このときS偏光を照射すると、xzyyの項によりP偏光のみが出射される。ここで外部磁場を印加するとスピンの向きが揃うことで対称性が変化し、テンソルは以下のように変化する。

 このときS偏光を照射すると、xyyyの項が出現したことにより、S偏光も出射され、Xzyyの項により出射されるP偏光との合成ベクトルとしてSHが発生するため、偏光面が回転したと考えられる。

5.結言

 新規強誘電・強磁性体である(PLZT)x(BiFeO3)1-xの作製に成功し、その光学的機能性について検討を行った。固相反応法により作製した焼結体では、0.10≦x≦0.45において室温強誘電・強磁性体となった。本固溶体の強誘電性は菱面体晶の極性クラスターに起因し、リラクサー特性を示した。また発現した磁化は弱強磁性に起因すると考えられる。薄膜ではSHGとMOの両方が観測され、さらにSHGの偏光面を外部磁場で回転できるMSHGの観測に成功した。強誘電・強磁性体では電気分極や磁化の向きを電場や磁場で同時に制御することが可能なので、さらなる機能性の発現が期待できると考えられる。

Fig. 1 Phenomena caused by the interaction among magnetic, electric, and optical pro perties.

Fig.2 Ferroelectric ferromagnets composed (PLZT)x(BiFeO3)1-x perovskites.

Fig.3 XRD patterns of (PLZT)x(BiFe03)1-x solid solutions.

Fig.4 P-E hysteresis loops of (PLZT)x(BiFe03)1-x solid solutions.

Fig.5 Dependence of magnetization of (PLZT)x(BiFe03)1-x solid solutions on external magnetic field.

Fig.6 Dependence of Faraday rotation angle of the thin film for x = 0.10 on external magnetic field.

Fig.7 Maker fringe patterns of the thin film for x = 0.10. (○) PIN-POUT, (◇) PIN-SOUT, (●) SIN-POUT, and (◆) SIN-SOUT.

Fig.8 Dependence of SH intensities of the thin film for x = 0.10, (△) 0T, (○)1T, and (●)-1T.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「新規強誘電・強磁性体の作製とその磁気および非線形光学効果に関する研究」と題し、(PLZT)x(BiFeO3)1-x固溶体の作製とその光学的機能性について研究したものであり、5章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景とストラテジーについて述べられている。強誘電・強磁性体では電気分極と磁化との相互作用により、発生する第2高調波の強度や偏光面の回転角を外部磁場で制御できる、磁化誘起第2高調波発生(MSHG)が期待できることが述べられている。また、光学特性を付加した強誘電・強磁性体を得るための検討がなされ、(PLZT)x(BiFeO3)1-x固溶系が適していることが述べられている。

 第2章では、固相反応法を用いた(PLZT)x(BiFeO3)1-x焼結体の作製と、その結晶構造、誘電特性、磁気特性について述べられている。作製した焼結体はXRD測定より全組成域でペロブスカイト単相を形成し、0.10≦x≦1.0の広い組成範囲において巨視的には光学等方体である立方晶系を形成することが示されている。また、この組成範囲において室温で強誘電性を示すことが明らかにされている。さらに0.10≦x≦0.45では、室温で強磁性も示し、強誘電・強磁性体となることが示されている。発現した強誘電性については、XRD測定では立方晶に帰属されたものの、ラマンスペクトルにおいて菱面体晶に基づくピークが観測されたことから、菱面体晶の極性クラスターに起因することが述べられており、強誘電転移温度付近における誘電率のブロードなピークと周波数分散から、リラクサー強誘電体であることが明らかにされている。また、発現した強磁性については、磁化曲線から弱強磁性に起因することが述べられており、弱強磁性の発現機構として、(i)金属置換の選択性、(ii)キャント磁性、(iii)構造歪みによるランダムスピン配向、(iv)反強磁性体ドメインウォールのピニングなどの可能性が説明されている。

 第3章では、光学測定が可能となる(PLZT)x(BiFeO3)1-x透明薄膜の熱分解法による作製と、その諸物性について検討がなされている。薄膜では、0≦x≦0.10の組成範囲でペロブスカイト単相が得られ、x=0、0.02、0.05では菱面体晶のペロブスカイト構造を、x=0.10では巨視的には立方晶のペロブスカイト構造をそれぞれ形成することが示されている。強誘電ヒステリシスループはx=0.10でのみみられ、また磁気ヒステリシスループはPLZTが固溶しているx=0.02、0.05、0.10でみられることが示されており、薄膜においても焼結体と同等な強誘電性や強磁性を示すことが確認されている。膜厚約300nmの薄膜において、600nm以上の波長に対して50%以上の透過率を示し、その結果、透過光での磁気光学効果(ファラデー楕円率、ファラデー回転)や第2高調波発生(SHG)が観測され、薄膜化することで、光学特性を付加した強誘電・強磁性体が得られたことが述べられている。

 第4章では、(PLZT)x(BiFeO3)1-x強誘電・強磁性体透明薄膜の新しい光学的機能性としての磁化誘起第2高調波発生(MSHG)について検討がなされている。x=0.05、0.10の薄膜ではS偏光入射、外部磁場±1T印加で±1.6°、±1.0°、SHG偏光面がそれぞれ回転することが示されている。また、SHG偏光面の回転について、スピンの対称性を考慮した非線形感受率テンソルのテンソル成分を検討することで説明されている。

 第5章は結論である。本論文では、(PLZT)x(BiFeO3)1-x新規強誘電・強磁性体において、電気分極と磁化が相互作用することで生じるMSHGの観測に成功し、SHG強度や偏光面の回転角を外部磁場で制御できることを明らかにしている。強誘電・強磁性体では、電場と磁場両方でSHG制御が可能であり、また残留分極、残留磁化が存在するので、電場や磁場を切った後でもこれらの効果が維持できる利点があり、様々な光導波路用素子や光メモリーなどへの応用が期待できることが述べられている。また、学術的にも電子のもつスピンと電荷の相互作用により生じる新しい効果の発現や、強誘電性、強磁性両ドメイン構造に関する今後の研究なども興味深く、応用、基礎いずれの見地からもこれらの分野の発展に大きく寄与するものと認められ、高く評価できる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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