学位論文要旨



No 117506
著者(漢字) 高須,昭嗣
著者(英字)
著者(カナ) タカス,アキツグ
標題(和) RNAの立体構造解析システムの開発
標題(洋)
報告番号 117506
報告番号 甲17506
学位授与日 2002.06.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5300号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 助教授 和田,猛
 東京大学 助教授 浅沼,浩之
 東京大学 講師 鈴木,勉
内容要旨 要旨を表示する

1.序

 生体高分子の機能発現のメカニズムを理解するためには、その立体構造あるいは他の分子との相互作用について原子座標のレベルで明らかにすることが必須である。しかし、RNAは生命現象において極めて重要であるにもかかわらず、その化学的な性質から立体構造解析が容易ではなく、解析手法が確立されているとは言えない。

 例えば、核磁気共鳴(NMR)法によるRNAの立体構造解析では、NMR情報に基づいた分子の立体構造計算を行う。この計算は、基本的に分子の運動のシミュレーションであり、分子中の各原子の初期配置と運動の初速度に依存してシミュレーションの結果が変わる。ある分子の立体構造を決める場合、このような計算を数百回程度行い、その結果得られた構造のうち相当数が特定の構造に収束した場合に、立体構造が決定されたことになる。しかし、数十残基程度以上のRNA分子の場合は、十分なNMR情報が得られず結果が収束しない場合がある。一方、分子自体のゆらぎ等が原因で収束した構造が得られない場合もありうる。

 そこで本研究では、近年発表されたリボソーム結晶構造に含まれているRNAの局所構造に関する膨大な情報を解析した。また、多数の立体構造の一群を解析しその共通部部分や相違部分を明らかにする新しい計算機システムを開発した。これらによる効率的な立体構造決定を目指している。

2.既知のRNA局所構造の解析

 近年のリボソームの結晶構造解析の成果は、RNA分子中の各原子の座標情報の多さとしても画期的なものである。本研究では、この巨大なデータソースを分析し、RNAの局所的な構造に関するデータベースの作成を試み、核酸塩基の相対配置の情報を抽出し、そのパターンを分析した1)。

2-1.方法

 まず、アデニン(A)・シトシン(C)・グアニン(G)・ウラシル(U)の4種類の核酸塩基について、その位置および向きを定義した。リボソームの結晶構造は、Steitzらのグループによって決定されたHaloarcula marismortuiリボソームの大サブユニット(PDB ID:1FFK)を用い、これに含まれる2828残基の核酸塩基について上記の定義にしたがって位置と向きを計算し、さらに任意の2塩基間の相対配置を計算し、データベース化した。また、得られた相対配置に関するデータを分析した。

2-2.結果

 図1a、bは、それぞれの基準残基から10Å以内にある塩基との相対配置を、基準塩基の面に平行な方向へ投影した図である。塩基対を形成している塩基を表す点が、基準塩基から約5.5Åの位置に集中して分布している事がわかる(図1a)。また、上下方向には、スタッキングした塩基が2段ずつ現れている。

 図2には、塩基対の存在する面付近の分布を、基準塩基およびその近接塩基の種類ごとに図1に垂直な方向に投影した。図2の左上のパネル(UAパネル)は、基準塩基Uに対するAの相対位置の分布を示している。明らかに、U-A塩基対の位置に近接塩基が集中していることがわかる。同様にCG、GCおよびAUパネルにもワトソン・クリック型の塩基対が見て取れる。他にもそれ以外の型の塩基対に対応する分布が図中にみられる。スタッキング領域についても同様の解析を行った。また、蛋白質がRNAの局所的構造に与える影響をこのデータベースを用いて解析し、ステム部分に蛋白質が結合している可能性が高いことを指摘した(表1)。

2-3.考察

 塩基対の分布の解析では、相対位置の多くはよく知られた塩基対に相当する位置に分布している事がわかった。このような解析などによって立体構造モデリングなどにおいて有用な情報が得られると考えられる。

 また、いわゆるA型のステム構造を除外して同様な解析を行うことによって、ステム間あるいはループ間の相互作用のパターンを抽出できると考えている。

3.RNAの立体構造分類システムの開発

 NMRによる立体構造解析において立体構造計算が収束しなかった場合でも、得られた一群の構造を分類し立体構造群の特徴を捕らえることが、その機能解析のために重要である。例えば、収束していない構造群を構造が収束した小構造群(グループ)に分類することで、部分的に収束している構造を見つけ出せると考えられる。

 本研究ではRNAの立体構造を構築する基本単位である塩基対とスタッキングに注目し、これらのパターンを比較することによって立体構造の分類と評価を行うシステムを開発した2-4)。ここでは、立体構造予測プログラムであるMC-SYMによって得られた構造群について解析を行った。

3-1 方法

 まず、対象分子の化学構造に基づき、水素結合のドナーおよびアクセプターをリストアップする。次に、全ての立体構造中のそれらの組み合わせについて原子間距離を調べ、構造群に存在する全ての水素結合を見つける。各構造の水素結合パターンの比較によって、立体構造の分類を行う。スタッキングについても同様な解析を行う。これらの解析を自動的に行うシステムを開発した。さらに、分類された個々のグループを個々の水素結合の出現頻度などによってスコアをつけ評価した。

3-2 結果

 解析にはループ部分が7残基のヘアピン構造のモデルRNAを用いた。スタッキングおよび塩基対の情報を元にしてMC-SYMによって立体構造を生成し、279個の構造を得た。

 この立体構造群に対して、まず、水素結合を分類の指標に用い、「全く同じ水素結合パターンを持つ構造が同じグループになる」という基準で分類したところ、89グループに分類された。また、スタッキングによる同様の分類では37グループに分類された。今回の分類方法では、水素結合のほうがより細やかに分類できた。逆に、おおざっぱな分類のためには、スタッキングによる分類が適していることが示唆された。また、スコアによって立体構造を評価した結果、最もスコアの高かった立体構造は比較的ひずみの少ない構造であることを確認した。

3-3 考察

 このように分類システムの作成、分類の実行、および得られたグループの評価を行った結果、的確な分類には水素結合とスタッキングの両方の情報を用いる必要のあることが示唆された3)。

4.RNAの立体構造分類システムの改良と応用

 第4章では、第3章で開発した分類システムを改良し、NMR情報に基づいた立体構造計算の結果について適用した。

4-1 方法

 本研究によって開発した立体構造分類システムを、水素結合やスタッキングの多さに基づいた指標を用いることで立体構造群に順位をつけるように改良した。また、さらに、分類されたグループ間における構造の違いの許容度を表すパラメーターを導入し、様々な立体構造群の分類ができるシステムに改良した。改良したシステムを、NMR情報に基づいた立体構造計算の結果である2組の立体構造群に適用した。

4-2 結果

 2組の立体構造群のうち一方は、上位のグループと、エネルギーの低い構造の集団がほぼ一致した(図3)。また、もう一方の適用例ではエネルギーの低い構造とは若干違う構造群が得られたが(図4)、この構造群の収束度はエネルギーの低い構造群よりもややよかった。

4-3 考察

 2つの適用例によって、本システムによって従来法と同等の立体構造群を選び出せる可能性が示された。今回作成したシステムは、比較的単純な方法で水素結合およびスタッキングを判別している。しかし、今回適用した以外の立体構造群に対しても的確な判別を行うためには、もっと厳密な判別基準を用いる必要性が考えられるため、本研究で作成した相対配置のデータベースを利用した判別システムの開発を計画している。

5. 総合討論

 本研究によって得られたリボソームRNA中の相対配置を解析することで、立体構造計算に利用できる経験的力場の作成ができるだろう。また、リボソームRNAから得られる情報は膨大であることから、RNAの立体構造モチーフのデータベース作成にも役立つだろう。

 本研究によって作成した分類システムは、従来法と同等の収束した立体構造の抽出が行えた。また、複数の収束した構造群を含んだ立体構造群に対しても適用できる。このようなシステムは、従来よりも大きなRNA分子の立体構造解析を行う場合に必要になるだろう、また、計算機による立体構造モデリングや、分子動力学計算における大量の軌跡データの解析にも応用できるだろう。

6.結論

 本研究により、世界で初めて、リボソームに含まれるRNAの塩基相対配置のデータベースを作成した。また、世界で初めて、RNAの局所的な構造に基づいて立体構造群を分類するシステムを開発した。これらは、NMR法などで用いられる立体構造計算の高効率化に寄与をはじめとして、構造生物工学のさまざまな局面において新しい解析手法として利用され得ると考えている。

発表論文

1) Takasu,A.,Watanabe,K.,Kawai,G. Nucleosides,Nucleotides and Nucleic Acids, in press, Analysis of relative positions of ribonucleotide bases in a crystal structure of ribosome.

2) Takasu,A.,Kawai,G.,Watanabe,K. Nucleic Acids Symp.Ser.,42,233-234(1999) Development of a system to classify 3D structural character of RNA.

3) Takasu,A.,Watanabe,K.,Kawai,G. Nucleic Acids Symp.Ser.,44,227-228(2000) Classification of 3D structural character of RNA by hydrogen bond and base stacking.

4) Takasu,A.,Watanabe,K.,Kawai,G. J.Biochem.,in press, Classification of RNA structures based on hydrogen bond and base-stacking patterns: application for NMR structures.

図1.リボソーム中の塩基の相対配置。

基準塩基に対する近接塩基の位置を塩基に平行な方向へ投影した。a:塩基対を横から見る方向への投影図。b:aに垂直な方向への投影図。

図2.塩基種毎の近接塩基の分布。

表1 蛋白質との距離による相対位置分布の違い。

ワトソン-クリック塩基対、その他の塩基対の存在数と、その比率(非ワトソン-クリック/ワトソン-クリック)を示した。

図3. グループ番号とグループに含まれる構造の数の関係。

エネルギーの低い構造に対応する部分を黒で示した。

図4.分類システムを適用した第2の構造群のスコアとエネルギーの関係。

審査要旨 要旨を表示する

 RNAは生物にとって必要不可欠な分子であるが、その立体構造を解析・決定する手法の開発は蛋白質やDNAと比較してかなり遅れており、未だ確立されているとはいえない。その主な原因は、タンパク質やDNAがX線結晶構造解析やNMR分光法などの分析化学的な手法で構造決定が容易なのに対し、RNAではその高い分子運動性と化学構造の均一性が障害となって、解像度の高い構造解析が困難なことによる。NMRについては分析方法の進歩によって改善されつつあるものの、NMR単独での構造決定は限界に達しつつある。したがってRNAの立体構造解析には、上記のような分析化学的手法に加えて、コンピューターによるシミュレーションが不可欠であった。

 本研究は、「RNAの立体構造解析システムの開発」と題し、この分野の研究を推進する目的でコンピューターを利用した立体構造解析システムの開発を目指したものであり、6章からなる。

 第1章では、まず、RNAの立体構造決定の重要性と、現状についてまとめた。タンパク質やDNAと比較すれば未だにその数は少ないものの、RNAの立体構造に関する個別の情報が近年急速に増加したことに注目し、これをうまく利用する方法を開発すれば、それは一般的なRNAの立体構造解析に大きく貢献できる可能性がある。NMRにおける立体構造決定手法や、コンピューターによる解析手法について述べ、立体構造群を分類するシステムがRNA立体構造解析で有用かつ重要になる可能性を指摘した。これと関連して、既報の蛋白質の立体構造分類システムやRNAの立体構造分類システムの利点や欠点について述べ、本研究の位置づけを行った。

 第2章では、RNAの構造を特徴付けるパラメータを客観的かつ定量的に定義した、新規なデータベース化プログラムを開発した。これをRNAに関する最大の情報量を持つリボソームRNAやtRNAに適用し、その塩基相対位置のデータベースを作成した。さらにこれを解析することで、RNAのステム構造のゆらぎの大きさを明確に可視化した。その結果、1)コア領域より蛋白質結合領域において非ワトソンクリック塩基対の割合が多いこと、2)コア領域では、RNAの2重らせんに3番目の鎖が相互作用して特定の立体構造を形成したり、安定化したりしていること、3)蛋白質は、この3番目の鎖と置き換わるようにしてRNAと相互作用している可能性が高いこと、など、これまでに見出されていなかったRNAの特徴を見出すことができ、本プログラムの有用性を明らかにした。

 これらの情報は、RNAの立体構造決定や、決定した立体構造モデルの評価に役立つものと思われ、さらにこのデータベースは、力場パラメータなどRNAの立体構造解析に様々な有用な情報を与えるものと考えられる。

 第3章では、RNAの立体構造を、その形成に重要である塩基対とスタッキングの情報をもとにして分類するシステムを開発した。このシステムで用いた塩基対などの情報の判定基準を、既知のRNAの立体構造を用いて検証した。また、コンピューターによって生成された300個程度からなる立体構造群についてこのシステムを適用したところ、水素結合を判定に用いた場合には、89グループに、また、スタッキングを用いた場合には、37グループに分類された。分類されたそれぞれの立体構造群は、確かに類似の構造のみを含んでおり、その分類結果を見ることで、もとの立体構造群にどのような立体構造パターンが含まれているかを明確にすることができた。すなわち水素結合とスタッキングを指標とする極めて直接的な本分類システムにより、RNAの立体構造を極めて効果的に分類できることを明らかにした。

 第4章では、第3章で開発した分類システムを改良し、NMR情報に基づいた立体構造計算の結果に適用した。本章において、分類されたグループ間における構造の違いの許容度を表すパラメーターを導入し、様々な立体構造群でも分類ができるシステムに改良した。また、この改良されたシステムでは、共通の構造要素を多く含む構造に高い点がつく仕組みになっている。このシステムを適用した2組の立体構造群のうち一方は、最も高得点のグループと、立体構造計算において算出されるエネルギーの低い構造からなる一群がほぼ一致した。また、もう一方の適用例ではエネルギーの低い構造とは若干違う構造群が得られたが、立体構造の収束度の点では従来法をやや上回る構造群が得られた。これらによって、本システムによって、従来法と同等の立体構造群を選び出せる可能性を示した。

 第5章では、局所構造データベースと立体構造分類システムを相互利用するのが有効であることを議論した。また、構造全体を比較する従来の手法では、分子のいくつかの部分で局所的に構造計算が収束していても、分子全体の立体構造がばらつく場合にはその収束度を認識できない。しかし、本研究のシステムでは、局所的な立体構造の情報のみに基づいて分類しているため、全体構造に依存せず、それらの立体構造を同一のグループに分類することが可能であることを指摘した。

 第6章では、本論文の結論をまとめた。

 以上のように、本研究はRNA立体構造解析手法に新しい側面を付け加えたものであり、今後のRNA立体構造解析手法の推進に資するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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