学位論文要旨



No 117510
著者(漢字) 小林,誠一郎
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,セイイチロウ
標題(和) 非寛解サルコイドーシス患者におけるVα24Vβ11NKT細胞の減少および活性化障害
標題(洋)
報告番号 117510
報告番号 甲17510
学位授与日 2002.06.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2026号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 佐藤,典治
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 山本,一彦
内容要旨 要旨を表示する

 背景 サルコイドーシスは、病理学的特徴として非乾酪性の肉芽腫を認め、呼吸器を中心として侵襲する全身性の疾患である。一般的に肉芽腫形成は、多様な抗原に対する生体の防御反応と考えられる。サルコイドーシスの原因抗原は未だ確定されていないが、最近、Propionibacterium acnesあるいはPropionibacterium granulosumが注目されている。サルコイドーシスの肉芽腫形成では、1.マクロファージ、リンパ球が標的臓器に浸潤し、マクロファージが集積して類上皮細胞あるいは多核巨細胞に分化する。2.主にTh1(Thelper1)型リンパ球がその周囲を取り囲むことにより肉芽腫を完成する。

 最近、同様の肉芽腫形成疾患である結核菌(Mycobacterium tuberculosis)感染においてマウスVα14NKT細胞が感染防御に重要な役割をしていることが報告された。つまりVα14Jα281ノックアウトマウス(NKT細胞欠損マウス)では、結核菌より調整した脱タンパク化した菌体成分を投与しても肉芽腫形成が起こらない。Vα14NKT細胞の活性化がTh1型反応を誘起し、IFN-γ等のTh1型サイトカインの産生により肉芽腫産生を誘導し、結核菌に対する抵抗性に関与していると考えられる。

 Vα14NKT細胞は、NK細胞の表面マーカーであるNK1.1、均一な抗原受容体α鎖Vα14Jα281、限られたVβレパートリー(主にVβ8.2)によって特徴づけられる。Vα14NKT細胞は多形性のないMHC様classIb分子であるCDld拘束性に、α-アノマーのガラクトースをもつ糖セラミドであるα-ガラクトシルセラミド(α-galactosylceramide;α-GalCer)を認識する。活性化されたVα14NKT細胞はIFN-γ、IL-4両方を産生する。ヒトにおいてマウスVα14NKT細胞に相当するものはVα24Vβ11NKT細胞である。マウス同様、ヒトNKT細胞もCDld拘束性にα-Ga1Cerによって活性化される。ヒトNKT細胞も抗腫瘍免疫、レルギー反応、自己免疫疾患、感染症等様々な免疫反応において、重要な役割をすると考えられている。

 現在までの多くの研究では、サルコイドーシスにおける免疫反応の解析に、T細胞、マクロファージ等に焦点を当てて行われてきた。しかしヘルパーT細胞の分化を制御し、同様の肉芽腫形成疾患である結核においてもその関与が考えられているVα24Vβ11NKT細胞の研究は全く行われていない。このレポートではフローサイトメトリー、single cell reverse transcription polymerase chain reaction(single-cell RT-PCR)、定量的RT-PCR等により末梢血中のVα24Vβ11NKT細胞の割合、機能を、寛解、非寛解サルコイドーシス患者、健常人について解析し、非寛解サルコイドーシス患者において末梢血Vα24Vβ11NKT細胞の減少と活性化障害が示唆されたので報告する。材料と方法、結果サルコイドーシス患者群43人と健常対照群22人について解析した。30人の患者は、サルコイドーシスと診断後無治療で治癒あるいは寛解した。これらの患者を寛解群と定義した。13人の患者は、現在まで胸部X線写真上改善、悪化を繰り返すか、悪化を続ける所見が認められた。これらの患者を非寛解群と定義した。

 まず末梢血中のリンパ球をFITC付加抗TCRVα24抗体、PE付加抗TCRVβ11抗体、CyChrome付加抗CD3ε抗体にて染色し、フローサイトメトリーにより解析した(Figure1.)。末梢血リンパ球中のVα24Vβ11NKT細胞の割合、絶対数は、寛解群と健常対照群間では有意差を認めなかったが、非寛解群では健常対照群と比較して減少していた(Figure2.)。CD3+T細胞の割合は、各群間で有意差を認めなかった。CD3+丁細胞中のVα24Vβ11NKT細胞の割合は寛解群と健常対照群問では有意差を認めなかったが、非寛解群では健常対照群と比較して減少していた。

 非寛解群におけるVα24Vβ11NKT細胞の減少の原因を調べるため、NKT細胞の特異的なリガンドであるα-GalCerを使って、CDldによる抗原提示能を検討した。マグネティックセルソーティングによってCD3-細胞を回収し、α-GalCerまたはvehicleと反応後、放射線照射し抗原提示細胞として使用した。レスポンダーとして、Vα14NKT細胞以外のリンパ球を認めないrecombination activating gene-1(RAG-1)ノックアウトVα14Vβ8.2ダブルトランスジェニックマウスを使用し、増殖反応の測定をしたところ、非寛解群において抗原提示能の障害を認めなかった。この結果Vα24Vβ11NKT細胞の減少の原因は、抗原提示細胞側ではなくNKT細胞それ自身にあると考えられた。

 そこで1細胞レベルで、Vα24Vβ11NKT細胞が機能障害を有しているかを検討するため、固相化抗CD3ε抗体刺激Vα24Vβ11NKT細胞を、single-cellソーティングした後RT-PCRを行いサイトカイン産生を検討した。TCRVα24陽性サンプル中のIFN-γ陽性サンプルの割合を解析した。非寛解群では寛解群に比べて、IFN-γ産生Vα24Vβ11NKT細胞の割合が減少していた(Rgure3.)。

 次に、培養し増殖させたVα24Vβ11NKT細胞をPMA、イオノマイシンで刺激後、産生されるIFN-γとGAPDHを定量的RT-PCRにて測定した。各サンプルについて検量線から計算したIFN-γのコピー数をGAPDHのコピー数で割り、NKT細胞によるIFN-γの産生量とした。非寛解群では寛解群,健常対照群に比べて、Vα24Vβ11NKT細胞によるIFN-γ産生量が減少していた(Figure4.)。IL-4についても同様に解析したが、各群間で有意差を認めなかった(Figure4.)。またPMA、イオノマイシン刺激CD4+T細胞のIFN-γ、IL-4産生を細胞内サイトカイン染色により解析した。各群間でCD4+T細胞中のIFN-γ、IL4、IFN-γ+IL-4産生細胞の割合に有意差を認めなかった。

 考察 サルコイドーシスの原因は不明であるが、何らかの抗原に対する生体の防御反応として、肉芽腫が形成される可能性が有力である。今回の研究では結核菌感染と同様の肉芽腫形成疾患におけるサルコイドーシスにおいて、非寛解群において末梢血リンパ球中のVα24Vβ11NKT細胞の減少を認め、サルコイドーシスにおけるNKT細胞の関与が示唆された。NKT細胞が肉芽腫形成に必要であるとすると、肉芽腫形成が持続している非寛解群でNKT細胞が減少していることは矛盾しているようにも見える。これに対しては、以下のような説明が1つの可能性として考えられる。マウス結核菌感染モデルでは、肉芽腫形成の際Th1型反応が起こり、Vα14NKT細胞はTh1型反応を誘起する役割を持つと考えられている。サルコイドーシス非寛解群においては、Vα24Vβ11NKT細胞の減少とIFN-γの産生抑制のため、主な肉芽腫形成部である肺間質部において十分なTh1型反応を誘導できず、抗原を排除できない結果Th1型反応が持続し肉芽腫形成が持続するという機序である。

 以上、サルコイドーシス非寛解群において、末梢血中のVα24Vβ11NKT細胞の減少とIFN-γ産生能の減少が認められ、NKT細胞の活性化障害が示唆された。

Flgure1.フローサイトメトリーによる抹消血NKT細胞の解析

Flgure2.抹消血におけるNKT細胞の割合、絶対数

Flgure3.Single-cell RT-PCRにより解析したNKT細胞のIFN-γ産生態

Flgure4.定量的RT-PCRにより解析したNKT細胞のIFN-γ、IL-4産生態

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ヒト肉芽腫形成疾患であるサルコイドーシスにおいて、最近第4のリンパ球として新たに同定されたヒトVα24Vβ11NKT細胞の役割について解析したものである。

 サルコイドーシスは、病理学的特徴として非乾酪性の肉芽腫を認め、呼吸器を中心として侵襲する全身性の疾患である。サルコイドーシスの原因は未だ確定されていないが、何らかの抗原に対する生体防御反応として肉芽腫が形成されると考えられている。同様の肉芽腫形成疾患であるマウス結核菌感染モデルにおいて、マウスVα14NKT細胞が肉芽腫形成に必須であることが報告されている。サルコイドーシスにおいてもVα24Vβ11NKT細胞の関与が考えられたため解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.サルコイドーシス患者群43人と健常対照群22人について解析した。サルコイドーシス患者群については胸部X線写真から、寛解群(30人)と非寛解群(13人)に分類した。末梢血中のリンパ球をFITC付加抗TCR Vα24抗体、PE付加抗TCRVβ11抗体、CyChrome付加抗CD3ε抗体にて染色し、フローサイトメトリーにより解析した。末梢血リンパ球中のVα24Vβ11NKT細胞の割合は、寛解群と健常対照群間では有意差を認めなかったが、非寛解群では健常対照群と比較して有意に減少していた(寛解群;0.019±0.016%、n=20、非寛解群;0.002±0.003%、n=10、健常対照群;0.044±0.052%、n=17)。末梢血1mlあたりのVα24Vβ11NKT細胞の絶対数についても同様の傾向を認めた。

2.1.の原因として、抗原提示細胞側の機能障害の可能性をまず考えた。NKT細胞の特異的なリガンドで糖セラミドであるα-ガラクトシルセラミド(α-galactosylceramide;α-GalCer)を使って、CDldによる抗原提示能を検討した。マグネティックセルソーティングによってCD3細胞を回収し、α-GalCerかvehicleと反応後、放射線照射し抗原提示細胞として使用した。レスポンダーとして、Vα14NKT細胞以外のリンパ球を認めないrecombination activating gene-1(RAG-1)ノックアウトVα14Vβ8.2ダブルトランスジェニックマウスを使用し増殖反応の測定をしたところ、非寛解群において抗原提示能の障害を認めなかった。この結果Vα24Vβ11NKT細胞の減少の原因は、抗原提示細胞側ではなくNKT細胞それ自身にあると考えられた。

3.そこで1細胞レベルで、Vα24Vβ11NKT細胞が機能障害を有しているかを検討するため、固相化抗CD3ε抗体刺激Vα24Vβ11NKT細胞を、single-cellソーティングした後RT-PCRを行いサイトカイン産生を検討した。TCRVα24陽性サンプル中のIFN-γ陽性サンプルの割合を解析した。非寛解群では寛解群に比べて、IFN-γ産生Vα24Vβ11NKT細胞の割合が有意に減少していた(寛解群;62.2±15.4%、n=9,非寛解群;38.9土18.0%、n=7、健常対照群;52.6±16.0%,n=8)。

4.次に培養し増殖させたVα24Vβ11NKT細胞をPMA、イオノマイシンで刺激後、産生されるIFN-γとGAPDHを定量的RT-PCRにて測定した。各サンプルについて検量線から計算したIFN-γのコピー数をGAPDHのコピー数で割り、NKT細胞によるIFN-γの産生量とした。非寛解群では寛解群,健常対照群に比べて、Vα24Vβ11NKT細胞によるIFN-γ産生量が有意に減少していた(寛解群;0.904±0.537、n=7、非寛解群;0.082±0.029、n=8、健常対照群;0.984±0.348、n=8)。IL-4についても同様に解析したが、各群間で有意差を認めなかった。

5.以上より、サルコイドーシス非寛解群において、末梢血中のVα24Vβ11NKT細胞の減少とIFN-γ産生能の減少を認め、NKT細胞の活性化障害が示唆された。マウス結核菌感染モデルにおける肉芽腫形成ではTh1型反応が起こり、Vα14NKT細胞はTh1型反応を誘起する役割を持つと考えられている。サルコイドーシス非寛解群においてはVα24Vβ11NKT細胞の減少とIFN-γの産生抑制のため、主な肉芽腫形成部である肺間質部において十分なTh1型反応を誘導できず、抗原を排除できない結果Th1型反応が持続し肉芽腫形成が持続する、という機序が1つの可能性として考えられた。

 以上、本研究はサルコイドーシスの研究においてこれまで焦点を当てられていなかったVα24Vβ11NKT細胞について、その病態における関与の可能性を示したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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