学位論文要旨



No 117514
著者(漢字) 宮本,有紀
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,ユキ
標題(和) 動ける痴呆患者と動けない痴呆患者の介護負担の比較
標題(洋) Carer Burden in Mobile and Non-Mobile Demented Patients: A Comparative Study
報告番号 117514
報告番号 甲17514
学位授与日 2002.06.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2030号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 菅田,勝也
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 我が国では65歳以上人口の約7%が痴呆性老人であると推計されている。これら痴呆性老人の大部分は在宅生活をしているが、介護を必要とする者も多く、その介護を家族が担っていることが多い。痴呆患者を介護する者の介護負担は介護者の身体的、精神的健康に影響を及ぼすことが発表されており、介護負担に対する関心が高まっている。介護負担に影響を与える因子についての研究も進められており、介護者の年齢、性別、患者との続柄、患者の疾患、認知機能、日常生活自立度(ADL)の状態などが介護者の介護負担に影響を及ぼすということが発表されている。最近では特に、問題行動と呼ばれる痴呆患者の行動に注目が集まっており、問題行動が痴呆患者の介護者の介護負担に大きく関連していることは多くの研究で示されている。

 しかし、身体機能に障害のある患者は徘徊しないという報告がなされているように、問題行動は、痴呆患者の身体可動性によって異なると考えられる。例えば、動ける痴呆患者は動き回ることができるが故に、身体的な問題行動を生じる可能性がある。これら動ける患者の問題行動は、介護者の目が離せず常時の見守りが必要となることから、介護者にとっては重い負担となることが考えられる。

 痴呆患者の可動性に着目し、その介護負担に影響を及ぼす問題行動の違いについて調べた研究はまだない。そこで、動ける痴呆患者と動けない痴呆患者の介護者の介護負担に影響を与える問題行動の特徴の違いについて比較検討するために、動ける痴呆患者と動けない痴呆患者における介護者の主観的介護負担を、個々の問題行動に焦点を当てて調査した。

方法

対象

 本研究における対象は、在宅痴呆高齢者の主たる介護者である。対象者数を確保することに加え、痴呆高齢者に関する客観的情報を得るため、全国の通所施設に協力を要請した。通所施設として、日本精神病院協会の会員病院とその関連施設である介護老人保健施設で、痴呆患者の通所する通所サービスを行っている施設から半数(50%)を無作為抽出し、233施設に調査協力を依頼した。各施設から系統抽出法により4名の痴呆患者を選び、その患者の介護者に調査対象者として調査協力を依頼した。調査協力を依頼した介護者は計932(233x4)名である。

 痴呆患者の介護に対する介護負担、患者の生活状況、問題行動の頻度、介護者の属性については、患者の自宅での主たる介護者(以下、介護者)が記入した。痴呆患者の診断は精神科医が行い、患者の性別、年齢などの基礎的情報、認知機能、日常生活自立度は臨床心理士や看護婦(士)、ケアワーカーなどの施設職員が記入した。調査にあたり、介護者から書面による同意を得た。435名(46.7%)から調査票を回収し、介護負担尺度の項目に欠損のなかった379名を本研究における解析対象とした。調査期間は2000年12月から2001年3月である。

尺度

主観的介護負担

 介護者の主観的介護負担は、Zarit Caregiver Burden Interview(ZBI)を用いて評価した。ZBIは世界的に用いられている介護負担尺度であり、21項目の負担に関する質問と、1項目の包括的負担尺度からなっている。各項目について5段階で回答する。総合得点は21項目の得点の合計で表し、総合得点範囲はO〜84点である。得点が高いほど負担が大きいことを意味する。今回使用したZBI日本語版もその信頼性、妥当性が示されている。

認知機能

 認知機能の尺度には、Mini-Mental State Exemination(MMSE)を用いた。MMSEは認知障害の程度を測る30点満点の尺度であり、広く使用されている。得点が高いほど、認知機能が高いことを示す。MMSE日本語版もその信頼性、妥当性が示されている。

日常生活動作(ADL)

 患者の基本的ADLはPersonal Self-Maintenance Scale(PSMS)によって評価した。PSMSは、排泄、食事、更衣、整容、移動、入浴の6項目を5段階で評価し、総合得点を計算する際には各項目においてなんらかの介助を要する場合に0点、介助の必要がない場合に1点を与えられる。総合得点範囲はO〜6点で、得点が高いほどADL機能が高いことを示す。PSMS日本語版もその信頼性、妥当性が示されている。

 本研究では,PSMSの「移動」の項目において「1人で出かけることができる」、「家の中か周囲まで出かけることができる」、「杖、歩行器、車椅子の助けが必要」のいずれかの状態にあると判定された患者を「動ける」、「椅子や車椅子に座っていられるが、自分では動かせない」、「終日の半分以上は寝たきり」の状態にあると判定された患者を「動けない」とみなした。本研究では、379名のうち、325名の患者が「動ける」群に、残りの54名が「動けない」群に分類された。

問題行動

 患者の問題行動はTroublesome Behavior Scale(TBS)によって評価した。TBSは日本で開発された問題行動尺度で、14種類の問題行動の頻度を5段階で問う尺度であり、その信頼性、妥当性は証明されている。

結果

 解析対象者379名のうち、動ける痴呆患者を介護している介護者は325名、動けない痴呆患者を介護している介護者は54名であった。患者のMMSE得点およびPSMS得点は、動ける患者が動けない患者と比べて有意に高かった(Z=-5.36,P<O.001,Z=-7.90,P<O.O01)。また、動ける患者の介護者は、動けない患者の介護者と比べてZBI得点が高かった(Z=-3.39,p<0,001)。患者の年齢、性別、診断、生活形態、介護者の年齢、性別、患者との続柄には動ける群と動けない群で有意な違いはみられなかった。

 動ける患者の介護者のZBI得点と患者のMMSE得点には有意な負の相関が見られた(r=-0.16,p=O.O05)が、動けない群では関連が見られなかった。その他の患者の属性と介護者のZBI得点には有意な関連が見られなかった。

 両群において介護負担得点と各問題行動の度合いの関連をMMSE得点で統制した偏相関分析を行った結果、介護負担得点との関連が強かった行動は、動ける患者の行動では「徘徊」、「団欒の妨害」、「繰り返し、まつわりつき」、「攻撃的言動」であった。動けない群では「繰り返し、まつわりっき」、「夜騒ぐ」、「否定曲解」、「団欒の妨害」で介護負担得点との関連が強かった(表1)。

 介護者の属性など、介護負担に影響を与えるとみられる因子の影響や問題行動同士の重なりを考慮して、介護負担に影響を与える因子を確認するため、動ける群、動けない群の両群において、介護者のZBI得点を従属変数とするステップワイズの重回帰分析を行った。コントロール因子として介護者の年齢、性別、続柄(配偶者か否か)、患者の性別、診断(アルツハイマーか否か)、MMSE得点の6項目を投入し、問題行動は、各群で介護負担と有意な相関を示したもののみをそれぞれ独立変数として投入した。

 動ける患者の介護負担には患者による「徘徊」が最も高い寄与率を示しており、次に「団欒の妨害」「繰り返し、まつわりつき」「攻撃的言動」の計4項目が有意な寄与因子として抽出された。動けない患者の介護負担では「繰り返し、まつわりつき」のみが寄与因子として抽出された。

考察

 本研究において、動けない患者は低い認知機能および低いADLを呈し、動ける患者は高頻度の問題行動を呈した。これらのことより本研究における動ける患者は中期痴呆、動けない患者は後期痴呆であると考えられた。また、動ける患者の介護者は、動けない患者の介護者と比べて主観的介護負担が高かった。

 動ける患者の介護者の介護負担に影響を及ぼしていた問題行動に比べ、動けない患者の介護者では、患者の身体的な動きを伴う行動より、言語的な行為による問題行動が介護負担に影響を及ぼしていた。動ける患者と動けない患者における介護者の主観的介護負担の強度の差は、患者の可動性に応じた問題行動の違いから生じていると考えることができる。また、患者が動ける時期には問題行動が高頻度のため介護者の負担も高いのに対して、痴呆後期になり、患者の可動性が低下するにつれて問題行動が減少することで介護者の主観的介護負担も減少すると考えられる。

結論

 動ける患者は動けない患者と比べてより高頻度の問題行動を呈し、動ける患者の介護者は、動けない患者の介護者と比べて介護負担をより強く感じていた。介護負担に影響を及ぼす問題行動は、動ける患者と動けない患者ではそのあり方が異なっており、動ける患者の問題行動はより頻度が高かった。患者の呈する問題行動の種類とその頻度によって、動ける痴呆患者と動けない痴呆患者の介護者の主観的介護負担の大きさに差が生じることが示唆された。

表1.介護負担得点と各問題行動の関連をMMSE得点で統制した偏相関分析

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は,痴呆患者の介護者の負担について特に痴呆患者の可動性に着目することで,動ける痴呆患者の介護者と動けない痴呆患者の介護者における介護負担に影響を与える問題行動の特徴の違いから考察したものである。痴呆患者を介護する者の介護負担に関して、患者の可動性によって分類し比較検討を行った研究はこれまでにない。

 本研究では、在宅で生活する痴呆患者を介護する者を対象とし、全国の通所施設を利用している在宅痴呆患者の介護者に通所施設を通じて調査協力の依頼がなされた。調査内容は,主たる介護者の主観的介護負担のほか,介護負担に影響を与えると考えられる年齢,性別,患者との続柄などの介護者属性や,痴呆患者の年齢,性別,認知機能,日常生活自立度(ADL)および14項目における問題行動の頻度であった。本研究では,全て信頼性,妥当性がすでに示されている尺度を用いられている。

 主要な結果は下記の通りである。

1.本研究における解析対象となった通所施設を利用している痴呆患者の介護者379名中,動ける痴呆患者を介護している者は325名,動けない痴呆患者を介護している者は54名であり,介護者の年齢,性別,患者との続柄,患者の年齢,性別,痴呆の診断には動ける群と動けない群で有意な違いは見られなかった。

2.痴呆患者の状態についての施設職員による客観的評価によると,動ける痴呆患者は動けない痴呆患者に比べ,有意に認知機能が高く,また日常生活自立度も高かった。

3.動ける痴呆患者は動けない痴呆患者に比べ,「徘徊」,「危険行為」,「誣告」,「否定曲解」,「ものを隠す」,「無意味な作業」,「他人とのトラブル」,「攻撃的言動」,「まつわりつく/同じ質問を繰り返す」の問題行動の頻度が有意に高かった。動けない痴呆患者において有意に高い頻度で観察された問題行動は「叫ぶ」という行動のみであった。

4.患者の認知機能、ADL、問題行動の頻度から、動ける痴呆患者は中期痴呆、動けない痴呆患者は後期痴呆に属すると推測された。

5.介護者から自記式調査票によって主観的介護負担について得た回答によると、動ける痴呆患者を介護する者においては,動けない痴呆患者を介護する者に比べ,有意に主観的介護負担が高かった。

6.動ける痴呆患者を介護する者の主観的介護負担と痴呆患者の問題行動の頻度の相関分析により,「危険行為」以外の全ての問題行動において,有意な相関が示された。介護負担と最も高い相関を示していた問題行動は「徘徊」,次いで「攻撃的言動」,「否定曲解」,「まつわりつく/同じ質問を繰り返す」と続いていた。患者の認知機能で統制した偏相関分析においても同様な結果が示された。

 動けない痴呆患者を介護する者の主観的介護負担と痴呆患者の問題行動の頻度の相関分析の結果,介護負担と最も高い相関を示していたのは「まつわりつく/繰り返す」の問題行動であり,次いで「夜騒ぐ」,「弄便」,「叫ぶ」と続いていた。患者の認知機能で統制した偏相関分析においても同様な結果が示された。

7.動ける痴呆患者を介護する者の介護負担を従属変数,介護者の性別,年齢,続柄(配偶者/非配偶者),患者性別,診断(アルツハイマー/非アルツハイマー),認知機能得点をコントロールし,介護負担に有意な相関を示した問題行動13項目を独立変数として投入したステップワイズの重回帰分析の結果,「徘徊」,「団らんの妨害」,「まつわりつく/繰り返す」,「攻撃的言動」が動ける痴呆患者の介護負担に有意に寄与していることが示された。

 動けない痴呆患者の介護者の介護負担を従属変数とし,同一の項目でコントロールし,動けない患者を介護する者の介護負担に有意な相関を示した問題行動5項目を独立変数として投入した分析の結果,動けない患者を介護する者の負担に有意に寄与する問題項目として「まつわりつく/繰り返す」が示された。

8.介護負担に影響を及ぼす問題行動は、動ける患者と動けない患者ではそのあり方が異なっており、動ける患者の問題行動はより頻度が高かった。患者の呈する問題行動の種類とその頻度によって、動ける痴呆患者と動けない痴呆患者の介護者の主観的介護負担の大きさに差が生じることが示唆された。

 以上,本論文は,痴呆患者を介護する者の介護負担を,痴呆患者の可動性に着目し,動ける痴呆患者と動けない痴呆患者の問題行動に焦点を当てて考察した点で独創的である。またさらに,介護者の主観的負担に関連する患者の行動が示されたことで,患者,介護者双方に対する介入の優先度を特定しやすくなるという点で、患者・介護者双方への援助が必要とされている痴呆に関する看護実践上の有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値するものと考えら

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