No | 117527 | |
著者(漢字) | 片貝,祐子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カタカイ,ユウコ | |
標題(和) | リスザルを用いた重症熱帯熱マラリアモデルの開発 | |
標題(洋) | Squirrel monkey model for severe human malaria | |
報告番号 | 117527 | |
報告番号 | 甲17527 | |
学位授与日 | 2002.07.08 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第2466号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用動物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | マラリアはマラリア原虫の感染によって起こる疾患である。現在、世界人口の2/3がマラリア汚染地域に居住し、感染者数は年間約3億人、死者数は約200万人に上ると推定されている。マラリア原虫は感染ハマダラカの吸血時にヒトに感染し、まず肝細胞に侵入して分裂する(肝内発育期)。次に赤血球に侵入し、ヘモグロビンを代謝して発育・増殖する(赤内発育期)。赤血球に侵入した原虫は、熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumの場合、約48時間を要して輪状体・栄養体・分裂体と発育する。栄養体及び分裂体の感染赤血球表面には、原虫の遺伝子にコードされる様々な蛋白(knobなど)が発現する。細胞分裂の結果形成された十数個の娘虫体は赤血球を破壊し、各々新たな赤血球に侵入することにより赤内発育期を繰り返す。マラリアの症状は赤内発育期に現れ、貧血・発熱・脾腫を三主徴とする。ヒトのマラリアには四種あるが、なかでも熱帯熱マラリアは脳性マラリア等重篤な合併症を併発することが知られており、脳症状を現した場合は適切な処置がなされなければ致死的である。しかし、熱帯熱マラリア原虫は宿主特異性が強く、チンパンジーなど高等類人猿を除くとりスザルSaimiri sciureus及びヨザルAotus trivirgatusの2種の新世界ザルで実験感染が成立するにすぎず、適切な重症マラリア病態モデルは知られていない。このため、熱帯熱マラリアの病態形成機構については未だ不明な点が多く残されており、病態発現機序の解明及び治療法の開発には熱帯熱マラリア感染病態モデルが必要不可欠である。本研究では、リスザルを用いて熱帯熱マラリア原虫感染による重症マラリアの病態の再現に初めて成功し、さらにそれを用いた薬剤・ワクチン評価系を確立した。 第一章:熱帯熱マラリア原虫感染リスザルにおけるマラリア病態 ボリビアリスザルに熱帯熱マラリア原虫を感染させて重症マラリアの病態発現について検討し、病理組織学的変化と脳症との関わりを解析した。感染赤血球のドナーとして摘脾したリスザルに原虫を感染させ、新鮮な感染血液を採取した。遠心分離にて血漿を除去、さらに白血球除去フィルターを通して白血球を除去し、得られた感染赤血球1×109個を別のリスザルに静脈内接種した。接種されたリスザルでは、接種翌日から末梢血中に感染赤血球が認められ、その後赤血球感染率は急激に上昇し、接種8〜9日目には22〜51%に達した。感染期間を通じて、熱帯熱マラリアに典型的な48時間周期の体温変動が認められた。また血色素尿の排出がみられ、沈欝・痙攣・意識障害・嗜眠などの神経症状等重篤な症状が引き起こされ、同様の方法で感染させた6頭のうち3頭が死亡した(他の3頭は瀕死と判定し麻酔死させ剖検に供した)。何れのサルにおいても著明な貧血、脾腫、及び肺の混濁化等が認められ、脳の割面には点状出血が観察された。これらのリスザルの各種臓器組織について組織学的検索を行ったところ、全頭の脳組織において、脳性マラリア患者の脳に見られる病理組織像と大変類似した、輪状あるいは楕円形をした出血巣(ring hemorrhage)が多数確認された。出血巣は皮質に近い髄質の部分に多く見られ、出血巣の中心部組織が疎になっている像がしばしば観察された。透過型電子顕微鏡による観察を行ったところ、血管内皮細胞の細胞質が薄くなり、基底膜が一〜四層になり波状を呈した像がしばしば認められ、脳実質における血管内皮細胞の異状が示唆された。なお、このような出血像は他の臓器組織では認められなかった。一方、観察した全ての組織において感染赤血球の血管内皮細胞への接着像(sequestration)が確認された。超微形態的には、感染赤血球表面に多数のknobが見られ、それらを介して血管内皮細胞に接着している像が認められた。Sequestrationは心筋、骨格筋、腎の傍皮質、皮下織等の微少血管において高率に観察された。脳の毛細血管でもsequestrationが見られたが、その程度は心筋などに比べ低頻度であった。脳性マラリア患者の脳における主要な病理組織学的変化としてsequestration及びring hemorrhageがしばしば認められることが報告されている。本研究成果は、リスザルを用いることによって動物に重症マラリアを発症させることができ、ヒトと同様の病理組織学的変化を再現できることを示している。また、神経症状を現したリスザルの脳組織の解析から、sequestrationよりもむしろring hemorrhageが脳性マラリアの発症に深く関わることが示唆された。以上、熱帯熱マラリア原虫感染リスザルモデルが重症ヒト熱帯熱マラリアの実験動物モデルとなることが初めて示された。 第二章:薬剤の抗熱帯熱マラリア原虫効果in vivo評価系の確立 重症マラリアを発症する熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いてデキサメタゾンのin vivoにおける抗マラリア効果を検討した。まず、熱帯熱マラリア原虫のin vitro培養にデキサメタゾンを添加することにより、濃度依存的な原虫増殖抑制効果が確認された。次に、3頭のリスザルに各々異なる量のデキサメタゾンを1週間に3回の頻度で計16回経口投与し、投与開始後7日目に、ドナーザルより採取された熱帯熱マラリア原虫感染赤血球を静脈内接種した。これらのリスザルでは、デキサメタゾン投与期間中末梢血コルチゾール濃度が低下し、投与終了時には末梢血中の活性化T細胞比が減少していた。感染経過において、投与されたデキサメタゾンが高用量の個体ほど赤血球感染率は低値を示し、感染の進行に伴う赤血球減少及び白血球増加等の血液学的変化も小さくなる傾向が示された。また脳症など重篤な症状を現すことなく治癒した。In vitroで得られた結果を併せると、デキサメタゾンはin vivoにおいても原虫に直接的に作用するものと考えられた。以上の結果から、デキサメタゾンが抗マラリア薬として有用であることが示された。さらに、熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いることにより薬剤の原虫増殖抑制効果のみならず病態発現に対する効果を評価することが可能であることが示された。 第三章:抗熱帯熱マラリア原虫ワクチン効果のin vivo評価系の確立 重症マラリアを発症する熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いて、熱帯熱マラリア原虫赤内型抗原であるserine repeat antigen(SERA)のワクチン効果の検定を行った(大阪大学・堀井俊宏博士との共同研究)。免疫原として、SERA蛋白の365アミノ酸から成る47kDaのフラグメントについて大腸菌発現系を用いてリコンビナント蛋白(SE47')を作製した。リスザルは、SE47'単独免疫群・SE47'をFreundのcomplete及びincompleteアジュバントに懸濁して免疫した群・及び対照群の3群に分け、2週間間隔で4回免疫を行い、最終免疫の2週間後にドナーザルより採取された感染赤血球を静脈内接種した。SE47'を免疫した全てのリスザルにおいてSE47'特異抗体価の上昇が認められた。アジュバントに懸濁して免疫した群では、アジュバント投与による局所的組織壊死が引き起こされ、3頭中2頭が免疫3及び5週目に各々死亡した。SE47'単独免疫群では、感染後抗体価は速やかに上昇し、対照群に比較して赤血球感染率は低値を示し、感染率が最高値に達するまでの日数が遅延した。さらに臨床症状も軽度のまま治癒した。以上の結果から、今後用いるアジュバントの更なる検討が必要なもののSE47'のワクチン効果が示され、また熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いることによりワクチン候補物質の免疫原性、アジュバント等免疫方法及び病態抑制効果についての評価が可能であることが示された。 本研究により、リスザルに熱帯熱マラリア原虫を感染させることによってヒトの重症マラリアと同様の病態が再現されることが明らかとなり、sequestrationやring hemorrhage等、脳性マラリアで重要な病理組織学的変化について解析が可能であることが初めて示された。特に、熱帯熱マラリア原虫感染によるring hemorrhageを高頻度に発現するin vivo実験系はこれまで知られておらず、脳性マラリア発症機序の解明に役立つことが期待される。また、熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いた抗マラリア薬及びワクチンの熱帯熱マラリア病態に対する効果評価系が確立された。これは、殺原虫効果のみならず病態発現を抑制する新規薬剤の開発に役立つと考えられる。以上、熱帯熱マラリア原虫感染リスザルは重症マラリアの病態モデルとして病態発現機構の解明及び治療法の開発に有用であると考えられた。 | |
審査要旨 | マラリアは、世界で感染者数は年間約3億人、死者数は約200万人に上ると推定される重要な原虫感染症である。マラリア原虫は赤血球内で発育・増殖し、感染したヒトでは貧血・発熱・脾腫の三主徴が発現する。四種のヒトのマラリアのなかでも熱帯熱マラリアは脳性マラリア等重篤な合併症を併発し致死性を示すことが知られている。しかし、熱帯熱マラリアの病態形成機構については未だ不明な点が多い。熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumは宿主特異性が強く、チンパンジーなど高等類人猿を除くとリスザルSaimiri sciureus及びヨザルAotus trivirgatusで実験感染が成立するにすぎない。本研究では、リスザルを用いて熱帯熱マラリア原虫感染による重症マラリアの病態の再現に初めて成功し、さらにそれを用いた薬剤・ワクチンin vivo評価系を確立した。 第一章:熱帯熱マラリア原虫感染リスザルにおけるマラリア病態 リスザルに熱帯熱マラリア原虫を感染させて重症マラリアの病態発現について検討した。感染赤血球のドナーザルを設け、その感染赤血球1×109個を別のリスザルに静脈内接種した。これらのサルでは高原虫血症の他、マラリア三徴である周期的な体温変動、貧血、脾腫、さらに重症マラリアの合併症である脳症状、重度の貧血、肺浮腫、痙攣、血色素尿症等が発現し、同様の方法で感染させた6頭中3頭が死亡した(他の3頭は瀕死と判定し麻酔死させ剖検に供した)。病理組織学的検索の結果、脳性マラリア患者の脳に見られる病理組織像と類似した輪状出血斑(ring hemorrhage)が全頭の脳組織で確認された。このような出血像は他の臓器組織では認められなかった。一方、観察した全ての組織において感染赤血球の血管内皮細胞への接着像(sequestration)が確認された。Sequestrationは心筋、骨格筋、腎随質等で高頻度に観察されたが脳では低頻度であった。以上の結果から、リスザルにヒトと同様の重症熱帯熱マラリアを再現できることが明らかとなった。また神経症状を現したサルの脳組織の解析により、sequestrationよりもむしろring hemorrhageが脳性マラリアの発症に深く関わることが示唆された。以上、熱帯熱マラリア原虫感染リスザルモデルが重症熱帯熱マラリアの実験動物モデルとなることが初めて示された。 第二章:薬剤の抗熱帯熱マラリア原虫効果in vivo評価系の確立 一章で作出された熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いて、デキサメタゾン(Dx)の抗マラリア効果を検討した。3頭のリスザルに各々異なる量のDxを5週にわたり計16回投与し、投与開始後7日目にドナーザルより採取された熱帯熱マラリア原虫感染赤血球を接種した。投与期間中末梢血コルチゾール濃度が低下し、活性化T細胞比が減少した。投与量に比例した赤血球感染率の低下、血液学的変化の軽減が認められ、脳症など重篤な症状を現すことなく治癒した。以上、Dxが抗マラリア薬として有用であることが示され、熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いることにより薬剤の原虫増殖抑制効果のみならず病態発現に対する効果の評価が可能であることが示された。 第三章:抗熱帯熱マラリア原虫ワクチン効果のin vivo評価系の確立 一章で作出された熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いて、熱帯熱マラリア原虫赤内型抗原serine-repeat antigen(SERA)のワクチン効果を検定した。リスザルにSERAのリコンビナント蛋白(SE47')をそれ単独或いはアジュバントに懸濁して免疫し、ドナーザルより採取した感染赤血球を接種した。免疫した全頭でSE47'特異抗体価の上昇が認められた。アジュバント懸濁免疫群では3頭中2頭が免疫期間中に死亡した。SE47'単独免疫群では感染後抗体価は速やかに上昇し、対照群に比較して赤血球感染率は低値を示し、臨床症状も軽度のまま治癒した。以上、熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いることによりワクチン候補物質の免疫原性、免疫方法及び病態抑制効果についての評価が可能であることが示された。 本研究により、熱帯熱マラリア原虫感染リスザルにヒトの重症マラリアと同様の病態が再現されることが明らかとなった。重症マラリアのin vivo実験系はこれまで知られておらず、本実験系は脳性マラリア発症機序の解明に有用であると考えられる。また、熱帯熱マラリア原虫感染リスザルを用いた薬剤及びワクチンの熱帯熱マラリア病態に対する効果評価系が確立された。これは殺原虫効果のみならず病態発現を抑制する新規薬剤の開発に貢献すると期待される。以上、本研究によって確立された熱帯熱マラリア原虫感染リスザルモデルは重症マラリアの病態モデルとして病態発現機構の解明及び治療法の開発に大変有用と考えられる。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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