学位論文要旨



No 117530
著者(漢字) 近森,穣
著者(英字)
著者(カナ) チカモリ,ミノル
標題(和) 癌遺伝子ALK(anaplastic lymphoma kinase)と相互作用する分子の同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 117530
報告番号 甲17530
学位授与日 2002.07.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2031号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 横田,崇
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 渡邊,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

研究背景

 非ホジキン型リンパ腫の1つである未分化大細胞型リンパ腫(Anaplastic large cell lymphoma:ALCL)では、約64%の割合で染色体転座t(2;5)が観察される。本リンパ腫において、恒常的にキナーゼ活性をもつ約80kDaのタンパク質p80が見い出された。後の解析で、p80はリンパ腫ALCLの発症の主因となることが示された。p80は、核内分子nucleophosmin(NPM)のN末端部分と新規チロシンキナーゼの細胞内領域のアミノ酸配列から構成された融合蛋白質であり、679アミノ酸からなる。この新規のチロシンキナーゼはALK(anaplastic lymphomakinase)と名付けられ、またP80はNPM-ALKと命名された。NPMのオリゴマードメインによってNPM-ALKが二量体化し、その結果としておこるキナーゼ活性の抗進が細胞癌化を促す。正常細胞におけるALKの機能を解析するため、ALK遺伝子の全長cDNAクローニングやin situ hybridizationが行なわれた。その結果、ヒトALKは1619アミノ酸からなる受容体型チロシンキナーゼで、脳や脊髄で発現することが明らかにされた。これにより、他の受容体型チロシンキナーゼTrkAやRETと同様、ALKも神経細胞の分化、増殖、生存などの現象に関与していることが予想された。また癌化反応におけるNPM-ALKの機能解析から、NPM-ALKに結合する分子としてIRS-1とShcが同定された。IRS-1やShcが細胞増殖シグナル伝達に関与することから、IRS-1やShcの結合部位の欠失はNPM-ALKのトランスフォーム活性を阻害することが予想された。しかしながら、この欠失がトランスフォーム活性を阻害しないことから、NPM-ALKの活性化に伴う細胞増殖シグナル伝達にはIRS-1やShc以外の未同定の分子が関与することが示唆された。

研究内容

 IRS-1やShcの結合部位の欠失でもNPM-ALKのトランスフォーム活性を阻害しないことから、NPM-ALKに相互作用する分子がIRS4やShc以外に存在している可能性が高い。そこで、本研究ではNPM-ALKのトランスフォーム活性における未知のシグナル伝達分子の同定を目標にし、酵母Two-hybrid法を用いてALKと相互作用する分子を探索した。マウスALKが出生直後の脳内で発現するという知見に基づき、ヒト胎児脳由来のL8×107個のcDNAクローンからなるライブラリーをスクリーニングし、6個の陽性クローンを得た。DNAシークエンス解析により、6個のうち2個の陽性クローンがSNT2をコードする遺伝子に由来することを示した。SNT2の発現や機能解析を進め、以下の(1)から(4)に記す結果を得た。

 (1)Northern Blot法によるマウス各組織での発現解析から、約2.2kbのSNT2mRNAが脳、脊髄、精巣で高発現し、腎臓でもわずかながら発現していることがわかった。ALKmRNAは脳や脊髄といった中枢神経系の組織で発現しており、ALKとSNT2が脳組織で共存し相互作用しうると考えられた。

 (2)NPM-ALKとSNT2を293T細胞に発現させて細胞内での結合を免疫沈降法で調べ、NPM-ALKとSNT2が結合していることを示した。またキナーゼ活性をもたないNPM-ALK変異体(NPM-ALKKN)もSNT2と弱く結合することが示された。これまで、SNTのファミリー分子であるSNT1がTrkAのリン酸化チロシンを含むNPXpYモチーフ内に結合すると共に、その一方でFGF受容体のリン酸化チロシン残基を含まない特定のアミノ酸配列に結合することが報告されている。NPM-ALKのキナーゼ活性の影響によりNPM-ALKとSNT2の結合が著しく促進されることから、SNT2がキナーゼ活性に依存した結合様式とキナーゼ活性に依存しない結合様式をとることが推測された。

 (3)まず、NPM-ALKのキナーゼ活性に非依存的なSNT2の結合領域を同定するため、NPM-ALKKN変異体をもとにして、そのC末端のアミノ酸配列を様々に欠損した変異体を作成した。これらの欠損変異体とSNT2の結合を調べた結果、640から649番目内のアミノ酸残基がNPM-ALKのキナーゼ活性に非依存的なSNT2の結合領域であることを示した。次にNPM-ALKのキナーゼ活性に依存的なSNT2の結合領域の検討を行った。NPM-ALKのTyr156とTyr567はともにNPXYモチーフを構成し、IRS-1やShcのPTBドメインに認識される。SNT2がPTBドメインを含むことから、SNT2がTyr156とTyr567に結合すると予想された。そこで、Tyr156とTyr567をPheに変異したNPM-ALK-Y156/567F(2F)変異体とSNT2の結合について調べた。その結果、Tyr156とTyr567からPheへの変異はSNT2の結合に顕著な影響を与えなかった。同様に、キナーゼ活性に非依存的な結合領域を含むC末端50アミノ酸配列の欠損も、NPM-ALKとSNT2の結合に影響を与えなかった。しかしながら、Tyr156とTyr567をPheに変異し、かつ631から679番目のアミノ酸配列を欠損したNPM-ALK 2F△631-679変異体はSNT2と結合しないことが示された。その上、酵母Two-hybrid法からNPM-ALKがTyr156とTyr567でSNT2と相互作用しないことが示された。この結果により、キナーゼ活性に依存したSNT2の結合部位は631から679番目内のアミノ酸配列中に存在していることが示唆された。SNT2が631から679番目内のどのアミノ酸残基と結合するのかNPM-ALK2Fに種々の欠損を導入した変異体を用いて調べた。その結果、631から639番目内のアミノ酸残基がキナーゼ活性の依存したSNT2の結合に重要であると示された。しかも、キナーゼ活性に依存してSNT2と結合しているにも関わらず、このアミノ酸配列内にはチロシン残基が含まれていないことが特徴的であった。

 (4)上記の知見から、キナーゼ活性に依存的な結合領域である631から639番目内のアミノ酸配列とSNT2の結合が細胞の癌化に重要であることが予想された。そこで、631から639番目内のアミノ酸配列を欠損し、かつTyr156とTyr567をPheに変異したNPM-ALK 2F△631-639変異体をコードする発現ベクターをNIH3T3細胞に導入しフォーカスアッセイを行った。IRS-1やShcの結合部位であるTyr156とTyr567をPheに変異したNPM-ALK2F変異体のトランスフォーム活性は野生型と比較して約50%程度であるが、NPM-ALK 2F△631-639変異体では野生型の約10%程度まで減少した。したがって、SNT2とNPM-ALKの631から639番目のアミノ酸配列への結合がトランスフォーム活性に重要であることが示唆された。これまでPLCγの結合がNPM-ALKのトランスフォーム活性に重要であると報告されているが、本研究の結果はSNT2の結合部位がNPM-ALKのトランスフォーム活性に重要であることを示している。

考察

 本研究では、NPM-ALKのトランスフォーム活性における未知のシグナル伝達分子の同定を目標にし、酵母Two-hybrid法を用いてALKと相互作用する分子としてSNT2を同定した。そして、NPM-ALKのTyr156とTyr567の他に631から639番目内のアミノ酸残基がキナーゼ活性に依存したSNT2との結合に重要であること、また640から649番目内のアミノ酸残基がキナーゼ活性に関係なく弱いながらもSNT2と結合することを見い出した。特に、631から639番目のアミノ酸配列がチロシン残基を含まないことから、SNT2が新しい様式でNPM-ALKと結合すると示唆される。さらに、キナーゼ活性に依存的なSNT2の結合部位を欠失したNPM-ALK変異体のトランスフォーム活性が野生型と比較して約10%程度しかみられなかった。これまで、PLCγの結合部位であるTyr664をPheに変異したNPM-ALK変異体がトランスフォーム活性をもたないことが報告されている。しかしながら私はPLCγの結合部位を含む631から679番目のアミノ酸配列を欠損したNPM-ALK△631-679変異体が高いトランスフォーム活性をもつことを確認した。これらの結果は、PLCγの結合部位よりも、むしろSNT2の結合部位がNPM.ALKのトランスフォーム活性に重要であることを示している。以上より、NPM-ALKのトランスフォーム活性におけるSNT2の重要性が指摘された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究ではNPM-ALKのトランスフォーム活性における未知のシグナル伝達分子の同定を目標にし、酵母Two-hybrid法を用いてALKと相互作用する分子を探索した。マウスALKが出生直後の脳内で発現するという知見に基づき、ヒト胎児脳由来の1.8×107個のcDNAクローンからなるライブラリーをスクリーニングし、6個の陽性クローンを得た。DNAシークエンス解析により、6個のうち2個の陽性クローンがSNT2をコードする遺伝子に由来することを示した。SNT2の発現や機能解析を進め、以下の(1)から(4)に記す結果を得た。

 (1)Northerm Blot法によるマウス各組織での発現解析から、約2.2kbのSNT2mRNAが脳、脊髄、精巣で高発現し、腎臓でもわずかながら発現していることがわかった。ALKmRNAは脳や脊髄といった中枢神経系の組織で発現しており、ALKとSNT2が脳組織で共存し相互作用しうると考えられた。

 (2)NPM-ALKとSNT2を293T細胞に発現させて細胞内での結合を免疫沈降法で調べ、NPM-ALKとSNT2が結合していることを示した。またキナーゼ活性をもたないNPM-ALK変異体(NPM-ALKKN)もSNT2と弱く結合することが示された。これまで、SNTのファミリー分子であるSNT1がTrkAのリン酸化チロシンを含むNPXpYモチーフ内に結合すると共に、その一方でFGF受容体のリン酸化チロシン残基を含まない特定のアミノ酸配列に結合することが報告されている。NPM-ALKのキナーゼ活性の影響によりNPM-ALKとSNT2の結合が著しく促進されることから、SNT2がキナーゼ活性に依存した結合様式とキナーゼ活性に依存しない結合様式をとることが推測された。

 (3)まず、NPM-ALKのキナーゼ活性に非依存的なSNT2の結合領域を同定するため、NPM-ALKKN変異体をもとにして、そのC末端のアミノ酸配列を様々に欠損した変異体を作成した。これらの欠損変異体とSNT2の結合を調べた結果、640から649番目内のアミノ酸残基がNPM-ALKのキナーゼ活性に非依存的なSNT2の結合領域であることを示した。次にNPM-ALKのキナーゼ活性に依存的なsNT2の結合領域の検討を行った。NPM-ALKのTyr156とTyr567はともにNPXYモチーフを構成し、IRS-1やShcのPTBドメインに認識される。SNT2がPTBドメインを含むことから、sNT2がTyr156とTyr567に結合すると予想された。そこで、Tyr156とTyr567をPheに変異したNPM-ALKY156/567F(2F)変異体とSNT2の結合について調べた。その結果、Tyr156とTyr567からPheへの変異はSNT2の結合に顕著な影響を与えなかった。同様に、キナーゼ活性に非依存的な結合領域を含むC末端50アミノ酸配列の欠損も、NPM-ALKとSNT2の結合に影響を与えなかった。しかしながら、Tyr156とTyr567をPheに変異し、かつ631から679番目のアミノ酸配列を欠損したNPM-ALK 2F△631-679変異体はSNT2と結合しないことが示された。その上、酵母Two-hybrid法からNPM-ALKがTyr156とTyr567でSNT2と相互作用しないことが示された。この結果により、キナーゼ活性に依存したSNT2の結合部位は631から679番目内のアミノ酸配列中に存在していることが示唆された。SNT2が631から679番目内のどのアミノ酸残基と結合するのかNPM-ALK2Fに種々の欠損を導入した変異体を用いて調べた。その結果、631から639番目内のアミノ酸残基がキナーゼ活性の依存したSNT2の結合に重要であると示された。しかも、キナーゼ活性に依存してSNT2と結合しているにも関わらず、このアミノ酸配列内にはチロシン残基が含まれていないことが特徴的であった。

 (4)上記の知見から、キナーゼ活性に依存的な結合領域である631から639番目内のアミノ酸配列とSNT2の結合が細胞の癌化に重要であることが予想された。そこで、631から639番目内のアミノ酸配列を欠損し、かつTyr156とTyr567をPheに変異したNPM-ALK 2F △631-639変異体をコードする発現ベクターをNIH3T3細胞に導入しフォーカスアッセイを行った。IRS-1やShcの結合部位であるTyr156とTyr567をPheに変異したNPM-ALK2F変異体のトランスフォーム活性は野生型と比較して約50%程度であるが、NPM-ALK 2F △631-639変異体では野生型の約10%程度まで減少した。したがって、SNT2とNPM-ALKの631から639番目のアミノ酸配列への結合がトランスフォーム活性に重要であることが示唆された。これまでPLCγの結合部位がNPM-ALKのトランスフォーム活性に重要であると報告されているが、本研究の結果はSNT2φ結合部位がNPM.ALKのトランスフォーム活性に重要であることを示している。

 以上、論文はNPM-ALKのトランスフォーム活性における未知のシグナル伝達分子の同定を目標にし、酵母Two-hybrid法を用いてALKと相互作用する分子としてSNT2を同定した。そして、SNT2の結合部位がNPM-ALKのトランスフォーム活性に重要であることを示した。本研究はNPM-ALKのトランスフォーム活性におけるSNT2の重要性が指摘され、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク