No | 117533 | |
著者(漢字) | 酒井,佳永 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカイ,ヨシエ | |
標題(和) | 病識水準からみた精神分裂病患者の抑うつに関連する要因についての研究 | |
標題(洋) | Factors Relating to Depression in Patients with Schizophrenia as Viewed from the Level of Awareness of Mental Disorders | |
報告番号 | 117533 | |
報告番号 | 甲17533 | |
学位授与日 | 2002.07.17 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第2034号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 精神分裂病患者において、抑うつは頻繁に観察され、また自殺や再発と関連することが知られているため、様々な側面から広く研究されてきた。その中で精神分裂病患者の抑うつの一部分を慢性的な精神疾患に対する心理的な反応であるとする一連の研究がある。 精神分裂病患者における抑うつの心理的な側面は、おもに2つのモデルによって検討されている。一つは精神障害の自覚、すなわち病識の高さが抑うつと関連するというものである。1980年代後半に開発された病識評価尺度を用いて、多くの研究が病識の高さ、特に陰性症状や服薬の必要性への自覚の高さと抑うつ傾向や自殺傾向との関連を報告している。これらの研究には、病識欠如を症状や疾病の否認とみなす観点にたったものが多い。ただし,先行研究の中には病識の高さと抑うつの有意な関連を見いださなかった研究もあり、結果は一貫していない。また病識が高い患者のなかで、特にどのような患者が抑うつ的になりやすいかについては研究がなされていない。 第二のモデルは、患者を、自らの体験をコントロールしようとする能動的な存在と考える立場に基づいたものであり、疾患や症状に対するコントロール感が心理的な反応としての抑うつと関連する重要な要因であるとする。Birchwoodらは精神疾患をコントロールできないものと感じている患者が絶望感や抑うつを経験しゃすいことを報告し、またBoschiらは精神病症状に対して能動的な対処が最も役立つと報告した患者は、2年後により高い幸福感を感じていたことを報告した。しかし、これらの先行研究のデザインは、患者にある程度の病識があることが前提としたものであった。 先行研究の結果は、障害の否認と統制という全く異なる対処の要因が、心理的な反応としての抑うつに、それぞれ影響を与えていることを示唆するものである。精神分裂病患者の対処に関する一連の研究は、病識水準の高い患者と低い患者では,対処の量や方法が異なっており、病識水準の高い患者は,より能動的な対処方法を多く用いることを報告している。これをふまえ、本研究では病識水準の違いによって症状に対する対処の仕方は異なり、その結果として病識水準によって異なる対処の要因が抑うつと関連するのではないかという仮説をたてた。すなわち、病識水準の高い患者では症状のコントロールが抑うつとより強く関連していると予測される。一方で、病識水準の低い患者においては症状への否認が抑うつとの関連がより強いことが予測できる。先行研究では、病識水準別に抑うつと対処行動との関連を検討した研究はない。 本研究では,以下の3点について検討する。第1に,病識水準による主観体験への対処方法の違いを検討する。第2に,対処と抑うつとの関連を検討する。第三に病識水準の高い患者と低い患者における、対処と抑うつの関係の違いを他の臨床指標も考慮しながら検討する。 方法 対象はNTT東日本関東病院に外来通院している患者のうち,一人の精神科医がStructuredClinical Interview for DSM-IVにより精神分裂病もしくは分裂感情障害の診断基準を満たすことを確認した69人(男41人,女28人,平均年齢45.0歳(SD=9.8))であった。全患者から,事前に研究の参加について書面による告知同意を得た。 患者の抑うつはBeck Depression Inventory(以下BDI,自記式尺度)によって評価した。患者の精神障害への自覚はThe Scale to Assess Unawareness of Mental Disorderの「現在の精神障害についての自覚」項目に基づいて、対象者を現在の精神障害への自覚が高い群(高自覚群)と低い群(低自覚群)とに分類した。患者の主観体験はInterview Schedule for Auto-Experience Yielded in Schizophrenia(以下ISAYS,半構造化面接)により評価した。患者の実行機能をWisconsin Card Sorting Test(以下WCST)を用いて評価した。調査が行われた日、もしくは2週間後の外来診察時に、主治医がPositive and Negative Syndrome Scale(以下PANSS)で精神症状を評価した。 対処方法についての半構造化面接は以下のように行った。まずISAYSを施行し,患者があると答えた主観体験について,ストレスを感じる程度とコントロールできる程度について,患者自身が5段階で評定した。さらに、それぞれの主観体験について「あなたはその状況に対してどんな風に対処するのですか?」と質問した。その後、患者自身が各対処方法の効果を5段階(1:全く効果的ではない-5:大変効果的である)で評定した。対処の効果得点の平均点が4点(効果的)以上のとき、対処を「効果的」と感じている患者、3点(どちらともいえない)以下のとき対処を「非効果的」と感じている患者とした。対処方法は先行研究に従い,2軸に基づいて分類した。第一の軸は問題中心的(問題そのものを変えたり,減少させたりしようとする対処),あるいは非問題中心的(問題から距離をおく対処)であり,第二の軸は行動的(目に見える行動による対処),認知的(患者によって報告される内的な過程による対処),情緒的(状況に対する感情的な反応による対処)である。この2軸をかけあわせ,最終的に6つのカテゴリーが作られた。さらに、各対処方法の用いられる割合を示す指標(各カテゴリーに含まれる対処方法の数/対処方法の総数×100)を算出した。統計的解析にはSPSS 9.OJ forWindowsを用いた統計的解析の優位水準はすべて5%(両側検定)に設定した。 結果 まず,高自覚群(36人)と,低自覚群(33人)の2群間で、臨床的な変数についてMann-WhitneyのU検定をおこなった。高自覚群は、低自覚群よりも有意にBDI得点が高かった。次に主観体験と対処に関する変数についてMann-WhitneyのU検定をおこなつた。主観体験数を2群間で比較すると,高自覚群は低自覚群よりも多くの主観症状を体験しており、また高自覚群は主観体験を有意に強くストレスフルで、コントロールできないものと感じていた。高自覚群は低自覚群よりも,非問題中心的-行動的対処(寝る,おしゃべりする,たばこを吸う等)と,情緒的な対処(悲しくなってしまう,興奮してしまう等)を多くの割合で用いていた。一方で,低自覚群においては,高自覚群よりも非問題中心的-認知的対処(気にしないようにする,そういうものだとおもってあきらめる等)が用いられる割合が高かった。高自覚群と低自覚群において対処が効果的だと報告する患者の割合に有意な差は認められなかった。 次に、BDI得点と関連する要因をSpearmanの順位相関係数によって検討した。PANSS陽性尺度得点とBDI得点には有意な正の相関があった。報告された主観体験の数、主観体験によるストレスの高さはBDI得点と有意な正の相関があった。対処の種類では、非問題中心的-行動的対処と情緒的対処を行う割合はBDI得点と正の相関があり、逆に非問題中心的-認知的対処を行う割合とBDI得点は負の相関があった。自分の対処は効果的であると感じている患者は、BDI得点が低い傾向があった。 BDI得点と関連する他の臨床的な変数を統制した上で、障害の自覚、対処の効果が抑うつと関連しているかどうかを検討し、また障害の自覚と対処の効果の交互作用的な影響が見られるかどうかを検討するために、障害の自覚と対処の効果を独立変数、BDI得点を従属変数、主観体験の数とPANSS陽性尺度得点を共変量とした2元配置の共分散分析を行った。平行性の検定において、PANSS陽性尺度得点は障害の自覚の高さによって、抑うつに異なる影響をもつことが示された。そのためPANSS陽性尺度得点を共変量から除いて分析を行った。その結果、障害の自覚と対処の効果はBDI得点に対する有意な影響力を失った。一方で、障害の自覚と対処の効果の交互作用は有意であり、高自覚群においては対処の効果が低い患者は高い患者よりも抑うつ的であったが、低自覚群においては対処の効果の高低によるBDI得点の差は見られなかった。また4群間の比較では、高自覚かつ対処の効果が低い群が他の3群よりも有意にBDI得点が高いという結果が得られた。 最後に、高自覚群、低自覚群それぞれにおける、臨床的な変数とBDI得点との相関をSpearmanの順位相関係数によって検討した。高自覚群ではPANSS陽性尺度得点、主観体験の数、主観体験によるストレスの高さとBDI得点と正の相関がみられた。一方、低自覚群ではPANSS陰性尺度得点、非問題中心的-認知的対処指標はBDI得点と有意な負の相関があり、主観体験によるストレスの高さ、非問題中心的-行動的対処、情緒的対処指標は、BDI得点と正の相関を持っていた。 考察 1.精神障害への自覚による対処方法の違い 高自覚群は,気晴らし的な対処である非問題中心的-行動的対処,無力な情緒の表出である情緒的な対処を多く用いていた。これは高自覚群におけるストレスの高さと無力感とを示唆している。一方,低自覚群は,症状を無視するなどの否認に近いと思われる非問題中心的-認知的対処を多く用いていた。しかし一つの主観体験あたりの対処数と対処の効果は、2群間に差が見られなかった。これらの結果から、高自覚群と低自覚群では主観体験への対処方法が異なるのではないかという仮説は支持された。しかし本研究の結果は、先行研究で報告された高病識患者における対処の数の多さは、高病識患者は障害に高いストレスを感じているためである可能性があり、病識が高いだけでは障害に対して能動的、効果的に対処できるようにはならないということを示唆している。 2.精神分裂病患者における抑うつと関連する要因 高自覚群は低自覚群よりも抑うつ的であり、この結果は先行研究の結果と一致するものであった。また陽性症状が重く、主観体験の数が多く、主観体験をストレスフルだと感じ、コンロトールできないと考えており、主観体験への対処が非効果的だと考えている患者ほど、抑うつ的であった。共分散分析において、主観体験の数を統制すると、障害の自覚は抑うつに対する有意な説明力を失った。このことから障害への自覚の高い患者の抑うつは、より多くの主観体験を経験していることによって説明できると考えられた。 3.障害への自覚の高さによる抑うつと関連する要因の違い 高自覚群と低自覚群において、異なる要因が抑うつと関連することが示された。高自覚群においては、対処の効果が低いと考えている患者は有意に抑うつ的であったが、対処の効果が高いと考えている患者の抑うつの程度は、低自覚群の患者との間に差が見られなかった。これらの結果から、たとえ障害への自覚が高くても、自分の用いている対処方法が効果的だと認識できている患者は抑うつ的にはなりにくいことが示唆された。これは精神障害の存在を自覚している患者にとって,疾患に対して自分は効果的に対処できる、との認識が重要であることを示唆している。本研究の結果から病識を高めるような介入をする時や,すでに高い病識を持っている患者と関わる際には,患者自身が症状に効果的に対処できるという認識を持てるような介入をすることが重要であろう。また高自覚群においてのみ、陽性症状が重いほど、抑うつが高いという結果が見られ、障害の自覚が高く、かつ陽性症状の重篤な患者については抑うつへの注意が特に必要であることが示唆された。 一方,低自覚群では,非問題中心的-行動的対処、情緒的対処を多く用いているほど抑うつ的であり、逆に非問題中心的-認知的対処を多く用いているほど抑うつが低いという結果が見られた。これらの結果から、障害への自覚が低くても、感情を爆発させたり、気晴らしを多用している患者については、抑うつへの注意が必要である可能性が示唆された。また精神障害の自覚が低い患者においては、症状を気にしないようにするなどの対処方法が、抑うつから身を守る上では役立つという可能性が示唆された。また低自覚群においては、陰性症状、特に「情動的引きこもり」や「常同的思考」が重いほど抑うつ的ではない、という結果が見られた。これらの症状は、抑うつ的な感情から患者をまもっているのかもしれない。 本研究は横断的な研究であり、因果関係を明らかにすることはできなかったが、病識水準ごとに異なる対処方法やその他の臨床的な要因が抑うつと関連していることを示したという点で意義がある。本研究の結果をふまえた縦断的な研究や介入研究により、精神分裂病患者の抑うつに対する対処の役割がより明確になると思われる。 | |
審査要旨 | 本研究は、精神分裂病患者の抑うつと関連する要因について検討したものである。本研究は、精神分裂病患者において、病識の高さによって疾病に対する態度や対処方法が異なるという先行研究があることに着目し、病識の高い患者と低い患者において、異なる要因が抑うつの低さと関連する対処方法が異なることを検討した点である。精神分裂病患者の抑うつに関する先行研究はあるが、病識の高さによる抑うつと関連する要因の違いを検討した研究はこれまでにない。また病識が高い患者は抑うつ的になりやすいことは先行研究で示されているが、病識が高い患者、低い患者のなかで、どのような患者が特に抑うつ的になりやすく、どのような患者が抑うつ的になりにくいかについて検討した研究も、未だ報告されていない。 本研究では、NTT東日本関東病院に外来通院しており、Structured Clinical Interview for DSM-IVによって精神分裂病の診断が確定され、かつ紙面による告知同意が得られた患者を対象とした。調査内容は、患者の性別、年齢、教育年数などの人口統計学的変数、発症してからの年数、入院回数、症状の重症度、実行機能などの臨床的属性に加え、患者の病識、抑うつの程度、疾病の主観体験に対する対処方法とその主観的な効果を測定した。なお本研究では,既存の尺度については信頼性と妥当性の確立されたものを用い、また主観体験への対処方法の評価面接については、本研究における評価者間信頼性を算出し、高い評価者間信頼性を確認している。主要な結果は下記の通りである。 1.本研究の対象者69名のうち、精神障害の存在を自覚している患者は(高自覚群)36人であり、精神障害の存在を自覚していない患者(低自覚群)は33人であった。 2.高自覚群は、低自覚群よりも有意に抑うつ的であった。 3.高自覚群は低自覚群よりも多くの主観体験を報告しており、また高自覚群は主観体験を有意に強くストレスフルで、コントロールできないものと感じていた。 4.高自覚群は低自覚群よりも,非問題中心的-行動的対処(寝る,おしゃべりする,たばこを吸うなど、問題をコントロールするのではなく問題から距離をおく対処であり、かつ外的に観察できる行動による対処)と,情緒的な対処(悲しくなってしまう,興奮してしまうなど、無力な情緒表出による対処)を多くの割合で用いていた。一方で,低自覚群においては、高自覚群よりも非問題中心的-認知的対処(気にしないようにする,そういうものだとおもってあきらめるなど、問題から距離を置く対処であり、かつ外的に観察できない患者の内的過程による対処)が用いられる割合が高かった。しかし高自覚群と低自覚群では自分の行っている対処を効果的であると評価している患者の割合には、有意な差が見られなかった。 5.抑うつの程度と関連する要因については陽性症状の重さ、主観体験の数、主観体験によるストレスの高さとの間に有意な正の相関があった。また非問題中心的-行動的対処と情緒的対処を多く行っているほど患者は抑うつ的であり、逆に非問題中心的-認知的対処を行っているほど、患者は抑うつ的ではないという関連が見られた。また自分の対処を効果的と考える患者は、より抑うつ的ではないという傾向がみられた。 6.障害自覚の高低と対処の効果を独立変数、抑うつの重症度を従属変数、主観体験の数と陽性症状の重症度を共変量とした2元配置の共分散分析を行った。分析の過程で陽性症状の重さは、障害の自覚の高さによって、抑うつに異なる影響をもつことが示された。そのため、陽性症状の重症度を共変量から除いて分析を行ったところ、障害の自覚と対処の主効果は抑うつに対する有意な影響力を失った。一方で、障害の自覚と対処の効果の交互作用は有意であり、高自覚群においては対処の効果が低い患者は高い患者よりも抑うつ的であったが、低自覚群においては対処の効果の高低による抑うつの重症度の差は見られなかった。また4群間の比較では、高自覚かつ対処の効果が低い群が他の3群よりも有意に抑うつ的であるという結果が得られた。 7.最後に、高自覚群、低自覚群それぞれにおける、抑うつの重症度と関連する要因を、Spearmanの順位相関係数によって検討した。高自覚群では陽性症状が重く、主観体験の数が多く、主観体験によるストレスが高いほど、抑うつ的であるという結果が得られた。一方、低自覚群では陰性症状が重く、非問題中心的-認知的対処をより多くの割合で用いているほど抑うつ的ではなく、逆に主観体験によるストレスの高く、非問題中心的-行動的対処と情緒的対処指標を多く用いているほど抑うつ的であるという結果が得られた。 以上、本論文は精神分裂病患者の抑うつに関連する要因が、病識の高さによって異なることを示した点で独創的である。また本論文は、病識が高い患者であっても、疾病に対処できていると感じているときには、抑うつ的ではない事を示した。これは精神分裂病患者の心理教育などに対する示唆を与えるものであり、臨床的な有用性もあると考えられる。よって、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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