学位論文要旨



No 117534
著者(漢字) 鄭,珠
著者(英字) TANG,ANN CHUO
著者(カナ) タン,チュオ
標題(和) 米飯を基準とした日本食品のグリセミック・インデックス : 2型糖尿病患者と非糖尿病者の比較
標題(洋) Glycemic Index of Japanese Foods based on White Rice as a Reference : Comparison between Type 2 Diabetes and Non-diabetics
報告番号 117534
報告番号 甲17534
学位授与日 2002.07.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2035号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 菅田,勝也
 東京大学 講師 橋本,佳明
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 近年、糖尿病の食事療法については、脂肪量と炭水化物量の適切摂取割合と質について議論されている。その中で、脂質における単価不飽和脂肪酸摂取と、低コレステロール食などと同様に、炭水化物では食物繊維摂取量と糖化指数(グリセミック・インデックス)などが疾病予防などに繋がると報告されてきた。グリセミック・インデックス(GlycemicIndex,以下GIと略す)は、1981年にJenkinsらによって食品の血糖反応性を評価し、分類する手法として提示された。GIは50gのブドウ糖または白パンを負荷した場合を標準とした時の糖質50gを含有する食品摂取後2時間、空腹時を引いた血糖曲線下面積の相対値と定義され、その計算方法は次の式で示される。

 GI=糖質50gを含有する食品摂取後2時間までの空腹時を引いた血糖曲線下面積/50gブドウ糖(白パン)負荷後2時間までの空腹時を引いた血糖曲線下面積×100

 食品交換表が化学組成に基づいていることと異なり、GIは食品が糖代謝に及ぼす生理的影響を求めたものである。現在までに、欧米ではブドウ糖や白パンを基準にして、様々な食品のGIが判定され、低GI食における糖尿病や心疾患などの予防の有効性が実証されてきた。また、臨床的効果については、低GI食の血糖や脂質代謝のコントロールに対する便益に関する幾つかの科学的知見が報告されてきた。

 欧米人を対象とし、欧米で日常的に摂取している食品のGIに基づいた科学的知見を、そのまま、日本型食生活に適用するには限界がある。欧米で作成されたGI表では、殆どが白パンを基準とし、日本人が日常的に摂取する食品は含まれていない。そこで、日本型食生活においてGIを活用するために、日本人の主食である米を基準にした食品のGI評価を行って、日本人の健康人及び糖尿病患者に適用する必要があると考えられた。

 そこで、本研究は、1.米飯をGI測定の基準食としての適用性を検証する、2.米飯を基準とした日本食品(赤飯と酢飯)のGIについて日本人2型糖尿病患者と健康人とを比較する、ことの2つを目的とした。

2.方法

1)米飯の基準食適用性の検証法

 N健康管理センターに勤務し、1年以内に耐糖能異常の観察されない非糖尿病患者10名(女性9名、男性1名)を対象者とした。食品はブドウ糖液(耐糖能試験用糖質液、清水製薬150g)と栄養成分表示のある米飯(サトウのごはん、佐藤食品(株)147g)を用いた。両食品とも50g糖質を含むものであった。各対象者における米飯摂取後の平均血糖下面積とブドウ糖液摂取後の血糖曲線下面積を求め、ブドウ糖を基準とした米飯のGI値(GIg)と米飯を基準としたブドウ糖のGI値(GIwr)を算出した。また、ブドウ糖を基準とした食品の(GIg)、から米飯基準のGI(GIwradj)に変換するための比率は、100/(米飯のGIg)にて求め、米飯基準とした食品のGIwrからブドウ糖基準のGI(GIgadj)に変換するための比率は、100/(ブドウ糖のGIwr)にて求めた。

 検査は、Woleverらに準拠した検査法に基づいて行った。被験者は前日の午後7時以後は絶食とし、検査日の午前6時から9時半の間にブドウ糖液または米飯を15分間以内に摂取させた。被験者は、空腹時、食品負荷後15、30、45、60、90、120分の計7回、自己血糖測定器(グルテストエース、三和化学研究所(株))を用いて、血糖の自己測定を繰り返した。

2)2型糖尿病群と対照群における日本食品GI比較検査法

 2型糖尿病群はN国立病院における糖尿病教育入院(平成13年1月〜5月)に参加した患者18名(女性7名、男性11名)であった。5名が経口血糖降下薬を、11名がインスリン療法を、2名が食事療法を受けていた。対照群はN健康管理センターに勤務し、1年以内に耐糖能異常の観察されない者19名(女性10名、男性9名)であった。

 基準食は、米飯(サトウのごはん、佐藤食品(株)147g)を用いた。検査食品は赤飯(エスビー食品116g)と酢飯(サトウのごはん、佐藤食品(株)136g、酢11g)とし、いずれかを摂取した。各食品のGI値は全て米飯を基準(Glwr)とした。

 検査条件は1)と同様に行ったが、2型糖尿病群では、空腹時、食品負荷後15、30、45、60、90、120、180分の計8回の血糖測定を行った。本研究の被験者は全員、実験開始前に各施設内における倫理委員会規定のもとにインフォームド・コンセントを行い、了承を得た。

3)統計的分析法

 統計的分析はSPSS(Version9.0)を用いて行った。相関関係はピアソン相関係数を、平均値の比較にはStudent'st-test、又は、一群平均値の検定を用いた。各食品による血糖プロファイルの比較は前値を共変量としたRepeated Measurements ANOVAで分析した。結果は平均±SDで表示し、P<0.05は統計的有意と見なした。

2.結果

1)米飯の基準食適用性の検証

 対象者10名の平均年齢は34.6歳、平均BMIは20.7kg/m2であった。ブドウ糖の平均血糖下面積(4557.4mg/(min・dL))は、米飯の平均血糖下面積(3779.6mg/(min・dL))より約21%大きかった。ブドウ糖血糖下面積と米飯血糖下面積には高い相関r=0.810(P=0.005,n=10)が見られた。また、米飯の平均GIgは87であったため、ブドウ糖を基準とした食品のGI(GIg)値に1.15(100/87)を乗ずると米飯基準のGI(GIwr adj)値に変換することができる。同様に、ブドウ糖の平均GIwrは122であったため、米飯を基準とした食品のGI(GIwr)値に0.82(100/122)、を乗するとブドウ糖基準のGI(GIg adj)値に変換することができる。今後、GI表の互換にこの比率を利用することができる。

2)2型糖尿病群と対照群における日本食品GI比較検査法

 (1)2型糖尿病群18名の平均年齢は60.6±13.2歳、BMI値は23.3kg/m2、糖尿病罹病歴は平均7.3年であった。一方、対照群19名のうち、2名のGI値は個別に検討して除き、残り17名を分析対照群とした。対照群の平均年齢は、41.2±9.0歳、BMI値23.1kg/mであり、2型糖尿病群と年齢、HbAlc、空腹時血糖(FPG)には有意差(p<0.05)が見られた。

 (2)2型糖尿病群における白飯と比較して、各食品の最高血糖値と最高血糖値までの時間に差は見られなかった。一方、対照群における最高血糖値までの時間、白飯では酢飯より有意に高く、90分、105分、120分の血糖値では、白銀と酢飯の間で有意差が見られた。

 (3)米飯を基準にした場合、2型糖尿病群においては赤飯と酢飯ともにほぼ同様のGIwr値(赤飯のGIwr=93、酢飯のGIwr=96)を示した。一方、対照群における赤飯のGIwrは94、酢飯のGIwrは79であり、酢飯は米飯と比較すると統計的に有意に低値であった。(p=0.02)。

 (4)2型糖尿病群において、HbAlc値の中央値で2群に分けたところ、HbAlc<9.7%の群は酢飯のGIwr値が低かった。また、インスリン療法群(n=7)と経口薬服用群(n=2)を比較したところ、インスリン療法群の酢飯GIwr値は経口薬服用群より高かった。さらに、2型糖尿病群における酢飯のGIwr値と、一日総インスリン使用量との間に(r=0.816,p=0.05)、糖尿病罹病歴との間に(r=O.895,p=0.001)、正の相関関係があった。

4.考察

 本研究は、米飯を基準食としたGI評価の適用性と、2型糖尿病群と対照群における日本食品のGIwrを比較するという目的で行った。

 GI評価における基準食の適用性はブドウ糖液摂取の血糖曲線下面積との比較で検証した。米飯とブドウ糖液の血糖曲線下面積を比較した結果、米飯の血糖曲線下面積とブドウ糖液の血糖曲線下面積とが高い相関を示すことが明らかになった。従って、米飯を基準食として食品のGI評価に適用可能であると考えた。

 先行研究では、健康人における酢のGI低下作用は、糖分の胃での排出を緩やかにし、吸収を遅らせることや、肝臓での糖の取り組みを促進すること、細胞上で糖の分解を抑制することなどによるとされている。しかし、酢の作用が糖の消化吸収のどの部分に影響するかはまだ明確ではない。また、酢のGI低下作用については、糖尿病患者では未だ検証されていない。

 本研究は、日本食品の代表である、赤飯と酢飯を検査食品として取り上げ、米飯を基準食としたGIwrを2型糖尿病群と対照群の比較検討を行った。その結果、2型糖尿病群における、酢飯に対するGIwrは、対照群と異なった値が示された。耐糖能の正常な対照群では米飯に酢を加えると、GIwr値を平均21%低下させたが、2型糖尿病群では酢のGIwr低下作用が見られなかった。先行研究では、糖尿病患者と健常者両者における各食品のGI値間には高い相関関係があるとするものや、2型糖尿病と1型糖尿病患者では、GI値が異なるとする報告もある。本研究の2型糖尿病群は主に教育入院参加者であり、比較的重症な患者が多かった。HbAlcの高い2型糖尿病患者は酢飯のGIが高いという結果から、糖代謝障害の程度がGIに影響したと考えられた。また、先行研究では、糖尿病患者、特に重症な患者には、消化機能の障害があるとされているので、健常人と同様な消化吸収効果が見られないことも理由の一つと考えられた。一方、インスリン療法を受けた患者は経口薬を受けた患者より酢飯のGIが高かったことと、インスリンの一日総使用量と酢飯のGIの間に正の相関をもたらしたため、インスリン療法の影響もあると考えられた。しかし、インスリン療法を受けた患者は、他の療法群より重症と考えられるため、本研究では、代謝的要因と薬物要因を区別することが困難と思われた。今後、対象者数と食品数を拡大し、酢の糖代謝作用を糖尿病患者において、さらに検討することが必要と考えられた。

5.結論

 米飯を基準食として、GIの検証は可能であることを確認した。また、比較的重症な2型糖尿病群における酢のGI低下作用は健常な対照群に見られたことに対し、2型糖尿病群には観察されなかった。このことは、2型糖尿病群における糖代謝障害によるものと考えられた。本研究は、日本人糖尿病患者におけるGIの検討を初めて行ったものであり、研究意義として、重要と思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、米飯のグリセミック・インデックス(GI)測定の基準食としての適用性、また、米飯を基準とした日本食品のGIについて日本人2型糖尿病患者と健康人とを比較し、以下の結果を得ている。

 1.耐糖能異常の観察されない非糖尿病者10名を対象にし、米飯の基準食適用性の検証を行った。各対象者における50g糖質を含んだブドウ糖液と米飯摂取後の平均血糖下面積を求めた。ブドウ糖血糖下面積(4557.4mg!(min・dL))は、米飯血糖下面積(3779.6mg/(min・dL))より約21%大きかった。ブドウ糖血糖下面積と米飯血糖下面積には高い相関r=O.810があった。これにより、米飯を基準として食品のGI評価が可能だと示された。

 2.ブドウ糖を基準とした米飯のGI値(GIg)と米飯を基準としたブドウ糖のGI値(Glwr)を算出した。米飯の平均GIgは87であり、ブドウ糖の平均Glwrは122であった。GI表における互換の比率は、ブドウ糖を基準とした食品のGIgから米飯を基準とした食品のGIwr adjに変換するための比率は1.15、米飯を基準としたGlwrからブドウ糖を基準とした食品のGIg adjに変換するための比率は0.82であった。米飯以外を基準とした食品のGI値と比較する際、互換の比率を使用できることが示された。

 3.教育入院に参加した18名の2型糖尿病群と19名の非糖尿病群を対象として、米飯を基準とした赤飯と酢飯のGIwr値を国際GI検査法に基づいて比較検討した。2型糖尿病患者における白飯と比較して、赤飯と酢飯の最高血糖値と最高血糖値までの時間に差は見られなかった。一方、対象群における最高血糖値までの時間は、白飯では酢飯より有意に高く、90分、105分、120分の血糖値では、白飯と酢飯の間で有意差が見られた。

 4.米飯を基準にした赤飯と酢飯のGlwr値は、2型糖尿病群においてはそれぞれ93と96であり、ほぼ同じであったが、対象群においては94と79であり、対照群の酢飯は米飯と比較すると統計的に有意に低値であった。酢のGI低下作用は健常な人に見られるが、2型糖尿病患者に見られないことを示された。

 5.2型糖尿病患者において酢飯のGIwr値が、HbAlc<9.7%の群はHbAlc>9.7%の群より低く、インスリン療法群は経口薬を服用している群より高つた。また、酢飯のGlwr値と、一日総インスリン使用量との間に(r=0.816,p=0.05)、糖尿病罹病歴との間に(r=0.895,p=0.001)、正の相関関係があった2型糖尿病群における酢のGI低下作用は糖尿病の重症度、インスリン使用量と罹病期間に影響されることが示された。

 以上、本論文は、日本人の主食である米飯を基準食として、酢のGI低下作用は健常な対照群に見られたのに対し、2型糖尿病群には観察されないことを明らかにした。本研究は、米飯を基準食としたGI評価の適用性を確認し、日本人糖尿病患者におけるGI値の評価に重要な貢献をすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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