学位論文要旨



No 117541
著者(漢字) 小早川,高
著者(英字)
著者(カナ) コバヤカワ,コウ
標題(和) 嗅神経細胞の繊毛に局在するstomatin-related olfactory protein SRO
標題(洋)
報告番号 117541
報告番号 甲17541
学位授与日 2002.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4240号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 飯野,雄一
内容要旨 要旨を表示する

 匂い分子は鼻腔上部に位置する嗅上皮に存在する嗅神経細胞によって受容される。嗅神経細胞は双極性の神経細胞で、細胞体から1本の樹状突起と1本の軸索を伸ばしている。樹状突起の先端には匂い情報変換の場となる嗅繊毛が見られ、そこにはGタンパク質と共役する7回膜貫通型タンパク質である嗅覚受容体(OR)が発現している。ORによって匂い分子が受容されたというシグナルは、嗅神経細胞特異的Gタンパク質Golfと、アデニル酸サイクラーゼタイプIII(ACIII)を経てcAMP濃度の上昇を引き起こし、CNGチャンネルを開かせる。嗅神経細胞の繊毛にはこの一連のカスケードで機能する複数の遺伝子産物が見られるが、本研究においては、この繊毛に局在する新たなタンパク質、stomatin-related olfactory protein(SRO)を同定した。

 マウスSROは、287アミノ酸からなる分子量32kDaの2回膜貫通型タンパク質で、マウスstomatinとは82%のアミノ酸配列の相同性、線虫のMEC-2とは78%、線虫のUNC-1とは77%の相同性を持っている。マウスのsro遺伝子は他のストマチンファミリーに属する遺伝子とは異なり、嗅上皮の嗅神経細胞で特異的に発現していて、鋤鼻嗅覚神経での発現は見られない(図1,2)。SROタンパク質は、嗅繊毛を含む最も尖端部に顕著に局在しており(図3)、免疫沈降法による解析の結果、嗅繊毛由来の低密度膜画分においてACIIIやカベオリン-1と結合していることが明らかになった。興味深いことに、抗SRO抗体は嗅繊毛膜画分におけるcAMP産生活性を上昇させることが見出され、SROの抑制的機能が示唆された。今回同定されたSROは、嗅繊毛の脂質ラフトにおいて、匂いシグナルの調整に重要な役割を果たす嗅神経特異的タンパク質であると考えられ、本研究は嗅覚情報の受容伝達の理解に新しい道を拓くものとして重要である。

図1嗅上皮特異的なsroの発現

(図1)sro転写産物のノーザンブロット解析。3μgのpolyA+RNAをマウスの様々な組織から抽出し、アガロースゲル電気泳動で分離し、ナイロンメンブレンにトランスファーし、32P標識したsro cDNAとハイブリダイゼーションを行った。プローブを洗い落とした後に、同じナイロンメンブレンをβ-actinプローブとハイブリダイゼーションを行なった。

図2嗅神経細胞特異的なsroの発現

(図2)嗅上皮および鋤鼻上皮の切片をジゴキシジェニンでラベルした、OMP(olfactory marker protein)(a, e, i, m),ストマチン(stomatin)(b, f, j, n)、及びsro(c, g, k, o)のアンチセンスRNAプローブとハイブリダイゼーションを行った。ネガティブコントロールとしてsroのセンスプローブをハイブリダイゼーションした(d, h, l, p)。低倍率(a-d, i-l)と高倍率(e-h, m-p)の像を示した。sro遺伝子の発現は成熟した嗅神経細胞でのみ見られた。鋤鼻神経細胞ではストマチンとOMP遺伝子の発現は検出されたが、sro遺伝子の発現は見られなかった。

図3免疫組織化学法を用いたSROタンパク質の検出

(図3)マウス嗅上皮(OE),(a, b),鋤鼻上皮(VNE),(e, f),嗅球(OB),(g, h)の16μm厚の組織切片におけるSROタンパク質の局在をSRO抗体による免疫染色で検出した。ネガティブコントロールとして、SRO抗体溶液に抗原ペプチドを加え免疫染色を行った(+Ag)。低倍率の像を上段に、高倍率の像を下段に示した。免疫組織化学法によりSROタンパク質は嗅上皮において嗅神経細胞の嗅繊毛(cilia),(ci)に検出され、鋤鼻上皮の絨毛(microvilli)(mv)には検出されなかった。SROタンパク質はOEにおいて嗅繊毛に最も顕著に存在していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 匂い分子は鼻腔上部に位置する嗅細胞によって受容される。嗅細胞は双極性の神経細胞で、細胞体から1本の樹状突起と1本の軸索を伸ばしている。樹状突起の先端には匂い情報の変換の場となる嗅繊毛が見られ、そこにはGタンパク質と共役する7回膜貫通型タンパク質である嗅覚受容体(olfactory receptor: OR)が発現している。ORによって匂い分子が受容されたという情報は、嗅細胞特異的Gタンパク質(Golf)と、アデニル酸サイクラーゼ(ACIII)を経てサイクリックAMP(cAMP)濃度の上昇を引き起こし、サイクリックヌクレオチド依存性チャンネルを開かせる。嗅細胞の繊毛にはこの一連のカスケードで機能する複数のタンパク質が複合体をなして存在すると考えられられるが、本研究においては、この繊毛に局在する新たなタンパク質、stomatin-related olfactory proteinを同定しSROと命名した。

 マウスのSROは、287アミノ酸からなる分子量32kDaの2回膜貫通型タンパク質で、マウスstomatinとは82%のアミノ酸配列の相同性、線虫のMEC-2とは78%、線虫のUNC-1とは77%の相同性を持っている。マウスのsro遺伝子は、他のストマチンファミリーに属する遺伝子に比べ発現の領域特異性が極めて高く、嗅上皮の嗅細胞でのみ発現している。また、フェロモン受容にかかわる鋤鼻嗅覚神経細胞での発現は見られない。SROタンパク質は、嗅繊毛を含む尖端部に局在しており、免疫沈降法による解析の結果、嗅繊毛の低密度膜画分においてACIIIやカベオリン-1と複合体を形成していることが明らかになった。興味深いことに、抗SRO抗体は嗅繊毛膜画分におけるcAMP産生活性を上昇させることが見出され、SROの抑制的機能が示唆された。従って今回同定されたSROは、嗅繊毛の脂質ラフトにおいて、匂いシグナルの調整に重要な役割を果たすタンパク質であると考えられる。

 以上のように、本研究で発見されたSROタンパク質は、嗅覚情報の受容伝達を理解する上で極めて重要であり、今後の嗅覚研究に大きく寄与するものである。なお、本学位申請論文の研究内容は、林、森田、宮道、岡、坪井、及び坂野氏との共同実験を含むが、研究の主要部分は論文提出者を中心に計画、実行されたものであり、論文提出者の寄与は十分であると判断された。また、本学位論文の内容は、論文提出者を筆頭著者として、米国の神経科学会が発行する欧文誌、Journal of Neuroscienceに印刷中である。

 本学位論文の審査会においては、数多くの質問が出され質疑応答は多岐にわたった。論文提出者はこれらに対して丁寧かつ適確に対応し、その一部は学位論文の最終稿に反映されている。

 以上の様に、論文提出者の研究の独創性及び審査会における高い評価に基づき、博士(理学)の学位を授与出来ると認める。

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