学位論文要旨



No 117542
著者(漢字) 千村,崇彦
著者(英字)
著者(カナ) チムラ,タカヒコ
標題(和) 真核生物転写制御におけるヒストンシャペロンの機能解析
標題(洋)
報告番号 117542
報告番号 甲17542
学位授与日 2002.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4241号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 渡辺,嘉典
 東京大学 助教授 室伏,擴
 東京大学 助教授 堀越,正美
内容要旨 要旨を表示する

 真核生物の染色体DNAは塩基性ヒストンタンパク質とDNAの複合体であるヌクレオソーム構造を基本単位としたクロマチン構造を形成している。ヌクレオソームはヒストンH2A/H2Bのヘテロダイマーが二分子と、H3/H4ヘテロテトラマー一分子からなるヒストンオクタマーに対して約146bpのDNAが約1.75回巻いた構造である。ヌクレオソーム構造は転写反応に対して阻害的に作用することから、真核生物において転写反応の制御機構を理解するためには、転写開始反応に伴うヌクレオソーム構造変換反応機構、即ちDNA-ヒストン相互作用及びヒストン-ヒストン相互作用の制御機構を理解する必要がある。TATA配列結合因子TFIIDは転写開始反応を担う転写基本因子の中でも最初にTATA配列を含むプロモーターに結合し転写開始複合体のコアとなることから、TFIIDのプロモーター領域への結合が真核生物における転写反応において中心的な反応ステップである。したがって、転写開始反応に伴うヌクレオソーム構造変換を担う因子はTFIIDと相互作用するはずである、という予想に基づき、TFIIDを形成するサブユニットと相互作用する因子をスクリーニングし。その中で、最大サブユニットCCG1のブロモドメイン領域と相互作用する複数の因子の中でも、ヒトから酵母まで高度に保存された因子CIAの機能解析を行った(図1)。

 ヒトCIAはヒストンH3/H4と直接結合し、ヌクレオソーム構造の形成を促進するヒストンシャペロン活性を有していたことから、報告者はCIAがヌクレオソームを鋳型とした真核生物転写反応において中心的な役割を果たすと考え、生化学的解析に加え遺伝学的解析が容易な出芽酵母を用いて解析を進めた。これまで知られているヒストンシャペロンは酸性アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)に富んだ領域を有しており、酸性アミノ酸領域がヒストンとの結合もしくはヒストンシャペロン活性に必須な役割を果たすことが示唆されてきた。出芽酵母CIA(Cia1p)には酸性アミノ酸領域が存在するが、興味深いことにヒトCIAには酸性アミノ酸領域が見出されなかったことから、CIAが酸性アミノ酸領域を必要としない新規なタイプのヒストンシャペロンである可能性が示唆された。そこで、本解析ではまずCia1pの分子としての性質に着目し、ヒストンシャペロンとしての機能ドメインの探索を通して、酸性アミノ酸領域のヒストンシャペロン活性への必要性の検討を行った。次いで、Cia1pの転写制御反応におけるTFIIDとの機能的相互作用の検討を行った。さらに、より大きな枠組みの中でのCia1pの機能解析を行うため、Cia1pによる転写制御反応の細胞周期制御反応における役割の解明を試みた。

1.Cia1pのヒストンシャペロンとしての性質に着目した解析

 Cia1pの分子内の性質に着目し、CIAの活性の種間保存性の検討及び活性ドメインの特定を試みた。その結果Cia1pはヒトCIAと同様、ヒストンシャペロン活性を有することを見出し、Cia1pが1次構造上保存性が高いだけでなく、その活性も種を超えて保存されていることを示した。さらに、Cia1pのヒストン結合特異性、ヒストンシャペロン活性そしてin vivoでのヌクレオソーム構造変換活性を担うドメインをデリーション変異蛋白質を用いて特定し、これらの活性が、種間で高度に保存されたドメインにより担われていることを見出した(表1)。しかも、この領域には酸性アミノ酸に富んだ領域を含まなかった。これまでの報告で他のヒストンシャペロンに関しては酸性領域がヒストンシャペロン活性に必須と考えられてきたことを考えると、Cia1pが新規な性質を持つヒストンシャペロンであると考えられる。一方、酸性アミノ酸領域単独でもヒストンシャペロン活性を示すが、ヒストンとの結合特異性が異なっており、ヒストンH2A/H2Bとも結合できることを見出した。酸性アミノ酸領域はヒストンシャペロン活性自体には必要ないが、その効率を決めるドメインであることが予想された。

2.Cia1pの転写制御反応への関与に着目した解析

 CIAがTFIIDと相互作用する因子として単離された経緯から、この相互作用の転写制御反応における進化的な重要性を明らかにするため、CIAとTFIID内のブロモドメインとの相互作用の種間保存性を検討すると共に、in vivoにおける転写制御反応においてCIAとTFIIDとの機能的関連性の解析を行った。その結果、CCG1ブロモドメインに対応する出芽酵母の対応因子であるBdf1p及びBdf2pブロモドメイン領域と直接相互作用し、しかも細胞内でも相互作用することを見出した。

 また、CIA1遺伝子破壊株とBDF1遺伝子破壊株がともにSpt表現型を示し、両遺伝子の2重変異が合成致死となったことからCIA1とBDF1との転写制御反応における協調的作用が示唆された。さらに免疫沈降法を用いた解析によって、Cia1pがTFIIDのサブユニットと相互作用することを見出し(図2)、しかもCIA1遺伝子破壊によるSpt表現型がTFIIDサブユニットの過剰発現によって抑圧されるという遺伝学的相互作用が見出された(図3)。これは、転写制御反応においてCIAがTFIIDサブユニットと機能的連関性があることを示唆している。また、本解析はヒストンシャペロンが転写基本因子と機能的に相互作用することを見出した最初の知見となった。

3.Cia1pによる転写制御が関与する生命現象に着目した解析

 CIAによる転写制御反応が、細胞の生命維持においてどのような局面で必要となるのかを検討することを目的とした。そのために、CIA1遺伝子破壊株の表現型の検討により反応系を絞り込むという戦略をとった。CIA1遺伝子破壊株は致死ではないが増殖能が野生株に比べ低かった。このことからCia1pは細胞増殖、つまり細胞周期の進行に重要な役割を果たすことが示唆された(図4)。そこで、Cia1pの欠損が、細胞周期のどの時期に欠陥を引き起こすのかを検討する目的でFACScan解析を行ったところ、G2期の細胞が野生株に比べ多くなっていた。したがってCia1pが必要となる細胞周期の時期はG2期かそれ以前と予想された。

 細胞周期のG2期での進行異常はCia1pが必要とされる細胞時期と一致するのかを検証する目的でCIA1遺伝子の発現の起きる細胞周期の時期の特定を試みたところ、出芽酵母のみならず、分裂酵母に関してもG1/S期での発現上昇が見られた。CIA1の発現がG1/S期に起こり、CIA1欠失による異常がG2期でみられたことから、Cia1pはその間の時期であるS期の進行に必要であることが予想された。そこで、ヒドロキシウレア(HU)処理によってDNA複製の進行を阻害すると、CIA1遺伝子破壊株は増殖できなくなることがわかった(図4)。さらにHU処理により通常発現誘導されるはずのRNR3遺伝子の発現誘導にCIA1遺伝子破壊株では欠陥があることが判った(図5)。これらのことから、Cia1pは細胞周期の中でもS期の進行に関与するヒストンシャペロンであることが示唆された。

まとめと今後の展望

 以上の解析で、酸性アミノ酸に富んだ領域を必要としない新規ヒストンシャペロンCia1pは、転写基本因子TFIIDと転写制御反応において機能的な相互作用を示し、Cia1pによる転写制御はS期の進行に重要な役割を果たしていることが明らかとなった。酸性アミノ酸領域はCia1pのヒストンシャペロン活性に必要ないことから、今後酸性アミノ酸領域がCia1pによるヒストンシャペロン活性に対してどのような役割を持っているのかを明らかにしていく必要がある。さらに、本解析によりCia1pとTFIIDとの機能的相互作用に加え、Cia1pの転写活性化への関与が示唆されたことから、Cia1pによるヌクレオソーム構造変換がTFIIDとヌクレオソームDNAとの相互作用に及ぼす影響を生化学的に明らかにすることが課題である。

図1CIAは酵母からヒトまで進化上高度に保存された因子である

表1CIAによるヒストンシャペロン活性は種間保存領域に担われている

図2CIAとTFIIDは細胞内で相互作用する

図3CIAとTFIIDは遺伝学的に相互作用する

図4cia1Δ株はHU感受性を示す

図5cia1Δ株は転写誘導に欠陥がある

審査要旨 要旨を表示する

 本論文での解析結果は3章からなり、第1章ではCIAのヒストンシャペロン活性の種間保存性、第2章ではCIAと転写開始因子TFIIDとの機能的相互作用、第3章ではCIAによる転写制御の特異性について述べている。

 真核生物の染色体DNAはヒストンと結合しヌクレオソーム構造が基本単位である。ヌクレオソーム構造は遺伝情報を読み出す転写反応を阻害する。論文提出者は転写開始反応において中心的な役割を果たすTFIIDと相互作用する因子の中で、ヒストンシャペロンCIAに着目し解析を行った。ヒストンに対するアセチル化などの化学修飾が主流であったこれまでのクロマチン転写反応の制御機構研究の中で、ヒストンに対する相互作用活性、ヌクレオソーム構造変換というダイナミックな活性を有するヒストンシャペロンに着目して解析し、CIAがin vivoにおける転写制御反応においてTFIIDと機能的な相互作用を見出し、転写開始因子とクロマチン構造変換因子との関係を世界に先駆けて明らかにした。

 第1章:CIAの種間で保存された機能を担うドメインの特定

 CIAの1次構造がヒトから酵母まで保存されていることから、出芽酵母対応因子であるCia1pのヒストンシャペロン活性を検定し、見出した。さらに、Cia1pの領域欠損変異蛋白質を種々用意し、種間で高度に保存された領域によってヒストンシャペロン活性が担われていることを示した。細胞内における染色体構造変換活性検定系において、領域欠損変異蛋白質に関してその活性を野生型蛋白質と比較したところ、ヒストンシャペロン活性を有する領域と一致した。この解析でCIAのヒストンシャペロン活性には酸性アミノ酸に富んだ領域が必須ではなかったことから、酸性アミノ酸領域がヒストンシャペロン活性に必須であるというこれまでの概念を覆すことになり、他のヒストンシャペロンに関する今までの知見の再検討を促す知見となった。

 第2章:CIAとTFIIDとの機能的相互作用の検討

 ヒトCIAが転写開始因子TFIIDのサブユニットCCG1のブロモドメインと相互作用する因子として酵母ツーハイブリッド法により単離された経緯から、その相互作用が細胞内の転写制御反応に果たす役割を解析した。ヒトCIAとヒトCCG1ブロモドメインとの相互作用が特異的で、かつ出芽酵母の対応因子間でも相互作用が保存されていることを示した。CIA1遺伝子破壊株を用いた解析によりI)TFIIDの機能欠損の際に生じる転写制御の欠陥がCIA1の破壊によっても引き起こされること、II)しかもこの欠陥がTFIIDの特定のサブユニットによって抑圧されるという知見から、転写制御反応におけるCIAとTFIIDとの機能的関連性を見出した。これらの知見は転写開始因子とヌクレオソーム構造変換因子との直接的かつ機能的相互作用を示した最初の知見であり、転写開始反応におけるヌクレオソーム構造変換に関する研究において新しい分子機構を提示するものである。このことはDNA複製等、ヌクレオソームを鋳型とするすべての反応において適用可能な概念、即ちヒストンシャペロンと反応系開始因子との機能的相互作用という概念になると考えられる。

 第3章:CIA1のnativeな遺伝子の転写制御反応への関与の検討

 出芽酵母Cia1pの細胞内での機能に重点を置いて解析した。CIA1破壊株は、致死ではないが細胞増殖に欠陥を示すことから、Cia1pが機能する細胞周期の時期をFACS解析及びCIA1遺伝子の細胞周期における発現時期の解析からS期進行への関与を特定し、S期進行を阻害する薬剤ヒドロキシウレア(HU)に対する感受性を見出した。さらにHUにより誘導されるある種の遺伝子の活性化に欠陥のあることを見出した。これらの解析により、クロマチンによる転写抑制の解除においてヒストンシャペロンが重要な役割を果たすという機構を考える基礎を与えた。

 本論文の第1章はCIA分子の機能性やドメイン構造に着目した解析、第2章はCIAと転写開始因子TFIIDとの機能的相互作用に着目した解析となり、反応機構論のレベルで議論している。さらに第3章では第1章、第2章で示唆されたCIAの作用機序に関する性質に基づき、細胞周期というより大きな反応系の中でその意義を解析、検証しており、本論文では分子の性質、分子間相互作用の意義、反応系での役割といったあらゆる階層での解析を通して転写開始因子TFIIDとCIAとの相互作用の役割を示した研究となっている。

 本論文第1章は、梅原崇史氏、市川夏子氏との、第2章は葛原隆氏との、第3章の一部は八巻真理子氏、梅原崇史氏との共同研究を含んでいるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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