学位論文要旨



No 117545
著者(漢字) 竹田,秀
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,シュウ
標題(和) 発生工学的手法を用いた骨、軟骨の細胞分化の検討 : VDR欠損マウス、Cbfa1過剰発現マウスを用いた解析
標題(洋)
報告番号 117545
報告番号 甲17545
学位授与日 2002.09.04
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2038号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 栗原,裕基
内容要旨 要旨を表示する

 近年の発生工学的手法の進歩に伴い、特定の遺伝子を欠損させたマウス(ノックアウトマウス)や特定の遺伝子を強制的に発現させたマウス(トランスジェニックマウス)を作成することが広く行われるようになった。そして、こうした遺伝子改変マウスの解析を通じて、特定の遺伝子の生体における機能が数多く明らかとされてきた。そこで、今回、発生工学的手法を用いて軟骨細胞、破骨細胞の分化メカニズムの一端を明らかにしょうと試みた。なかでも、ビタミンD受容体(VDR)欠損マウスの作成とVDRの破骨細胞形成における役割の検討、軟骨特異的Cbfal強制発現マウスの作成とCbfalの軟骨細胞分化における役割の検討について研究を進めた。

 ビタミンDは腸管及び腎臓でのカルシウム輸送に重要な役割を果たしている。また、ビタミンDは骨に作用し、破骨細胞の形成や骨芽細胞基質蛋白の合成を促進することが知られている。ビタミンDの作用は主としてその活性型代謝物である1,25水酸化ビタミンD(1,25(OH)2D)がビタミンD受容体(VDR)と結合することを介して発揮される。VDRは核内受容体スーパーファミリーに属し、VDR、1,25(OH)2Dからなる集合体は標的遺伝子のビタミンD反応領域に結合し、その転写を調節することで作用を発揮する。しかしながら、1,25(OH)2Dの一部の作用は遺伝子発現の調節を介さずに行われうることも報告されている。そこでまず、生体におけるVDRの機能を明らかとする目的でジーンターゲティング法を用いてVDR欠損マウスを作成した。VDR欠損マウスは離乳後から出現する成長障害、不妊を呈し、15週前後で死亡した。また、VDR欠損マウスはビタミンD依存性クル病II型と同様に、低カルシウム血症、低リン血症、クル病を呈することが明らかとなった。

 1,25(OH)2Dが破骨細胞の形成に重要な役割を果たしていることはよく知られているが、その作用の発現がVDRへの結合を介するか否かは未だ明らかでない。そこで、1,25(OH)2Dの存在下で骨芽細胞と脾細胞の共存培養を行った。両方の細胞を野生型マウスから調整した場合、酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ(TRAP)陽性の多核巨細胞の形成を認めた。一方、両方の細胞をVDR欠損マウスから調整した場合、破骨細胞は形成されなかった。骨芽細胞を野生型マウス、脾細胞をVDR欠損マウスから調整した場合は破骨細胞は正常に形成された。ところが、骨芽細胞をVDR欠損マウスから、脾細胞を野生型マウスから調整した場合破骨細胞は全く形成されなかった。破骨細胞形成は他の因子によっても促進されるため、引き続いて副甲状腺ホルモン(PTH)またはIL-1αを用いて共存培養を行った。FTHやIL-1αの存在下では骨芽細胞、脾細胞の遺伝子型に関わらず、破骨細胞の形成を認めた。さらに、VDR欠損マウスの骨芽細胞と脾細胞からPTHの存在下で調整した破骨細胞は象牙切片上で正常に吸収窩を形成した。

 これらの結果より、1,25(OH)2Dは破骨細胞前駆細胞ではなく骨芽細胞に存在するVDRを介して破骨細胞形成を促進することが明らかとなった。また、今回の検討によりVDRの遺伝子型に関わらず、骨芽細胞と破骨細胞前駆細胞を用いた共存培養系でPTHやIL-1αの存在下で破骨細胞が形成されることが明らかとなった。

 骨の発生には未分化間葉系細胞から直接骨芽細胞が分化して骨形成が行われる膜性骨化と、未分化間葉系細胞から軟骨細胞が分化し、そこに骨芽細胞が血管とともに侵入する内軟骨性骨化の2つの異なるメカニズムがあることが知られている。生体では大半の骨が内軟骨性骨化によって発生するため、そのメカニズムを解明することは重要である。そこで、骨芽細胞分化を調節する転写因子としてよく知られているCbfalに注目し、Cbfalが軟骨細胞の肥大化に関わる可能性を検討した。

 Cbfalは骨格形成の初期、胎生12.5日まで細胞凝集領域の細胞で高レベルで発現している。その後もCbfalは軟骨細胞で発現が認められるものの、その発現レベルはきわめて低い。一方、骨芽細胞でのその発現は発生前後を通じて極めて高く、またCbfalは骨芽細胞の分化において必須の転写因子であることがIn vivoで示されている。Cbfal欠損マウスの一部の骨では、骨芽細胞分化の異常のみならず軟骨細胞の肥大化異常が認められる。そこで今回、Cbfalが軟骨細胞の肥大化を調節する可能性を考えた。そのため、肥大軟骨細胞以外の軟骨細胞(以下、非肥大軟骨細胞)にCbfalを恒常的に発現するトランスジェニックマウスを作成した(α1(II)Cbfaltg)。α1(II)Cbfaltgは異所性の軟骨細胞の肥大化、それに引き続く内軟骨性骨化を示した。この内軟骨性骨化がCbfalによる骨芽細胞の軟骨細胞へ分化転換によるのか、肥大軟骨細胞分化を誘導する独立したCbfalの機能によるものかを明らかにするため、引き続いてCbfalトランスジェニックマウスを用いて、Cbfal欠損マウスの非肥大軟骨細胞のみにCbfalを恒常的に発現させた(α1(II)Cbfaltg-Cbfal欠損マウス)。

 その結果Cbfal欠損マウスの異常のうち軟骨細胞の肥大化及び血管侵入はCbfalの発現により正常化したが、骨芽細胞の分化は認められなかった。このCbfalトランスジーンによる救済はトランスジーンの発現部位に限局して認められ、細胞自律的な救済と考えられた。また、α1(II)Cbfaltgでは骨芽細胞がないにもかかわらず、肥大軟骨細胞基質にTRAP陽性の多核巨細胞を認め破軟骨細胞と考えられた。これらの結果より、Cbfalが軟骨細胞分化因子であること、しかも軟骨と骨という同じ間葉系由来の異なる2種の細胞分化を同時に調節する初めての転写因子であることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は骨組織を構成する破骨細胞と軟骨細胞の分化制御機構に着目し、発生工学的手法を用いてそれぞれの分化メカニズムの一端を明らかにしようと試みたものである。なかでも、ビタミンD受容体(VDR)欠損マウスの作成とVDRの破骨細胞形成における役割の検討、軟骨特異的Cbfal強制発現マウスの作成とCbfalの軟骨細胞分化における役割の検討について研究を進め下記の結果を得ている。

 1.生体におけるVDRの機能を明らかとする目的でジーンターゲティング法を用いてVDR欠損マウスを作成した。VDR欠損マウスは離乳後から出現するの成長障害、不妊を呈し、15週前後で死亡した。また、VDR欠損マウスはビタミンD依存性クル病II型と同様に、低カルシウム血症、低リン血症、クル病を呈することが明らかとなった。1,25(OH)2Dが破骨細胞の形成に重要な役割を果たしていることはよく知られているが、その作用の発現がVDRへの結合を介するか否かは未だ明らかでない。そこで、1,25(OH)2Dの存在下で骨芽細胞と脾細胞の共存培養を行った。両方の細胞を野生型マウスから調整した場合、酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ(TRAP)陽性の多核巨細胞の形成を認めた。一方、両方の細胞をVDR欠損マウスから調整した場合、破骨細胞は形成されなかった。骨芽細胞を野生型マウス、脾細胞をVDR欠損マウスから調整した場合は破骨細胞は正常に形成された。ところが、骨芽細胞をVDR欠損マウスから、脾細胞を野生型マウスから調整した場合破骨細胞は全く形成されなかった。破骨細胞形成は他の因子によっても促進されるため、引き続いて副甲状腺ホルモン(PTH)またはIL-1aを用いて共存培養を行った。PTHやIL-1αの存在下では骨芽細胞、脾細胞の遺伝子型に関わらず、破骨細胞の形成を認めた。さらに、VDR欠損マウスの骨芽細胞と脾細胞からPTHの存在下で調整した破骨細胞は象牙切片上で正常に吸収窩を形成した。

 2.Cbfalは骨格形成の初期、胎生12.5日まで細胞凝集領域の細胞で高レベルで発現している。その後もCbfal軟骨細胞で発現が認められるものの、その発現レベルはきわめて低い。一方、骨芽細胞でのその発現は発生前後を通じて極めて高く、またCbfal骨芽細胞の分化において必須の転写因子であることがIn vivoで示されている。Cbfal欠損マウスの一部の骨では、骨芽細胞分化の異常のみならず軟骨細胞の肥大化異常が認められる。そこで今回、Cbfal軟骨細胞の肥大化を調節する可能性を考えた。そのため、肥大軟骨細胞以外の軟骨細胞(以下、非肥大軟骨細胞)にCbfal恒常的に発現するトランスジェニックマウスを作成した(α1(II)Cbfaltg)。α1(II)Cbfaltgは異所性の軟骨細胞の肥大化、それに引き続く内軟骨性骨化を示した。この内軟骨性骨化がCbfa1による骨芽細胞の軟骨細胞へ分化転換によるのか、肥大軟骨細胞分化を誘導する独立したCbfal機能によるものかを明らかにするため、引き続いてCbfalランスジェニックマウスを用いて、Cbfal損マウスの非肥大軟骨細胞のみにCbfal恒常的に発現させた(α1(II)Cbfaltg-Cbfal欠損マウス)。その結果Cbfal欠損マウスの異常のうち軟骨細胞の肥大化及び血管侵入はCbfalの発現により正常化したが、骨芽細胞の分化は認められなかった。このCbfalトランスジーンによる救済はトランスジーンの発現部位に限局して認められ、細胞自律的な救済と考えられた。また、α1(II)Cbfaltgでは骨芽細胞がないにもかかわらず、肥大軟骨細胞基質にTRAP陽性の多核巨細胞を認め破軟骨細胞と考えられた。

 以上、本論文はVDR欠損マウスを用いて1,25(OH)2Dは破骨細胞前駆細胞ではなく骨芽細胞に存在するVDRを介して破骨細胞形成を促進することを明らかとした。また、VDRの遺伝子型に関わらず、骨芽細胞と破骨細胞前駆細胞を用いた共存培養系でPTHやIL-1αの存在下で破骨細胞が形成されることが明らかとなった。さらにCbfal軟骨特異的過剰発現マウスを用いて、Cbfalが軟骨細胞分化因子であること、しかも軟骨と骨という同じ間葉系由来の異なる2種の細胞分化を同時に調節する初めての転写因子であることが明らかとなった。従って、本研究は破骨細胞、軟骨細胞分化機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと思われる。

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