学位論文要旨



No 117546
著者(漢字) 佐野,圭二
著者(英字)
著者(カナ) サノ,ケイジ
標題(和) 肝静脈遮断時の血行動態の変化と肝静脈再建の適応基準
標題(洋)
報告番号 117546
報告番号 甲17546
学位授与日 2002.09.04
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2039号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 太田,信隆
 東京大学 助教授 國土,典宏
 東京大学 講師 宮田,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

【目的】肝静脈遮断時の血行動態の変化を解明し、切離肝静脈再建の客観的適応基準を確立する。

【背景1肝静脈合併切除を伴う肝切除における切除肝静脈再建の必要性は長く議論され続けている。また最近では成人部分肝移植(生体部分肝移植・split-liver transplantation)の右肝グラフトに中肝静脈をつけるべきか否か、あるいは中肝静脈枝を再建すべきか否かでこの問題がさらに注目されている。剖検肝の肝静脈より塩化ビニルを圧入して作成したキャストに肝静脈の相互吻合が認められること、またpartial Budd-Chiari diseaseにおいて静脈間に吻合枝が形成されることから肝静脈再建は不要であると考えられてきた。しかし前者は非生理的な圧がかかること、後者は狭窄が緩徐に進行したのちの閉塞であることから、手術における肝静脈再建が不要であるとする理由にはならない。一方バルーンカテーテルによる急性肝静脈閉塞の実験では、肝動脈造影にて肝静脈は造影されず閉塞肝静脈還流領域の門脈枝が続いて造影されることが報告されており、すなわち閉塞肝静脈還流領域には動脈血のみが灌流し、門脈はその動脈血の還流路となっていることを示唆している。ただし肝静脈間肝内吻合枝の存在頻度、肝内吻合枝をもたない症例での閉塞肝静脈還流領域の血行動態とその経時的変化は未だ明らかにされていない。

【対象と方法】2000年1月から2000年12月まで当科および松波総合病院にて施行した生体肝移植ドナー手術39例を対象として中肝静脈の前区域還流枝還流領域の血行動態を検討した。

 術前に撮影したダイナミックCTにおいて中肝静脈のS8還流枝(以後V8)とS5還流枝(以後V5)を同定し、本数・径を計測した。

 術中に中肝静脈前区域還流枝の還流領域の血流(静脈、門脈)を超音波ドブラ法によって測定した。

 次に中肝静脈遮断時に還流領域の肝表の色調変化を観察した。続いて肝動脈を5分遮断し肝表の色調変化を観察した。色調変化を認めた症例では、CT volumetryを行って還流領域の体積を測定した。

 最後に中肝静脈前区域還流領域の肝組織酸素飽和度を肝静脈還流時、肝静脈遮断時、肝静脈+肝動脈遮断時の3相で近赤外分光法を用いた組織酸素飽和度測定器により測定した。

 術後は3病日目、7病日目に超音波ドブラ法を体表から施行し、切離肝静脈枝還流領域の血行動態の変化を観察した。

【結果】2mm以上あるV8の本数は1例平均1.33本であった。太さは3.5±1.8mm[2-8mm]であった。V5の本数は1例平均1.26本であった。太さは4.5±1.7mm[2-8mm]であった。V5が前区域のみならず後下区域の一部も還流する症例が5例(13%)にみられた。中肝静脈前区域還流領域の総本数は1例につき平均2.7±0.9本であった。5mm以上の還流枝を有する症例は30例(77%)であった。

 超音波ドブラ法において、切離あるいは遮断下で静脈枝の末梢に血流を同定し、肝内吻合枝を同定しえた症例が34例中8例(24%)であった。残りの26例(76%)では静脈内血流・肝内吻合枝いずれも認めなかった。また34例中8例(24%)で閉塞肝静脈枝還流領域門脈枝に順行性血流が認められ、閉塞肝静脈内に血流を認めた症例と一致した。閉塞肝静脈内に血流を認めなかった26例(76%)では全例その領域の門脈枝が逆流していた。

 肝表色調観察37症例において3例(8%)においてのみ薄い色調変化を認め、3例とも閉塞肝静脈内に血流を認めない症例であった。肝動脈一時遮断により29例(78%)で鮮明な色調変化を来たし、1例(3%)で淡く色調が変化した。超音波ドブラ法にて閉塞肝静脈内に血流を認めない症例は全て前者29例に含まれ、後者1例は閉塞肝静脈内に血流を認めた症例であった。

 前区域中の中肝静脈還流領域はCT volumetryによる測定では前区域の61±17%[25-100%]であった。

 組織酸素飽和度は、肝静脈還流時において閉塞肝静脈内に血流を認めなかった症例7例、閉塞肝静脈内に血流を認めた症例4例でそれぞれ89±10%と93±3%とほぼ同じであったが、肝静脈遮断時においてそれぞれ75±17%と93±4%(P=0.03)、肝静脈+肝動脈遮断時においてそれぞれ30±11%と73±10%(P<0.001)で、いずれも非還流群で有意に組織酸素飽和度が低値を示した。

 肝静脈枝を切離した20例のうち、18例において術後切離肝静脈還流領域の血行動態を超音波ドブラ法にて観察した。そのうち閉塞肝静脈内に血流を認めた症例は4例、閉塞肝静脈内に血流を認めなかった症例は14例であった。前者は3,7病日目において全例順行性門脈血流が認められた。後者は14例中2例(14%)が3病日目までに、また4例(29%)が新たに7病日目までに静脈間肝内吻合を形成し門脈血流が順行性となった。残り8例(57%)では7病日目でも静脈血流なく門脈は逆流していた。

【考察】超音波ドブラ法は血管造影やCTと比較しても、患者に対する侵襲が少なく、簡便であり、術中簡便に施行できるという利点とともに、動脈、門脈、静脈の血流を同時に観察でき、高速フーリエ変換を用いるとその血流パターンまで認識可能であるという利点がある。またポリ塩化ビニルなどを圧入して作成した静脈キャストによる検討と比較しても、肝静脈閉塞下でのより生理的な血行動態を知ることができるという利点がある。今回超音波ドブラ法にて確認した肝静脈閉塞下での血行動態は、(1)閉塞肝静脈内に血流を感知せず、その静脈枝還流領域内門脈枝の血流が逆流する群(非還流群)、(2)閉塞肝静脈血流が逆流して肝内吻合枝を介して非閉塞肝静脈に還流され、その静脈枝還流領域内門脈枝は全例順行性血流を保つ群(還流群)、の二つのパターンに分類された。

 非還流群、還流群の割合は76%と24%であり、臨床的には必ずしも静脈間肝内吻合枝の存在頻度は高くなかった。非還流群では全例その還流領域の門脈が動脈還流路となり門脈血は灌流しないため、その領域の肝機能は低下していることが予想される。実際にわれわれの検討で中肝静脈を切離した症例の3ヶ月後の前区域と後区域の肥大率は、前者のほうが後者より有意に低かった。

 術後1週間での超音波ドブラ法による観察においても、非還流群の57%は還流不全が持続しその領域の門脈枝が逆流していた。すなわち非還流群の半数以上の症例において、術後肝不全の危険の最も高い術後7日間に非還流領域の門脈灌流が得られないことになる。よって非還流領域を除いた残肝容積が十分でない場合には術後肝不全を予防するために閉塞肝静脈を再建する必要が生じてくる。

 術中非還流領域を同定することができれば、その領域を除いた肝容積で術後肝機能が十分であるかどうかで閉塞肝静脈再建の客観的基準を設定できる。肝動脈一時遮断法は静脈閉塞だけでは同定し得なかった非還流領域の著明な肝表の色調変化を可能とした。近赤外分光法を用いた組織酸素飽和度計を用いると、非還流群と還流群とで閉塞肝静脈還流領域の組織酸素飽和度は平均それぞれ75%、93%であり、非還流群の閉塞肝静脈枝還流領域にも動脈血が灌流するため組織酸素飽和度が保たれ、淡い肝表の色調変化を8%に認めるのみであった。しかし肝動脈を遮断することで、非還流領域での組織酸素飽和度はそれぞれ平均30%、73%に低下し、動脈血を遮断することで非還流群の閉塞肝静脈枝還流領域の組織酸素飽和度を著しく低下させ全例で著明な肝表の色調変化を認めた。一方還流群では門脈還流が保たれ著明な色調変化は呈さず淡い色調変化を1例に認めた。肝動脈一時遮断法によっても還流群と非還流群とを判別でき、さらに非還流群の閉塞肝静脈枝還流領域を明確に同定し得た。

 以上より肝静脈閉塞時に超音波ドブラ法にて肝内吻合枝に向かう閉塞静脈内逆流とその領域の門脈の順行性血流を認めれば再建の必要はない。超音波ドブラ法にて肝静脈内に血流を認めずその領域の門脈の逆流を認める症例では、続いて肝動脈一時遮断法にて非還流領域を同定し、CT volumetryによりその容積を測定する。残肝容積から非還流領域の容積を除いた肝容積で、術後肝機能を十分保てる場合は再建の必要なく、保てない場合は肝静脈再建の適応とする。

 われわれの基準では非還流領域の肝機能をゼロと仮定しているが、実際には多少機能していることが予想される。よって非還流領域の術後肝機能を何らかの方法で評価することが今後の課題である。

【結語】今回われわれは肝静脈閉塞領域の血行動態、占拠率をそれぞれ超音波ドブラ法、肝動脈一時遮断法により明らかにし、肝静脈再建の客観的適応基準を確立した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は肝静脈遮断時の血行動態の変化を解明し、切離肝静脈再建の客観的適応基準を確立するため、生体肝移植ドナー手術を対象として中肝静脈の前区域還流枝還流領域の血行動態を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.術中に中肝静脈前区域還流枝の還流領域の血流(静脈、門脈)を超音波ドブラ法によって測定し、34例中8例(24%)において静脈枝の末梢に肝内吻合枝に向かう血流を同定し、閉塞肝静脈枝還流領域門脈枝に順行性血流を認めた。しかし残りの26例(76%)では静脈内血流・肝内吻合枝いずれも認めず、その領域の門脈枝は逆流し、動脈血の還流路になっていることが示唆された。

 2.中肝静脈遮断時に還流領域の肝表の色調変化を観察し、37症例中3例(8%)においてのみ薄い色調変化を認めたが、肝動脈を5分遮断し肝表の色調変化を観察すると、29例(78%)で鮮明な色調変化を来たし、1例(3%)で淡く色調が変化した。超音波ドブラ法にて閉塞肝静脈内に血流を認めない症例は全て前者29例に含まれ、後者1例は閉塞肝静脈内に血流を認めた症例であり、肝動脈を一時遮断することで肝静脈閉塞領域の範囲を明確に同定しうることが示された。

 3.中肝静脈前区域還流領域の肝組織酸素飽和度を(1)肝静脈還流時、(2)肝静脈遮断時、(3)肝静脈+肝動脈遮断時の3相で近赤外分光法を用いた組織酸素飽和度測定器により測定し、肝静脈還流時において閉塞肝静脈内に血流を認めなかった症例7例、閉塞肝静脈内に血流を認めた症例4例でそれぞれ(1)89±10%と93±3%、(2)75±17%と93±4%(p=0.03)、(3)30±11%と73±10%(P<0.001)であり、肝動脈一時遮断法により色調変化を来たす理由が明らかになった。

 4.肝静脈枝切離18例において術後3病日目、7病日目に超音波ドブラ法を体表から施行し、切離肝静脈枝還流領域の血行動態の変化を観察し、術中閉塞肝静脈内に血流を認めた4例は3,7病日目において全例順行性門脈血流を認めたが、術中閉塞肝静脈内に血流を認めなかった14例では14例中2例(14%)が3病日目までに、また4例(29%)が新たに7病日目までに静脈間肝内吻合を形成し門脈血流が順行性となった。残り8例(57%)では7病日目でも静脈血流なく門脈は逆流しており、半数以上の症例で肝静脈閉塞領域の門脈血は逆流することが示された。

 以上、本論文は、超音波ドブラ法を用いて、これまであきらかにされていなかった肝静脈間相互吻合の有無の頻度、1週間以内に形成される頻度を明らかにした。さらに今まで同定し得なかった肝静脈非還流領域を肝動脈一時遮断法により著明な肝表の色調変化領域として同定可能とした。これらのことから初めて肝静脈再建の客観的適応基準の確立が可能となり、肝切除、部分肝移植の手術の安全性、成績向上に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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