学位論文要旨



No 117552
著者(漢字) スリャンティニ,アニー
著者(英字) Suryantini,Any
著者(カナ) スリャンティニ,アニー
標題(和) インドネシア・ジャワ島におけるリスク条件下の最適作付パターンに関する研究
標題(洋) A Study on Optimal Cropping Pattern under Risk Conditions in Java Island, Indonesia
報告番号 117552
報告番号 甲17552
学位授与日 2002.09.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2471号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 岩本,純明
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 松本,武祝
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨 要旨を表示する

 インドネシアの農業経営は、他の多くの発展途上国の農業経営と同様に、所得の低位性と不安定性の問題を抱えている。本研究は、リスク条件下における農業経営の所得の拡大と安定化を改善するための最適作付けパターンについて、実態調査分析を基礎とした数理計画モデルを作成し、分析する。価格・収量変動によるリスク、農民の行動原理、リスク態度を考慮して5種類の基本モデルを作成し、さらにそれらに雨期の遅延という天候リスクを組み込んだモデルを作成する。計画モデル間の比較、最適作付けパターンと実際の作付けパターンとの比較、異なる生産条件を有する複数の集落を比較分析することによって、農民の行動原理および最適な作付け計画を実現するための条件を明らかにし、農業経営の所得の拡大と安定に向けた政策提言を行う。

第1章 序

 インドネシア農業を取り巻く自然、地理、人口、経済的条件について概観し、インドネシア農業、さらにジャワ島の農業の特徴および問題点を整理した。

第2章 理論的考察

 第一に、最適作付け計画の作成手法の基礎となる数理計画法に関する研究のサーベイを行った。数理計画法の基本である線形計画法とその拡張について数学的な展開を行った。

 第二に、リスクが存在する下での経営行動を明らかにする必要があるため、リスクの経済分析に関する基本概念の整理と、数理計画法にリスクを導入するための理論的な考察を行った。

 第三に、数理計画法を用いてインドネシア農業を分析した先行研究についてのサーベイを行った。

第3章 分析手法

 第一に、調査対象の選定手法と統計データについて検討し、その結果、調査対象をYogyakarta州のSleman郡とGunung Kidul郡の管内の集落とした。ジャワ島の農業の中心は低地にあるため、調査対象集落は、低地から3集落(Planggok、Somokaton、およびGentan)、丘陵地から1集落(Watugajah)を選定した。

 第二に、数理計画法によるモデルの設定を行った。基本的な季節の設定を、雨期(10〜1月)、乾期I(2〜5月)、乾期II(6〜9月)とし、計画法としては、リスクを考慮しない2種類の手法(収益の最大化と期待収益の最大化)とリスクを考慮した3種類の手法(最低収益最大化、期待収益を確保した後の最低収益最大化、平均絶対偏差最小化)の計5種類を作成した。

 第三に、推理計画法のモデルに、平年(雨期が10月に始まる)と異常年(雨期が遅れて12月に始まる)の設定を行った。

第4章 実態調査分析

 4集落に対する現地調査を実施し、各集落の農業経営の実態を、家族、労働、農地所有、農地賃貸借、灌漑設備、水利用、作付けパターン、投入財、収益、コスト、所得等の側面から明らかにした。

 調査対象集落の特徴は次の通りである。まず低地の3集落であるが、1戸当たりの水田面積は、Planggok集落が0.04haで最も大きく、次いでSomokaton集落(0.025ha)、Gentan集落(0.016ha)となる。さらに技術灌漑整備率についても、Planggok集落が42%で最も条件が良く、Somokaton集落、Gentan集落ではそれぞれ18%および16%である。 そのため、Planggok集落では年間を通じて、稲作とナマズの養殖が可能である。一方、丘陵地にあるWatugajah集落では、水田は灌漑整備されておらず、水稲は雨期のみに限定されている。また、農民のリスクヘの対応として混作が一般的に見られる。

第5章 最適作付け計画の開発

 最適作付け計画の分析は2つの部分に分けられる。一つは、雨期が10月に始まる平年のケースであり、もう一つは、雨期が遅れて12月に始まる異常年のケースである。

1)平年のケース

(1)Planggok集落:

 Planggok集落の場合、5種類すべての計画法(収益最大化、期待収益最大化、最低収益最大化、期待収益を確保した後の最低収益最大化、平均絶対偏差最小化)が、同じ最適作付けパターンを提示している。

 計算された最適作付けパターンは、「1年に水稲を3作し、一定面積のナマズ養殖を4回行う」というものである。この作付けパターンは実際の作付けパターンに近いものであるが、より収益性の高いナマズ養殖を拡大することを提示している。農外収入と貯蓄が十分あるならば、ナマズ養殖面積の拡大が可能となる。しかしながら、すべての計画方法が同様の作付けパターンを提示しているため、平年時における農民の行動原理は特定することはできない。

(2)Somokaton集落

 Somokaton集落の結果は、Planggok集落の結果と類似点が多い。5種類の計画法はいずれも「稲-稲-稲」という作付けパターンを提示している。しかし、実際には乾期IIにおいては、「稲+大豆+タバコ」の混作が行われている。これは、Somokaton集落の農民が、収入低下のリスクを強く回避しょうとしていることによる。

(3)Gentan集落

 リスクを考慮しない計画法(収益最大化と予想収益最大化)は、Gentan集落の農民に、「稲-稲-タバコ」という作付けパターンを導入するよう提示している。しかしその一方、リスクを考慮した計画法(最低収益最大化、期待収益を確保した後の最低収益最大化、平均絶対偏差最小化)では、「稲-稲-稲」という作付けパターンを提示している。

 「稲-稲-タバコ」の作付けパターンは「稲-稲-稲」よりも高い収益を上げることができる。前者の作付けパターンは、収益変動のリスクを考慮しない2つの計画方法の結果であるのに対して、後者者は収益変動のリスクを考慮したものである。「稲-稲-タバコ」の最適作付けパターンにおける水田面積の構成は、実際の作付面積の構成と極めて近いものである。

(4)Watugajah集落

 丘陵地のWatugajah集落では、稲以外の作物の作付けが多く見られ、また低地ではあまり見られない混作が一般的である。Watugajah集落の場合、データの制約から、利用できる計画法は収益最大化によるものだけであるが、得られた最適作付けパターンは「稲+トウモロコシ+キャッサバータバコー豆+ピーナッツ+トウガラシ」というものであった。このような混作による作付けパターンは、リスク回避の手段としても理解される。

2)異常年のケース

 ジャワ島の場合、雨期の遅延は約5年に1度発生する。このような雨期が遅れる異常年の場合、水の利用可能量は少なく、作付けの開始も遅れるため、農民は作付けの意思決定の際に注意を払う必要がある。そして、異常年における最適な作付けパターンは平年のそれとは異なるものになる可能性がある。

(1)Planggok集落

 Planggok集落の場合、5種類の計画法はいずれも「雨期と乾期Iに稲を作付け、ナマズ養殖を年3回行う」という作付けパターンを提示している。雨期の遅れにより、作付け開始が遅れるため、稲の年3作は不可能となっている。また、5種類の計画方法が提示する最適作付けパターンはすべて同じであるため、農民の行動原理は必ずしも明確ではない。

(2)Somokaton集落

 Somokaton集落では、収益最大化および予想収益最大化による最適作付けパターンは、「稲-稲+タバコートウモロコシ」という作付けパターンを提示している。このパターンは実際の作付けパターンと類似している。しかし、リスクを考慮した計画法(最低収益最大化、期待収益を確保した後の最低収益最大化、平均絶対偏差最小化)では、「稲-稲-休耕」という作付けパターンを提示している。したがって、リスク回避度が高い農民の場合、3作目を休耕にするという選択肢が有りうる。

(3)Gentan集落:

 同様のことは、Gentan集落についても当てはまる。リスクを考慮しない計画法(収益最大化、予想収益最大化)は、リスクを考慮した計画法(最低収益最大化、期待収益を確保した後の最低収益最大化、平均絶対偏差最小化)とは異なる最適作付けパターンを提示している。リスクを考慮しない計画法は、「稲-タバコ-トウモロコシ」を最適作付けパターンとして提示している。一方、3種類のリスクを考慮した計画法はそれぞれ異なる最適作付けパターンを提示している。その中では、期待収益を確保した後の最低収益最大化による「稲-稲+タバコ-ピーナッツ」という作付けパターンが、実際の作付けパターンに類似している。

(4)Watugajah集落

 Watugajah集落では、データの制約から、用いられる計画法は収益最大化のみである。得られた最適作付けパターンは、「稲+トウモロコシ+キャッサバ-タバコ-休耕」というものであった。

結論

 以上によって提示された各種の数理計画法による最適作付けパターンは、実際の作付けパターンを再現することができた。しかし、様々なリスクの下にある農業経営に対しては、単純な線形計画法では必ずしも有効ではなく、各集落の生産条件によって適用すべきモデルが異なり、リスクを考慮したモデルが有効であることが示された。さらに、実際の作付けパターンを最適作付けパターンに近づけるための条件も、集落の条件によって異なることが示された。経営の改善のためには、低利の融資制度、灌漑施設(とりわけ丘陵地)、作物保険等について政府が整備を進める必要があることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 インドネシアの農業経営は、多くの発展途上国の農業経営と同様に、様々なリスクのもとで所得の低位性と不安定性の問題を抱えている。本論文では、リスク条件下において農業経営の所得の向上と安定化を図るための最適作付パターンについて、実態調査を基礎とした実践的な数理計画モデルに関する経済学的研究を行った。まず、価格や収量変動によって生じる収益変動リスクと、収益予測および収益変動リスクに対する農民の行動原理を考慮した5種類の基本モデルを作成し、同時に雨期開始の遅延という天候リスクを組み込んだ数理計画モデルを開発した。計画モデル間の比較分析、最適作付パターンと実際の作付パターンとの比較分析、生産条件が異なる集落間の比較分析を行うことによって、最適な作付計画を実現するための条件を明らかにし、農業経営の所得の向上と安定化のための課題を提言した。

 まず第1章では、インドネシア農業を取り巻く自然、地理、人口、経済的条件を概観し、インドネシア農業、さらにジャワ島の農業の特徴および問題点を整理した。続く第2章では、最適作付計画の作成手法の基礎となる数理計画法およびリスクの経済理論に関する研究のサーベイを行い、数理計画法の基本である線形計画法とその拡張モデルについて数学的な展開を行い、リスク条件下における経営行動の理論的考察を行った。

 第3章では、調査対象の選定手法と統計データについて検討し、調査対象をジャワ島Yogyakarta州の低地から3集落、丘陵地から1集落を選定した。また、数理計画法によるモデルの設定を行い、季節の基本設定を雨期(10〜1月)、乾期I(2〜5月)、乾期II(6〜9月)とした。計画法としては、農民の行動原理の視点から、リスクを考慮しない2種類の手法(収益の最大化と期待収益の最大化)とリスクを考慮した3種類の手法(最低収益最大化、期待収益を確保した後の最低収益最大化、平均絶対偏差最小化)の計5種類の方法によるモデルを作成した。さらに、上記のモデルに、雨期開始の遅れによる天候リスクの有無に関して、平年モデル(雨期開始が10月)と異常年モデル(雨期開始が12月に遅延)の設定を行った。

 第4章では、調査対象4集落に対する現地調査を実施し、各集落における農業経営の実態を、家族、労働力、農地所有、農地賃貸借、灌漑設備、水利、作付パターン、投入財、作物ごとの収益、コスト、所得、投下労働時間について明らかにした。

 第5章では、先の実態調査をふまえて、最適作付計画のモデル開発を行った。最適作付計画の分析は、雨期開始が10月である平年モデルの分析と、雨期開始が12月に遅延した異常年モデルの分析の2つの部分に分けられる。

 平年モデルの場合、いずれの集落も5種類すべての計画法(収益最大化、期待収益最大化、最低収益最大化、期待収益を確保した後の最低収益最大化、平均絶対偏差最小化)が、それぞれ実態と同様の最適作付パターンを提示している。このことは、これらが農民の行動原理の相違に影響されない極めて安定的なパターンであることを示している。しかし、農民の収益変動リスクに対する回避度が強い場合には異なる作付パターンがみられ、また、リスクを考慮しない場合はより高い収益を上げる作付パターンが選択されている。さらに、「混作」は収益変動リスクの回避手段としてきわめて有効であることが明らかになった。

 一方、ジャワ島においては、5年に1度の頻度で雨期の遅延が発生する。雨期が遅延する異常年の場合、水の利用可能量が低下し、作付の開始が遅れる。このような異常年では、通常年とは異なるものの、いずれも実態と同様の作付パターンが提示されている。しかし、収益変動リスクを考慮した場合には3作目の休耕が選択され、考慮しない場合には2作目、3作目にタバコ、トウモロコシなど収益性の高い作物が作付けされる傾向にある。

 以上のように、本研究において開発した数理計画モデルは、収益変動リスク、天候リスク、および農民の行動原理の設定を変化させることによって、生産条件がそれぞれ異なる地域の作付パターンの現状を再現することに成功した。また、農業経営に最適作付パターンを導入することによって、農業経営の収益性と安定性が改善されるが、改善策としてとくに重要であるのは、資金制約の緩和、水利条件の改善、リスク処理手段の整備であることが明らかになった。具体的には、低利の融資制度、灌漑施設(とりわけ丘陵地)、作物保険等の整備を進める必要があるが、しかし、これらの改善策の有効性も地域の生産条件に左右されることが分析の中で示された。

 以上、本研究においては、リスク条件下における水田の最適作付パターンに関する実証的・数理計画モデル的研究を通じて、発展途上国農業における水田の合理的土地利用の在り方に関する有用な知見が得られ、学術上、応用上貢献するところが少なくない。したがって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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