学位論文要旨



No 117553
著者(漢字) モシラ アバス モハメドエルーアバシ
著者(英字) Moshira Abbas Mohamed El-Abasy
著者(カナ) モシラアバスモハメドエルーアバシ
標題(和) さとうきび抽出物による鶏の疾病制御に関する研究
標題(洋) Studies on sugar cane extracts for the control of chicken diseases
報告番号 117553
報告番号 甲17553
学位授与日 2002.09.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2472号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 辻本,元
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
 東京大学 助教授 松本,安喜
内容要旨 要旨を表示する

 わが国の畜産がWTO体制下で生き残るためには,「可能な限りの生産性の向上を図りつつ、より安全性の高い畜産物を生産する」ことが必須である。規模拡大に伴う群管理飼育における最大の生産性阻害要因は不顕性感染の顕在化であり、また生体防御能の低下に伴う易感染である。この発症機転に共通する病態は「免疫抑制」であり、その病態解明及び制御技術の開発は生産性向上に関わる重要な課題である。また、抗生物質耐性菌の出現や国内での新興性・再興性感染症の発生等に伴い、新たな生産技術の開発が求められている。さらに、畜産物の国際的流通の面においても、EUのコーデックス委員会の勧告「有機畜産のガイドライン」が適用されることが想定されるなど、国内外の状況は劇的に変わりつつある。従って、薬物に依存した生産技術からの脱却を図り、「食」の安全性、環境、資源再利用や動物の福祉等に配慮し、国際標準に適合した21世紀型の新しい家畜生産技術の開発及び実用化が最重要課題となっている。また、医療分野においても、抗ガン剤や抗生物質等による薬物療法や放射線療法あるいは外科手術等に随伴する副作用としての免疫抑制を如何に軽減・改善させるかが療法の成否を左右することから、その制御技術の開発が要請されている。さらに、有用資源の再利用による循環型及び環境保全型社会の構築が強く求められている。分子生物学の進展に伴い、組換え型免疫増強物質の大量生産技術も普及しつつあるが、こうした組換え型免疫増強物質の家畜への応用には「食」の安全性の面から社会的合意が得られるに至っていないのが現状である。

 そこで、こうした背景を踏まえ、本研究では第1章において、さとうきびから砂糖を精製する工程で生じる大量のバガスや搾り汁の不純物等の廃棄物から免疫増強活性を有する物質の探索および生物学的性状の解析に着手し、第2章においてはさとうきび抽出物(SCE)の投与による鶏コクシジウム症の発症防御効果の検討を試み、さらに第3章においては免疫抑制誘発鶏モデルを対象として、SCE投与による免疫抑制の病態軽減・改善効果を免疫学的および組織病理学的に検索することにより、本物質の有用性を評価した。

 第1章におけるSCEの生物学的性状に関する成績は、以下のように要約される。1)鶏(近交系;MHC、H.B2及びH.B15)の末梢血から分画した単核細胞(MNC)と多形核細胞(PMN)の各細胞をポリフェノール分画成分のSCE(250-1,000μg/ml)の存在下で培養し、貪食活性をフローサイトメーターにて評価したところ、貪食能の増強が認められた。培養MNCの免疫グロブリン産生能をprotein Aを用いるリバースプラーク法にて評価した結果、プラーク数の有意な増加が観察された。さらに、MNCをSCE(500μg/ml)存在下で24時間培養した上清を新たに調製したMNCに添加しても、濃度依存性にプラーク数の増加が認められた。2)SCE(500mg/kg)を3日間そ嚢内に投与した鶏においては、羊赤血球(SRBC)とBrucella abortus(BA)の両抗原に対する抗体応答及びヒト・ガンマーグロブリンに対する遅延型皮内反応の有意な上昇がみられ、また盲腸から回収したMNCも血中MNCと同様にプラーク数の有意な増加が認められた。さらに、これらのSCE投与鶏におけるSalmonella Enteritidis不活化ワクチンに対する抗体価の推移を検討したところ、対照に比して有意に高い抗体価が長く持続した。3)デカルブ鶏の1週齢雄ヒナのそ嚢内にSCEを3日間または6日間投与し、体重、1日当りの体重増及び1gの体重増加に要する飼料要求量(飼料効率)の推移を8週間検討したところ、これらのSCE投与群では非投与対照群に比して体重の有意な増加と高い飼料効率がみられた。以上の成績から、SCEは免疫増強作用、アジュバント作用及び成長促進作用を有することが判明した。

 第2章においては、鶏コクシジウム症に対するSCEの発症予防効果について検討した。まず、1週齢の近交系ヒナのそ嚢内にSCE(500mg/kg)または生理食塩水を3日間投与した(それぞれ、SCE(3)群及びControl群)後、直ちにEimeria tenellaオーシスト(NIAH株;1×103個)のそ嚢内接種による初感染(initial infection群またはinitial群)を行った。2及び3週齢時にSRBCとBAの混合抗原を静脈内接種し、各免疫後7日に両抗原に対する抗体価を測定した。さらに、4週齢時に同株のオーシスト(1×105個)のそ嚢内接種による攻撃感染を行い(Challenge群)、臨床症状、体重の推移、糞便の性状、糞便中のオーシスト数を検討するとともに、攻撃感染後7日の盲腸病変の肉眼検査及び組織病理学的検査を実施し、オーシスト感染に対するSCEの予防効果を評価した。成績は、以下のように要約される。1)SCE投与群ではSRBCとBAの両抗原に対する有意に高い抗体応答を示した。2)Challenge群では、沈欝、持続性の下痢様出血便及び顕著な体重減少が観察された。一方、initial+challenge群及びSCE(3)+initial+challenge群ではcontrol対照群に比して有意に高い体重増加がみられ、血便も認められたが、一過性で軽度であった(表1)。また、SCE(3)+initial+challenge群における糞便中に排泄された平均オーシスト数(3.3×106個)は、challenge群の約1/10程度に減少した。さらに、challenge群の盲腸の肉眼検査では黒褐色の血液凝集物がみられたが、SCE(3)+initial+challenge群では出血性病変は認められなかった。3)challenge群の盲腸の組織病理学的検査では粘膜の剥離が顕著で、オーシスト、シゾント及びガメートサイトが散見されたが、SCE(3)+initial+challenge群ではこれらの原虫はほとんど検出されなかった。以上の成績から、SCEは鶏コクシジウム症の発症予防効果を有することが明らかとなった。

 第3章においては、ファブリキウス嚢依存性液性免疫系を抑制した鶏病態モデルでSCEの軽減・改善効果を検索した。医療の分野で通常使用されるアルキル化免疫抑制剤、シクロホスファミド(CPA)は鶏のT細胞系の機能には大きな影響を与えることなくB細胞依存免疫系を不可逆的及び選択的に抑制することから、抗体産生抑制の病態モデルを提供することが知られている。そこで、3週齢近交系鶏にCPA(12または20mg/羽)を筋肉内接種することにより免疫抑制の病態解析モデルを作出した。次に、SCE(500mg/kg)を経口投与することにより免疫抑制誘発鶏の体重や免疫応答能の推移及びリンパ組織の組織構築の面から検索し、その免疫抑制に対するSCEの病態軽減・改善効果を評価した。その結果、1)CPA接種鶏ではSRBCとBAに対する抗体応答の抑制、体重減少、ファブリキウス嚢の重量の低下及びリンパ球減少を伴う退行性病変が認められた。2)CPA接種前後または同時にSCEを投与したいずれの鶏においても、CPAによって誘発される抗体応答の抑制、体重減少、ファブリキウス嚢の重量の低下及び退行性病変の軽減が認められ、回復傾向が観察された。これらの成績から、SCEはCPA誘発液性免疫系の機能的及び組織学的抑制を軽減・改善する作用を有することが判明した。

 従って、SCEを経口的に与えることにより抗体産生応答の増強、免疫の持続性や成長促進効果が認められたことから、SCEは免疫賦活作用を有していると考えられる。また、ワクチンと併用すると、ワクチン抗体価を高めたことから、アジュバント剤としても使用可能である。SCEは植物由来で、古来よりヒトがさとうきびあるいは含密糖として食してきた天然物であり、ヒトが食用とする家畜や家禽等の産業動物の健康を害することなく、また環境を汚染することもないことから、安全な畜産物の供給が期待でき、産業上有用と思われる。SCEの活性は、砂糖精製工程で生じる廃棄材料から抽出される主としてポリフェノール分画に認められることから、有効資源を再利用する循環型社会の構築に寄与するものと期待される。さらに、SCEの経口投与により上記の種々の効果が誘導されることから、SCEは医療分野において要請が高い無痛療法に適しており、またサプリメントとして日常の食生活に取り入れ、健康増進を図ることにより生活習慣病の防止にも寄与するものと期待され、その潜在的波及効果は大きいと考えられる。

表1SCEのそ嚢内投与およびEimeria tenellaオーシストの初感染が攻撃感染後の病態の推移に及ぼす影響

a)平均+-標準誤差、*p<0.05、control,challengeおよびinitial+challenge群の各群との比較 b)-;血便なし、+;攻撃感染後5-7日目に一過性の血便、++;攻撃感染後5-7日目持続性の血便

審査要旨 要旨を表示する

 規模拡大に伴う群管理飼育における最抑生産性阻害要因は不顕性感染の顕在化であり、また生体防御能の低下に伴う易感染である。この発症機転に共通する病態は「免疫抑制」であり、その病態解明及び制御技術の開発は生産性向上に関わる重要な課題である。また、抗生物質耐性菌の出現や新興性・再興性感染症の発生等に伴い、新たな生産技術の開発が求められている。また、医療分野においても抗ガン剤や抗生物質等による薬物療法、放射線療法や外科手術等に随伴する副作用としての免疫抑制を如何に軽減・改善させるかが療法の成否を左右することから、その制御技術の開発が要請されている。さらに、有用資源の再利用による循環型及び環境保全型社会の構築が強く求められている。

 そこで、本研究においては上記の背景を踏まえ、天然型免疫賦活物質の探索及び利活用の観点から、さとうきび抽出物(SCE)に着目し、1)SCEの生物学的性状の解析、2)SCEによる鶏コクシジウム症の発症防御効果、及び3)SCEによる免疫抑制誘発鶏の病態軽減・改善効果に関する以下の実験を行った。

 第1章において、1)SCE(500mg/kg)を3日間そ嚢内に投与した鶏においては、羊赤血球(SRBC)、Brucella abortus(BA)やSalmonella Enteritidis不活化ワクチンに対する抗体応答及びヒト・ガンマーグロブリンに対する遅延型皮内反応の有意な上昇、体重の有意な増加や高い飼料効率などがみられた。従って、SCEは免疫増強作用、アジュバント作用及び成長促進作用を有することなど本物質の性状の一端が判明した。

 第2章において、鶏コクシジウム症に対するSCEの発症予防効果について検討した。まず、1週齢の近交系ヒナのそ嚢内にSCE(500mg/kg)を3日間投与した(SCE(3)群)後、直ちにEimeria tenellaオーシスト(NIAH株;1×103個)のそ嚢内接種による初感染(initial infection群またはinitial群)を行った。さらに、4週齢時に同株のオーシスト(1×105個)のそ嚢内接種による攻撃感染を行い(challenge群)、臨床症状、体重、糞便の性状やオーシスト数、盲腸の肉眼的及び組織病理学的病変の推移などの面から、オーシスト感染に対するSCEの予防効果を評価した。その結果、1)challenge群では、沈欝、持続性の下痢様出血便及び顕著な体重減少が観察された。一方、initial+challenge群及びSCE(3)+initial+challenge群ではchallenge群に比して有意に高い体重増加がみられ、血便も認められたが、一過性で軽度であった。また、SCE(3)+initial+challenge群における糞便中の平均オーシスト数は、challenge群の約1/10程度に減少した。2)challenge群の盲腸の組織病理学的検査ではオーシスト、シゾント及びガメートサイトが散見されたが、SCE(3)+initial+challenge群ではこれらの原虫は検出されなかった。以上の成績から、SCEは鶏コクシジウム症の発症予防効果を有すことが明らかとなった。

 第3章において、ファブリキウス嚢依存性液性免疫系を抑制した鶏病態モデルでSCEの軽減・改善効果を検索した3週齢近交系鶏にシクロホスファミド(CPA;12または20mg/羽)を筋肉内接種することにより免疫抑制の病態解析モデルを作出した。次に、免疫抑制を誘発する前後にSCE(500mg/kg)を経口投与し、体重や免疫応答能の推移及びリンパ組織の組織構築について検索した。その結果1)CPA接種鶏ではSRBCとBAに対する抗体応答の抑制、体重減少、ファブリキウス嚢の重量の低下及びリンパ球減少を伴う進行性病変が認められた。2)CPA接種前後または同時にSCEを投与したいずれの鶏においても、CPAによって誘発される抗体応答の抑制、体重減少、ファブリキウス嚢の重量の低下及び退行性病変の軽減が認められ、回復傾向が観察された。これら成績からSCEはCPA誘発性免疫系の機能的及び組織学的抑制を軽減・改善する作用を有することが判明した。

 従って、SCEを経口的に与えることにより抗体産生応答の増強、免疫の持続性、成長促進効果、コクシジウム症の発症予防効果や免疫抑制の病態軽減・改善効果などが認められたことから、SCEはアジュバント剤・感染症や薬物治療に随伴する免疫抑制の病態改善剤として有用であると考えられる。SCE植物由来で、古来よりヒトがさとうきびあるいは含密糖として食してきた天然物であり、ヒトが食用とする家畜や家禽等の産業動物の健康を害することなく、また環境を汚染することもないことから、安全な畜産物の供給が期待でき、産業上有用と思われる。SCEの活性は、砂糖精製工程で生じる廃棄材料から抽出される主としてポリフェノール分画に認められることから、有効資源を再利用する循環型社会の構築に寄与するものと期待される。

 したがって、審査員一同は、当論文内容が農学博士の資格を有するとの結論に達した。

UTokyo Repositoryリンク