No | 117554 | |
著者(漢字) | 後藤,秀徳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ゴトウ,ヒデノリ | |
標題(和) | 強磁性金属における超伝導近接効果の核磁気共鳴による研究 | |
標題(洋) | NMR Study of Superconducting Proximity Effects in Ferromagnetic Metals | |
報告番号 | 117554 | |
報告番号 | 甲17554 | |
学位授与日 | 2002.09.17 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4242号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | (1)序 固体物理において、超伝導と強磁性は電子の多体効果が現れる代表的な性質であり、いずれも転移温度以下で巨視的な秩序状態を形成する。これらの秩序は磁気的にみれば互いに正反対の相互作用を起源としている。すなわち、強磁性体で働くスピンをそろえる相互作用は、超伝導体でのスピン一重項のクーパー対の形成を阻害する。磁性と超伝導の競合あるいは共存といった歴史ある問題を、人工的な構造制御によって解明しようとする試みが近年注目されている。それぞれの巨視的な性質は平均場理論で理解されているとおりだが、これらのメゾスコピックな接合において新たに現れる電子物性が重要であり、かつ興味深いからである。一般の強磁性体-超伝導体接合においてはキューリー温度が超伝導転移温度よりも極めて大きいため、強磁性が超伝導性に及ぼす影響のみ考えられてきたが、我々は、超伝導性が強磁性に与える変化をとらえることに成功した。 強磁性体中では強い交換場によってクーパー対が破壊されるため、超伝導性は数十Å程度しか侵入できないと考えられてきた。超伝導秩序の振動しながら減衰する空間変化が予想されているが、その短さのため超伝導の侵入を直接観測することは困難である。この困難を克服するため、我々はCo/Alの2層膜における59Co-NMRの測定をおこない、超伝導性が侵入した強磁性体の電子状態を調べた。Co-NMRには、超微細相互作用を通じて電子からのあらゆる情報が現れる。測定にもちいたCoの膜厚は20Åで、交換場で壊されるとしても超伝導が侵入できると予想される長さ12Åと同程度である。一方、Alの膜厚は500Åで、超伝導のコヒーレンス長400Åと同程度である。磁化と電気抵抗の測定から、この試料において強磁性と超伝導性が示された。コヒーレンス長が膜厚と同程度であること、したがって、超伝導秩序が試料全域に広がっていることを考慮すれば、Coにおける強磁性と超伝導性の共存が期待できる。 Co-NMRの利点の1つは、磁壁からの信号と磁区からの信号とを区別して得られることである。零磁場においては高周波磁場で振動する磁壁の位置にある核からの信号だけが得られるが、磁場をかけて磁壁を追い出せば磁区からの信号だけが得られる。このとき磁場は膜面に平行にかけるので超伝導転移には大きな影響を及ぼさないし、侵入長も変化しない。超伝導近接効果における磁壁の効果には、交換場の空間不均一に由来する局所超伝導領域の生成、さらには、三重項クーパー対の生成の可能性などが指摘されており、磁壁と磁区との超伝導近接効果を区別して調べることは極めて有意義である。 (2)磁壁のNMRの結果 磁壁のNMRの結果、共鳴周波数とスピン格子緩和率の温度変化を図1に示す。それぞれ核スピンの静的・動的応答を反映する物理量であり、これらのTc以下での変化はCoへの超伝導侵入を明確に示している。まず、Co単体では共鳴周波数は温度によらないが、Co/Al膜の共鳴周波数はTc以下で減少した。(図1左)次に、Coの核スピン緩和率は磁壁内の位置に依存するため、単一の指数関数で表せないはずであるが、Co/Al膜においてはTc以下で緩和が単一の指数関数に近づく傾向が認められた。(図1右では磁壁中心における緩和の速い成分を白丸で、磁壁端における遅い成分を黒丸で示した。)上述した2つの変化は、Co/Al膜でもCo/Sn膜でも共通にみられることから、超伝導近接効果による普遍的な振る舞いであろうと考える。 これらの結果は磁気モーメントが減少したと考えれば自然に説明できる。つまり、磁気モーメントの減少は、内殻電子の分極を減少させ、その結果共鳴周波数を減少させる。また、磁壁の熱揺らぎを増加させ、磁壁内の緩和をさらに速くする。磁壁端の緩和は、通常のBCS超伝導体の核スピン緩和の温度依存性と類似していることから、核から伝導電子への直接の緩和を示していると考えられる。こうした強磁性電子状態の変化は、独立した2バンドモデル、つまり、d電子のみが磁性に寄与し、s電子のみが伝導に寄与するモデルによっては説明できない。s-d相互作用を考慮に入れることによって伝導電子の超伝導性が磁性に与える効果を取り込むことができる。d電子の遍歴性が強い極限として単一バンドモデルを採用し、Co膜における自由エネルギーをGLモデルとストナーモデルおよびそれらの相互作用の和によってあらわした。相互作用の項には、超伝導の侵入により状態密度が減少し、スピン分極を減らす効果がふくまれる。このモデルを用いて磁気モーメントの減少を定性的に説明することができた。 (3)磁化、緩和率の空間変化 上述のモデルは、磁気モーメントの空間変化をも予測する。そこで、不均一な系におけるNMRの特性を利用して、共鳴周波数をCo核の位置に対応づけることを試みた。共鳴線形は、Co膜<常伝導状態のAl/Co膜<超伝導状態のAl/Co膜、の順に低周波側へ大きく裾を引くことが観測された。このことから、より低周波側の共鳴に寄与するCo核はCo/Alの境界のより近くに存在していると考えるのが自然である。この予想は、低周波への裾引きがCo膜厚を増やした試料でも同様に観測されることから正当化された。綿密に較正された吸収曲線を用いて、共鳴周波数を境界からの位置に一対一に関係づけることができた。さらに、周波数をかえて核スピン緩和率を測定することによりその空間依存性を得た。図2に磁化と核スピン格子緩和率を境界からの距離の関数として表す。磁壁内の不均一磁場に由来する誤差を、単層膜のCo-NMRの吸収線幅から見積もった。図2左によると、常伝導状態(2.OK)においてもすでに界面近傍の磁化は減少しており、その空間変化の特性長は約5Åである。この減少の原因には界面における原子の混合のような構造上の欠陥、あるいは、非磁性なAlによる近接効果でCoの磁化も減少する、という2つの可能性が指摘されている。超伝導状態(0.5K)では、磁化は界面付近のみならず、試料全域にわたって減少していることを図から認めることができる。一方、核スピン格子緩和率も、図2右のように界面近くで減少することが示された。この結果も超伝導侵入による状態密度の減少によって矛盾無く説明できる。その空間変化の特性長は侵入長の計算値12Åと同程度である。 (4)磁区のNMRの結果 磁区のNMRの結果、まず、共鳴周波数の減少、すなわち、ここでも超伝導侵入によるCoの磁気モーメントの減少がみられた。次に、磁区における核スピン緩和には、スピン波励起を介した伝導電子への緩和が寄与する。そのため緩和は指数関数的であり、Tc以上で温度に比例する。超伝導転移により、緩和率がこの比例関係から増大する方向にずれることを観測した。(図1右の白丸の温度変化に類似している。)これは、Tc下における磁気モーメントの減少のためにスピン波励起が増大し、緩和を増長したものであると説明できる。磁区における2つの測定量のTc上下での変化は磁壁の場合と比べていずれも少なかった。これは、磁壁のほうが磁区よりも超伝導の侵入に好ましい条件にあることを意味している。磁壁においては磁気モーメントの空間分布のために一重項クーパー対がみる平均の交換場が小さく、そのため超伝導の侵入長が増大するのだろうと考える。一方、磁壁・磁区における両結果は類似しているので、磁壁における三重項クーパー対の生成を支持することはできなかった。三重項対によって強磁性金属への超伝導性の侵入距離が極めて増大すると期待されているが、スピン軌道散乱や磁壁の存在がその生成の要因になる可能性はわれわれの測定により排除された。 以上のように、超伝導体に接する膜厚20ÅのCo内部の磁気的性質とその空間変化をCo-NMRの手段によって明らかにし、超伝導侵入によって強磁性体の磁気的性質が変化するという新たな知見を得た。結果は修正したストナーモデルを用いて定性的に説明できた。 図1.Co-Al2層膜の磁壁NMRの結果 (左図)共鳴周波数の温度変化(右図)スピン格子緩和率の温度変化 図2.Co-Al2層膜の磁化とスピン格子緩和率の空間変化 (左図)常伝導と超伝導状態の磁化とその差(右図)超伝導状態のスピン格子緩和率 | |
審査要旨 | 本論文で報告されている研究は、超伝導体との界面近傍のコバルト薄膜を試料として、強磁性金属中の磁壁および磁区における超伝導近接効果を議論したものである。強磁性体中では交換場による強いクーパー対破壊効果のために、超伝導秩序は数nmで減衰してまうと考えられている。そのために、これまで強磁性金属中超伝導近接効果を直接観測することは困難であった。本研究では、超伝導転移温度近傍でコバルト薄膜の59Co核磁気共鳴を行うことによりコバルトの電子状態をミクロに調べ、近接効果によって生じる電子状態の変化を始めて観測することができた。外部磁場のない場合には主として磁壁からの信号が観測され、外部磁場を加えて磁区をそろえた場合には磁区の信号が得られるので、磁壁と磁区の近接効果の違いも議論している。 本論文は、4章から構成されている。第1章は序論で、強磁性金属中の超伝導近接効果に関するこれまでの理論および実験研究が紹介されたのち、研究の目的が述べられている。第2章では実験方法が述べられている。最初にアルミニウムあるいは錫薄膜とコバルト薄膜からなる試料の作成方法が説明された後、測定装置および試料の評価のために補助的に用いた磁化および電気伝導測定方法が述べられている。本章後半では、超伝導近接効果の解釈に必要な核磁気共鳴の理論と実験の詳細が述べられている。第3章では、最初に、磁化および電気伝導測定によって得られた超伝導と磁性に関するマクロな性質が議論されている。次に主要な結果であるコバルト磁壁への近接効果が述べられている。3番目に磁区への近接効果の結果が示され、この章の最後には、これまでの他の方法による近接効果の研究との比較がなされている。第4章は結論がまとめられている。 以下に本論文において得られた主な成果を記述する。 1.コバルト薄膜の強磁性およびアルミニウム膜の超伝導 アルミニウムと接しているコバルト薄膜の飽和磁化と保磁力は単独の薄膜の約80%になっている。また、アルミニウムの超伝導転移温度は、単独の薄膜の約60%になっている。これらにより、この2層系は、強磁性体と超伝導体が接している系になっていると結論した。 2.磁壁への超伝導近接効果 外部磁場をかけない場合のコバルトの核磁気共鳴実験では、磁壁における超伝導近接効果が観測される。これにより、1)共鳴周波数が2K以下で減少すること、および2)核磁気緩和が1K以下で時間の単一指数関数に近づくことを明かにした。前者は、コバルトの磁気モーメントが超伝導近接効果によって減少したと解釈できる。すなわち、超伝導近接効果によって、コバルトのフェルミエネルギー近傍のs電子状態密度が減少し、これがs-d相互作用を通じてコバルト3d電子に起因する磁化を小さくしている。また、後者については、近接効果によるマイスナー電流が流れているために、磁壁内での核磁気緩和率の空間依存性が小さくなり、結果として指数関数的な緩和が観測されたと解釈できる。 これらの議論から、コバルト共鳴周波数がアルミニウムとの界面との距離に依存して変化していると考えられる。そこで、この考えに基づいて核磁気共鳴強度の周波数分布を定量的に解析することにより、共鳴周波数および核磁気緩和時間とアルミニウムとの界面との距離の関係を得た。この結果から、コバルト薄膜磁壁への超伝導侵入長さは1.2nmであることが結論された。 3.磁区への超伝導近接効果 外部磁場2kGを膜に平行にかけた場合の核磁気共鳴実験では、コバルト磁区内における超伝導近接効果が観測される。これにより、1)共鳴周波数が1.5K以下で減少すること、および2)核磁気緩和率が0.5Kで小さくなることを明らかとした。これらは、定性的に磁区への超伝導近接効果を示すものである。また、その変化が磁壁の場合と比べて小さいので、超伝導侵入長さも磁壁の場合と比べて短いと結論した。この原因は、磁壁では磁気モーメントが空間分布しており、クーパー対の感じる平均の交換場が磁区と比べて小さいからである。 審査委員会は、本研究において、信号の弱い薄膜における核磁気共鳴測定が十分注意深く行なわれ、その解析及び考察がおおむね適切な手法でなされていると判断した。本研究では、試料界面の評価が十分に行われていないために定量的な議論は困難であるが、金属強磁性体への超伝導近接効果を核磁気共鳴を用いて直接観測し、磁壁と磁区への侵入の違いとその原因を考察したことは高く評価できる。なお、本研究は、小林俊一元教授(元指導教官)の指導の下に行われたが、著者が研究計画から解析・考察のすべての段階で主導的な役割を果たしており、主体的寄与があったものと認められた。したがって、審査委員全員は、本論文が博士(理学)の学位論文として合格に相当するものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |