学位論文要旨



No 117555
著者(漢字) 亀田,純
著者(英字)
著者(カナ) カメダ,ジュン
標題(和) スーパーカミオカンデにおける100MeVから1000GeVにわたるエネルギー範囲での大気ニュートリノをもちいたニュートリノ振動の詳細研究
標題(洋) Detailed studies of neutrino oscillations with atmospheric neutrinos of wide energy range from 100MeV to 1000GeV in Super-Kamiokande
報告番号 117555
報告番号 甲17555
学位授与日 2002.09.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4243号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,富雄
 東京大学 助教授 徳宿,克夫
 東京大学 教授 福島,正己
 東京大学 教授 川崎,雅裕
 東京大学 教授 蓑輪,眞
内容要旨 要旨を表示する

 大気ニュートリノとは、一次宇宙線の大気中での反応によって作られるメソン(主にπ、K中間子)の崩壊によって生成されるニュートリノである。メソンの崩壊過程において、電子ニュートリノ(ve)とミューオンニュートリノ(vμ)とそれぞれの反粒子が大気ニュートリノとして生成される。大気ニュートリノには以下のような性質が存在する。

1.ニュートリノfluxのflavorの比(vμ+vμ)/(ve+ve)が2である。(ニュートリノのエネルギー>数GeVでは2より大。)

2.ニュートリノfluxの天頂角分布に上下対称性がある。

 これらの性質は一次宇宙線のfluxや相互作用の詳細によらず成り立つrobustなものである。

 スーパーカミオカンデは岐阜県神岡町の地下1000メートルに設置された50kton(有効質量22.5kton)の超純水を有する水チェレンコフ型検出器である。水チェレンコフ型検出器とは高速の荷電粒子が水中で放出するチェレンコフ光によって粒子を観測する装置である。ニュートリノは直接には観測されず、その反応によって生成される電子、ミューオン、ハドロンを捉える事によって観測される。また発生されるチェレンコフリングから荷電粒子の方向、種類(電子タイプ(e-like)とミューオンタイプ(μ-like))、運動量を知る事が出来る。

 スーパーカミオカンデに置いて観測される大気ニュートリノの事象は以下のように分類される。

 (1)検出器内でのニュートリノ反応で、粒子が全て検出器内にとどまっている事象(Fully Contained事象)

 (2)検出器内でのニュートリノ反応で、少なくとも一つの発生粒子が検出器外に逃げている事象(Partially Contained事象)

 (3)検出器近傍の岩盤中でのニュートリノ反応によって生成されたミューオンが検出器に入り、検出器内でとまる事象(upward stopping muon事象)

 (4)検出器近傍の岩盤中でのニュートリノ反応によって生成されたミューオンが検出器を通過していく事象(upward through-going muon事象)

 スーパーカミオカンデで観測される大気ニュートリノは、飛行距離はおよそ10kmから13000kmであり、エネルギーは上記の全ての事象パターンを併せると100MeVから1000GeV以上の広い領域にわたる。

 得られたイベントのうち、Fully Contained(FC)事象で観測されたチェレンコフリング数が一つである事象(1リング事象)の、e-like事象とμ-like事象の数の比μ/eを、さらにその理論的な予想値で割った比Rを計算すると、以下のようになった。ここでSub-GeVはVisible Energyが1.33GeV以下の事象を、Multi-GeVはVisible Energyが1.33GeV以上の事象を示す。またPartially Contained(PC)事象は、その97%がvμcharged current(CC)反応であることが分かっているので、μ-likeとして加えている。もし理論的な予想値とデータが合うならRは1になるべきであるが、Sub-GeV, Multi-GeVの両方の領域に於て1よりも有意に小さな値である。

 また、得られたイベントの天頂角分布を調べた。上向き事象(再構成された天頂角〓がcos〓<-0.4)と下向き事象(再構成された天頂角〓がcos〓>0.4)の数の比を計算すると以下のようになった。最初に記した通り、大気ニュートリノは上下対称性を持っていると考えられるが、e-likeがほぼ上下対象になっているのに対して、μ-like事象に有意な上向き事象の欠損が観測された。

 これら観測結果を説明する一つの方法としてニュートリノ振動が考えられる。ニュートリノ振動とは、あるニュートリノが時間発展していくと別のflavorのニュートリノに変わる現象である。ニュートリノに質量があり、かつflavorの固有状態が質量の固有状態の重ね合わせとなっている場合にニュートリノ振動が引き起こされる。vμとvTの間の2-flavorニュートリノ振動を考えると、距離L(km)を飛行後のニュートリノのsurvival probabilityは以下の様に表される。ここでθはニュートリノの質量固有状態の混合角、Δm2(eV2)は二つのニュートリノ質量の二乗差、E(GeV)はニュートリノのエネルギーである。ニュートリノのsurvival probabilityはL/Eの関数として表される。この描像によりスーパーカミオカンデの大気ニュートリノの観測結果がよく説明される事は既に論文にて発表されている。

 しかし、ニュートリノ振動を予言する理論は一つではなく、幾つかの理論は同様にニュートリノ振動を予言し、かつ有限質量起因の場合とは異なったエネルギー依存性をもつニュートリノのsurvival probabilityを予言する。それらは一般にL/Enというタイプのエネルギー依存性をもつ。例えば、ローレンツ対称性の破れ(n=-1)、等価原理の破れ(n=-1)、CPT対称性の破れ(n=0)などである。スーパーカミオカンデで観測される大気ニュートリノは100MeVから1000GeVまでの広範なエネルギー領域に渡っており、このようなエネルギー依存性を詳細に調べる事が可能である。

 ニュートリノ振動の解析にはFC事象、PC事象、upward stopping muon事象、upward through-going muon事象が全てを用いた。ニュートリノのsurvival probabilityがL/En型の依存性を持つとして解析した結果、n=1.14±0.11という結果が得られた。よって有限質量によるニュートリノ振動が最もよくデータを説明する事が示された。

 また、有限質量によるvμ〓vT 2-flavorニュートリノ振動の振動パラメタ(sin22θ, Δm2)に対して、最適値は(sin22θ, Δm2)=(1.00,2.8×10-3eV2)であり、90%C. L.でのallowed regionは、1.8×10-3eV2<Δm2<4.5×10-3eV2(5)0.89<sin22θ(6)と得られた。

 上記の研究に加え、物質中でのニュートリノのflavorを変えるような中性カレント反応(Flavor Changing Neutral Current, FCNC)によるニュートリノ振動の可能性も調べた。この様な反応は素粒子の標準模型においては許されていないが、幾つかの理論において予言される。ニュートリノのFCNCが存在する場合、たとえニュートリノが質量を持たずまたニュートリノのflavorがmixingをしていなくても物質を通過する事によってニュートリノ振動が起きる。survival probabilityはニュートリノが通過した物質の量によってのみ決まりニュートリノのエネルギーには依存しない。このようなニュートリノ振動の場合、エネルギーへの非依存性によって観測されているupward stopping muonのfluxとupward through-going muonのfluxの比が予想値よりも小さい事を説明する事が出来ない。解析の結果、この様な描像は強くexcludeされる事が示された。

 さらに、ニュートリノ崩壊の可能性も調べた。ニュートリノがある崩壊チャンネルを持つ場合、上向きvμの欠損を説明する事が出来る事が幾つかの論文において示唆されている。本研究に於ては、ニュートリノの質量固有状態v3が、ある物質と反応をしない状態(sterile state)Xへの崩壊チャンネルを持つ場合を研究した。ニュートリノが質量を持たない場合ニュートリノは崩壊する事が出来ないので、一般にニュートリノ崩壊は有限質量によるニュートリノ振動と共存する事になる。本研究では以下の2つの特別な場合を研究した。

 1.ニュートリノ振動長がニュートリノ崩壊長に比べて充分に短く、ニュートリノ振動の効果が平均化されている場合。(数学的にはΔm2→∞に対応。)

 2.ニュートリノ振動長がニュートリノ崩壊長に比べて充分に長く、ニュートリノ振動の効果が無視出来る場合。(数学的にはΔm2→0に対応。)

 両方の場合に於て、survival probabilityは(sin2θ, m3/T3)の2つのパラメタで特徴付けられる。ここでT3はv3の寿命、m3はv3の質量である。

 一番目の場合は、FC1リング事象+PC事象+upward muon事象の解析によってexcludeされる事が示された。二番目の場合、vμ〓vT 2-flavorニュートリノ振動の場合と同様にFC1リング事象+PC事象+upward muon事象を良く説明出来る事が示された。

 このため、さらにNeutral Current(NC)反応事象をenrichしたサンプルによる解析を行った。sterile state Xへのニュートリノ崩壊の場合、NC反応のイベント数はCC反応のイベント数と同様に減る事が予想される。一方、vμ〓vT 2-flavorニュートリノ振動の場合、CC反応の数は減少するがNC反応の数は減少しない。よって、NC反応事象をenrichしたサンプルの上向きイベント数と下向きイベント数の比を調べる事により、2-flavorニュートリノ振動とsterile stateへのニュートリノ崩壊を区別する事が出来ると考えられる。観測されたNC反応enrichedサンプルの上下比は0.96±0.072(stat.)±0.005(sys.)であり、有意な上向きの欠損は見られなかった。解析の結果、FC1リング事象+PC事象+upward muon事象により得られた(sin2θ, m3/T3)の90%C. L.でのallowed regionが、NC反応enrichedサンプルの解析によって90%C. L.でexcludeされる事が示された。よってsterile stateへのニュートリノ崩壊(Δm2→0は90%C. L.でdisfavorされる事が示された。

 以上、すべての解析を総合すると、スーパーカミオカンデで観測されたデータは、ニュートリノ質量の強い証拠である事が結論された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は10章からなり、第1章はニュートリノ振動現象およびそれを予言するいくつかの理論について概説している。

 第2章では、宇宙線と大気との反応から作られる大気ニュートリノをどのように観測するかについて原理的な説明をしている。

 第3章では、本研究に使用された実験装置であるスーパーカミオカンデ検出器について、構造と性能、データ収集システム等について詳しく述べられている。

 第4章では、スーパーカミオカンデ検出器の相対ゲイン、時間、絶対エネルギーの較正方法について述べられている。

 第5章では、大気ニュートリノ反応事象の選別方法について、検出器内に事象が完全に含まれる場合、部分的に含まれる場合、上向きミューオン事象のそれぞれに分けて説明している。

 第6章では、検出器内に事象が完全に含まれる場合と部分的に含まれる場合について、得られた事象の反応点、運動量、粒子の種類の再構成方法について述べられている。

 第7章では、ニュートリノが検出器内の物質と起こす反応についての説明と、検出器のシミュレーションについて詳しく述べられている。

 第8章では、最終的に得られた大気ニュートリノの観測データに基づいた各種分布がまとめて示されている。検出器内に事象が完全に含まれる場合と部分的に含まれる場合については、各エネルギー領域での電子型ニュートリノ事象とミューオン型ニュートリノ事象のそれぞれに対する天頂角分布や上下比、ミューオン型ニュートリノ事象と電子型ニュートリノ事象の比などが示された。また上向きミューオン事象についても天頂角分布が示された。これらの観測結果から、ミューオン型ニュートリノが予言値よりも有意に少ない事が示唆された。

 第9章では、大気ニュートリノの観測結果を用いた、ニュートリノ振動やニュートリノ崩壊の詳細な解析とその結果について述べられている。前章で示されたミューオン型ニュートリノの欠損は、ニュートリノの有限質量を起源にもつニュートリノ振動によって良く説明される事が既に報告されているが、本論文ではそれに加え以下の可能性について詳しく研究された。

 (1)ニュートリノの有限質量以外の起源によるニュートリノ振動の可能性。これらの理論ではニュートリノの生存確率のエネルギー依存性が有限質量起因の場合と異なるが、解析の結果は有限質量起因とよい一致を示した。

 (2)ニュートリノのフレーバーを変えるような中性カレント反応によるニュートリノ振動の可能性。この場合、ニュートリノの生存確率は通過した物質の量によてのみ決まり、ニュートリノのエネルギーには依存しない。解析の結果、中性カレント反応が大気ニュートリノの欠損の原因である確率は0.1%以下であることが示された。

 (3)ニュートリノ崩壊の可能性。ニュートリノの質量固有状態が物質と反応をしない状態への崩壊チャンネルを持ち、かつニュートリノ崩壊は有限質量によるニュートリノ振動と共存する一般的な場合について研究した。ニュートリノ振動の効果が平均化されている場合とニュートリノ振動の効果が無視出来る場合に関しては、ニュートリノ崩壊が原因である可能性は低いことが示された。

 第10章では、以上の結果がまとめられ、大気ニュートリノの観測結果はニュートリノの有限質量の強い証拠であるとの結論が述べられている。これまで大気ニュートリノ中のミューオン型ニュートリノの欠損についてはほぼ確立されていたが、本論文では初めてニュートリノの有限質量起原以外の可能性を系統的に研究し、ニュートリノに有限質量があることをより強く示した意義は大きい。

 なお、本論文はスーパーカミオカンデ実験のデータを用いており、検出器製作からデータ収集までは多くの共同研究者達と共同で行ったものであるが、論文提出者はスーパーカミオカンデの外部検出器の不感領域を補うためのVeto Counterの設計と製作やニュートリノ反応のモンテカルロシミュレーションの開発など重要な貢献をした。また、100MeVから1000GeV以上までの広いエネルギー領域の大気ニュートリノの研究を可能にした、検出器内のニュートリノ反応事象に加えて上向きミューオン事象を併せて用いた解析は、論文提出者が主体となって行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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