学位論文要旨



No 117561
著者(漢字) 姜,光洙
著者(英字)
著者(カナ) カン,ガンシュ
標題(和) 日本の地方制度における区域問題 : セクショナリズム・地方総合行政体制・調整の限界
標題(洋)
報告番号 117561
報告番号 甲17561
学位授与日 2002.09.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第171号
研究科 法学政治学研究科
専攻 政治専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,朗
 東京大学 教授 碓井,光明
 東京大学 教授 田邊,國昭
 東京大学 助教授 斎藤,誠
 東京大学 助教授 金井,利之
内容要旨 要旨を表示する

 本稿の目的は、日本の地方制度における区域問題化の「発生構造」及びその解決策における「構造的限界性」を摘出するものである。区域問題をめぐる既存の接近法の特徴は、(1)区域問題の発生構造を外部環境の変動による行政機能と行政区域との乖離から抽出していること、(2)区域問題を地方的事象として矮小化していること、(3)日本の地方制度における中央・地方間の融合的特色を軽視していることである。こうした既存の捉え方に対して、本稿は、(1)区域問題を中央・地方を包摂する統治構造の問題として捕捉するとともに、(2)統治構造の内在的な諸契機から接近することとする。この接近法の持つ含意は、(1)区域問題の考察を通じて、中央・地方を通ずる日本の統治構造の特徴を再捕捉することが可能であること、(2)区域問題の解決策としての諸調整方式の制度設計を構想する際、その可能性と限界性を統治構造の内在的、構造的側面から接近することが可能であることである。

 以上のような基本的観点を踏まえ、第1章では、区域問題に関わる既存研究の再検討を行う。そこでは、蝋山、長浜両者の立論によって提起された、社会経済的環境変化と地方制度との相関性から区域の問題化を捉える問題設定が、戦後地方制度改革の過程で主要な争点をなした区域の適正規模論、地方制度の画一形式性の問題、地方分権の再編成としての事務再配分論、広域行政論などを通じて継承され、再生産されていることを確認する。そして、それと同時に、多様に展開されている区域問題に関わる問題群が、中央レベルでのセクショナリズムの逆説的な反映ともいえる「地方総合行政体制」を想定していることを抽出する。その上で、地方総合行政体制という観点から、「事務再配分論」、「受け皿整備論」、「広域行政論」などの問題領域の間に伏在されている「同質性」と「矛盾性」を摘出し、また、地方総合行政体制と自治体間の諸調整方式との「緊張性」、「矛盾性」を取り出す。

 第2章では、既存研究の検討から抽出された「地方総合行政体制」という含意を踏まえ、日本的区域問題化の発生構造に対する本研究の接近法を提示する。そこでは、まず、区域の問題化を中央・地方を同時に包摂する日本の統治構造の構造内在的な特徴の集約的な表現として捉え、本研究の分析視点に関わる三つの用語、セクショナリズム、地方総合行政体制、調整に関わる既存研究を再検討する。次に、その検討の結果を踏まえ、日本の統治構造の空間構造的特徴を「セクショナリズム-地方総合行政体制」として抽出する。ここで言う「セクショナリズム-地方総合行政体制」とは、中央レベルにおけるセクショナリズムの逆説的反映として、地方レベルにおける地方総合調整体制の形成を集約的に表現したものである。そして、「セクショナリズム-地方総合行政体制」を分析対象とする「政府間関係論」を再検討し、それらの諸接近法が、中央・地方間の融合による地方総合行政体制を前提として、その態様を集権・分権の軸で認識・評価する傾向を持っていることを確認する。また、このような傾向性が、区域問題の諸調整方式を集権・分権の軸で捉えるという偏向性を生み出していることを指摘する。

 第3章では、日本的区域問題化の構造を捕捉するために、「セクショナリズム-地方総合行政体制」の形成過程及びその構造を考察する。そこでは、戦前における「セクショナリズム-地方総合行政体制」の原型が創出される過程を跡付ける。その主な内容は、内閣制度における割拠構造の制度化という中央統治機構の遠心力の存在が、逆に中央・地方を通ずる個別行政機能ごとの区域の形成を許さず、「内務省-府県体制」、「地方制度」を媒介とした地方総合行政体制を形成していく過程である。ここでは、主に「セクショナリズム-地方総合行政体制」の構造的な枠組の形成過程を観察する。

 第4章では、「セクショナリズム-地方総合行政体制」が日本の統治構造の空間構造的特徴として戦前・戦後連続的に継承されていく態様を追跡する。そこでは、まず、戦後改革による戦前の「セクショナリズム-地方総合行政体制」を構成した「内閣制度」、「内務省-府県体制」、「地方制度」の断絶と連続の側面を描く。次に、幾つかの個別政策領域の事例を通じて「セクショナリズム-地方総合行政体制」が戦前・戦後連続的に維持・継承されていく過程を考察する。つまり、戦後改革による戦前の「セクショナリズム-地方総合行政体制」の構造変容の中で、中央、地方を問わず、各個別行政機能ごとの各行政区域の形成という方向で、既存の地方総合行政体制が解体する可能性が存在したにもかかわらず、中央・地方間の行政執行の融合化過程としての機関委任事務体制、行政主体の同定化過程としての国民健康保健制度、行政区域の合致化過程としての教育委員会制度の形成過程を通じて、各個別行政領域が地方自治体の機能及び区域に総体的に収斂されていく過程を素描する。そして、日本の地方自治体の行政的態様を特色付ける総合行政体制の財政的保障策として地方財政調整制度の形成過程を取り上げる。

 第5章では、以上の観察を踏まえ、日本的区域問題化の「構造」、「含意」、「調整の限界」を論じ、区域問題の解決策として打ち出された典型的な事例として内政省構想、道州制構想などを検討する。まず、日本的区域問題化の発生構造を、日本の統治構造上の空間構造的特徴である「セクショナリズム-地方総合行政体制」とその限界状況から摘出し、その日本的区域問題化が内包する統治構造上の意味合いを中央・地方を通ずる統治構造上における新たな調整システムの制度化・組織化として捉える。その上で、この区域問題を解決するための諸調整方式の制度化・組織化の限界条件を「セクショナリズム-地方総合行政体制」原理の地域空間的な拡大再生産構造から導出する。次に、上記の議論を踏まえ、戦前・戦後を通じて定着されてきた「セクショナリズム-地方総合行政体制」が、区域問題の解決策として具体的に試みられてきた調整諸方式の制度化・組織化に如何なる可能性と制約性を与えているかを検討する。そして、その構造的制約の帰結として既存の「セクショナリズム-地方総合行政体制」に現状維持的に収斂されることを確認する。

 このように本稿は、区域問題を地方的事象として矮小化するのではなく、「統治構造の問題から区域問題」、又は「区域問題から統治構造の問題」を捉えようとしたものである。本稿の持つ意義は、第1に、区域問題の発生構造及びその解決策を論ずる際、区域問題を統治構造全体との重層的関連から把握するという総体的な視点を提供している点である。この視点は、区域問題を構成する諸争点群が中央・地方間の様々な制度と密接な関連を持っている現状に鑑み、その争点群を単独で論じ、また、自己完結的な問題領域の中に閉じ込めるのではなく、統治構造全般の諸制度改革の一環として捉えるべきことを示している。第2に、区域問題を解決するための諸調整方式に対する制度設計に際して、その可能性と制約性を国全体の行政体系の内在的、構造的側面から把握する視点を提供している点である。現実に、区域の問題化は、各地域空間を取り巻く新たな広域行政課題及び需要の発生によって、多様な現象形態で発現され、また、それらをめぐる具体的な政治過程も地域毎に様々な様相で展開される。しかし、こうした区域問題の発現形態及びそれに伴う政治過程の多様性にも関わらず、その制度化・組織化の可能性及び制約性を中央・地方を通ずる行政制度の内在的、構造的側面から捕捉することは極めて重要である。何故ならば、区域問題解決の諸調整方式の制度化・組織化は、既存の行政執行体制の再編を要請するものであるからである。第3に、区域問題の国際比較における有効な手がかりを提供している点である。区域問題の発生は、政治権力及び行政機能を垂直的、区域的に配分している世界諸国における普遍的な現象である。しかし、世界各国の共通現象たる区域問題は、その発生構造、意味内容、解決の可能性と制約性の条件などにおいて各国ごとに異なる様相と特徴を持つはずである。何故ならば、区域とは、単なる自然的、地理的な空間を意味するのではなく、異なる社会経済、歴史的な背景の下で形成された政治的、行政的な権力・機能の制度的配置をその主要な構成内容としているからである。本稿の接近法は、各国の統治体系における空間構造的な制度配置の相違性を比較することによって、各国の区域問題化の特殊具体的な発現態様を捉えることを可能とする。つまり、区域問題化の「普遍性」と「特殊性」の同時捕捉である。

 しかし、本稿の接近法が持つ意味は、そのまま、今後の課題へ転化する。それは、「統治構造の問題から区域問題」を把握する側面から、「区域問題から統治構造の問題」を捉える側面への研究重心の移動である。つまり、それは、第1に、同一の統治体系に包摂されている各地域毎に、多様に展開されている区域問題の発現形態とそれに伴う政治過程を具体的に分析することを通じて、同一統治体制内における区域問題の「普遍性」と「特殊性」を摘出することである。また、第2に、異なる統治体制を持つ各国の間に、一般的に観察される区域の問題化とそれに伴う政治過程を比較考察することによって、異なる統治体系間における区域問題の「普遍性」と「特殊性」を発見することである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、日本の地方制度における地方自治体の区域決定の問題に焦点を当て、わが国において区域の決定が問題化する制度上の要因、そして区域確定における構造的限界を明らかにしようとした、400字詰原稿用紙にして800枚の論文である。

 著者によれば、今日、市町村合併の問題をはじめとして活発な議論が展開されている地方自治体の区域および適正規模の問題に対して、これまでは、次のような特徴をもつアプローチが採用されていた。第1に、区域問題が発生する要因を外部環境の変動による行政機能と行政区域との乖離から抽出しようとしてきた。第2に、区域問題をあくまでも地方レベルの問題として扱い、限定された事象として矮小化してきた。そして、第3に、日本の地方制度の特色である中央・地方の融合的性格を充分に考慮してこなかった。

 本論文は、このような既存のアプローチに対して、第1に、区域問題を中央地方を包括する統治構造の問題として捉えるとともに、第2に、統治構造に内在的な要因から接近することにより、従来とは異なる、従来のアプローチでは明らかにされてこなかった区域問題の側面を明らかにしようとする。そして、このようなアプローチをとることにより、著者は、区域問題の考察を通して、中央地方を通ずる日本の統治構造の特徴を改めて捉えることができるとともに、区域問題を解決するための制度設計に当たって、統治構造の内在的、構造的側面からその可能性と限界を明らかにすることができる、と主張する。

 本論文は、序章と結語を含め7つの章からなり、序章において著者のいう区域問題とは何か、そして論文全体の構成を明らかにした後、第1章で区域問題に関わる既存研究の再検討を行い、第2章において、日本の区域問題のもつ特徴として、著者のいう「セクショナリズム-地方総合行政体制」の構造の解明を試みる。そして、第3章では、わが国において、「セクショナリズム-地方総合行政体制」が形成されてきた歴史的経緯を、明治時代の創設期における内閣制度の割拠的性格から論じ、第4章において、戦後における「セクショナリズム-地方総合行政体制」の継承と変容について、国民健康保険制度、教育委員会制度等の事例を通して論じる。これらの論述を承けて、第5章では、わが国の「セクショナリズム・地方総合行政体制」は、中央での割拠的な行政構造を地方レベルで総合化する必要から生じたものであり、それはすぐれて中央各省庁が所管する事務の調整の問題であって、地域レベルでの制度改革のみによって解決しうるものではないと述べ、そのような事務間の調整の方法とその限界について論じる。そして、結語において、本論文の提示したアプローチの意義と今後の課題について論じている。

 以下、各章の内容について、述べる。

 「序章」では、まず区域問題についての長浜政寿、蝋山政道の見解を批判的に分析し、従来の区域論の主流ともいうべきこれらの見解が、区域問題の性格を地方的な問題として限定し、その発生構造を地方制度と区域の固定性と、行政機能の流動性・広域性との矛盾として把握し、その乖離の調整問題として受け止めている、すなわちこれらの見解は、区域をめぐる諸問題を地方的事象として矮小化しており、国全体の統治システムから考察する視点を有していないと指摘する。そして、区域の配置構造とは、統治システムおよびその特質が空間的に投影され、制度的に定着されたものと見なすべきであるという著者自身の視点を提示するとともに、そうした視点から考察することによって、中央レベルでの各省庁のセクショナリズムによる調整機能の限界によって生じる地方レベルでの総合調整の要請から、地方自治体に総合行政体制が求められ、それが区域の固定化をもたらすとともに、環境の変化に対応するために、新たな調整区域、調整方式の制度化、組織化が要請されてきたという本論文の主張を述べる。

 第1章「区域問題に係わる既存研究の再検討」では、長浜、蝋山両者の見解によって提議された、社会経済的環境変化と地方制度との関係から区域のあり方を考える問題設定が、戦後地方制度改革の過程で主要な争点をなした、区域の適正規模論、地方制度の形式の画一性の問題、地方分権の再編成としての事務再配分論、広域行政論等を通して継承され、再生産されていることが主張される。

 それと同時に、多様な形で展開されている区域をめぐる議論が、中央レベルでのセクショナリズムの逆説的な反映ともいえる「地方総合行政体制」を想定していること、すなわち、中央レベルでの省庁間のセクショナリズムを前提として、分断されている事務の総合化を地方レベルで図る体制を構築するという発想が常に存在していることを指摘する。そして、その上で、上記の事務再配分論、受け皿整備論、広域行政論などの主張に存在している同質性と矛盾を明らかにする。

 第2章「日本の区域問題化への接近:セクショナリズム-地方総合行政体制・調整」では、上記の視点に立って、日本において区域問題を考察するためのアプローチを提示する。まず、区域問題を中央・地方を同時に包摂するわが国の統治構造に内在的な特徴が集約的に現れている課題として捉え、その分析におけるキーワードである、セクショナリズム、地方総合行政体制、調整概念に関する既存研究を検討し、その検討を踏まえて、日本の統治構造の特徴を「セクショナリズム-地方総合行政体制」として抽出する。

 そして、これまで「セクショナリズム-地方総合行政体制」を分析対象としてきた「政府間関係論」を再検討し、これらのアプローチが、中央・地方間の融合による、すなわち地方自治体の行政機関が自己の事務と中央の事務の双方を実施する体制である地方総合行政体制を前提として、その態様や区域問題の諸調整方式を集権・分権の軸で認識・評価する傾向をもっていることを指摘する。

 第3章「日本の「セクショナリズム-地方総合行政体制」の形成と構造」では、戦前において「セクショナリズム-地方総合行政体制」の原型が創出される過程が跡付けられる。すなわち、内閣制度における割拠構造の制度化が中央における行政機能の統合を困難にし、そのため、中央・地方を通じる個別行政機能ごとの区域の存在が許されず、結果として、「内務省-府県体制」、「地方制度」を媒介とした、地方レベルでの行政機能の総合化を図る地方総合行政体制が形成されてきたというものである。

 そして、第4章「「セクショナリズム-地方総合行政体制」の断絶と連続」では、同体制が日本の統治構造の空間構造的特徴として、戦前・戦後を通して連続的に継承されていく過程を追跡する。まず、内閣制度、内務省-府県体制、地方制度の戦前・戦後の断絶と連続の側面を描いた後、国民健康保険制度および教育委員会制度の形成過程の分析を通して、「セクショナリズム-地方総合行政体制」が戦前・戦後を連続的に維持継承されてきた過程を考察する。戦後改革によって戦前の同体制が構造変容を受ける過程で、中央、地方を問わず、個別行政機能ごとに行政区域を設けることによって、既存の地方総合行政体制を解体する可能性が存在していたにもかかわらず、中央・地方間の行政執行の融合化過程としての機関委任事務体制、著者のいう行政主体の「同定化」、つまり市町村を国民健康保険の保険者としたこと、教育委員会制度の創設によって学校教育の区域を市町村の区域と一致させる「合致化」を行ったこと、そして総合行政体制の財政的保障策として地方財政調整制度が形成される経緯等を考察することによって、個別行政領域が地方自治体の機能および区域に相対的に収斂されていく過程を明らかにしている。

 第5章「調整の制度化・組織化とその限界」では、以上の考察を踏まえて、日本における区域問題の構造、含意、限界を総括的に論じ、区域問題の解決策として提案された典型的な事例として内政省構想、道州制構想などを検討している。日本では、行政機能の中央レベルにおける割拠的性格から、地方レベルにおける行政の総合化は不可避であり、こうした「セクショナリズム-地方総合行政体制」を前提として、区域問題が論じられてきた。したがって、社会経済的環境の変化により新たな行政機能が必要とされ既存の区域との齟齬が生じる場合、要するに新たな区域問題が生じた場合には、それは、中央地方間および地方自治体間における調整の問題として認識される。戦前における企画院や内政省構想、そして戦後における道州制や「地方」制案などの新たな地方行政区域の設置構想は、いずれも中央レベルないし地方のより広域的なレベルでの調整の制度化を図ったものである。しかし、「セクショナリズム-地方総合行政体制」を前提とする限り、それがもつ構造的制約は、調整の諸方式の制度化・組織化の可能性を制約し、既存の同体制に現状維持的に収斂させることになったと述べる。

 最後に結語「区域問題への接近における本稿の意義と課題」において、本論文の主張である、区域問題を統治構造全体との関連において把握することの必要性と、区域問題を解決するための調整方式の制度設計に当たっては、地方レベルに視野を限定するのではなく、既存の行政執行体制の再編という観点から検討することの必要性を強調したあと、このアプローチが区域問題の国際比較においても有効な手がかりを提供していることを指摘し、それが、区域問題に関する研究における今後の課題であると結んでいる。

 以上が本論文の要旨であり、以下はその評価である。

 本論文の長所としては、第1に、区域問題という地方制度における難問に対して、従来とは異なる新たな考察の視点を提示している点である。これまで区域問題は、もっぱら拡大し広域化した行政機能と既存の自治体の区域との不整合の問題として考察され、その解決策としては合併等の地方自治体の規模の拡大や国と地方の事務配分の変更の必要性が論じられていた。あるいは自治体の適正規模論が展開されてきた。それに対し、本論文の著者は、日本の区域問題の捉え方自体に、一定の制約、限界が存在していることを明らかにした。すなわち、わが国では、中央レベルの割拠的構造を調整し総合化する場として地方自治体が位置づけられていることを指摘し、区域問題を考察しその解決を図るには、国全体の統治構造の観点から考察しなければならず、従来の区域問題についての立論はこうした視点を欠いていることから、既存の体制の枠内での発想に収斂しているという指摘である。従来の研究の盲点をつくとともに、中央地方関係を含むより広がりを持った統治構造に区域問題の発生を位置づける視点を提示したことは高く評価できよう。

 第2に、著者のいう日本の区域問題の前提にある「セクショナリズム-地方総合行政体制」を明らかにするために、とくに、第3章、第4章において、戦前戦後の統治制度の形成変革の過程を克明に分析している点である。その叙述の姿勢は、新たな事実の発見をめざすというよりは、既存研究の丹念な再構成によって、従来の研究ではみえていなかったものを抽出し、諸制度を貫く新たな脈を見いだそうとするものであり、第1の点で述べた新たな視点の有効性を説得力あるものにしている。

 しかし、本論文にも短所がないわけではない。

 第1に、本論文の主張が既存の研究の問題点の指摘と新たな視点の提示にとどまっており、従来の発想を批判する反面、課題の解決策についての具体的な示唆に乏しい点である。ただし、区域問題の抱える課題の困難性を考えるならば、これを期待することは過大な要求かもしれない。

 第2に、制度の形成過程についての克明な考察を行っているが、考察の対象範囲が戦後改革期までであり、近年の地方自治を取り巻く諸条件の変化や海外の事情については、今後の課題として言及されているものの、触れられていない点である。

 以上のように、本論文にも、若干の短所はあるものの、それらは上述した論文の価値を損なうものではなく、本論文で示された知見は、今後、地方自治体の区域に関する研究のみならず、わが国の統治構造のあり方をめぐる研究にも大いに資するものと評価できる。したがって、本論文は、博士(法学)の学位を授与されるにふさわしいものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク