学位論文要旨



No 117564
著者(漢字) 松沢,孝俊
著者(英字)
著者(カナ) マツザワ,タカトシ
標題(和) オホーツク海における海氷分布予測システムの研究
標題(洋)
報告番号 117564
報告番号 甲17564
学位授与日 2002.09.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5306号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 助教授 白山,晋
 東京大学 助教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 林,昌奎
 東京大学 講師 川村,隆文
内容要旨 要旨を表示する

 日本近海で唯一海氷が発生するオホーツク海は漁業資源やエネルギー資源の宝庫であるが、同時に流氷による事故の危険性が存在する。そのため海氷の変動を正しく予測することは、氷海域沿岸の生活にとって重要なことである。

 海氷の変動を予測するためには近年では専ら数値計算を行う。海氷の発生・成長・移動・融解を予測するためには、海氷の力学的運動、熱塩循環を含む海洋変動、大気の変動、そして海洋表層での熱交換による海氷量変化のそれぞれを同時に扱う必要があり、その手法は研究段階である。特に工学的に意味を持つ海氷の力学的な挙動を広範囲について計算するためには、従来用いられている連続体モデルでは物理モデルとして不十分であり、個別要素モデルでは計算コストが過大で実用的ではない。

 本研究では、オホーツク海程度のスケールでの海氷変動予測を行うために、海氷運動の力学的数値モデルとしてDMDFモデルを採用し、それに対し熱塩循環を表現できる3次元海洋モデル、および海水と海氷に対する熱交換モデルを連成し、オホーツク海における海氷の初生時期である11月から数値計算を試みた。DMDFモデルを用いて海氷の変動と海洋の変動を同時に扱う研究は今までに複数が存在するが、本研究では氷盤のラフティング現象および海水からの海氷の発生等を考慮しつつ、実際の海域について長期間の計算を行うとともに、数値モデルを評価する。

 本研究で使用したDMDFモデルは、1994年にRheemらによって開発された力学的な海氷運動の数値モデルであり、ひとつの計算格子内に規則的な氷盤の分布(氷群と呼ぶ)を仮定して、それらの運動と変形の時間発展を準ラグランジュ法によって解くものである(図1)。この手法の特長としては、氷盤およびその集合の運動量が陽的に計算されるため、連続体モデルに比べて海氷の物理的な挙動がより正しく表現されることと、それにも関わらず広範囲に渡る計算を短時間に行うことができる点が挙げられる。本研究ではこれにラフティング現象の考慮を加え、実海域の長期間計算に対応するよう改良した。ラフティング現象とは、氷盤同士が高い圧力で互いに押し付けられる場合等に一方が他方の上に乗り上げて重なる現象で、特に若い(薄い)氷の存在期に多く見られ、面積の減少・厚さの増加・圧力の解放が行われるため海氷分布に少なからず影響を及ぼしていると言われる。従って、初生期を含む長期間の再現計算を行う場合には、この現象の考慮が重要であると考えられる。

 海洋変動のモデルとしては、3次元静水圧近似プリミティブ方程式による数値モデルを作成して使用した。変数は3次元流速、海水温度、塩分濃度であり、渦動粘性係数および渦動拡散係数についてはBryan and Lewis(1979)による定式化を採用した。また海水密度を海水温度と塩分濃度および静水圧の関数として計算し、密度不安定の場合は鉛直方向に強制対流が生じるという手法を採った。

 熱力学的過程については、海水表面に入射する長・短波長放射、顕熱熱伝達、潜熱放出、自然輻射(射出)を考え、それぞれバルク式で計算し総入射量を求める。海水温度が結氷点を下回る場合には、負の余剰熱量が海氷の生成に変換される。

 海氷については上面に入射する熱量を海氷と同様バルク式で求め、海氷上面の温度と下面温度(結氷点に等しい)との関係で厚さが増減するとする。面積の変化は周囲の海水温度による。但しこの数値モデルでは雲量と降雪の影響は非考慮である。

 数値計算に用いたデータとしては、気圧、風向・風速、気温、湿数について気象庁アジア域客観解析、初期海水温度および塩分濃度分布についてWorld Ocean Atlas 98を用いた。計算結果の検証などに用いる海氷密接度はDMSP F11 SSM/Iセンサデータを用いた。本研究においては大気の変動は上記気象データより直接与えることとした。

 本研究でははじめに、海水の状態から海氷が発生する過程を再現するために、11月から12月にかけての海氷の初生時期について、海洋変動と海氷の熱力学的変化のみを考慮した数値計算を行った。その結果、海氷の初生と分布はよく再現されたが、計算海氷量はSSM/Iデータと比べて少ない傾向にあった。そこで熱力学的なパラメータを合理的に調整することで計算海氷量を調節した計算を行い、それらが有効であることを示した。(図2)

 次にDMDFモデルの挙動を観察するため、海氷量が安定する2月についてDMDFモデルのみによる再現計算を試みた。特にラフティング現象を考慮した計算と考慮しない計算の両方を行って比較したところ、海氷分布のうちで高い圧力を生じる部分の周囲において密接度の減少と氷厚の増加という実現象と合致する傾向が現れた。このことは本研究で導入したラフティングのモデルの妥当性と、オホーツク海の海氷密接度分布におけるラフティング現象の重要性を示唆する結果である。

 最終的に、DMDFモデル、海洋モデル、熱交換モデルの全てを連成し、1993年11月1日から翌年4月30日に渡る長期間計算を試みた。その結果、密接度分布の推移(図3)はSSM/Iデータと非常に良い相関を示した。

 但し1994年2月以降については海洋モデルによる海水温度が計算対象海域全体について過度に冷却されて計算され、海氷分布もそれに伴ってSSM/Iデータと乖離した。この原因は海洋モデルにおいて海底における境界条件が比較的浅い水深で打ち切られているためであり、正当な海水温度分布が計算されればこの問題は解消されると考えられる。

 DMDFモデルによって海氷の運動を考慮した計算と、熱交換モデルによる海氷の増減のみを考慮した計算の両方を行って比較したところ、オホーツク海全体に対する海氷の占有面積は運動を考慮すると小さくまとまることが分かった。これは密接度が増大するとラフティングの影響が顕著になることを示している。またSSM/Iデータからの二乗平均平方根誤差について比較すると、海水温度が異常にならない範囲ではDMDFモデルの考慮・非考慮に関わらず約0.2程度であった。これは全体的に海氷量がSSM/Iデータより過小であった事が原因であり、より現実的な熱力学的パラメータの調整をする必要があると結論できる。

 本研究では、数値モデル自体の高度化・実用化とともに、構築した数値モデルをモジュールとする海氷分布予測システムの実用化を構想することを目的のひとつとしている。海氷予測計算をシステムとして稼動させるためには、数値計算に必要なデータを効率的に入手・管理し、数値計算を行った結果を効果的に取り出すことができるための設計が必要である。

 そこで本研究で数値計算を行うにあたって要した作業においては、使用するデータについて詳細な諸元を調査した上で統一的なフォーマットに変換し、各数値モデルについてもモジュールとして達成することを考慮したプログラミングを行った。データのフォーマットは、入力データ・出力データともに汎用データベースと親和性の高いCVS形式を選択した。これらによって数値計算モジュールのメンテナンス性とシステムの開発効率が向上する。

 ここで構想されるシステムは、氷海に関するデータセンターとして機能することが想定される。すなわち、氷海に関する気象・海象を含めてデータが集積され、変動予測あるいは影響評価等の要求に応じて数値計算が行われ、その結果を用途に応じた方法で閲覧できるものとなる。本研究ではその構成として、ユーザインターフェースにGIS(地理情報システム)ソフトウェアを採用してデータベースおよび数値計算モジュールと連携させる構成(図4)を提案し、その具象化と用例について検討した。

図1:DMDFモデルにおける海氷のモデル化。

ひとつの計算格子にひとつの氷洋(Bunch)が定義され、氷洋中は規則正しく分布した多数の氷盤で構成される。

図2:オホーツク海全体における海氷の占有面積の時間推移。

当初の計算結果(Orig)と、それに対して海水の混合層厚さの増加(Hs=10.0)と、余剰流入熱量(Qext=100)の考慮という調整を行ったものを、SSM/Iデータと比較したもの。

図3:11月1日を初期値(海氷分布なし)とする計算(DMDFモデル、海洋モデル、熱交換モデルを全て達成)の計算水密接度とSSM/Iデータの比較。

(a)(b)はそれぞれ12月28日の、(c)(d)はそれぞれ1月28日の、計算密接度とSSM/Iデータ。

図4:本研究で提案するGISを中心とした氷海に関するデータセンターの構成。

データベースと数値計算モジュールとビュアーで構成される。

審査要旨 要旨を表示する

 オホーツク海は、南北約2,000kmm,東西約1,000kmの、北太平洋西に位置する辺縁海であり、北半球における海氷が生成される海の南限である。オホーツク海では、12月初め頃に北部で海氷が生成され始め、2月終わりから3月中頃にかけて最も広がり、6月には全て融解する。海氷最盛期には、平均的にオホーツク海の80%程度が海氷に覆われるが、年変動は大きく、ほぼ全域が海氷に覆われることもある。一旦海氷ができると太陽からの熱の殆とを反射するため、その海域は更に冷えて海氷域が広がる。また、融解し出すときにはその逆に加速度的に融解するという正のフィードバック効果があり、気象の変化を拡大して見せてくれるとともに、大きな凝固・融解潜熱により気象・海象に大きく影響する。最近の研究では、オホーツク海が北太平洋中層低塩分水の供給源になっているという説が有力であり、オホーツク海の海洋構造が地球全体の海洋構造に影響を与えていることが指摘されている。一方では、海氷下に発生するアイス・アレジーと呼ばれる植物プランクトンが融氷期である春にブルーミングし、オホーツク海を海洋生物資源の豊かな海にしている。さらに、最近ではサハリン島北部での海底ガス・油田の開発が始まり、海氷はその生産活動を阻害する邪魔者として働く。以上のように、オホーツク海の海氷は地球環境から人類の生産活動まで、幅広い分野で大きな影響を及ぼしている。

 海氷は風や海流などのカを受けて移動するとともに、大気や海水との熱のやり取りにより成長・融解する。海氷の長期の変動を計算するためにはこの両者をモデル化することが必要であり、移動・変形を表現するモデルを力学的モデル、熱による成長・融解を表現するモデルを熱力学的モデルと言う。本研究は、両者を達成させるとともに、海水流動とも達成させて、オホーツク海の一冬にわたる海氷変動を計算したものである。以下、本論文の構成と内容を示す。

 第1章は緒言であり、海氷変動計算の重要性を、地球環境のメカニズム解明という海洋学的な側面、漁業資源との関わりという水産学的な側面、氷海域資源開発や海上輸送という工学的側面から述べている。また、種々のデータや計算を統合し、システム化することの重要性を示している。

 第2章「海洋の数値モデル」では、海水の流動と熱塩の移流・拡散の計算法について述べている。海水流動には静水圧近似を施したNavier-Stokes方程式を3次元直交直線座標系で解いている。

 第3章「海氷のある海洋における熱交換モデル」では、大気と海洋・海氷の間の熱交換の計算法について述べている。開水域における海面での熱交換は、海面へ入射する短波長放射、海面へ入射する長波長放射、海面上の乱流顕熱熱伝達、海面上の潜熱交換、海水からの自然放射(輻射)に分けられ、夫々を定式化している。海氷が存在する場合には、これらの成分に加えて、海氷内部の熱伝達が加わる。鉛直方向の熱の移動により海氷が厚くなったり薄くなったりし、海氷側面における海水との熱交換により海氷の面積が増減する。また、開水域からの新氷の生成も、モデル化している。

 第4章「海氷流動の数値モデル」では、海氷の力学的モデルについて述べている。海氷には、上面に風によるカが働き、下面に海水による力が働く他、海面傾斜による横滑り力、地球の自転によるコリオリカが働く。さらに、氷盤同士の衝突や接触による相互干渉カ(しばしば、「氷の内部応力」と称される)が働く。海氷は、様々な大きさと形状の氷盤により構成されるので、氷の内部応力を正確にモデル化することは、オホーツク海全域などの広い海域を対象とする場合、殆ど不可能である。そこで本研究では、海氷域を多くの氷盤群に分けて、氷盤の衝突・接触を表現するDMDF(Distributed Mass/Discrete Floe)モデルを用いている。このモデルは比較的新しいモデルであり、一冬という長期の予測計算に適用されたのは、本研究が初めてである。それに不可欠な、氷のrafting(重なり合い)の定式化を、新たに加えている。

 第5章「数値計算に使用するデータ」では、初期値として使用する海氷分布データ、海洋データ、境界条件として使用する気象データについて述べている。海氷分布データは米国DMSP衛星のSSM/Iセンサ(受動型マイクロウェーブセンサ)によるものを用いており、計算対象である1992-1993年冬全般に渡っての気象と海氷の観測値の特徴を考察している。

 第6章「海氷の発生を含む海洋変動の数値計算」では、11月から12月にかけて、海水流動と海氷の発生・成長に関する試計算を行い、概ね良好な結果が得られることを示している。

 第7章「海氷の力学的挙動の数値計算」では、熱による氷の発生・成長・融解を考えない1ヶ月間の試計算を行い、力学的な要因による海氷変動の特徴について考察している。また、raftingによる氷厚の増加と氷密接度の減少という合理的な結果が得られている。一ヶ月間で半分近くの氷がraftingしており、長期予測計算においてraftingを考慮することの重要性が示唆されている。

 第8章「冬期オホーツク海の海洋・海氷変動予測計算」が、計算結果の主要部であり、海氷の力学的モデル、熱力学的モデル、海洋モデルを達成させ、オホーツク海における一冬の海氷変動を計算している。観測との一致度は概ね良好であり、今後パラメータのtuningを行えば、十分実用レベルに達するものと期待される。

 第9章「海氷分布予測システム」では、データベースと種々の予測計算モジュールをGIS(地理情報システム)で結びつけるという統合システムを、具体的に提案している。

 第10章は結言であり、本研究の成果をまとめている。

 以上要するに、本論文はオホーツク海の海氷変動予測システムを試作し、その実用化に向けての指針を示したものであり、海洋学、雪氷学、氷海工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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