学位論文要旨



No 117565
著者(漢字) 岩井,卓
著者(英字)
著者(カナ) イワイ,タク
標題(和) 亀裂中の非線形流動のモデル化に関する研究
標題(洋)
報告番号 117565
報告番号 甲17565
学位授与日 2002.09.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5307号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 助教授 佐藤,光三
 東京大学 助教授 徳永,朋祥
内容要旨 要旨を表示する

 近年、地下岩盤の利用が世界的に進んでいるが、これは岩盤そのものが強固であるなどの力学的堅牢性のほか、年間を通じて温度、湿度の変動が小さい、風雨に晒されることがないといった自然災害に対する安定性あるいは地表面に露出しないことによる安全保障上の有利性などがその理由となっている。地下岩盤利用の例としては、鉄道・道路トンネル、地下発電所、大都市における地下鉄や地下街などの利用のほか、大規模なエネルギー備蓄(原油、LPGなど)も一部実用化されており、将来的には電力の負荷平準化を目指したエネルギー備蓄(圧縮空気、天然ガス、熱など)あるいは高レベル放射性廃棄物の地層処分場などとして利用されることになろう。

 一般に、地下構造物が大規模になるほど、局所的な亀裂・破砕帯を避けられない場合が多い。亀裂の浸透性は岩盤マトリックス部に比べ格段に大きいため、空洞周辺の地下水流動は亀裂によってほとんど決定される場合もあり、亀裂内流れの予測やそれに基づく制御(止水など)が必要となる。

 そこで本研究では、亀裂内流れに関わる未解明の問題として、1.単一亀裂内の高速の非Darcy流れ、および2.単一亀裂内の2相流れ、に絞り研究を行った。

 以下に個々の研究内容、成果および課題を示す。

1.単一亀裂内の非Darcy流れの実験および非Darcy流動方程式の定式化とその適用性の研究

 山岳トンネルやエネルギー地下備蓄空洞などの大深度地下空間の開削における断層破砕帯通過時の大量の湧水、あるいは亀裂の発達した岩盤でのダム建設時に実施されるルジオン試験において観測値に顕著に表れる非線形性は、従来の線形Darcy則では取り扱いにくいものである。

 多孔質岩盤内における非Darcy流れについては、これまで数多くの研究が実施され、その構成則の形についてはある程度知られるようになってきている。しかし、構成則を記述するパラメータの特性についてはまだ十分には解明されていない。一方、亀裂内の非Darcy流れは多孔質媒体と同形式で扱うことを前提にしているものが多いが、定式化に対する報告はほとんどされておらず、根拠となる実験データも乏しい。

 本研究ではこれらを踏まえ、単一亀裂内の非Darcy流れに対する実験および解析的研究を行った。その内容および結果は以下のようにまとめられる。

・7種類の透明亀裂レプリカを作成し、亀裂開口幅の3次元分布を計測した。これらの試料に、水あるいは空気を単相状態で圧入し、流量と圧力勾配の関係を計測した。

・その結果、圧力勾配は流量の2次関数としてよく近似でき、レイノルズ数が10程度以上のオーダーでは非線形性が顕著となることが確認された。

・非Darcy流動方程式の特性パラメータと亀裂面の複数のマクロな幾何特性パラメータとの相関を検討した結果、一次項(粘性項)の係数kと二次項(速度項)の係数k'には比較的良い相関があり、全ての試料の結果から回帰される流動パラメータの相関式はべき関数k'=aαkβ(α=3.4×10-5、β=0.85)で表されることが判明した。この式は、水理試験によって得られるDarcy流れ領域の浸透率がわかれば非線形効果が定量化できる形式であり、地下水解析上有用なものと考えられる。

・亀裂中の非Darcy流動方程式の特性パラメータの相関式の係数α、βを多孔質媒体中の非Darcy流れに対して過去に提唱されたいくつかの式の値と比較すると、それらは異なるものと考えられる。

・汎用の地下水解析プログラムに非Darcy流動方程式を組み込み、実験値の再現解析を実施した。この結果より、非Darcy流動方程式の特性パラメータの相関式は、試料の小さな部分でも同一の形で成り立つ可能性が強いことが示唆された。ただし、浸透性の大きく異なる亀裂媒体が連結した場を考える場合には、相関式の非線形性に起因する制約が問題となりその適用性についてはさらなる議論が必要と考えられる。

 以上の成果は亀裂を含む高透水帯における流れの解析・解釈に応用可能と考えられる。現実問題への適用を考えた場合には、以下の点が今後の課題として挙げられる。

・非Darcy流動方程式の流動パラメータの相関式のスケール、形状による影響の評価

・ルジオン試験などのフィールドデータとの比較による非Darcy流動方程式の相関式の妥当性の評価

2.単一亀裂内の2相流れの実験および2相パラメータの研究

 地下空間掘削により亀裂を通じて地下水が湧出し、飽和していた亀裂中に空気が侵入する現象が原油備蓄基地建設の際にすでに報告されており、より高圧な圧縮空気貯蔵やLPG備蓄などでは空洞に通ずる亀裂中に水-空気の2相流あるいは水・空気-液状炭化水素の3相流が発生する可能性が大いに考えられる。

 亀裂における複数相の流動は、多孔質媒体に対する多相流動とは異なり、流れのモード(形態)の違いやfloating islandあるいはChannelingなどといった亀裂特有の流動現象を示すと考えられる。

 一般に多相流動は非常に遅い流れであっても非線形性を示すが、これは各流体相の固体表面との濡れ性の違いおよび一つの流体相の流動を他相が妨げることに起因すると考えられており、毛細管圧力および相対浸透率という非線形パラメータで一般には表現されている。多孔質媒体の多相流動パラメータについては、主に油層工学の分野で数多く研究されており、典型的な相対浸透率曲線あるいは毛細管圧力曲線の形状が示されているのに比べ、亀裂内流れに対しては亀裂試料を用いた実験の困難さもあり、あまり報告されていない。

 本研究では、2相パラメータのうち相対浸透率に着目し、複数の自然亀裂のepoxy製レプリカを用いた気液二相流実験を実施し、流動状態の観察を行うとともに実験データから相対浸透率曲線の形状についての議論を行った。本研究で行った実験の内容および研究結果は以下のようにまとめられる。

・非Darcy流れの実験において作成した亀裂レプリカ試料を用いて、気液二相同時圧入実験を行い、流量、圧力の計測および亀裂試料内での気液分布状況の画像撮影を行った。これより亀裂内二相流は圧力・流量変動の比較的少ない擬似定常状態に達するが、局所的には、気相の分離・合一により非定常的な動きが継続することがわかった。

・飽和率分布を画像処理により算定し、水飽和率と有効浸透率比(空気有効浸透率・水有効浸透率)としてプロットし、文献に報告されている平行平板、亀裂および多孔質体の実験結果と比較した。

・亀裂試料の残留水飽和率や有効浸透率比は平行平板のものとは大きく異なり、むしろ多孔質媒体のものと類似した結果となった。また、有効浸透率比の傾きや残留水飽和率は平行平板などのように人工的で単純な幾何形状のものほど小さく、亀裂試料のような自然状態に近いものほど大きくなることがわかった。

・亀裂試料に対する気液二相流の相対浸透率曲線を提案した。この特徴としては、水飽和率の高い領域で水相は動かなくなり、気相浸透性が急激に高くなることが判明した。

 以上の様に、亀裂内気液2相流の相対浸透率曲線の基礎的な形を示したが、これは亀裂を含む媒体内の2相流動の定量的解釈にとって有意義であると思われる。

 今後、より一般的な議論を行うためには以下の項目が課題として挙げられる。

・流れの形態の多様性が二相流動特性に及ぼす影響

・亀裂内2相流に対する毛管圧力の影響の評価

・亀裂の相対浸透率に対する種々の依存性の(速度、方向、ヒステリシス)の影響の解明

 本研究は亀裂性媒体中の流体流動の包括的表現の第一歩として単一亀裂中の流れの議論を行ったが、亀裂性岩盤中の流動の再現・予測のためには媒体を亀裂ネットワークとして取り扱うことによる総体的な議論が必要となる。今後は実験・理論・フィールド計測・数値解析を適切に組み合わせ、より踏み込んだ岩盤水理物性評価を前提とした研究を進めてゆきたい。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、地下岩盤の空間としての利用が世界的に進んでおり、鉄道・道路トンネル、地下発電所、大都市における地下鉄や地下街などの利用のほか、大規模なエネルギー備蓄(原油、LPGなど)も実用化されており、将来的にはエネルギー備蓄(圧縮空気、天然ガス、熱など)、あるいは放射性廃棄物の地層処分場などとして利用されることになろう。地下空間利用では、構造物が大規模になるほど局所的な亀裂・破砕帯を避けられない場合が多く、亀裂に支配された地下水流れの予測と制御が必要となる。著者は、その観点から、亀裂中の流れの内最も未解明な部分である"非線形流れ領域"について(1)非Darcy流れ、(2)2相流れ、に分けて攻究している。

 第一に、著者は、亀裂内流動では層流状態の流れ(Darcy流れ)に対し、より高速の非Darcy流れが生じることを、山岳トンネルやダムサイトの事例から指摘し、その構成則および構成則の係数間の相関を実験・理論及び数値解析から検討している。著者は自然岩石割れ目の透明なレプリカ試料を複数作成し、水および空気の単相流を注入した時の流量と圧力勾配の関係を計測した。その結果、(1)圧力勾配は流量の2次関数としてよく近似できること、(2)2つの特性パラメータと試料亀裂面の幾何特性パラメータとの相関から一次項(粘性項)の係数kと二次項(速度項)の係数k'には比較的良い相関があり、全ての試料の結果から回帰される両パラメータ間の相関式はべき関数k'=αkβ(α=3.4×10-5、β=0.85)で表されること、(3)特性パラメータの相関は過去に提案された多孔質媒体中の非Darcy流れに対するものとは異なること、を見出している。この相関式は、水理試験によってDarcy流れ領域の浸透率が知られれば、高速領域での非線形効果がおおよそ定量化できることになるため、今後の地下水解析上非常に有用なものと考えられる。さらに著者は、非Darcy流動方程式を組み込んだ地下水解析プログラムを用いて実験値の再現解析を行っている。その結果、非Darcy流動方程式の特性パラメータの相関式は、試料の小さな部分でも同一の形で成り立つ可能性が強いことが示唆されている。これは、実際の岩盤スケールヘの拡張において重要な結果であるが、浸透性の大きく異なる亀裂が連結した場を考える場合には、相関式の非線形性に起因する制約を考えるべきことも言及している。

 第二に、著者は、今後の地下空間利用において考えられている高圧気相備蓄を念頭に、岩盤割れ目中に2相流れが生じる可能性を指摘し、2相流れを規定する相体浸透率の形に関する検討を行っている。自然亀裂中の2相流れに関しては報告されている実験データも少なく、数値解析などに用いるべき相体浸透率の形をどうすべきかについては根拠が何も示されていない状況である。著者は、前記実験において作成した亀裂レプリカ試料を用いて、気液二相同時圧入実験を行い、流量、圧力の計測および亀裂試料内での気液分布状況の画像撮影を行った。画像解析により試料内飽和率をもとめると共に、各相の流量から有効浸透率を算出し、両者の比(有効浸透率比)の形について検討を行っている。文献に報告されている平行平板、亀裂および多孔質体の実験結果と比較した結果、亀裂試料の残留水飽和率や有効浸透率比は平行平板のものとは大きく異なり、むしろ多孔質媒体のものと類似した結果となった。また、有効浸透率比の傾きや残留水飽和率は平行平板などのように人工的で単純な幾何形状のものほど小さく、亀裂試料のような自然状態に近いものほど大きくなることがわかった。最後に、亀裂試料に対する気液二相流の基本的な相対浸透率曲線が提案された。これは、現在行われている割れ目系岩盤の数値解析などに適用できる実用的なものと考えられる。

 著者の以上の主要な成果は、単一の亀裂に関するものであるが、複雑な割れ目ネットワークにより組成されている亀裂性岩盤中の線形流れから非線形流れまでを包括的に捉える上で非常に有用な知見を与えるものである。今後、さらなる実験・理論敵検討、フィールド計測や数値解析への展開が期待されるところである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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