学位論文要旨



No 117569
著者(漢字) 高,基永
著者(英字)
著者(カナ) コウ,キヨン
標題(和) 韓国自動車産業のサプライヤー・システムの構造と機能 : 日韓比較の視点からの分析
標題(洋)
報告番号 117569
報告番号 甲17569
学位授与日 2002.09.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第156号
研究科 経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,圭介
 東京大学 教授 末廣,昭
 東京大学 教授 和田,一夫
 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 教授 武田,晴人
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は、日本との比較の視点から、韓国自動車部品サプライヤー・システムの構造とその機能について考察し、システムの競争力の実態とその問題を統一的に解明することである。具体的には、サプライヤー・システムを、自動車メーカーと部品メーカーからなる企業間分業パターン、部品メーカー間の競争パターン、個別取引関係パターンなどの三つの側面・パターンに区別し、これらのパターンに見られる構造的・行動的特徴とその機能について考察することによって、これらのパターンがどのような相互関連性をもっており、その結果としてサプライヤー・システム全体の競争力にどのような影響を及ぼしているかを解明することである。

 本論文は、韓国のサプライヤー・システムが構造・慣行・制度の面で日本のそれと類似点が多いにもかかわらず、それが韓国で有効に機能しないのはなぜかという問題意識から出発する。この問題意識に対して、本論文では二つの仮説を立てた。第1に、韓国の自動車部品サプライヤー・システムが全体として有効に機能しない背景には、システムの三つの側面で見られるパターンの間に相互補完性が欠けていることにあるのではないか。第2に、この相互補完性の欠如の原因は、それらの三つのパターンが互いに有機的な関連をもつものとして設計・管理する能力、すなわち、トータル・マネジメント能力の不十分さにあるのではないか、という仮説である。

 このような研究目的に基づいて、第1章では、まず、既存研究に対して本論文の研究が持つ意味を探るために、既存研究を考察した。そこでは、韓国における既存研究の場合、サプライヤー・システムの構造的・行動的問題に着目した幾つかの研究を考察した上、既存研究がサプライヤー・システムのそれぞれの側面に見られる構造的・行動的パターンについては考察しているが、それらのパターンがシステムの他のパターンと相互に補完的な関係にあり、この関係によってシステムの競争力が大きく影響されることがある点については十分に検討してこなかったことを指摘した。そして、日本における先行研究の場合には、多くの研究が日本的サプライヤー・システムの高い競争力をもたらす要因について様々議論を展開しているが、それらの要因を統一的に把握できる視点については十分に検討されていないことを指摘した。

 次に、このような既存研究に関する検討を踏まえて、本論文での研究目的を進めるための分析枠組を提示した。つまり、サプライヤー・システムの三つの側面に見られるパターンの間の相互関係を考察する概念として「相互補完性」を取り上げ、サプライヤー・システムの構造と機能を統一的に把握できる分析枠組を提示した。その上、本論文の分析レベル似ついて簡単に述べた。

 続いて第2章では、本格的分析に入る前の予備的考察として、自動車メーカーの国際競争力の実態など、韓国自動車産業の現状について考察した。ここでは、韓国の自動車メーカーは90年代に入り生産や輸出が持続的に伸びるなど、量的な面では80年代に続いて成長を続けているが、他方で、品質競争力や開発・製造生産性において世界トップメーカーとの格差は依然として大きく、品質や製品開発力といった質的な面では依然として伸び悩んでいることが示されている。

 第3章では、自動車メーカーと部品メーカーからなる企業間分業パターンの構造的特徴とその機能について分析した。その内容を詳しく述べると、まず、韓国の自動車メーカーは日本のメーカーと同様に比較的少数の部品メーカーと取引を行っていること参明らかになった。従来の研究では、韓国の自動車メーカーは日本のメーカーに比べて比較的多数の部品メーカーとの取引しているとされ、こうした取引パターンがサプライヤー・システムの低い競争力をもたらす主要要因として指摘されてきた。つまり、従来の研究では部品メーカーにおける規模の経済性の問題を強調する傾向があった。しかし、本論文での実証分析により、こうした指摘は誤解であることが明らかにされた。

 他方、企業間分業パターンには、サプライヤー階層の重層化が進んでおらず、単体部品主体の発注パターンが行われているという特徴も見られる。この分析成果は既存の研究でのそれと同じである。ただし、従来の研究ではこれらの特徴について、部品企業の規模を制約することによってサプライヤー・システムの競争力を阻害する構造的要因として見なされてきたが、本論文では歴史的制約条件として捉えるべきであると見ている。つまり、これらのパターンの問題は、韓国の自動車メーカーが主に設計図面の導入によって車両開発を行ってきたことに象徴されるように、自動車メーカーの技術能力の低さによってやむを得ずに強いられた事情であったと考えている。

 次に第4章では、部品企業間の競争パターンの特徴とその機能について考察した。具体的に述べると、韓国の部品メーカーは、多数の自動車メーカーに部品を供給する企業がないわけではないが、多くの場合、特定の自動車メーカーのみと取引を行っていることが明らかにされた。つまり、部品メーカーからみた場合、部品取引には専属的取引関係が見られる。こうした実態が既存研究では部品メーカー間競争の欠如の根拠として指摘されてきた。しかし、自動車メーカーの納入先絞込みの実態についてみると、特定の部品カテゴリーのレベルでは自動車メーカーが単一の部品メーカーに依存することは少なく、多くの場合、比較的少数ではあるが複数のメーカーに部品を発注している。これは、それぞれの部品カテゴリーにおいて少数のライバル企業が競争をしている可能性を示唆する。

 したがって、部品メーカー間の競争の有無とその程度を明らかにするためには競争を強いる仕組みを探る必要があるが、こうした視点から本論文では部品メーカー間の競争形態(自動車メーカーから見ればサプライヤー選定)について考察した。その結果、韓国では、部品メーカー間の競争を強いる仕組みが欠けており、部品企業間の有効競争は欠けていることが明らかにされた。具体的に述べると、サプライヤー選定方法において1社特命で部品発注先を決める割合が約8割で非常に高い。また、サプライヤー選定の慣行には潜在的競争プレッシャーを弱くする要素が見られる。例えば、特別な問題がない限り既存のサプライヤーが新規サプライヤーとして選定されており、また、約3割の発注先はサプライヤー評価表での評点に関係無しに決められている。さらに、部品企業の売上の維持する目的で評価表での評点とおりに発注先を決めないことも少なくない。1社特命といっても競争相手からの潜在的競争プレッシャーがかかる場合には、それが必ずしも競争を弱めることにつながるわけでないが、こうした慣行によって部品メーカー間の競争が制約されているのである。こうした実態は、常に取引停止の可能性を確保し、また部品企業の発揮した技能の水準に応じて取引の継続性に格付けをおくことによって、部品メーカー間の有効競争が繰り広げられている日本の場合と対比される。

 第5章では、個別取引パターンに見られる構造的・行動的特徴とその機能について考察した。その内容を詳しく述べると、個別取引パターンの特徴の一つとして、自動車メーカーは部品メーカーと長期安定的な取引関係に立脚していることが明らかにされた。そして、自動車メーカーは、こうした長期継続的な取引関係に基づいて、きめ細かい技術・経営指導と多面的で詳細な品質評価システムを行うなど、部品メーカーに対してきめ細かい管理・育成を行っている。また、長期継続的取引によって取引相手の顔ぶれが長年にわたって安定していることは、部品メーカーとの間に頻繁なコミュニケーションと情報交換をもたらしている。要するに、長期継続的取引は、部品メーカーに対するきめ細かい管理・育成を可能にし、また協調的企業間関係の形成と情報共有の促進をもたらすことによって、部品メーカーの競争力の向上、サプライヤー・システム全体の改善に貢献していることが明らかにされた。

 他方で、本論文での考察によって、こうした長期継続的取引の効果はサプライヤー・システムに見られる他のパターンによって阻害されることがある点も明らかにされた。例えば、有効競争が欠けている部品企業間の競争パターンは、継続的取引のような「繰り返しゲーム」における取引相手の報復がもつ抑制力を弱くし、また、取引相手の長期的な能力を評価することを妨げることによって、長期継続的取引の効果を制約している。つまり、企業間の協調関係の形成させ、また部品メーカーに発生しうるモラル・ハザードを回避し、部品メーカーに継続的なコスト低減や品質改善の促進するといった長期継続的取引の持つ効果が阻害されている。これは、サプライヤー・システムに三つの側面に見られるパターンが機能的に見て相互補完性を欠けていることが、韓国自動車産業サプライヤー・システムの競争力発揮を制約していることを示している。

 第6章では、補章として、韓国自動車産業のサプライヤー・システムの形成・展開の過程を、日韓比較の視点に立脚して分析した。比較分析にあたっては、理念型としての日本のサプライヤー・システムを評価基準にして韓国自動車産業のサプライヤー・システムの特徴を析出するという既存研究の視点を止揚し、日韓のサプライヤー・システムを歴史的に比較検討する視点を取った。こうした視点から、ここでは、韓国におけるサプライヤー・システムの形成・展開過程をシステムの洗練化のプロセスとして捉え、韓国自動車部品産業の独自の発展過程を評価しようとした。特に、韓国政府の産業政策の影響を過大視がちの既存研究への批判的立場から、自動車メーカーの自立的な企業行動の重要性を明らかにした。

 第7章では、本論文で行ってきた実証分析で明らかになった韓国のサプライヤー・システムの構造的・行動的特徴を総括した後、その特徴を日本のそれと比較した。そして、本研究のインプリケーションと今後の研究課題について述べた。その結果、韓国のサプライヤー・システムが有効に機能しない要因として三つの点を指摘した。すなわち、第1に、部品メーカー間に有効競争が欠如しているため、部品メーカーによる更なるコスト削減や品質改善への動機づけが弱く、その結果長期継続的取引の効果を減少させていること、第2に、サプライヤー・システムの三つの側面で見られるパターンの間に相互補完性が欠けていることがシステム全体の効率性を低下させ、システムの競争力の上昇が阻害されていること、第3に、サプライヤー・システムの三つの側面でみられるパターンが互いに有機的な関連をもつものとして設計・管理する能力といったトータル・マネジメント能力の不十分であること、などが韓国のサプライヤー・システムの低い競争力をもたらす主要要因であることを指摘した。

 次に、研究上・実務上のインプリケーションとしては、サプライヤー・システムの競争力は特定のパターンだけで発揮されるのではなく、それぞれのパターンが相互補完的な一つのシステムとしてなってこそ発揮されること、そのため、たとえ効果的な取引慣行といっても、その慣行の導入だけではその効果は得られない可能性があり、トータル・マネジメントの視点からそれぞれの取引慣行・パターンに対して、機能的に見て相互に補完的な関係を持てるように管理する必要があることを指摘した。

 最後に、今後の研究課題については、第1に、韓国のサプライヤー・システムに見られる諸パターンが様々な問題にもかかわらず存続している理由について歴史的検討を行う必要があること、第2に、組織能力や経営戦略の選択がサプライヤー・システムの構造・機能に及ぼす影響を究明すること、第3に、分析時期を90年代後半以降までに拡大し、97年の経済危機以降の変化がサプライヤー・システムの構造・機能に及ぼす影響について実態調査・分析を行う必要があること、などを指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、韓国自動車産業のサプライヤー・システムを、自動車組立メーカーと部品メーカー間の企業間関係、部品メーカー間の競争関係、個別の部品取引慣行という三つの側面から詳細に描き、と同時に、それら三側面に相互補完性があるかどうかを検討し、結論として、部品メーカー間に競争メカニズムが働いていないこと、この側面と他の二側面との間に相互補完性がないことがシステムの問題であると論じる。分析にあたっては常に日本モデルが一つの基準として準拠されており、韓国のサプライヤー・システムと日本モデルとの距離をはかりながら分析が進められている。

 極めて興味深い事実発見-通説を覆すものもある-を可能にしたインタビュー調査および資料収集の徹底さ、それら事実発見を分析枠組みに沿いつつ整理し、叙述していく構成力の確かさ、最終的に問題点を探り出していく分析の明快さのいずれをとっても、高基永氏は十分に高い能力を示しており、博士号(経済学)を授与するのにふさわしいと評価しうる。以下、本論文の要旨を紹介していく。

 氏の問題関心は、世界第5位にまで成長した韓国自動車産業が依然、低い国際競争力に悩んでいる原因を探り出すことにある。韓国の自動車産業は、先進国以外で、外国企業の現地生産によらずに自前の開発・生産システムをもって成長した例外的な事例である。だが、生産量および輸出量の急成長とは裏腹に、90年代を通しての対米輸出の停滞に象徴されるように、依然、品質、製品開発力という点で伸び悩んでいる。その原因の一つがサプライヤー・システムに潜んでいるのではないか、これが氏の研究の出発点である。

 サプライヤー・システムを、自動車組立メーカーと部品メーカー間の企業間関係、部品メーカー間の競争関係、個別の部品取引慣行という三つの側面から、それらの相互補完性に着目しつつ、分析する-これが氏が採用する分析枠組みである。ここで企業間分業関係とは、具体的には、(1)システムに参加する部品メーカーの多寡、(2)外製率で測られるシステム内の分業の程度、(3)サプライヤー・システムの階層性の程度-重層的か単層的か-、(4)分業の深化度を示す部品発注形態-開発までも含むか否か、から構成される概念であり、いわばサプライヤー・システムの構造的特徴をとらえようとするものである。部品メーカー間の競争関係は、(1)部品取引への参加可能性-専属的か開放的か-、(2)自動車メーカーによる部品メーカーの選別およびその可能性の有無、の二点から描かれ、その分析を通じて競争の程度とそれを促す仕組みを明らかにしようとする。個別部品取引慣行は、文字通り、日々の取引にみられる諸特徴のことである。氏が注目するのは、(1)継続性-長期継続取引かスポット取引か、(2)協調性、(3)流通する情報の量および質、(4)インセンティブ・メカニズム、(5)自動車メーカーによるリスク負担などである。氏は韓国自動車産業のサプライヤー・システムに関する先行研究を批判的に検討し、それらの多くがこれら三側面のうち特定の側面に光をあてているにすぎず、いわばシステムのトータルの把握ができていないと指摘し、次に日本のサプライヤー・システムに関する数多くの研究を検討し、その成果に依拠しつつ上記の分析枠組みを構築するのである。

 韓国自動車産業における企業間関係は、(1)主要部品メーカー数の相対的な少なさ-多くて160社程度であり日本と同程度-、(2)ほぼ70%と推定される高い外製率、(3)2次、3次メーカーが相対的に少なく、1次メーカー層に多くの零細企業が存在する底辺の狭い階層構造、(4)部品メーカーの開発への関与の低さによって特徴づけられる。これらの諸特徴のうち、(2)、(3)は従来の研究によって指摘されていたものである。だが、(1)の部品メーカー数に関しては、これまで、日本に比して韓国のそれが多いことが論じられ、その多さが規模の経済を制約していると主張されてきた。氏はこうした主張を比較対象を同じくしていないとして批判し、部品購入額90%を占める主要部品メーカーに限ると、多くて160社程度であり、日本のメーカーと比べても特に多いわけではないと論じる。また(4)については、最近の研究によると、部品メーカーに部品の詳細設計、試作、車体実験を委ねる「ブラック・ボックス方式」が金額ベースで4割程度とされ、その比率はアメリカよりは高いが、日本よりは低い。氏は、この方式が90年代末にさらに広がったと述べた後に、だが、その内実に立ち入ってみると、部品メーカーが自らの責任で独力で部品開発をしているケースは少ないと論じる。

 こうした構造的特徴は、歴史的な制約条件によって生まれてきたものであり、それ自体としてはシステムの効率性を左右するものではない。外製率の高さは部品内製を禁じた政策、自動車メーカーの資本不足、部品メーカーの賃金水準の相対的低さなどの要因によって生じたものである。底辺の狭い階層構造は、韓国自動車産業の発展過程で、日本のように1次メーカーの選別淘汰が行われることがなかったこと、単体部品発注の慣行が存続しユニット部品発注へと進まなかったことなどによるものである。氏の枠組みにしたがえば、システムの効率性を左右するのは、かかる構造的特徴が他の二側面と相互補完性を有しているかどうかである。

 部品メーカー間の競争関係に関しては、まず(1)部品メーカーは特定の自動車メーカー1社と専属的な取引をすることが多い、(2)だが、自動車メーカーは、同一カテゴリー部品に関しては比較的少数ではあるが複数の部品メーカーに発注しており、その意味ではシングル・ソーシングではない、(3)同一カテゴリー部品であっても、ある車種向けの部品となると、部品メーカー1社に発注することがほとんどであることが明らかにされる。ここでは部品メーカーからみた専属性と自動車組立メーカーからみた専属性を区別することによって、と同時に、特定の部品カテゴリーにおいても、たとえばヘッドランプの取引と、ある車種用の特定部品たとえばAモデルのためのヘッドランプの取引とを峻別することによって、取引の専属性の内容を立体的に明らかにしている。

 以上の「専属的」取引関係を前提とすると、同一カテゴリー部品の受注をめぐって、少数の部品メーカー間に競争が繰り広げられている可能性が存在するが、しかし、部品メーカー選定慣行の実態を探ると競争メカニズムが有効に機能しているとはいいがたいと氏は論じる。部品メーカーの選定方法はほとんどの場合、1社特命(=企画・仕様決定の段階で特定の部品メーカー1社を自動車メーカーが指命する)であり、日本のように開発コンペ方式(=設計図面が決定される以前の段階で、自動車メーカーが仕様書や仕様図を提示し、それを前提に複数の部品メーカーが部品開発を競う)が多いわけではない。さらに、部品メーカー選定にあたっても、提示価格、開発能力、コスト低減実績などからなる評価表が用意されてはいるが、実際には評価表の評点にかかわらず特別扱いされるケース、評点を参考にはするが売上高維持を優先して選定するケースが少なくない。その結果、モデルチェンジの際に部品メーカーの切り替えが行われるのは20%前後にすぎない。競争の欠如は、比較的少数の部品メーカーとの取引という第一側面でみられた特徴ゆえに、部品メーカー側に独占レントを発生させる可能性をもつ。

 主力自動車メーカーで1990年代半ばより開始された購買方法の改革は、競争メカニズムが有効に機能しないという状況を変えようとする試みである。部品価格低減を目的として、競争入札が導入されたのは1995年である。だが、競争入札は比較的少数の部品メーカーと長期継続的に取引を行うというサプライヤー・システムの他の側面でみられる特徴と整合的ではなく、したがって、相互補完性をもっていなかったため失敗に終わった。そこで提示価格、設計開発能力、長期改善能力など客観的な選定基準によって選定し、その後に価格交渉を行う「戦略購買」へと移り、その後、目標価格の実現を前提に1社発注を行う「変形戦略購買」、開発競争をさせその後に選定する「特別戦略購買」と多様化していっている。変形戦略購買、特別戦略購買による部品メーカーの選定はまだ多くを占めるにいたっていない。

 個別の部品取引慣行は日本モデルとの類似が目立つ。すなわち、(1)自動車メーカーと部品メーカーとの取引は長期的に継続しており、(2)自動車メーカーは部品メーカーに対しきめ細かな技術指導、積極的な資金援助を行っており、(3)開発段階での情報交換、自動車メーカーによる部品メーカーの生産技術や生産管理などに関する情報収集が行われている、(4)開発段階、量産段階における成果還元システム(VE、VA)が存在している、(5)自動車メーカーが生産変動に伴うリスクを吸収しているなどである。

 これらの部品取引慣行のなかで、サプライヤー・システム全体の効率という点に関して、最も重要なものは長期継続的取引であるというのが氏の理解である。長期継続的取引の存在によって、組立メーカーによるきめ細かな管理、指導が可能となり、協調的な関係が形成され、情報共有が進み、結果として部品メーカーの技術力の向上が実現され、サプライヤー・システム全体の効率に貢献する。長期継続的取引慣行のもたらす以上の効果は、比較的少数の部品メーカーからなるという企業間関係の特徴によって促進されると氏は主張する。つまりサプライヤー・システムの第三側面と第一側面は相互補完性を有する。

 他方、部品メーカーが自発的に、原価低減と品質向上を図っていくような慣行はまだ根付いておらず、それは部品メーカー間の競争メカニズムの欠如に原因がある。取引の内実をみていくと、自動車組立メーカーによる部品メーカーに対する原価低減、品質向上への一方的な圧力が目立つ。その結果、部品メーカーは原価低減の圧力に甘んじるか、そうでなくてもVA、VE提案に消極的になる。品質向上に関しても、自動車メーカーの制裁が事実上難しいこともあって、検査体制の拡充で対応する。長期継続的取引は企業間の協調関係をもたらし、部品メーカー側による自発的な経営管理水準の向上努力をうむと期待されるが、部品メーカー間の競争の欠如がその期待の実現を阻んでいる。サプライヤー・システムの第三の側面と第二の側面との間に相互補完性が欠如しているのである。

 要するに、韓国自動車産業のサプライヤー・システムの問題は、第二側面(=部品メーカー間の競争関係)と第一側面(=企業間関係)、第三側面(=部品取引慣行)との間の相互補完性が欠如していることにある。あるいは部品メーカー間に競争メカニズムをつくりだしえていない自動車メーカー側の管理能力の不十分さにある。

 本論文は、韓国自動車産業のサプライヤー・システムをまさに統一的に把握しようとしたものであり、実証研究としては非常に意義あるものである。また論争誘発的でもあり、この分野の今後の理論的研究にとっても極めて価値の高いものである。

 もっとも、いくつかの問題点も残されている。その一つは「サプライヤー・システムの構造と機能」といいながらも、ある特徴をもつ構造がなにゆえに形成され、存続しているのかについての分析は正面から行われていないことである。二つは、この論文の最も重要な論点である「部品メーカー間に競争メカニズムが有効に機能しない」ことの証明が、十分に説得力をもってなされているとはいえないことである。1社特命方式が多いことそれ自体は競争のなさを必ずしも意味しない。その前段で厳しい選別が行われているかもしれないからである。氏は、この議論の不備を補うために、特別扱いケースの存在、評価表の利用実態、購買方法の改革をとりあげているが、分析を尽くしたとはいえない。その実証が極めて困難であることは十分に承知しつつも、選別プロセスの具体的なあり様に迫って欲しかった。

 かかる問題はあるものの、本研究の成果が極めて重要な意義を有していることにはかわりなく、氏の研究者としての高い能力を示すものであり、頭書の評価となった。

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