学位論文要旨



No 117581
著者(漢字) 王,海鳴
著者(英字)
著者(カナ) ワン,ハイミン
標題(和) ハロー核11Liの荷電半径測定に向けてのリチウム同位体の高分解能レーザー分光
標題(洋) High-Resolution Laser Spectroscopy of Lithium Isotopes for the Charge Radius Determination of Halo Nucleus 11Li
報告番号 117581
報告番号 甲17581
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4245号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 早野,龍五
 東京大学 教授 小林,孝嘉
 東京大学 教授 後藤,彰
 東京大学 教授 下浦,享
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 原子核物理の分野では、80年代中頃から中性子ハロー核に関する研究が盛んになり、その奇妙な構造を表記し理解しようと多くの試みがなされてきた。中性子ハローとは、中性子の一部がトンネル効果によって通常の原子核半径を越えて浸みだしている現象であり、中性子分離エネルギーがおよそ1MeV以下である中性子ドリップライン近傍核に多く見られる。これまで実験では、Li-C領域を中心に軽い中性子過剰核について、核力による相互作用断面積を測定しそれから得た質量半径を質量数の1/3乗則などで求められる通常の原子核半径と比較してハロー構造を議論した。中でも11Liは代表的な中性子ハロー核としてよく知られている。しかしこの方法では核内の陽子と中性子の広がりを区別することができないため、コア部分を形成する核子がハロー部分を形成する核子の存在にどれくらいの影響を受けているのかといった基本的な問題がまだ残されている。この点から現在、リチウム同位体の荷電半径の測定に多大な関心が持たれている。もしハロー核11Liとそのコア核9Liについて荷電半径と質量半径の差分を観測できれば、ハロー核の構造を説明しようとするさまざまな原子核のモデルに対して非常によいテストとなる。

 リチウムの二つの安定同位体6,7Liの荷電半径はすでに電子散乱法により知られているが、この伝統的な方法は不安定原子核である8,9,11Liに対しては短寿命で生成率が低いために使えない。K-X線測定法やミュオン原子分光法のような他の方法も同じ理由で適用困難である。

 高分解能レーザー分光法は、現在これら不安定原子核に対する荷電半径の測定の唯一の方法と考えられている。つまりリチウム原子のある準位2S→3S間の状態遷移のエネルギー差が各同位体によって変化する量(同位体シフト)をレーザー光で高分解能で測定し、既知の6,7Liを基準として他の同位体の荷電半径を導出するという方法である。この同位体シフトは、各同位体の質量の違いに由来する寄与(質量シフト)と原子核中の正電荷の広がりからの寄与(体積シフト)の二つの成分の和であり、後者の部分だけが荷電半径の情報を含んでいる。そこで、この測定された同位体シフトから質量シフトの精密な理論値を引くことで、原子核モデルに依存することなく荷電半径を求めることができる。

 しかし高分解能レーザー分光法をリチウムの不安定核に適用するためには分解能と効率についていくつかの問題点がある。測定される同位体シフト全体に対して体積シフト部分は小さく、遷移の自然幅と比較してもわずかな値にすぎない。そこで荷電半径の測定のためには、質量シフトの理論計算と同位体シフトの測定を共に10-5よりもよい精度で行なわれなくてはならない。幸い、質量シフトの理論計算はつい最近YanとDrakeがHylleraas座標における多重基底を使った変分計算によってこの必要な精度で求めることに成功した。残るは同位体シフトの測定実験であるが、同位体間でおよそ200kHzの相対精度で測れれば、リチウム同位体の平均二乗荷電半径を2%以下の精度で決定できる。一方、現在よく使われる蛍光分析によるスペクトル測定では分解能が不十分なうえ、不安定核は収量が少なくベータ崩壊の寿命という制限があり、システム全体の感度が足りないという問題がある。

 そこで本論文では、リチウムの同位体シフト測定について高分解能と高効率を同時に実現させるレーザー分光システムの設計と開発を行なった。その結果、同位体シフト測定の要求精度と効率を達成し、最終目標である11Liの荷電半径測定が可能な段階に達したことを示す。

 最初のステップは、目標に沿った実用的なレーザー分光法を確立することである。図1に示すリチウム原子のエネルギー準位で、高精度同位体シフト測定対象として基底状態2Sから3S状態への遷移を使う。これはドップラー効果によらない二光子レーザー励起の原理が利用できるからであり、リチウム速度分布中のあらゆる原子が共鳴吸収の条件を満たすことで強くて狭い共鳴線が観測されるという利点がある。問題は、この共鳴線をどのように測定するかである。従来の蛍光分光法では3S状態に励起された原子は自発的に2P状態に遷移し、元の基底状態への脱励起2P→2Sで放出される光の強度を測定する。しかし、この方法では後に述べる熱いキャッチャーからの光がバックグラウンドとなり、測定がうまくできない。そこで我々はこれに替わる手法として、共鳴イオン化法を採用した。別のレーザーにより2P状態から3D中間状態を経由して効率的にイオン化し、発生するイオンを質量分析して、低バックグラウンド単一イオン検出により十分高いS/N比の下でスペクトル測定を行なう。両分光法の比較のための安定リチウム同位体7Liを使ったオフライン実験では、2S→3S遷移の信号とバックグラウンドの比が激的に改善した上、この信号強度自身も従来の蛍光分光法で得られた信号に比べて35倍となった。従って、共鳴イオン化法はレーザー分光法の中で最も有力な手段と考えられる。

 この分光法を不安定核8,9Liやハロー核11Liに適用するため、不安定核ビームライン下流の二次標的部に設置する実験のセットアップの設計を行なった。システム全体の構成はイオンキャッチャー、レーザーイオン化部、質量分析器という3つの主要な部分にわけられる。不安定核ビームラインからの核種はイオンキャッチャーで停止し、中性化される。同時にこのイオンキャッチャーは2000℃以上に加熱されていて、リチウム原子を熱運動状態に変換してキャッチャーの逆側の面から放出する原子ビーム源でもある。放出されたこの原子ビームはレーザーイオン化部で共鳴励起され、イオン化したものだけが質量分析器を通ってチャンネルトロンで単一粒子検出される。同位体シフトの測定の時は、リチウム原子の2S→3S遷移の共鳴線を横切るように735nmのレーザーの周波数がスキャンされる。この時、周波数が吸収条件を満たしたリチウム原子が二光子吸収して励起し、イオン化される。この周波数と計測イオン数の関係を見ることでスペクトルの超微細構造を測定する。

 この一連のシステムの完成には各部の技術的な開発が決定的であった。まず一つ目の重要な点は、不安定原子核ビームラインからの高品質大強度のリチウムイオンビームの供給である。これは特に11Liのようなドリップライン核は、生成量が少ない上、すぐにベータ崩壊してしまうので重要な問題である。現在、大強度11Liビームの生成に適していると考えられる施設として入射核破砕を使ったRIPS/RIKENとISOL型のISOLDE/CERNがあり、ある限られた面領域と厚みを持つイオンキャッチャーに止まる11Liの強度を現実的状況下で最適化し、比較検討を行なった。その結果、ISOLで作られた比較的低エネルギーのビームは平均強度が7000cpsで、エミッタンスが〜10πmm mradでほぼ100%止めることができる。これに対してRIPSの方はビームエネルギーの広がりが大きいため現在の設定では十分な収量が稼げないことがわかった。

 二つ目の重要な点は、入射イオンを中性の原子に高い効率で変換し、即座に放出する方法を実現することである。これに続くイオン化と質量分析で信号を検出する段階までの時間がベータ崩壊の寿命で制限されている。この過程に対する効率は、GSIのオンライン質量分離器からの7Liビームを使った実験で測定した。放出されたリチウムイオンの時間構造から、材料の耐性など諸条件から最適と考えられる温度2310K時の放出効率の時間特性を測定した結果を図2に示す。キャッチャーが薄くなるに従って効率が向上している。この時は厚さ1mg/cm2まで測定したが、ISOLDEからの60keVのリチウムビームを止めるのに必要な厚さはわずか80μg/cm2で十分である。つまりこの放出効率の厚さ依存性は低エネルギービームの場合の利点を示している。キャッチャーが薄くてすむため、注入粒子がとても速く再放出され、放出効率はぼぼ100%、つまり片面だけでも50%とすることができることがわかった。

 低い計測率が予想されるので、レーザーイオン化以外のメカニズムで作られるイオンにより引き起こされるバックグラウンドは、できるだけ押える必要がある。表面イオン化はレーザーイオン化部の前段にあるイオンキャッチャーの表面で起こりえるメカニズムであり、これは小さな正電圧をイオン化領域にかけることで抑制することができる。しかしこの方法では、キャッチャーで副次的に生成される負電荷の電子が逆に加速され、リチウム原子をイオン化してしまうほど高いエネルギーを持つことになる。これら電子と表面イオンは次のレーザーイオン化部に侵入しないように原子ビームの進路から排除する必要がある。この領域はたいへん狭く、リチウム原子の高効率なイオン化のため2mm程度に制限される。そこで筆者はバックグラウンド除去電極の配置を提案し、イオンと電子の光学系の設計に適した計算コードSIMIONを用いて原子ビーム源周辺の電場設計を行なった。電極周辺の形状とかける電圧を慎重に検討した結果、正電荷と負電荷をもつイオンの両方をうまくフィルターする電場分布を得た。この電極配置により、信号となるイオンヘの影響をほとんど与えることなくバックグラウンドを除去することができる。

 三つ目の重要な点は、レーザー周波数を高い精度で安定化することである。先に述べたように必要な周波数精度はおよそ200kHzである。2S→3S遷移を引き起こすTi:Saレーザーは、735nmの参照用半導体レーザーに対し、RF-オフセットロックで安定化される。さらにこの参照用半導体レーザーはヨウ素分子の遷移を標準周波数として安定化される。標準周波数は以下のように選択した。ヨウ素セルを基底準位中の各振動モードヘの熱ポンピングのため600℃に加熱し、ポンプ用の20mWとプローブ用の1mWレーザーで飽和信号を測定した。図3に示すように、これまで未観測の超微細構造スペクトルを得た。中でも最も強い線(a1)が他のものから良く分離されており、これを標準周波数として採用することにした。この線に対するS/Nは約300を達成しており、また上下のピーク間の周波数間隔は10MHzであった(図3左上)。この結果、参照点への固定の周波数精度は約30kHzを達成した。

 ここまでの共鳴イオン化過程で得られたイオンは質量分析され、市販の四重極質量分光器(QMS)で検出する。このQMSによる質量ピークの形状は、表面イオン化法で作られたリチウムイオンを使って最適化されていて、同位体分離能の感受性は10-7よりも高い。測定されたスペクトルを図4に示す。これにより他の核種によるバックグラウンドを抑制できることを確認した。

 まとめとして、全体のセットアップの性能評価を行なう。各部分で達成された開発成果から各リチウム同位体に対する同位体シフト測定はレーザー共鳴イオン化法を使うことで実現可能であることがわかる。表1に示すように、測定システムの各部分の効率を考慮すると、全体の効率は10-4であると見積もることができる。この結果はISOLDEで得られるビームからの信号に対して1Hzの計数率を得るのに匹敵する。この計数率はチャンネルトロン型検出器の暗電流15mHzよりも十分強い。最後に本実験を、8,9Li実験はGSIで、11LiはCERNで実際に行う計画が進行していることを付け足しておく。本研究で11Liを含むリチウム同位体荷電半径測定の実現に向けて必要な基本技術がでそろった。

図1:リチウム原子のエネルギー準位図

レーザー分光法で使う遷移を矢印で示す。

図2:リチウム原子の放出効率

異なる厚さのキャッチャーについて測定した。

図3:600℃で、X1Σ+g→B0+u R(114)11-2ヨウ素分子遷移について測定した超微細構造

図4:安定リチウム同位体6,7Liの質量ピークの形状

表1:11Liアイソトープシフト検出系各部の効率の評価

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、中性子ハロー核、すなわち、中性子の一部が通常の原子核半径を大きく越えて滲み出している原子核として代表的な、11Li原子核の荷電半径を、レーザー分光法によって測定するための実験手法の開拓についてまとめたものである。論文は6章からなり、第1章では研究目的、第2章では11Li荷電半径測定に必要な原子物理学および原子核物理学のレビュー、第3章ではレーザー分光法の検討、第4章では実験装置全体の記述、第5章では論文提出者が中心となって行って開拓した実験手法の検証、第6章ではまとめと今後の展望を述べている。

 通常、原子番号Aの原子核の半径は約1.2×A1/3fmであるとされている。しかし、80年代に、原子核反応断面積の測定から、中性子過剰核(中性子数>>陽子数)においては、原子核半径が通常の値よりもはるかに大きいことが見いだされた。11Liはその代表的なものである。11Liでは、9Liのコアにゆるく束縛された2個の中性子が、通常の核半径よりもはるかに遠方に滲み出していると考えられている。しかし、反応断面積の測定だけでは、核内の陽子と中性子の広がりを区別することができないため、コア部分を形成する核子がハローによってどれくらい影響を受けているのかといった基本的な問題が未解決である。この点から現在、リチウム同位体の荷電半径(陽子分布)の測定に多大な関心が持たれている。

 高分解能レーザー分光法は、不安定原子核の荷電半径を測定する唯一の方法と考えられる。リチウム原子の準位間の遷移エネルギーが各同位体によって変化する量(同位体シフト)を高分解能レーザー分光で測定し、既知の6,7Liを基準として他の同位体の荷電半径を導出するという方法である。この同位体シフトは、各同位体の質量の違いに由来する寄与(質量シフト)と原子核中の正電荷の広がりからの寄与(体積シフト)の二つの成分の和であり、後者の部分だけが荷電半径の情報を含んでいる。そこで、この測定された同位体シフトから質量シフトの精密な理論値を引くことで、原子核モデルに依存することなく荷電半径を求めることができる。ちなみに、リチウム同位体の平均二乗荷電半径を2%の精度で決定するのに必要な分光精度は200kHzである。

 11Liは原子核反応を用いて稀にしか作ることの出来ない短寿命アイソトープで、高精度を達成するためには、四つの実験技術上の開拓が必要である。すなわち、1)十分な数の11Li原子核をイオン・キャッチャー・フォイルに止め、中性原子として取り出すこと、2)二光子励起と共鳴イオン化法による高精度分光、3)レーザー周波数を高い精度で安定化すること、4)共鳴イオン化法で得られた11Liイオンを高いS/Nで検出すること、である。以下、その各々について詳細を述べる。

1)11Li原子の供給:論文提出者は、入射核破砕を使ったRIPS/RIKENとオンライン質量分離器を用いたISOLDE/ISOL施設の詳細比較を行い、ISOLが適していると結論した。そこで、ドイツのGSI研究所のオンライン質量分析器からの7Liビームをキャッチャーフォイルに止めて中性原子に変換するテスト実験を行い、2400゜K以上に熱したカーボン薄膜を用いれば、リチウムを50%以上の効率で中性原子として再放出できることを示した。また、レーザーイオン化以外のメカニズムで作られるバックグラウンド・イオンをおさえるための、バックグラウンド除去電極を設計した。

2)レーザー分光法の確立:基底状態2Sから3S状態への二光子遷移を用い、ドップラー幅をキャンセルすることにより、高分解能を達成する。3S状態から自発的に2P状態に遷移した原子を、共鳴イオン化法によって3D中間状態を経由して効率的にイオン化し、発生するイオンを質量分析して、十分高いS/N比の下でスペクトル測定を行う。論文提出者は、安定リチウム同位体7Liを使ったテスト実験を行い、高いS/N比が得られることを実証した。

3)レーザー周波数の安定化:先に述べたように必要な周波数精度はおよそ200kHzである。これを実現するため、2S→3S遷移を引き起こすTi:Saレーザーを、735nmの参照用半導体レーザーに対し、RF-オフセットロックで安定化する。さらにこの参照用半導体レーザーをヨウ素分子の遷移を標準周波数として安定化する。600℃に加熱したヨウ素セルを用いて飽和分光を行った結果、目標周波数近傍にS/N比300の共鳴線が発見され、これにレーザーを固定することで、30kHzの周波数精度が得られることを示した。

4)イオンの質量分析:共鳴イオン化法で得られたリチウムイオンは、市販の四重極質量分光器(QMS)で検出する。論文提出者は、安定リチウム同位体(6,7Li)を用いてこのQMSによる質量ピークの形状を測定し、他の核種によるバックグラウンドを10-7の比率で抑制できることを確認した。

 以上、本研究により、11Liの荷電半径測定の実現に必要な基本技術が出揃った。なお、11Liを用いた実験は、CERNにおいて2〜3年後に実施される予定である。

 本論文第5章は、ドイツGSI研究所のKluge博士らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を実施し、分析・検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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