学位論文要旨



No 117583
著者(漢字) 高島,淳矢
著者(英字)
著者(カナ) タカシマ,ジュンヤ
標題(和) Al-P-O系ゼオライト関連物質の合成と結晶構造
標題(洋) Synthesis and crystal structure of Al-P-O materials with zeolite-type framework
報告番号 117583
報告番号 甲17583
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4247号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 杉山,和正
 東京大学 教授 松本,良
 東京大学 教授 田賀井,篤平
 東京大学 教授 村上,隆
 東京大学 教授 棚部,一成
 東京大学 助教授 小暮,敏博
内容要旨 要旨を表示する

第1章序論

 Al-P-O系物質は、地球の主成分である珪酸塩鉱物のシミュラントとして有効である理由から、これまで数多くの合成実験の対象とされてきた。特に最近では、有機物を鋳型物質として用いた新しい合成法が開発され、出発物質のアルミニウムと燐酸の比、用いる鋳型物質、溶媒などを調整することによって、多様な構造を有する結晶が合成されている。

 これらのAl-P-O系物質は、そのAlOx(x=4,5,6)およびPO4配位多面体の連結方式によって、一次元鎖状構造、二次元層状構造および三次元網目構造と分類できるが、特に三次元網目構造を示し、天然ゼオライト類似の細孔構造を示す物質を合成することは、イオン交換能および吸着剤などとして有用な機能を持つゼオライトの開発研究に新たな可能性をもたらすものであり、現在最も注目されている研究分野の一つである。しかし、これまでの合成研究は、出発化学組成、用いる鋳型物質および溶媒などについて系統的な合成実験が行われておらず、これらの要素が構造を制御するメカニズムは未解明である。すなわち、Al-P-O系ゼオライト関連物質の構造制御は、世界的に未開拓の研究領域である。

 本研究は、鋳型物質、溶媒、合成条件を各軸に、Al-P-O系物質の系統的な合成実験を行い、得られた全ての物質について結晶構造を決定して、ゼオライト類似構造を持つ物質を構造制御して合成することを目的とした。

第2章合成実験及びX線構造解析

 本章では、合成実験の実験的手法とX線構造解析について解説する。

 Al-P-O系物質合成のアルミニウム原料は、Al2O3に比して反応性のよりよいAluminium triiso-propoxide[Al(iPro)3]を選択し、リン酸原料には正リン酸(85%)を使用した。また溶媒は、水(水熱合成)および有機酸(ソルボサーマル合成)を選択した。具体的には、溶媒にAl(iPro)3および鋳型物質を加えて攪拌し、それに規定量の燐酸を攪拌しつつ少量ずつ加える。この材料をテフロン容器に入れる。テフロン容器は、更にステンレス製の反応容器に封入し、加熱炉で一定時間加熱する。本研究では、予備実験の結果を参考に、温度は453(±5)K、反応時間は96時間に統一した。合成で得られた結晶は、水またはエタノールで繰り返し洗浄し、373Kで乾燥させた。得られた物質は、走査型電子顕微鏡による形態観察を行う。また、粉末X線回折実験を行い、既知の物質であるか単一物質であるかなどを調べる。構造未知の物質の場合は、イメージングプレート(IP)回折装置および四軸回折計を駆使して、単結晶構造解析を行った。測定強度に各種の補正を行い、さらに直接法を用いて結晶化学的に合理的な結晶構造モデルを選択する。得られた構造モデルを、最小自乗法および差Fourier法によって精密化し、最終的な結晶構造および化学組成を確定した。

第3章鋳型物質を利用したAl-P-O系物質の合成と構造決定

 本章では、鋳型物質、溶媒および合成条件を系統的に変化させた合成実験を行い、Al-P-O系物質の構造制御を目的とした。鋳型物質としてimidazole(IM)、2-methylimidazole(2IM)、4-methylimidazole(4IM)および1,2-dimethylimidazole(DIM)を用いた。溶媒は、水[H2O]およびtriethyleneglycol(TEG)を用い、また、アルミニウムと鋳型物質の比は1:5に、溶媒の量は8mlと固定した。

 まず、鋳型物質に4-methylimidazoleを用い、アルミニウムと燐の原子比を1:3から1:7まで変化させた予備的な合成実験を行った。アルミニウムと燐の原子比が1:3から1:5までは、生成物は目的とするゼオライト類似Al-P-O系物質であるが、1:6以上は、石英と同構造の[AlPO4](berlinite)であることが明らかとなった。以上の予備実験の結果から、アルミニウム:燐:鋳型物質を1:4:5に固定し、鋳型物質IM、2IM、4IMおよびDIMと溶媒H2OおよびTEGについての統計的な合成実験を行った。得られた結晶は、

(1)IM/TEG:[Al3P4O15(OH)][C3N2H5]2

(2)IM/H2O:[Al3P3O12(OH)][C3N2H5]

(3)2IM/TEG:[AlP2O7(OH)][C3N2H4(CH3)]2

(4)2IM/H2O:[Al3P3O12(OH)][C3N2H4(CH3)]

(5)4IM/TEG:[Al3P4O16][C3N2H4(CH3)]3

(6)4IM/H2O:[Al3P3O12(OH)][C3N2H4(CH3)]

(7)DIM/TEG:[Al3P4O15(OH)][C3N2H3(CH3)2]2

(8)DIM/H2O:[Al18P18O72][C3N2H3(CH3)2-x][OH]x

 であった。(1)以外は、いずれも世界ではじめて合成された物質であった。(1)についても未知構造であると仮定して構造解析を行った結果、一次元構造は(3)、二次元構造は(1)、(5)、(7)、三次元構造は(2)、(4)、(6)、(8)であり、ゼオライト類縁物質であったのは、AlPO4-21型構造を示す(2)、新規三次元ゼオライト構造を示す(4)、チャバサイト型物質(6)およびエリオナイト型物質(8)であった。そして、詳細な結晶構造解析を通して、ゼオライト類縁物質の合成には、二重結合を有するPO4が少なくAlOx多面体との骨格構造を導入しやすい水溶媒が適していることを発見した。さらに、IM系鋳型物質は、PO4およびAlO4が交互連結した二重六員環局所構造を選択的に構築することを明らかとした。

第4章チャバサイト型構造を持ったAl-P-O系物質の合成と構造決定

 AlPO4-34の骨格構造は、AlO4四面体、PO4四面体およびAlO4F2八面体から形成され、その合成にはF原子の存在が不可欠であると考えられてきた。しかし、本研究第3章では、Fを含まないAlPO4-34の合成に世界ではじめて成功した。そこで、本章では、AlPO4-34チャバサイト型骨格構造におけるF原子の役割、またCo等の遷移元素の添加による骨格構造の変化と空隙に位置する鋳型物質との関連性を調べる目的で、添加元素と鋳型物質に関して系統的なAlPO4-34合成実験を行い、得られた結晶の構造を決定した。

 用いた鋳型物質はpiperidine(PIP)、morpholine(MOR)、4-methylimidazole(4IM)、1-(2-aminoethyl)piperazine(AEP)であり、添加物としてAlF3(F)、Co(oAc)24H2O(Co)、また、溶媒には水を用いた。合成実験の結果、

(1)F原子を添加しない場合、鋳型物質が4IMの場合のみAlPO4-34が合成された。

(2)F原子を添加した場合、4種類の鋳型物質を用いた実験でAlPO4-34が合成された。

(3)Coを添加する場合、鋳型物質がAEPの場合のみAlPO4-34が合成された。

 実験事実(1)より、骨格構造にOH基を有するチャバサイトの空隙は、OH基の空間的な制約が厳しく4IMのサイズおよびそのN部位とのみ良好に相互作用していることが判明した。実験事実(2)は、骨格構造にFを有するチャバサイトの空隙は比較的自由度が高く、IM類似の立体構造を有するすべての鋳型物質と対応できることを明瞭に示している。一方、遷移金属元素のCoを骨格構造に導入した場合は、FおよびOH基が骨格構造からなくなるためさらに空隙構造の自由度があがり、含有される鋳型物質は完全無秩序型の配置をしている。しかし、鋳型物質のイオン価数に、骨格構造中のAlをCoで置換した時におきる電荷の不足を相殺する制約が新たに加わるため、その制約を解決できるAEPの場合のみチャバサイト構造が実現できたと解釈できる。

第5章結論

 第1章では、これまで合成されてきたAl-P-O系物質の合成条件およびその結晶構造の特徴を概括した。

 第2章では、本実験の結晶育成手法、合成物質の評価法および単結晶構造解析法に関して概説した。

 第3章では、IM系鋳型物質を用いた系統的な合成実験の結果、1種類の一次元構造、3種類の二次元構造、4種類の三次元構造Al-P-O系ゼオライト関連物質を得た。そして、H2OおよびIM系鋳型物質は、二重六員環局所構造を選択することを明らかとした。

 第4章では、鋳型物質4IMを用いて、世界ではじめてFを含まない最初のOH型AlPO4-34の合成に成功し、通常のF型AlPO4-34および遷移元素を含んだAlPO4-34の系統的合成実験を通じて、添加元素で修飾したチャバサイト型の空隙と、鋳型物質との相互作用原理を解明した。

 以上をまとめると、本研究では、鋳型物質、溶媒、合成条件を変化させて、系統的な合成実験を行って、Al-P-O系ゼオライト関連物質の構造制御を行った結果、出発物質のアルミニウムと燐酸の比、用いる鋳型物質および溶媒などの要素がAl-P-O系物質の結晶構造をどの様に制御しているかを明らかにした。また、Fを含まないチャバサイト型物質AlPO4-34を初めて合成して、その生成原理を明らかにした。本研究によって、工業的にも将来重要になると考えられる新たな機能を持つゼオライト系物質の開発をAl-P-O系物質で実現するという、新たな物質開発の可能性に道を開いた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、5章からなる。Al-P-O系物質は、地球の主成分である珪酸塩鉱物のシミュラントとして有効である理由から、これまで数多くの合成実験の対象とされてきた。このAl-P-O系物質において、天然ゼオライト類似の網目構造を合成することは、イオン交換能および吸着などの有用な機能を持つゼオライト材料の開発に新たな可能性をもたらす研究として注目を集めている。しかし、これまでの合成研究は、出発化学組成および溶媒などについて系統的な合成実験が行われておらず、これらの要素が構造を制御するメカニズムは未解明である。

 本論文の最も重要な成果は、出発物質の組成比、鋳型物質また溶媒などの要素がAl-P-O系物質の構造制御メカニズムを明らかにした点にある。さらに、このメカニズムを応用してFを含まないチャバサイト型AlPO4-34およびCoを含むAlPO4-34の生成原理を明らかにした点も重要な研究成果である。本研究によって、工業的に重要な機能を持つゼオライト系物質の開発をAl-P-O系物質で実現するという材料開発の可能性に新たな道を開いたと評価できる。

 第1章では、本研究で研究対象とするAl-P-O系物質に関するこれまでの研究報告を、一次元鎖状構造、二次元層状構造および三次元網目構造と酸素配位多面体の連結方式によって分類整理し、これらAl-P-O系物質の結晶構造の制御が、鉱物学および材料学の研究を進めるにあたって重要であり、かつ本系が将来有望な物質系の一つであることを指摘している。

 第2章では、本研究で用いた合成実験および結晶構造の解析手段に関して解説している。試料合成には、[Al(iPro)3]および正リン酸(85%)を主成分に、有機鋳型物質を添加した水熱合成およびソルボサーマル合成を選択している。得られた物質は、走査型電子顕微鏡による形態観察および粉末X線回折実験による相同定を行い、構造未知の物質の場合は、単結晶構造解析を行っている。本研究で着目するゼオライト類似の複雑構造の結晶構造解析には、短時間に解析データの高精度測定が可能なイメージングプレート(IP)回折装置の選択が不可欠であること、直接法、最小自乗法および差Fourier法の組み合わせが、結晶化学的に合理的な結晶構造モデルの決定に有効であることも議論している。

 第3章では、鋳型物質、溶媒および合成条件を系統的に変化させた合成実験を行い、Al-P-O系物質の構造制御を行っている。鋳型物質としてimidazole、2-methylimidazole、4-methylimidazoleおよび1,2-dimethylimidazoleを選択し、溶媒に水およびtriethyleneglycolを用いる系統的な合成実験の結果、7種類の新奇なAl-P-O系ゼオライト関連物質の合成に成功した。骨格構造の詳細および鋳型物質と骨格構造の結合様式を精査することによって、ゼオライト類縁物質の合成には、二重結合を有するPO4が少なくかつPO4とAlOx多面体との連結を促進する水溶媒が適している実験事実を明瞭に示している。さらに、IM系鋳型物質は、PO4およびAlO4が交互連結した二重六員環局所構造を選択的に誘導することも明らかとしている。

 第4章では、第3章で成功したFを含まないAlPO4-34の研究成果を踏まえて、AlPO4-34骨格構造におけるF原子の役割、またCo添加による骨格構造の変化と鋳型物質との関連性を詳細に検討している。鋳型物質にpiperidine、morpholine、4-methylimidazoleおよび1-(2-aminoethyl)piperazineを選択し、添加物FおよびCoを用いる系統的な水熱合成の結果に基づき、骨格構造にOH基を有するAlPO4-34の空隙は、OH基の空間的な制約が厳しく4IMのサイズおよびそのN部位とのみ良好に相互作用していること、骨格構造にFを有するAlPO4-34の空隙は比較的自由度が高く、IM類似の立体構造を有する数多くの鋳型物質と順応できることを明瞭に示している。Coを骨格構造に導入した場合は、FおよびOH基が骨格構造から消失し、空隙構造の自由度がさらにあがるため、含有鋳型物質が無秩序型配置をしていることも明らかにした。また、鋳型物質のイオン価数と骨格構造との相互作用を明瞭に示し、鋳型物質のイオン価数が結晶構造の空間群やCo量を制御している事実も議論している。

 第5章では全体を総括し、一次元、二次元および三次元構造Al-P-O系ゼオライト関連物質を得るために最適な合成条件およびIM系鋳型物質が誘導する二重六員環局所構造などを纏め、Al-P-O系ゼオライト関連物質の骨格構造の形成原理を議論している。また、OH型AlPO4-34、F型AlPO4-34およびCo含有AlPO4-34の系統的合成実験を通じて得られたAlPO4-34の骨格構造と鋳型物質との相互作用原理が、新しい知見であることを示している。

 本論文は、出発物質の組成比、鋳型物質また溶媒などの要素がAl-P-O系物質の構造制御メカニズムを明らかにし、AlPO4-34型骨格構造と空隙に存在する鋳型物質との相互作用を明らかにした。本研究によって、工業的にも将来有望なゼオライト関連物質の開発をAl-P-O系物質で実現するという、新たな物質開発の可能性に大きな一歩を踏み出すことができた。これらの研究成果は、鉱物学および結晶学の発展に寄与するところが少なくない。したがって、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと認める。

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