学位論文要旨



No 117590
著者(漢字) 潘,玲
著者(英字)
著者(カナ) パン,リン
標題(和) 酵母のBax誘導性細胞死を阻害する植物遺伝子の解析
標題(洋) Analysis of plant genes suppressing Bax-induced cell death in yeast
報告番号 117590
報告番号 甲17590
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4254号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 助教授 西田,生郎
 東京大学 助教授 梅田,正明
 産業技術総合研究所 チーム長 高木,優
 東京理科大学 助教授 朽津,和幸
内容要旨 要旨を表示する

序論

 細胞の死は、細胞内情報伝達にかかわる複雑なプロセスにより制御されている。動物のBaxは、Bcl-2familyに属するアポトーシス誘導性タンパク質である。近年Bax誘導性の細胞死が酵母で知られている。この系を利用して、Xu&Reed(1998)は、酵母のBax誘導性細胞死の抑制因子を動物の遺伝子から同定した。この結果は、酵母の中でも、Bcl-2関連遺伝子が機能的に細胞死のプロセスを制御していることを示している。本研究では、アラビドプシスのcDNAライブラリーより酵母のBax誘導性細胞死を抑えるものを単離する試みがなされた。その結果、AtBI-1(Arabidopsis Bax Inhibitor-1)、Fe-SOD(Fe-superoxide dismutase)、peroxidase、GST(glutathione S-transferase)などの遺伝子が得られた。驚くことに、最も高頻度で得られた遺伝子はAtEBP(Arabidopsis thaliana ethylene-responsive element binding protein)であった。

 申請者は本研究において、これらの結果を考察するとともに、植物における遺伝子発現及びその応答について解析した。

結果と考察

1.酵母におけるBax誘導性細胞死の植物の抑制因子の単離

 アラビドプシスの培養細胞由来のcDNAライブラリーを酵母の発現ベクターに構築した。YEp51-BaxをBF264-15Dauに導入した酵母株(QX95001)が用いられた。すなわち、マウスの全長Baxタンパク質をガラクトース誘導性プロモータ(GAL10)により発現をコントロールした(図1)。本株は、グルコースからガラクトースを含む培基に移することにより、Bax誘導性細胞死を示す。そこで、アラビドプシス由来cDNAライブラリーをQX95001株に導入し、Bax抵抗性クローンをスクリーニングした。一次スクリーニングの結果、106クローンより約600コ口ニーがガラクトース培地の上で生存した。このような酵母から単離したcDNAをQX95001株に再度導入したところ、最終的に34クローンが得られた。

 塩基配列解析の結果、34クローンの中で2クローンがAtBI-1であった(表1)。他の3クローンは、Fe-SOD、peroxidase、GSTをコードした遺伝子であり、活性酸素の消去にかかわていると予想された。最近、新規のGST/peroxidaseがトマトから単離され、酵母内でもH2O2誘導性ストレスに抵抗性を示した。この事は、活性酸素によるストレスが酵母内でBax誘導性細胞死の主因である事を示唆する。他に、GTP結合タンパク質をコードするYPT/rab subfamilyの遺伝子が確認された。興味ある事に、全クローンの82%がAtEBP遺伝子であった。本遺伝子は、エチレン誘導性GCC box結合因子として知られている。一方、AtBI-1は、動、植物に共通に認められる膜貫通ドメインを有する因子であった(図2)。

2.AtEBPの解析

 AtEBPはGCC boxと特異的に結合するAP2(ERF)ドメインを有する(図3)。図4A示したように、AtEBPをQX95001株に導入すると、ガラクトース培地の上でも生存が確認された。この結果から、AtEBPがBax誘導性細胞死を強く抑制する事が示された。一方、Baxタンパク質(21kDa)はコントロールベクター(pYX112)又はAtEBPを有するプラスミド(pYX112-AtEBP)を導入した両酵母で検出された(図4B)。この事は、AtEBPは酵母のBaxタンパク質の発現を阻害しない事が確かめられた。AtEBPのどの部位がBax誘導性細胞死の抑制に関与するかを調べるために、図5Aのような実験を行った。その結果、全長を有するもののみはガラクトース培地上で生存し、全長の配列が必須である事が示された(図5B)。

 酵母内でのAtEBPの細胞内局在を調べるため、本タンパク質のN-末端或はC-末端にGFPを連結し、QX95001株で発現させた。両者とも、ガラクトース培基上で、Bax誘導性細胞死抑制能を有した(図6)。蛍光顕微鏡で観察したところ、GFP-AtEBP及びAtEBP-GFP共に核に局在した。NLS配列を削除したAtEBPが核に移行しなっかった事から、AtEBPの核局在が細胞死阻害因子として必須であると考えられる。

 次に、BaxとAtEBPを有する酵母の細胞形態を観察した。Bax発現細胞では核や液泡、及び細胞分裂の異常を示した。AtEBPは、それらの異常を回復した。

3.植物におけるAtEBPの解析

 AtEBPの植物細胞での機能を調べる目的で、AtEBP遺伝子を過剰発現するタバコBY-2細胞が得られた(図7)。H2O2に対する応答をEvans blue処理による死細胞の解析により比較した。その結果、コトロールと比べて、AtEBPを過剰に発現する細胞では約2倍のH2O2耐性が観察された(図7)。

 次にエチレン信号伝達アラビドプシス突然変異体を用い、AtEBP mRNA蓄積量を比較した(図8)。その結果、AtEBPの発現は、ctr1-1では上昇したが、etr1,ein2及びein2-1で低下した。注目されたのは、ein3-1でAtEBPの発現量が野生型植物と同等したところ、AtEBPはEIN2の下流で、EIN3の上流に存在する可能性が認められた。

 今後、植物の細胞死におけるAtEBPの機能をさらに解析する必要がある。

図1スクリーニング用ベクターの模式図。

スクリーニングの為に、YEp51-BaxをBF264-15Dau(MATα ade1 his2 leu2-3,112trp 1-1a ura3)に導入したS.cerevisiae酵母株(QX95001)を用いた。マウスBax遺伝子はガラクトース誘導性プロモータ(GAL10)により発現がコントロールされた。すなわち、グルコースからガラクトースを含む培地に移することにより、Baxタンパク質が蓄積し、酵母細胞は死ぬ。

図2(A)アラビドプシス及びヒトBI-1タンパク質の膜貫通ドメインの予想図。(疎水性は、Kyte&Doolottleの方法で予測した。膜貫通ドメインは、SOSUIプログラムで解析した。)(B)UPGMAによる植、動物BI-1タンパク質の系統関係図。

表1Bax誘導性細胞死抑制因子の要約。

図3(A)AtEBP塩基配列及びアミノ酸配列。予想される核局在シグナール(NLS)。下線は、AP2ドメイン(ある種のPR遺伝子プロモータに存在するGCCモテーフと結合する)。(B)AtEBPのタンパク質構造。

図4AtEBPによるBax誘導性細胞死の抑制。

(A)コントロールベクター(pYX112)又はAtEBPを有するプラスミド(pYX112-AtEBP)をQX95001株に導入した。コロニーをグルコース又はガラクトースを含む培地で、30度、3日培養した。(B)AtEBPを発現する酵母株におけるBaxタンパク質の検出。PYX112又はpYX112-AtEBPをQX95001株に導入し、グルコース培地で約12時間培養した。続いて、グルコース又はガラクトースを含む培地で16時間培養した。Baxタンパク質(21kDa)。

図5AtEBP変異体の解析。

コトロールベクター(pYX112&AtBI-1)、全長のAtEBP(F)及びAtEBP欠損体(C、C+AP2、N、N+AP2&AP2)をQX95001株に導入し、グルコース又はガラクトース培地で30度3日間培養した(A)。

図7AtEBP遺伝子を過剰発現するBY-2細胞を用いた過酸化水素の効果。

タバコBY-2細胞(培養10日目)を異なる濃度のH2O2で4時間処理し、Evans blue処理した。死細胞に結合する色素を溶解し、吸光度600nmで測定した。AtEBPをプローブとしたノザン解析の結果(内図)。C1&C2, vector control lines; T1&T2, BY-2 possessing AtEBP lines。

図6GFP-AtEBP及びNLS変異体による酵母細胞死の解析。

(A)GFP-AtEBP又はAtEBP-GFP、NLS変異体(K1→T、R→T、K2→T&ΔNLS)を示す。AtEBPのN末端(GFP-AtEBP)又はC末端(AtEBP-GFP)にGFP(m-gfp-ER, ER signal removed)を連結した。GFP-AtEBPを用い、NLS変異体を構築した。(B)Bax遺伝子を有する酵母細胞に各ベクターを導入し、グルコース(Glu)及びガラクトース(Gal)を含む培地で培養した。

図8エチレン信号伝達アラビドプシス突然変異体におけるAtEBP mRNA蓄積量の比較。

Wild type(WT)及び変異体(etr1、ctr1-1、ein2、ein2-1&ein3-1)から抽出したRNAを用い、AtEBP cDNAをプローブとしたノザン解析結果。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、第1章は、酵母におけるBax誘導性細胞死の抑制因子の単離、第2章はAtEBPの解析、第3章は植物におけるAtEBPの解析について述べられている。

 近年Bax誘導性の細胞死が酵母で知られている。この系を利用して、Xu & Reed(1998)は、酵母のBax誘導性細胞死の抑制因子を動物の遺伝子から同定した。本研究では、アラビドプシスのcDNAライブラリーより酵母のBax誘導性細胞死を抑えるものを単離する試みがなされた。その結果、AtBI-1、Fe-SOD、GSTなどの遺伝子が得られた。驚くことに、最も高頻度で得られた遺伝子はAtEBPであった。

 申請者は本研究において、これらの結果を考察するとともに、植物における遺伝子発現及びその応答について解析した。

1.酵母におけるBax誘導性細胞死の植物の抑制因子の単離

 アラビドプシスの培養細胞由来のcDNAライブラリーを酵母の発現ベクターに構築した。YEp51-BaxをBF264-15Dauに導入した酵母株(QX95001)が用いられた。すなわち、マウスの全長Baxタンパク質をガラクトース誘導性プロモータ(GAL10)により発現をコントロールした。本株は、グルコースからガラクトースを含む培基に移することにより、Bax誘導性細胞死を示す。そこで、アラビドプシス由来cDNAライブラリーをQX95001株に導入し、Bax抵抗性クローンをスクリーニングした。一次スクリーニングの結果、106クローンより約600コ口ニーがガラクトース培地の上で生存した。このような酵母から単離したcDNAをQX95001株に再度導入したところ、最終的に34クローンが得られた。

 塩基配列解析の結果、34クローンの中で2クローンがAtBI-1であった。他の3クローンは、Fe-SOD、peroxidase、GSTをコードした遺伝子であり、活性酸素の消去にかかわていると予想された。興味ある事に、全クローンの82%がAtEBP遺伝子であった。本遺伝子は、エチレン誘導性GCC box結合因子として知られている。

2.AtEBPの解析

 AtEBPはGCC boxと特異的に結合するAP2(ERF)ドメインを有する。図4A示したように、AtEBPをQX95001株に導入すると、ガラクトース培地の上でも生存が確認された。この結果から、AtEBPがBax誘導性細胞死を強く抑制する事が示された。一方、Baxタンパク質(21kDa)はコントロールベクター(pYX112)又はAtEBPを有するプラスミド(pYX112-AtEBP)を導入した両酵母で検出された。この事は、AtEBPは酵母のBaxタンパク質の発現を阻害しない事が確かめられた。AtEBPのどの部位がBax誘導性細胞死の抑制に関与するかを調べるために、図5Aのような実験を行った。その結果、全長を有するもののみはガラクトース培地上で生存し、全長の配列が必須である事が示された。

 酵母内でのAtEBPの細胞内局在を調べるため、本タンパク質のN-末端或はC-末端にGFPを連結し、QX95001株で発現させた。両者とも、ガラクトース培基上で、Bax誘導性細胞死抑制能を有した。蛍光顕微鏡で観察したところ、GFP-AtEBP及びAtEBP-GFP共に核に局在した。NLS配列を削除したAtEBPが核に移行しなっかった事から、AtEBPの核局在が細胞死阻害因子として必須であると考えられる。

3.植物におけるAtEBPの解析

 AtEBPの植物細胞での機能を調べる目的で、AtEBP遺伝子を過剰発現するタバコBY-2細胞が得られた。H2O2に対する応答をEvans blue処理による死細胞の解析により比較した。その結果、コトロールと比べて、AtEBPを過剰に発現する細胞では約2倍のH2O2耐性が観察された。

 次にエチレン信号伝達アラビドプシス突然変異体を用い、AtEBP mRNA蓄積量を比較した。その結果、AtEBPの発現は、ctr1-1では上昇したが、etr1,ein2及びein2-1で低下した。注目されたのは、ein3-1でAtEBPの発現量が野生型植物と同等したところ、AtEBPはEIN2の下流で、EIN3の上流に存在する可能性が認められた。

 本研究は、酵母を用いた細胞死抑制因子の解明に向けて重要な知見であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。尚、本論文は、川合真紀博士、L.H.Yu博士、K.M.Kim博士、平田愛子博士、梅田正明博士、内宮博文博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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