学位論文要旨



No 117591
著者(漢字) ガルシア アルカラス フリオ
著者(英字) Garcia Alcaraz Julio
著者(カナ) ガルシア アルカラス フリオ
標題(和) 東アジアと中南米におけるテングシロアリ属の数種に関する集団遺伝学的研究
標題(洋) Studies on the population genetics of several species of termites(Isoptera : Termitidae) of the genus Nasutitermes in East Asia and in Central and South America
報告番号 117591
報告番号 甲17591
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4255号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,忠夫
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 教授 西田,睦
 東京大学 助教授 藤原,晴彦
内容要旨 要旨を表示する

 シロアリ類は杜会性の昆虫であり、一般的に、有翅虫の分散能力は低く、数百メートルしか飛ぶことが出来ないと考えられてきた。本研究の目標はこのようなシロアリ類の個体群内で遺伝的多様性を測定し、個体群間の遺伝的な違いがあるかどうかを調べ、集団構造があるかないかを調べることである。生物群の分散能力と個体群内血縁度は、遺伝学的マーカーにより間接的に測定することができるが、本研究において、Amplified Fragment Length Polymorphism(AFLP)を用いて、断片された各個体群の集団内の遺伝的多様性および、集団構造、集団間遺伝拡散の推定を試みた。サンプルは八重山諸島、台湾、ブラジルのサバンナとグアテマラの、4ヶ所で採取された。集団構造の測定には、Nei'sのGstを用いた。

 集団構造においては、subpopulationの間に遺伝子拡散が少なければ、対立遺伝子頻度の違いが大きくなる。Substructureの程度はGst指数ではかることでき、指数は高ければ高いほど、大きなsubstructureを表す。またGstにより、集団間の遺伝子拡散を推測できる。八重山諸島と台湾の場合、タカサゴシロアリNasutitermes takasagoensisを対象とした。シロアリ個体は、八重山諸島における7つの島と台湾から合計90個の巣から採集した。遺伝的な違いの場合、二つのスケールで調べた。ひとつは小地域スケールで、もうひとつは島間スケールである。小地域スケールに関しては、西表島の、比較的に狭い範囲の中で、23個のサンプルを採取し、巣間の距離を測った。巣間の距離は1mから800m以上である。そのサンプルの中で遺伝的な違いと距離には相関があるかどうかをマンテルテストで調べた。島間スケールの場合、島間の距離を測り、遺伝距離と相関があるかないかを調べた。その結果、3つのプライマーセットにより、155個のバンドが検出され、そのうち、78個(50%)のバンドには多型が見られた。遺伝的距離と地理的距離にはきれいな傾向は見られなく、相関も低かった。しかし、島間スケールにおいては遺伝的距離と地理的距離に連関傾向が見られた。遺伝距離,Gstや遺伝拡散を推定したところ、個体群内の遺伝的多様性や、Gstの値は比較的に低く、個体群間の遺伝拡散が高いことが明らかになった。さらに、各島間の距離と個体群間の遺伝距離にはある程度の相関が見られた。以上の結果、有翅虫の分散能力はこれまで考えられたレベルより高い可能性があり、または、これらの島の個体群が少数の共通の祖先個体群から形成された可能性を示唆するものと考察された。

 ブラジルの場合、N.coxipoensisを対象にして、二ヶ所で採取を行った。一ヶ所はブラジリアの周辺の断片化されていないサバンナで、もう一ヶ所はブラジルの東部のロンドニアに存在している断片化されているサバンナである。

そこで、それぞれの断片においてシロアリの遺伝的な違いが見られるかを調べることを目的とした。ロンドニアには古くからのサバンナの断片があり、その周囲に森林が存在している。3つのプライマーセットにより、269個のバンドが検出され、そのうち、204個(75%)のバンドに多型が見られた。断片間の遺伝的多様性と分化の程度を調べて、ブラジリアの断片化されていない個体群と比較した。以上の結果、遺伝的多様性は断片の大きさと関係がないことが分かった。そして、断片化はシロアリの集団内遺伝的多様性には大きな影響を与えないと考えられた。

 中米のグアテマラで対象とした種類は、N.nigricepsとN.cornigerである。このサンプルを用いて、巣間の遺伝的な距離を測定した。遺伝的な違いは、短距離と長距離の二つのスケールで調べた。短距離スケールでは、数メートル内における巣間の遺伝距離を測定し、長距離スケールでは数キロメートル内における巣間の遺伝距離を測定した。短距離スケールでは、N.cornigerを対象にし、13個の巣からサンプルを採集し、長距離スケールでは、N.nigricepsの15個の巣からサンプルを採集された。N.nigricepsの場合3つのプライマーセットにより、181個のバンドが検出され、そのうち、26個(14%)のバンドには多型が見られた。N.cornigerの場合は3つのプライマーセットにより、199個のバンドが検出され、そのうち、39個(19%)のバンドには多型が見られた。両方のスケールでは、遺伝距離と地理的距離の間には相関は見られなかった。この結果により、シロアリの分散能力は数kmを超えると考えられる。

 以上の結果により、生息地の断片化がシロアリの集団内の遺伝的多様性に大きな影響を与えてはいないと考えられ、有翅虫の分散能力はこれまで考えられたレベルより高い可能性があると推測できる。

審査要旨 要旨を表示する

 シロアリ類は社会性の昆虫であり、一般的に、有翅虫の分散能力は低く、数百メートルしか飛ぶことが出来ないと考えられてきた。本研究の目標は、このようなシロアリ類の個体群内で遺伝的多様性を測定し、個体群間の遺伝的な違いがあるかどうかを調べ、集団遺伝構造があるかないかを調べることにある。生物群の分散能力と個体群内血縁度は、遺伝学的マーカーにより間接的に測定することができるが、本研究においては、Amplified Fragment Length Polymorphism(AFLP)法を用いて、断片化された環境における各個体群内の遺伝的多様性および集団構造、集団間遺伝拡散の推定を試みている。

サンプルは八重山諸島、台湾墾丁半島、ブラジルのサバンナとグアテマラの4ヶ所で採集している。集団構造の測定には、Nei(1978)のGstを用いている。八重山諸島と台湾墾丁半島の場合、タカサゴシロアリNasutitermes takasagoensisを対象としている。シロアリのサンプルは、八重山諸島における7つの島と台湾墾丁半島から合計90個の巣から採集している。本研究では遺伝的な変異を、小地域スケールと島間スケールの二つのスケールで比較調査している。小地域スケールに関しては、西表島の比較的に狭い範囲の中で、23個のサンプルを採取し、巣間の距離を測っている。巣間の距離は1mから800m以上である。そのサンプルの中で、遺伝距離と物理的な距離には相関があるかどうかをマンテルテストで検定している。島間スケールでは、島間の距離と遺伝距離との相関を調べている。AFLPの結果、3つのプライマーセットにより、155個のバンドが検出され、そのうち、78個(50%)のバンドには多型が見られている。小地域スケールでは遺伝的距離と地理的距離で相関も低いが、島間スケールにおいては遺伝的距離と地理的距離に相関が見られている。遺伝距離,Gstや遺伝拡散を推定したところ、個体群内の遺伝的多様性や、Gstの値は比較的に低く、個体群間の遺伝拡散が高いことを示唆している。さらに、各島間の距離と個体群間の遺伝距離にはある程度の相関が検出されている。遺伝的多様性は各島の大きさと相関が見られている。以上の結果から、有翅虫の分散能力はこれまで考えられたレベルより高い可能性があるとしている。また、八重山諸島の過去3万年以降の地史的変遷から、これらの島の個体群が少数の共通の祖先個体群から形成された創始者効果によるものである可能性を示唆するものとしている。

ブラジルの場合、N.coxipoensisを対象にして、二ヶ所で採集を行っている。一ヶ所はブラジリアの周辺の断片化されていないサバンナで、もう一ヶ所はブラジルの東部のロンドニア州に存在している断片化されている自然サバンナである。ロンドニア州には古くからの自然サバンナの断片があり、その周囲に森林が存在している。そこで、それぞれの断片サバンナにおいてシロアリの遺伝的な違いが見られるかを調べることを目的としている。ALFP法において3つのプライマーセットにより、269個のバンドが検出され、そのうち、204個(75%)のバンドに多型が見られた。各断片サバンナ個体群間の遺伝的多様性と遺伝距離を調べて、ブラジリアの断片化されていない個体群と比較している。以上の結果、遺伝的多様性は断片サバンナの大きさと相関がなく、このことから、断片化はシロアリの集団内遺伝的多様性には大きな影響を与えないと考察している。

 中米のグアテマラで対象とした種類は、N.nigricepsとN.cornigerであり、N.nigricepsは約120キロメートルの街道沿いにおける街路樹についている樹上巣から採集している。一方、N.cornigerにおける遺伝的な違いは、短距離と長距離の二つのスケールで調べている。そして、これらサンプルを用いて巣間の遺伝的な距離を測定している。短距離スケールでは、植林地の中の樹上から13個の巣を選びサンプルを採取しているが平均の巣間距離は5メートルほどである。長距離スケールの調査では、数キロメートル内における15個の巣からサンプルを採集して巣間の遺伝距離を測定している。N.nigricepsの場合、3つのプライマーセットにより、181個のバンドが検出し、そのうち、26個(14%)のバンドに多型を見いだしている。N.cornigerの場合は3つのプライマーセットにより、199個のバンドが検出され、そのうち、39個(19%)のバンドには多型が見られているが、遺伝的多様性は大きくない。また、両方のスケールにおいて、遺伝距離と地理的距離の間には相関は見られず、よって、シロアリの分散能力は数kmを超えると推定している。また、両種ともに最近の人為的影響によって分布拡大を行った可能性が高いことを考察している。

本研究は、従来ほとんど研究されていなかったシロアリ個体群の遺伝的多様性をAFLPに法により推定したものであり、その意義はたいへん大きい。また、対象としたシロアリ類はいずれもNasutitermes属の近縁種であるが、八重山諸島と台湾という島嶼に生息する種類、ブラジルの断片化された自然サバンナに生息する種類、そしてグアテマラの人為の影響の大きな環境に生息する種類、そして異なった生態環境を国際的スケールで選定されたものであり、それらを相互に比較することでシロアリ類の分散能力あるいは遺伝的分化速度に関してたいへん興味深い示唆をえている。

なお、本論文の第1部は、松本忠夫、三浦徹、前川清人との共著であり、第2部は、松本忠夫、R.コンスタンチーノ、三浦徹、前川清人との共著であるが、いずれも論文提出者が主体となって調査・実験および執筆を行ったので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって、本論文は博士(理学)の学位論文としてふさわしいものと審査委員会は認める。

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