学位論文要旨



No 117598
著者(漢字) コーデロヴァ,ペトラ
著者(英字) KOUDELOVA,Petra
著者(カナ) コーデロヴァ,ペトラ
標題(和) 分布型流出モデルと陸面スキームとの結合とチベット高原への適用
標題(洋) COUPLING A LAND SURFACE SCHEME WITH A DISTRIBUTED HYDROLOGIC M0DEL AND APPLYING IN THE TIBETAN PLATEAU
報告番号 117598
報告番号 甲17598
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5315号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 楊,大文
内容要旨 要旨を表示する

 水文過程の数値モデルは、コンピューターテクノロジーの最近の発達に伴い,空間スケールと対象とする内容の点から、ますます地球規模となってきている。この水文モデルはますます普及し、さらに広大な流域へその対象を広げている。また、大気モデルは与えられた地表面状態を境界条件とするのではなく、大気陸面相互作用を記述する、より洗練された1次元陸面過程スキームにより拘束されている。一方、水文過程は水文学と気象学との境界に関係なく時空間的に連続であるため、水文モデルと大気モデルとの統合化はしばしば論議の的となっている。十分に水文プロセスを記述し、同時に大気モデルヘの適切な境界条件を与える陸面パラメタリゼイションを必要とする、このような水文学と気象学の結合は水文モデルの新しい課題である。

 これまでの研究は、大気モデルとの結合のための適切なインターフェイスを含む、分布型水文モデルの開発を試みた。この研究はチベット高原に着目した。この理由はチベット高原がアジアモンスーンヘのインパクトを通して、地球規模の気候システムに影響を与えるからである。

 本研究の戦略は、陸面過程スキームは極めて多く提案されているので、個々の現象に対する新たなスキームを開発するよりむしろ、陸面過程スキームと分布型水文モデルとの結合によって、これまでの研究成果をさらに発展させることである。本研究はチベット高原が特殊な環境であることを考慮し、分布型水文モデル(IISDHM)への結合を目的として、修正陸面過程モデル(Tibet-SiB2)を選定した。

 結合した分布型水文モデル(TS2-IISDHM)は、(1)鉛直方向のプロセスを再現する土壌水分拡散スキームを改良した修正Tibet-SiB2、(2)凍土域へ適用するための2次元飽和流出モデル、(3)TS2-IISDHM内の2次元表面流出と1次元河道流出スキームの3つの基本的なサブモデルから構成されている。

 本論文ではTibet-SiB2モデルの詳細な説明から始める。このモデルは大気大循環モデル(GCM)の陸面パラメタリゼーションとして開発され、ステファンの近似解を基礎とする新しい土壌凍結モデルを実装することによって、寒冷圏への適用するために修正されたものである。このモデルは、陸面が一つの植生層と三つの土壌層によって表現され、キャノピーと地表面との放射伝達を説明する、放射伝達過程をより詳しく記述する2ストリーム近似放射伝達スキームを含んでいる。乱流輸送プロセスは空気力学的抵抗モデルにより記述され、1次の乱流クロジャースキームを基礎とした。蒸散速度は光合成-コンダクタンスモデルにより計算され、土壌面湿潤度により制御されている。遮断と浸透はグリッド内の降水変動を考慮できる降水量-面積関係によって記述されている。グリッド内の部分的な積雪の取り扱いが含まれ、土壌モデルは一様な土壌プロファイルを仮定している。土壌水分の鉛直拡散は1次元Richards方程式によって記述され、後方差分スキームに準陰解法を適用した。

 土壌水文プロセスに着目して、1次元Tibet-SiB2をチベット高原内の三つの観測地点に適用した。この計算結果を基礎として、土壌モデルの修正を提案した。この修正スキームは鉛直方向の土壌物理パラメータ、すなわち、飽和透水係数と間隙率の不均一性を説明する。さらに、不飽和フロースキームは土壌の乾湿に関する土壌マトリックポテンシャルの微分項をより良く推定することによって、改良されている。

 2次元飽和流出モデルは3つのスキームの統合により開発された。一つはTibet-SiB2の土壌凍結パラメタリゼーション、二つ目は凍土域を対象とした斜面モデル、三つ目はIISDHMの飽和フロースキームである。土壌凍結のパラメタリゼーションは不透水層として取り扱う凍結面の深さとその凍結面上の有効水分量を決定する。サブレイヤーアプローチは土壌水分の鉛直分布を決定するために導入された。鉛直方向の流れの計算結果から、少なくとも下層が飽和していなければ、凍結面上の飽和層厚さを決めるために、活動層内における二つの最下層の水分量を考慮する簡単な関係式が使われた。鉛直スキームによって計算される前に、水平方向の流れは、凍結面の深さ、飽和層厚さ、有効水分量を用い、鉛直方向の流れとは独立に取り扱う。更新された飽和層厚さは適切な層内の土壌水分量に変換される。このように、鉛直方向の土壌凍結のパラメタリゼーションを2次元飽和流スキームに結合することによって、準3次元モデルが構築された。

 表面流を取り扱う新スキームは、IISDHMとの結合を可能にするために、Tibet-SiB2に導入された。その取り扱いは、対流性降水が指数関数で表される降水量-面積関係に基づいている。これは元のTibet-SiB2の降水による浸透と流出プロセスと同様である。この表面流は、降水より先に着目され、水分の流入による相変化と地表面温度変化を説明するために、エネルギー収支計算が実行された。なお、表面流の温度は、凍結温度より高ければ、地表面温度と同じと仮定し、そうでなければ、273.36Kとした。表面流からの浸透が考慮され、これは氷因子によって制約をうけることとした。一方、降水からの浸透の計算には、氷因子に加えて、斜面因子、クラスト因子の3点を制約条件とした。また、表面流を取り扱うときに、部分的な積雪の効果を考慮し、積雪がある場合、表面流の計算に必要な地表面粗度は増加することとした。

 Tibet-SiB2と2次元飽和流出モデルはIISDHM内で実行された。この結合モデル(TS2-IISDHM)において、はじめにTibet-SiB2が各グリッドセル内の鉛直プロセスを計算する。表面流出、凍結面深さ、飽和層厚さ、有効水分量は適切な水平コンポーネントに変換される。この計算は(1)飽和層、(2)表面流出、(3)河道流出の順序で実行される。

 2次元飽和流出モデルに含まれる凍結土壌スキームは、研究対象領域内の実験斜面を表現する仮想的な領域において、部分的に評価された。完全な量的評価に必要なデータの不足により、モデルの妥当性を定性的に検討するために、TS2-IISDHMは融解期(5月から6月)に適用された。多様な因子の影響を調査するために、4つのシナリオが用意され、異なる初期条件(土壌水分)と降水の入力データによって再現された。凍結面の進行と土壌水分分布に着目したケーススタディーは、モデルが斜面方向において、凍土融解に関連したプロセスを計算できることを示した。この研究は次の3点を明らかにした。

(1)地下水流れは遅く、斜面方向に初期水分の流れは融解プロセスにそれほど影響を与えない。

(2)斜面方向の追加降水や表面流出は融解プロセスや凍結面上の土壌水分量に著しい影響を与える。

(3)前年の融解期に生成される、斜面方向の土壌水分の不均一性は融解速度に大きなインパクトをを与える。

 これらすべての因子の組み合わせは、斜面方向における、異なる活動層厚さと土壌水分の著しい空間分布を生み出す。

 流出の生成と河川流出をテストするために、TS2-IISDHMは、夏期(7-8月)においてチベット高原のより小さい流域に適用された。このマーディー流域は流域面積350km2で,サルウィーン川の上流山岳地域に位置し、空間的に一様な植生や土壌パラメータ、浅い河川によって特徴付けられる。また、夏に3m以上融解する連続永久凍土帯に覆われている。この流域において、ArcInfo GRIDツールを用いて、100mの空間解像度で,地形情報を整理した。

 この対象流域内では、一つの流量観測点と二つの雨量計のみであり、観測データが制限されているので、量的な評価は省略し、ケーススタディーを行った。いくつかの因子が計算ハイドログラフに与えるインパクト、すなわち観測点の気象データを分布させる手法の違いや、激しい降水による裸地のクラスト形成の影響が研究された。

 この解析結果、計算値と観測値のハイドログラフの形がよく一致することを示した。しかしながら、流出ピークの出現時期やその大きさは、水文学者が要求するほどの精度は得られなかったい。そのため、結果を判断するときに、いくつかの因子は考慮されなければならない。

(1)入力降水データは二つの地点のデータを基礎としている。しかし、観測地点が少ないため、時空間変動の大きい対流性降水を再現できていない。

(2)観測流出量は、0.01〜5m3/sまでの範囲であり、許容誤差がとても小さい。

(3)マーディー地点において、無降水期の低流出量は、流出量に対して地下水の影響がないことを示している。従って、流出が降水のみによって発生するため、入力降水データの精度は重要である。

(4)夏期の凍結面深さの空間分情報が無いため、今回のケースは水平方向の流出を考慮しない。

 ケーススタディーは、もし激しい降水による裸地のクラストが形成されるならば、浸透能が急激に小さくなるため、計算ハイドログラフに大きな影響を与えることを示した。チベット高原は裸地であり、激しい夏期降水に見舞われるため、クラスト形成の影響を説明できる。

 この研究の目的は、大気モデルとの結合に適した陸面過程モデルを構築することである。一方、水平方向の水分移動や、フラックスや土壌水分の空間分布に与える表面流出の影響を研究した。Tibet-SiB2は各グリッドセルに対して実行し、地表面フラックスや土壌水分の瞬間値だけでなく日平均の2次元出力はTS2-IISDHMの計算結果と比較された。土壌水分分布において両者のプロットは完全に異なるパターンを示した。それは、TS2-IISDHMの地形によって与えられたものであり、一方、Tibet-SiB2では入力データの分布より決定されるためである。顕熱や潜熱のパターンは、入力デー夕の分布に強く影響を受ける。しかし、特に降水期において、両者の計算においていくつかの大きな違いが見られる。加えて、表面流出分布は、険しい斜面の下部に位置する平らな領域において、水分の積算を示す。それは、とても湿潤になり、対流活動のソースとなる。以上の議論から、表面流の効果は、陸面-大気相互作用の研究において、考慮されるべきであり、鉛直の陸面スキームと水文モデルとの結合によって達成されることが明らかである。

審査要旨 要旨を表示する

 大気-陸面相互作用を通して,陸面の土壌水分や植生の永久を大気モデルに正確に導入すること,また大気モデルの結果を河川流出に正確に導入することは,気象予測,水資源予測にとって極めて重要である.既往の研究により,大気-陸面相互作用の鉛直一次元プロセスを取り扱ったモデルは数多く提案されているものの,地形によってコントロールされる流出過程を記述できるような水平流出成分を考慮したモデルはまだ開発されていない.

 そこで本研究では,地形に沿った地表流や中間流出によって定まる土壌水分分布を記述でき,その上で大気モデルや流出モデルと結合可能な水平流出を取り込んだ陸面モデルの開発を目的としている.本研究ではチベット高原を研究対象としているが,それはチベット高風の凍土条件下では土の浸透能が小さいため,水平流出が土壌水分の空間分布過程において支配的な役割を演じているからである.また,チベット高原がアジアモンスーンシステムへ与える影響,さらに地球規模の気候システムに与える影響に関する科学的課題に貢献するところも大きい.

 開発されたモデル(TS2-IISDHM)は,(1)鉛直方向の融解,凍結プロセスを再現するために土壌水分拡散スキーム(SiB2)を改良した修正モデル,(2)凍土域へ適用するための2次元飽和流出モデル,(3)TS2-IISDHM内の2次元表面流出と1次元河川流出スキーム,の3つの基本的なサブモデルから構成されている.計算手順は,はじめに(1)によって各グリッドセル内の鉛直プロセスを計算し,その結果を踏まえて,飽和層の計算,斜面水平流出,河道流出の順に実行される.

 本研究では,(1)をチベット高原内の三つの観測地点に適用し,水平流出の影響のない地点において良好な結果を得ることが確認された.次に,(2)と(3)がそれぞれ代表的斜面と小流域に適用され,その妥当性が示されるとともに,それぞれの領域でシミュレーションを行うことにより,水平流出が土壌水分や鉛直フラックスの空間分布に与える影響を定量的に示すことに成功している.

 以上,本研究は,大気-陸面相互作用を適切に大気モデルならびに河川流出モデルに導入するためのモデル開発に成功しており,その成果が気象予測,水資源予測の精度向上に資するところが大きく,有用性に富む独創的な研究成果と評価できる.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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