学位論文要旨



No 117599
著者(漢字) 尹,元彪
著者(英字)
著者(カナ) イン,ユアンビョウ
標題(和) 群杭基礎と地盤の非線形相互作用解析のための等価梁モデル
標題(洋) Single Beam Analogy for Analyzing Nonlinear Soil-Pile Group Interaction
報告番号 117599
報告番号 甲17599
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5316号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 目黒,公郎
内容要旨 要旨を表示する

 地震時が起こると,地盤の動きは基礎構造物を介して上部構造物に伝達され,一方で上部構造物の動きは,基礎を通して地盤に伝わりその動きを変化させる.このような地盤と構造物の動的相互作用は,構造物-地盤の境界面を通してのエネルギーの収支に関連する現象と捉えることができる.構造物に入ってくるエネルギーと,地中に逸散していくエネルギーの差が,構造物の運動や破壊に密接に関連するのである.1995年1月17日の兵庫県南部地震は,杭基礎に支えられた構造物に大きな損傷をもたらし,改めて地盤-杭基礎-構造物の相互作用の重要性を示すものになった.

 杭基礎と地盤の相互作用を検討する上で,様々な手法を用いることができる.それらの中で,エネルギー伝達境界を有する有限要素法は,汎用的かつ直接的な手法である.しかし,この手法は,他の多くの有限要素法解析と同様に,対象とする領域を多くの分割して記述することが前提になり,それぞれの構成関係が精度の面でバランスよく記述されなければならない.解析対象が,構造物のみならず大きな広がりをもつ地盤にまで広げる場合には,特に注意が必要になろう.しかし,細心の注意を払って精度の向上を目指しても,それがかけた労力と経費に見合わない場合も皆無でなく,精緻な数値解析法が利用できる現在でも,簡便な手法が重要な見通しを得る上で活用されることが多いのである.もちろんその簡便法には明確で合理的な理論の裏づけが必要であることは言うまでもない.

 小長井は,杭頭剛結の群杭基礎の剛性を評価する簡便な記述方法を開発した.この手法では,上部構造を支える群杭をまとめて一本の等価な直立梁に置き換ている.この等価梁モデルは,ベルヌーイ・オイラー梁,あるいはチモシェンコ梁のいずれとも異なり,その剛性マトリックスには二つの曲げ剛性パラメータが含まれている.一つは,群杭の水平方向へのたわみを支配するパラメータで,単独の杭の曲げ剛性に群杭本数を乗じた値として定義される.一方もう一つの剛性は,群杭の回転を支配するパラメータであり,群杭とこれに取り囲まれる土も含めて一体の複合梁と見立てた時の曲げ剛性に相当する.

 本論文では,まず杭本数や杭間隔,杭の配置を変えた様々な群杭基礎について,この等価梁モデルが適用しえるか検証したうえで,このモデルを群杭基礎と地盤の非線形相互作用の記述に拡張している.

 等価梁モデルの適用性を検証するためには,まず群杭基礎と地盤の相互作用の厳密解を示す必要がある.ここでは,成層地盤の半解析の得られる薄層要素法(田治見・下村)で群杭周囲の地盤をモデル化し,個別の杭間の相互作用を考慮できるプログラム'TLEM1.1'を用いてその厳密解を得た.そして杭本数と間隔変えた様々なケースについてパラメトリックスタディを行ない,等価梁モデルの適用範囲を杭径で無次元化した杭間隔をもって記述した.この限界を超えると,もはや群杭効果は強く現れず,この場合は,等価梁を用いるのでなく,単杭頭部の剛性評価を行ってから,これを杭本数倍にすればよいことも示した.

 群杭基礎側面地盤の終局耐力を把握することは,L2レベルの強震動を想定した場合の設計で必須である.杭周辺の地盤応力および変形のパターンは杭間隔によって大きく異なる.杭間隔が大きい場合では、塑性領域の発達が各々の杭のごく近傍に限られ,その結果,群杭基礎側面地盤の応力および変形の重なりは限られたものになる.したがって,このときの地盤の終局耐力は,単杭の場合のそれを杭本数倍することによって評価できる.しかしながら,杭配置が密な群杭基礎においては,杭周辺地盤の塑性領域が重なりながら発達し,より強い群杭効果が現れる.そこでこのような状態への等価梁モデルの拡張を図り,群杭基礎側面地盤の終局耐力を評価することにした.

 ここで,杭の有効長(Active Pile Length)をもって土の受動破壊域を評価する方法を導入した.群杭はたわみやすい構造であるから,群杭基礎頭部に水平力を加えれば,地表面から限られた深さLaまでが大きくたわみ,それより深い部分の変形は無視しえる.この深さをもって有効長Laとする.この概念は単杭では存在したが,群杭については明確にこれを記述するモデルは存在しなかった.しかし等価梁を記述する剛性パラメータを用いることで,群杭のLaを記述することが可能になった.

 このLaを用いた場合の,側方地盤の受動破壊域の評価は以下の考えに基づいて行われた.すなわちこの受動領域の重量は(1)破壊域の深さ,(2)破壊域の到達距離,(3)破壊域の奥行きを掛け合わせた量に比例するとする.(1),(2)はそれぞれLa,KpLaに比例するであろうし,また(3)は等価梁の断面の代表寸法R0に比例すると考えられるので,側面地盤の比重をγとして,KpγLa2R0が受動域の重量に比例するパラメータになる.ここにKpはランキンの受動土圧係数である.

 この考えに基づき,実大規模のものを含む複数の群杭基礎模型の載荷実験結果を整理し,群杭頭部で評価される側方地盤の反力の寄与分を求めたところ,これらがKpγLa2R0にほぼ比例していることが実証された.この結果は限られた数のパラメータを用いて,群杭基礎と地盤の相互作用を統一的に記述できる可能性を示すものである.

審査要旨 要旨を表示する

 地盤と構造物の相互作用は、構造物に与えられたエネルギーの一部が、基礎を介して地盤に逸散していく現象である。この地盤と構造物間のエネルギーの収支差が構造物の運動と破壊に費やされるエネルギーであり,したがって相互作用の的確な評価が構造物の地震時応答や破壊過程を検討する上で極めて重要な意味を持つ。

 相互作用効果を評価する上で,構造物とそれに比べて空間的に大きな広がりを有する地盤を同じ土俵で議論しなければならないことから、様々な注意が必要である.波動の逸散効果の表現、構造物と地盤の非線形挙動,基礎構造物と地盤の接触面での剥離、すべりなどいずれへの配慮が欠けても、それは評価される相互作用効果の精度を大きく損ないかねない。一般にこのような複雑な非線形性を含む現象の評価には有限要素法が用いられるが、領域分割を前提とするこの方法では入力データを得るために空間的に相当量の調査を行わなければならない.したがって設計の実務では群杭を個別の地盤ばねに支えられた梁(Winklerモデル)として経験的なばね値の設定を行い,杭間の相互作用(群杭効果)もまた経験的な評価を加えている.本論文では一般の群杭で杭間隔が杭径に対し2〜3と密に配置されることが多いことに着目し,群杭全体を一本の等価な梁と見なすことができるアイデアを示し,この等価梁を記述するパラメータで群杭基礎と地盤の相互作用を統一的に記述できる可能性を示し,簡便で合理的な耐養性討価のための方法論を提示している.

 本論文の第1章では以上の研究背景と本論分の目的を、第2章では既往の研究事例と耐震設計基準を概括し,これらの課題について記述している。

 第3章では群杭を等価な1本の直立梁としてモデル化し得ることを示し、その剛性マトリックスを提示している。この等価梁モデルは,ベルヌーイ・オイラー梁,あるいはチモシェンコ梁のいずれとも異なり,その剛性マトリックスには二つの曲げ剛性パラメータが含まれる.一つは,群杭の水平方向へのたわみを支配するパラメータで,単独の杭の曲げ剛性に群杭本数を乗じた値として定義される.一方もう一つのパラメータは,群杭の回転を支配するもので,群杭とこれに取り囲まれる土も含めて一体の複合梁と見立てた時の曲げ剛性に相当する。等価梁モデルの適用性を検証するためには,まず群杭基礎と地盤の相互作用の厳密解を示す必要がある.そこで成層地盤の半解析の得られる薄層要素法(田治見・下村)で群杭周囲の地盤をモデル化し,個別の杭間の相互作用を考慮してその厳密解を得て,これと提案する梁による近似解とを比較することで,等価梁モデルの適用範囲を杭径で無次元化した杭間隔をもって記述している.

 杭は撓みやすい構造であるため,その頭部に載荷した場合、変形が及ぶ深さが限定される。この範囲を特性長(active pile length)とよび、それは杭と地盤の相対剛性比で決定する。この考え方は単独の杭では存在したものの、群杭にこれを敷術する明確な理論は存在しなかった。第4章では,等価梁の剛性マトリクスに含まれる剛性パラメータが、この特性長を決定付けていることを示し、この特性長を用いた非線形地盤中の群杭基礎上端部剛性の簡易な評価式を提案している。そして既往の野外実験や模型実験の結果をこの評価式で統一的に記述できることを示しその有効性を確認している。第5章は本研究で得られた知見を整理し、今後の実験手法の発展の方向と課題をまとめている。

 以上、本研究は、構造物の破壊過程を、"地盤・基礎"の相互作用を定量的に評価しながら合理的に検討することを可能にしたものであり、有用性に富む独創的な研究成果と評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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