学位論文要旨



No 117602
著者(漢字) 宮島,賢一
著者(英字)
著者(カナ) ミヤジマ,ケンイチ
標題(和) 収納空間の換気性状と熱湿気環境に関する研究
標題(洋)
報告番号 117602
報告番号 甲17602
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5319号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

 近年、住宅の高気密・高断熱化および換気設備による計画換気の導入が普及しつつあり、空調機器による居住空間の温度制御や快適性向上が、消費エネルギーを極力抑えつつ実現されるようになってきている。その一方、住宅内部における非居住空間すなわち床下・小屋裏・収納空間などは、換気経路から外れていることが多く、位置的にも住宅の外周部に配置されることが多いため、熱・湿気環境が悪化しやすい。特に収納空間に関しては、実測などの研究の蓄積が少なく、その熱・湿気性状はほとんど解明されていない。住宅における収納空間の特徴として、換気量が少ないことと室容積に対する壁面積の比率が大きく、周辺空間の温度変化への追随性が高いことが予測されるが、さらに収納物により生じる断熱効果・気流阻害効果および衣類・寝具類・紙類による吸放湿が生じる。したがって、収納空間の熱湿気環境は、一般の居室はもちろん床下・小屋裏など他の非居住空間とも異なる挙動を示すと考えられる。

 そこで、本研究では収納空間の熱・湿気環境を明らかにするため、収納空間の環境に影響を及ぼすと考えられる種々のパラメータのうちまず換気性状に着目し、実験室実験および数値シミュレーションによりその特性把握を試みることを目的としている。

 収納空間の熱湿気環境を正確に予測するためには、

1.隣接する居室との換気量

2.壁表面における熱・湿気伝達率

3.収納物の気流阻害効果

4.収納物の断熱効果

5.収納物の吸放湿性

 などを適切に評価する必要がある。その中でも、1.の収納空間と居室との換気量は、2.および3.とも密接に関係しており、その意味で収納空間の環境形成の上で重要性の高い項目であると考えられる。収納空間の換気に関しては、隣接居室における空調・送風・通風などによる気流と、居室と棚内空間の空気温度差により生じる密度差が主要な駆動力となる。本研究では、等温状態における研究成果すら蓄積されていない現状で非等温時における密度差換気を扱うことは、問題を複雑化させる弊害が大きいと考え、等温での居室側気流を駆動力とする収納換気性状を実験および数値シミュレーションで扱った。収納物に関しては、一般の建築材料と比較して熱物性および湿気物性ともに未整備な状態である。これらの物性を明らかにすることは重要ではあるが本研究の趣旨からはやや逸脱している感があり、本研究では寝具の断熱性能のみを考慮し、二次元非定常伝熱計算による温度予測を行った。

 本論文ではまず第2章において、今回建設した収納空間換気実験室の概要を記述している。実験室は居室を想定した空間と収納を想定した空間の2室からなり、隙間を有する間仕切り扉で隔たれた構造となっている。実験では収納空間と居室との間に生じる微小な換気量を把握する必要があったため、実験室は相当隙間面積は約3.0[cm2]という高い気密性能を有している。居室側の壁面には空調吹出し口が多数設置してあり、ダクト接続口を切り替えることで居室側に様々な気流性状を与えることが可能となっている。収納空間の換気は間仕切り扉周辺の隙間を介して行われる。

 第3章では、この実験室を用いて行った換気量測定実験について述べている。実験パラメータとして居室側の気流の主方向、気流速度、間仕切り扉周辺の隙間量を扱った。換気量は収納空間内にトレーサーガスをパルス状に撒布し、その減衰曲線から算出した。換気量は予想されたように非常に小さく、今回の実験モード中最小となるケースで約0.1[m3/h]であった。パルス法による換気量測定は、換気量カ微小であるにもかかわらずある程度の精度で実施することができたと考えられる。この実験で得られた換気量は必ずしも現実の収納空間における換気量を再現するものではないが、次章のシミュレーションの妥当性検証に利用できるなど、収納空間換気量の基礎的なデータとして位置付けられる。

 第4章においては、CFDを用いた収納空間の換気量予測手法について述べるとともに、第3章でえられた実験結果との比較検証を行っている。CFDは居室側気流の解析に用い、間仕切り扉に加わる圧力分布を算出した。隙間通過風量に関してはレイノルズ数が小さく層流としての扱いが可能であると考えられたことから、円管内層流流れに対する解析解を援用して本実験室における長方形断面隙間に対する解析を行った。平行平板間流れに対する解析解を採用することにより、実際の住宅における隙間への適用も十分可能であると考えられる。ここで示したシミュレーション手法による換気量予測結果は、実験値とオーダー的には一致するものの数倍大きい値となった。居室側CFDにおける壁面近傍の境界条件の扱いなどに検討の余地があり、さらに隙間が比較的大きく居室側の気流が十分減衰せずに収納空間に流入するような場合には本手法の精度は低下すると考えられ、非等温場の解析と合わせて今後の課題といえる。

 第5章では、収納換気量を用いた応用計算の一例として、有限要素法による収納空間の二次元非定常伝熱シミュレーションを行った。その結果、次世代省エネルギー基準を満たす断熱仕様であったとしても、収納空間の外気に面する壁面に寝具が密着して置かれた場合には、冬季に表面温度が結露域にまで低下する可能性が高いことがわかった。また、収納空間空気温度は居室室温を20[℃]とした場合2〜3[℃]程度低下しており、単純な計算ではこの温度差により生じる密度差換気量は居室の気流により生じる換気量と遜色ない値となりうることがわかった。ただし、換気が促進されるにつれてこの倒変差は減少するため、正確に換気性状を把握するためにはやはり非等温場でのCFDによる気流計算が今後必要となると考えられる。なお、伝熱計算には表面熱伝達率や寝具の断熱性などに関して多くの仮定を用いているが、第4章で示した数値予測手法の精度が向上するにつれて表面熱伝達特性なども次第に明らかになり、伝熱計算の精度も向上してゆくものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、住宅の収納空間の換気性状について明らかにしたものである。住宅の収納空間は、とりわけ戦後多数建設され始めたコンクリート造の集合住宅においては、結露の問題に悩まされ続けてきた。この原因の一つとして考えられることは、コンクリート造によって建物が気密になったにもかかわらず、換気を行わなかったことである。もう一つの原因としては、壁体の温度低下であるが、こちらの方は断熱によって多少の緩和がはかれてきた。他方、近年は、温熱環境の向上と省エネルギーの面から、高気密・高断熱化および換気設備による計画換気の導入が普及しつつある。しかし、非尉主空間すなわち床下・小屋裏・収納空間などは、換気経路から外れていることが多く、位置的にも住宅の外周部に配置されることが多いため、熱湿気環境が悪化しやすく、カビの繁殖の問題などは解決されているとはいえない。このように、収納空間の熱湿気環境の問題は、古くて新しい問題であるが、その原因の多くは換気量が少ないことにあるといえる。

 しかし、よく考えてみると、収納空間の換気について、そもそも実測なども含めて本格的に研究された事例は非常に少なく、その熱湿気性状を解明しようにも、その基になる換気性状が明らかにされていないのである。収納空間の特徴として、換気量が少ないことと室容積に対する壁面積の比率が大きく、周辺空間の温度変化への追随性が高いことが想像されるが、さらに収納物により生じる断熱効果・気流阻害効果および衣類・寝具類・紙類による吸放湿も生じ、かなり複雑な環境が形成されている。

 上記の状況を鑑み、本研究では収納空間の熱・湿気環境を明らかにするため、収納空間の環境に影響を及ぼすと考えられる種々のパラメータのうちまず換気性状に着目し、実験室実験および数値シミュレーションによりその特性把握を試みた。以下、本論文の概要を示す。

 第1章は、序論であり、収納空間の温熱・湿気・換気の問題について整理を行い、本研究の位置付けが明きらかにされている。第2章では、研究に使用した収納空間の換気実験室について解説されている。実験室は居室を想定した空間と収納を想定した空間の2室からなり、隙間を有する間仕切り扉で隔たれた構造となっている。実験では収納空間と居室との間に生じる微小な換気量を把握する必要があったため、実験室は相当隙間面積が約3.0cm2という高い気密性能になっている。第3章では、この実験室を用いて行った換気量測定実験について述べており、本研究の最重要部となっている。換気量は収納空間内にトレーサーガスをパルス状に撒布し、その減衰曲線から算出した換気量は予想されたように非常に小さく、今回の実験モード中最小となるケースで約0.1[m3/h]であった。パルス法による換気量測定は、換気量が微小であるにもかかわらずある程度の精度で実施することができたと考えられる。収納空間の換気量が実験室とはいえ、実測されたのは今回が始めてと思われる。第4章においては、CFDを用いた収納空間の換気量予測手法について述べるとともに、第3章でえられた実験結果との比較検証を行ったCFDは居室側気流の解析に用い、間仕切り扉に加わる圧力分布を算出した。隙間通過風量に関してはレイノルズ数が小さく層流としての扱いが可能であると考えられたことから、円管内層流流れに対する解析解を援用して本実験室における長方形断面隙間に対する解析を行った。CFDによる換気量の予測結果は、定性的な傾向が一致しており、CFDによる予測は基本的に有用であることが確かめられた。しかしながら、CFDの結果は実験値の数倍大きい値であり、壁面近傍の境界条件の扱いなどに検討の余地があることが判明した。この問題は、非等温場の解析と合わせて今後の課題といえる。第5章では、収納換気量を用いた応用計算の一例として、有限要素法による収納空間の二次元非定常伝熱シミュレーションを行った。しかし、これは応用のほんの一例であり、今後は熱湿気同時移動計算などを適用して、本格的な熱湿気環境の解析が行われなけばならない。

 以上、本研究は、収納空間の熱湿気環境の解析において基礎となる微少な換気量の実測に成功するとともに、CFDや熱湿気数値解析などのシミュレーション手法の適用性について可能性が示されている。この点で本論文は、建築環境工学の発展に大いに寄与すると考えられる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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