学位論文要旨



No 117603
著者(漢字) 金,榮卓
著者(英字)
著者(カナ) キン,ヨンタク
標題(和) 温暖地の木造住宅における繊維系充填断熱壁体の熱湿気性状と防露設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 117603
報告番号 甲17603
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5320号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、木造住宅の防露設計に応用することを目的として、繊維系充填断熱壁体における熱湿気性状と潜熱冷房負荷について研究したものである。

 平成11年度に告示された次世代省エネルギー基準は「京都議定書」(1997年のCOP3(地球温暖化防止条約の第3回締約国際会議において各国が同意したCO2の削減目標値)を実現化するための国内対策の一つとして位置づけられている。この基準では、木造壁体における内部結露対策についても従来の基準より厳格な対処を求めており、防湿設計上の基本原則は冬季の内部結露を防止することを主眼に構成されている。たとえば、繊維系の断熱材を用いる場合、(1)室内の水蒸気を壁体内部に大量に流入させないために、室内側に防湿層を設けること、(2)壁内に流入した少量の水蒸気を速やかに排出するための外気側の通気層を設けることが、仕様上の原則になっている。この原則は寒冷地における苦い体験と実証的な研究に基づいてつくられたものであり、木材の腐朽に至るような大量の内部結露(冬型結露)を防止するという意味では正しいものと考えられる。

 一方、近年の住宅における高断熱・高気密化は、上に示したような省エネ対策と、室内環境の改善という利点から、寒冷地のみならず温暖地域(関東以西)においても急速に進行しつつあり、今後も一層普及するものと予想される。ところが、これら温暖地域の高断熱・高気密住宅においては、高温多湿、日射、冷房、木材の吸放湿性などの要因が複雑に絡み合い、(1)防湿気密層の外気側表面で一時的な結露が生じること(夏型結露)、(2)壁体内部の湿度が高くなることが問題として指摘されている。前者の夏型結露は、解決すべき課題がどうかということもまだ結論が出ていない。なぜなら、現実の冷房などの条件下で、木材腐朽のような実害を伴う激しい結露が発生するのかどうかといった実証データが提示されていないからである。つまり、夏型結露の実態を把握し検証することが求められているのである。後者の問題は、防湿気密層により壁体内部が日中だけにせよ高湿度になり、カビ菌類・木材腐朽菌の繁殖につながる点である。そのため、防湿層等の透湿抵抗の高い材料を使用しない透湿壁体が検討され始めている。勿論、このような透湿壁体が検討されるのは、温暖地の冬季外気温が最低でも-5℃程度であるため、冬型結露防止のための室内側防湿性はそれほど高くなくてもよいと考えられるからである。しかし、透湿させるということは、同時に夏季の透湿潜熱冷房負荷の増大を招くため、この問題も並行して検討しなければならない。また、同じ繊維系断熱材であってもセルロースファイバーのように吸放湿性の高い材料の場合には、吸放湿性の低いグラスウールやロックウールとは異なった熱湿気挙動を示すことが予想されるため、それらについても解明していかねばならない。

 以上のような背景に基づき、本稿は以下の項目について研究を行い、その結果を住宅の防露設計の構築に役に立てることを目的とする。

1)現場実測により、防湿壁体の熱湿気性状を把握すること。

2)実験室実験により、透湿壁体の熱湿気性状を把握すること。

3)2)の実験結果を用いて数値解析によるモデルの妥当性を検証すること。

4)透湿壁体の潜熱冷房負荷への影響を把握すること。

5)以上の研究成果に基づき、防露設計を構築するための考察を行うこと。

 以下、本論文では次のようにまとめた。

 第1章では、序論として研究の背景と目的を述べ、既往の研究についてレビューを行った上で、本研究を防露設計のための応用研究として位置付けた。第2章では、温暖地の木造住宅における壁体内部の温湿度性状に関する実態調査を行い、その結果をまとめた。調査は冷暖房を共に行う日本の温暖地域(関東以西)の木造住宅において、実際の居住状況下で長期実測を行い、壁体内部の熱湿気性状を把握した。実測した住宅は夏型結露が発生しやすいと予想される繊維系断熱材を室内側で防湿した枠組壁工法(通気層あり)であり、実測は1年間にわたって行った。その結果、冬季においては壁体内部の相対湿度が日平均40%以下で乾燥状態であり、防露性に関する問題は全くみられなかった。また、夏季においては防湿気密層の外気側表面倒変が断熱材中心部の露点より低い場合も出現することが確認できた。しかし、この現象が発生する頻度は僅かであり、壁体内部の相対湿度は日平均60%前後の中湿度であることが分かった。第3章では、多孔質の建築壁体における熱水分同時移動モデルの一般式についてレビューを行い、本研究で用いる基礎式を示した。第4章では、透湿性断熱壁体について夏季を想定した実験室実験と数値解析を行った。その結果、断熱材の室内側相対湿度は50〜70%であり、日中高湿度にはならないことが明らかになった。また、吸放湿性断熱材(セルロースファイバー)は壁体の急激な湿度変動を緩和する効果があり、その効果は吸湿過程でより顕著であることが分かった。なお、数値解析の結果は、壁体内部の温湿度及び透湿量において実験値とよく一致し、予測計算手法として概ね有効であることを確認できた。第5章では、第4章の実験で使用した6種類の透湿壁体モデルと、各モデルに防湿層を加えた防湿壁体モデルを対象に数値解析を行い、各々の壁体が潜熱冷房負荷へ及ぼす影響について検討した。その結果、換気が無い場合、室内の潜熱発生量を除けば、透湿壁体の潜熱負荷は防湿壁体に比べて最大2倍程度であることが分かった。しかし、この透湿潜熱負荷(正味量)は換気潜熱負荷の10%程度である。第6章においては、第4章と第5章の研究成果に基づき木造住宅の防露設計を構築するための考察を行った。そのために、壁体構成材の湿気物性値と壁体内部の湿度・含水率・水分流との関係を把握できるチャートを作成し、これらのチャートが防露設計における資料として有効であることを示すことができた。第7章では、上述の第1章から第6章までの研究成果をまとめた。

 以上のようにして、本研究では木造住宅の防露設計に応用することを目的として、実測・実験及び数値解析に基づき、繊維系充填断熱壁体における熱・湿気性状と潜熱冷房負荷への影響を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、木造の繊維系充填断熱壁体における熱湿気性状と潜熱冷房負荷について研究したものである。近年は非寒冷地の住宅であっても、居住性の確保と省エネルギーの観点から十分な断熱をすることが常識となっており、国の省エネルギー基準の抜本的改定などもあって、住宅の断熱化は急速に進んでいくものと考えられる。しかし、非寒冷地や温暖地における断熱化の技術は決して確立されているわけではない。壁体断熱の技術は、日本では北海道などの寒冷地において冬の寒さに対処するために進化・発展を遂げたものである。したがって、繊維系断熱壁体の内部結露に対しては室内側の防湿気密層で防止するという方針が採用されている。であるが、この方針は、非寒冷地においても妥当性や最適性が検証されているわけではない。この理由は、もちろん非寒冷地においては断熱化の必要性がなかなか認識されず、技術開発や研究への着手が遅れたためにすぎない。そのため、セルロースファイバーのような開発研究が進んだ部門においては、防湿気密層を除去した仕様が開発されるなどしているのが現状である。

 上記のような現状を鑑み、本研究では、最終的なゴールを、非寒冷地における繊維系断熱壁体の設計法の構築に設定した。本研究はこのための第一歩であり、現場実測の結果を踏まえながら、実験室実験と熱湿気同時移動シミュレーションを駆使して繊維系充填断熱壁体における熱湿気性状と潜熱冷房負荷を明らかにした。また、透湿壁体(壁体中に防湿層がなく、湿気を比較的多く透過する壁体)の潜熱冷房負荷への影響を解析したり、さらには壁体設計に関するチャートを試作した。研究の最大の眼目は、透湿壁体の温湿度性状を把握し、結露や潜熱冷房負荷の増大などの透湿によるマイナス面が過大にならない気候条件等を明示することにある。以下、章ごとに本研究の概要を示す。

 第1章では、既往の研究についてレビューを行い、本研究の位置付けを示した第2章では、東京近郊の枠組壁工法の寒冷地型防湿壁体において壁体内部の温湿度性状に関する現場実測を行い、結果をまとめた。その結果、冬季においては相対湿度は平均で40%以下であり、防露性に関する問題は全くみられないこと、また、夏季においては発生頻度は低いが日中に壁体表面温度が露点より低くなる場合があることを確認した。第3章では、多孔質の建築壁体における熱水分同時移動モデルの一般式についてレビューを行い、本研究で用いる基礎式とシミュレーション解析の方法を示した。第4章は、透湿性断熱壁体について夏季を想定した実験室実験と数値解析を示したものであり、本論文の中核をなすものである。実験や解析の結果、断熱材の室内側相対湿度は50〜70%であり、日中高湿度にはならないことが明らかになった。また、吸放湿性断熱材(セルロースファイバー)は壁体の急激な湿度変動を緩和する効果があり、その効果は吸湿過程でより顕著であることが分かった。なお、数値解析の結果は、壁体内部の温湿度及び透湿量において実験値とよく一致し、予測計算手法として概ね有効であることを確認した。第5章では、第4章の実験で使用した6種類の透湿壁体モデルと、各モデルに防湿層を加えた防湿壁体モデルを対象に数値解析を行い、各々の壁体が潜熱冷房負荷に与える影響について検討した。その結果、換気が無い場合、室内の潜熱発生量を除けば、透湿壁体の潜熱負荷は防湿壁体に比べて最大2倍程度であることが分かった。しかし、この透湿潜熱負荷(正味量)は換気潜熱負荷の10%程度である。第6章においては、第4章と第5章の研究成果に基づき木造住宅の防露設計を構築するための考察を行った。そのために、壁体構成材の湿気物性値と壁体内部の湿度・含水率・水分流との関係を把握できるチャートを作成し、これらのチャートが防露設計における資料として有効であることを示すことができた。第7章は、第1章から第6章までの研究成果をまとめ、総括するとともに、今後の課題を整理したものである。

 以上のように、本研究は、木造住宅の防露設計に応用することを目的として、実測・実験及び数値解析に基づき、繊維系充填断熱壁体における熱・湿気性状と潜熱冷房負荷への影響を明らかにし、透湿壁体の可能性も示したものであり、建築環境工学の発展に大いに寄与すると考えられる。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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