学位論文要旨



No 117604
著者(漢字) ペツ,ペンシャイ
著者(英字) PETCH,PENGCHAI
著者(カナ) ペツ,ペンシャイ
標題(和) 道路側溝粉塵中の多環芳香族炭化水素類プロファイルの物性とその起源解析
標題(洋)
報告番号 117604
報告番号 甲17604
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5321号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 高野,穆一郎
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 講師 荒巻,俊也
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、道路粉塵中の多環芳香族炭化水素類(PAHs)の起源解析において各発生源のPAHsプロファイルの特徴を利用することを考え、その解析に必要となる基礎情報やその考察すべき項目として、次の点を取り上げた。

1)想定されるPAHs排出源のPAHsプロファイルの特性を評価すること

2)粒径別道路側溝粉塵のPAHsプロファイルの特徴解析を行うこと

3)道路側溝粉塵中PAHsの起源解析と道路の交通条件との関連性を考察すること

 このPAHs起源解析では、US-EPAによって指定された16PAHsの分析データが文献値としても多く存在していることに着目し、16PAHsのうち、溶解性および分解性が比較的低く、側溝粉塵試料中での存在割合が安定していると考えられる12成分(ph: Phenanthrene、An: An thracene、Fr: Fluoranthene、Py: Pyrene、Ba: Benz(a)anthracene、Ch: Chry sene、Bf: Benzo(k)fluoranthene+Benzo(b)fluoranthene、Bpy: Benzo(a)pyrene、 In: Indeno(1、2、3-cd)pyrene、Db: Dibenz(a,h)anthracene、Bpe: Benzo(ghi)pery lene)の組成比(以後、12-PAHsプロファイルと呼ぶ)を用いた。既存の文献値に加え、データが不足している発生源プロファイルデータを新たに分析して、多種多様なデータを有効に活用した点に本研究の特色がある。本研究で得られた主な知見を研究項目ごとに記述する。

1.想定されるPAHs排出源の特性解析

 側溝粉塵中PAHsの排出源として、ディーゼル車排気物、ガソリン車排気物、タイヤ、舗装材、アスファルト、アスファルトおよびタイヤ以外の石油生産物、自動車エンジン以外の燃焼活動排出物など7種類の排出源を想定して、文献値と本研究での分析値を合わせて189データを取上げた。

 まず、12-PAHsプロファイルデータに主成分分析を適用して、共通した特徴を主成分として抽出したのち、その主成分係数の類似性をクラスター解析により評価して類型化を行った(以下、PC-クラスター解析法と呼ぶ)。この類型化法を適用したことにより、12-PAHsプロファイルデータにクラスター解析を直接適用する場合に比べて、相関が比較的低く、より明確な特徴を有する11グループの排出源に分類することができた。そのうち、2グループはガソリン車排気物試料のみ、2グループは自動車エンジン以外の燃焼活動排出物試料のみによって構成された。他のグループにはいずれも2種類以上の排出源データを含んだものの、類型化した排出源グループのうち9つは、「ディーゼル車排気物」、「ガソリン車排気物」、「タイヤ」、「舗装&アスファルト」など主構成排出源を明確に読みとることが可能であった。

2.粒径別道路側溝粉塵試料中のPAHsプロファイルの特徴解析

 自動車走行量や乗用車:貨物車の比などが異なる9本の都内道路において、側溝粉塵45試料を湿式回収法により採取した。そのうち、23試料はステンレスメッシュを利用して粒径別4画分(0.1-45μm画分、45-106μm画分、106-250μm画分、250-2,000μm画分)に分画し、合計45の未分画試料および92の画分試料を解析対象とした。試料中のPAHsは、ジクロロメタンを溶媒として超音波抽出法(100W、30分)により回収して、GC/MSにより定量した。

 2.1未分画試料中のPAHsプロファイル

 道路側溝粉塵試料の多くは、Ph、Fr、Py、Bpeがそれぞれ約10%以上の存在割合を示し、他の成分より多く存在する共通性が見られた。京葉道路および青梅街道道路の未分画試料に関しては、他の7道路の場合と違って特異的なPAHsプロファイルが一例ずつ観測された。粉塵試料のPAHsプロファイルは、PC-クラスター解析法により、8パターンに分類できた。同じ道路の多くの側溝粉塵試料は、環七通り、環八通りおよび本郷通りの場合においては同一グループに分類されたが、他の6本の道路では、異なるグループに属した。したがって、側溝粉塵未分画試料中の12-PAHsプロファイルを単純に道路別の特徴として示すことが難しいと考えられた。

 2.2粒径別試料中のPAHsプロファイル

 側溝粉塵試料23組の粒径別画分ごとの12-PAHs堆積割合は、4パターンに分類できた。堆積量の50-60%を占める主要画分が、試料数の多い順番から、粒径0.1-45μm画分や粒径106-250μm画分、次いで粒径250-2,000μm画分であった。同じ道路の側溝粉塵試料でも、異なるグループに属した場合が多く、粒径別でのPAHs堆積量も道路ごとの特徴として示せなかった。この点は、上記の未分画の12-PAHs-プロファイルが道路別に明確に類型化できないことにも関連していると推察された。

 また、12-PAHs堆積量については、粒径0.1-45μm画分および粒径106-250μm画分の場合は、全試料が10-50μgPAH/m-gutter程度を値示したのに対し、粒径250-2,000μm画分の場合は100μgPAH/m-gutter以上という極端に高い場合と10μgPAH/m-gut ter以下という低い場合に分かれることがわかった。以上の結果を側溝粉塵の雨天時流出に関連付けて考察したところ、都内の道路側溝粉塵からのPAHsの雨天時流出負荷として、粒径0.1-45μm画分、106-250μm画分だけでなく、粒径250-2,000μmという大きな粒径画分も重要な粒径サイズとなる可能性が示唆された。

3.道路側溝粉塵中のPAHsの定量的な起源解析および交通条件との関連性

 8道路における側溝粉塵の未分画試料(23試料)とその粒径別画分試料(92試料)について、1.で類型化された11の排出源グループのPAHsプロファイルを説明変数とし、変数増加法に基づいて重回帰分析を行い、各排出源グループの寄与率を求めてPAHsの起源推定を行った。

 3.1側溝粉塵中PAHsの各排出源グループの寄与率

 未分画試料の場合については、7本の道路において道路ごとに共通の主排出源を重回帰分析により推定することが可能であった。そして、主要起源と認識された排出源グループの寄与率を道路別に考察したところ、環七通りおよび清澄通りの場合は、排出源として「ディーゼル車排気物」および「タイヤ」の寄与が同時に確認された一方で、「舗装材&アスファルト」の寄与が少ないことが明らかとなった。一方、荒玉川水道道路、昭和通りおよび桜田通りの場合では、「ディーゼル車排気物」および「舗装材&アスファルト」の寄与が同時に認められるのに対し、「タイヤ」の寄与率は比較的少なかった。以上の結果により、「ディーゼル車排気物」と「舗装&アスファルト」及び「タイヤ」の両排出源との間に関連性があると読み取れ、自動車、特に、大型貨物車に代表されるディーゼル車走行に伴ってタイヤまたは舗装材の磨耗粉塵が発生する傾向があると推察した。

 全体的には、側溝粉塵23試料中の22試料において、「舗装材&アスファルト」、「タイヤ」および「ディーゼル車排気物」の3排出源の合計寄与率が高い値を示した。これにより、交通条件の異なる道路においても側溝粉塵試料中の主たるPAHsは、これらの3つの排出源に由来すると考えられる。

 3.2粒径別側溝粉塵中PAHsの各排出源グループの寄与率

 粒径別画分試料についても同様な排出源寄与率推定を行ったが、すべての道路に共通した画分ごとの寄与率パターンの特徴を見出すことができず、粒径の相違以上に道路や採取日の違いがより重要な寄与率決定支配因子であることが推察された。環八通りの試料を除き、同一道路でも排出源寄与率パターンが粒径別画分ごとに大きく異なる場合があった。したがって、粒径に依存した雨天時の粉塵流出特性を考慮して、20mm程度の降雨条件でのPAH流出量を推定したものの、全体的には各排出源寄与率パターンは晴天時の未分画試料における排出源寄与率パターンにほぼ等しい結果となった。

 3.3各排出源の寄与率と交通条件との関連性

 側溝粉塵の未分画および画分試料における排出源寄与率が、自動車走行量(台/日)に依存せず、乗用車:貨物車の比や大型車混入率または、舗装の構造の影響を大きく受けると推定した。はっきりとした傾向は読み取れなかったが、大型車混入率は、ディーゼル車排気物グループの寄与率、P/F比や舗装の構成はタイヤグループおよび舗装材&アスファルトグループの寄与率に大きい影響を及ぼすと推測した。

 本研究では、PAHs各成分の存在比に基づいた多変量解析手法を活用して、多数のPAHs排出源データをPC-クラスター解析により類型化し、それらを説明変数として重回帰分析を行うPAHs起源解析法を提案した。その成果として、道路堆積粉塵中のPAHsは従来多く認識されている自動車排気物と同様に、舗装材やタイヤも重要なPAHs排出源である可能性が示唆された。また、粒径別道路粉塵試料のPAHs排出源寄与率の解析結果から、排出源は粒径の相違以上に、道路状況や採取日によってばらつく場合があることも明らかにした。今後の課題として、PAHs排出源に特異的な指標物質を見出し、PAHsの12成分に加えてその成分も補助的にプロファイル情報として利用することで、より精度の高い起源解析を行うことが考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,環境汚染物質として多環芳香族炭化水素類(PAHs)を取り上げ,PAHsの雨天時流出や水環境中への蓄積に着目して,その排出量を最終的に制御するために必要となる道路粉塵中のPAHs起源解析を行った研究である.この起源解析において各発生源のPAHsプロファイルの特徴を利用することを考え,各種発生源のPAHsプロファイルの文献値に加えて,独自に分析したデータを多数蓄積して整理している.そして,東京都内の側溝粉塵中PAHsの起源解析を行うことを具体的な目的として,1)想定されるPAHs排出源のPAHsプロファイルの特性を評価すること,2)粒径別道路側溝粉塵のPAHsプロファイルの特徴解析を行うこと,3)道路側溝粉塵中のPAHsにおける各排出源の寄与の定量的な解析を行うとともに,道路の交通条件と各寄与量との関連性について考察を行った研究論文である.論文は,7章より構成されている.

 第1章では,研究の背景と目的,および論文構成を述べている.

 第2章では,既存知見として,PAHsの構造や排出源,環境中における存在量,道路粉塵中のPAHsと水環境汚染との関わり,環境汚染物質の起源解析手法の整理を行っている.

 第3章では,既存のPAHs分析文献データの取りまとめを示し,新たに調査した排出源の試料およびデータの採取方法,側溝粉塵試料の採取方法や対象とした道路の交通条件,また試料中のPAHs分析方法および分析精度に関して記述している.特に,雨天時に流出する粉塵を意識して,興味ある湿式での採取方法を検討している点は評価できる.

 第4章では,多種多様なPAHs排出源について,PAHsプロファイルの文献データについて調査を行い,US-EPAの16PAHsデータが文献値としても多く存在していることから,文献値と本研究での分析値を合計して排出源189データを整理している.そのうち溶解性および分解性が比較的低く側溝粉塵試料中での存在割合が安定している12PAHs成分のデータを取り上げ,それを対象に統計的な手法によりプロファイルの特徴解析を行っている.まず,プロファイルデータに主成分分析を適用して,共通した特徴を主成分として抽出したのち,その主成分係数の類似性をクラスター解析により評価して類型化を行うことで,より明確な特徴を有する11グループの排出源プロファイルを見出している.そして,この類型化された排出源プロファイルが主要な「ディーゼル車排気物」,「ガソリン車排気物」,「タイヤ」,「舗装&アスファルト」などの代表的な排出源プロファイルであることを読みとっている.

 第5章では,交通条件の異なる9本の都内道路において,側溝粉塵45試料を湿式回収法により採取したのち,ジクロロメタンを溶媒とした超音波抽出法により試料中からPAHsを回収して,GC/MSにより定量した結果を整理している.道路側溝粉塵試料の多くは,Ph,Fr,Py,Bpeがそれぞれ約10%以上の存在割合を示すこと,粉塵試料のPAHsプロファイルは8パターンに分類できたものの,側溝粉塵の12-PAHsプロファイルを単純に道路別の特徴として示すことが難しいと結論付けている.さらに,ステンレスメッシュを利用して粒径別4画分(0.1-45μm画分,45-106μm画分,106-250μm画分,250-2,000μm画分)に分画した試料についても解析対象としている.粒径別の粉塵堆積量やPAHs堆積量,さらに単位粉塵重量あたりのPAHs含量などの特徴を整理したところ,粒径別PAHs堆積量などの指標の大小関係やプロファイルに明確な傾向が見出せないことから,単純に道路ごとでの特徴はないことを報告している.

 第6章では,類型化された11の排出源グループのPAHsプロファイルを説明変数とし,道路側溝粉塵の未分画試料(23試料)とその粒径別画分試料(92試料)について変数増加法に基づいた重回帰分析を行い,各排出源グループの寄与率を求めてPAHsの起源推定を行っている.全体的には,側溝粉塵試料の多くで「舗装材&アスファルト」,「タイヤ」および「ディーゼル車排気物」の3排出源グループの合計寄与率が高いことを示した.これにより,交通条件の異なる道路においても側溝粉塵試料中の主たるPAHsは,従来多く認識されている自動車排気物と同様に,舗装材やタイヤも重要なPAHs排出源である可能性を定量的に示唆している.

 粒径別画分試料についても同様な排出源寄与率推定を行ったところ,環八通りの試料では,粒径によらず「ディーゼル車排気物」を主排出源とする特徴的な結果が得られたものの,同一道路でも排出源寄与率パターンが粒径別画分ごとに大きく異なる場合があることを示した.結果として,すべての道路に共通した画分ごとの寄与率パターンの特徴を見出すことができず,粒径の相違以上に道路状況や採取日の違いが重要な寄与率決定支配因子であることを推察している.

 交通条件との関連性の視点からは,排出源寄与率パターンは自動車走行量(台/日)に依存せず,大型車混入率または舗装の構造の影響を大きく受けることを推察した.特に,「ディーゼル車排気物」と「舗装&アスファルト」及び「タイヤ」の両排出源グループとの間に関連性があることが読み取れたことから,大型車混入率が,「ディーゼル車排気物」の寄与率,「タイヤ」および「舗装材&アスファルト」の寄与率に大きい影響を及ぼすと考察している.

 第7章では,各章で述べた本研究の成果の取りまとめと今後の課題や展望を整理している.

 以上の成果は,環境中の毒性物質として注目されているPAHsの発生源管理や汚濁削減の視点から研究を行い,多種多様な文献値や新規分析データに対して主成分分析とクラスター解析と組み合わせた方法でPAHs排出源プロファイルの類型化を行っている.そして,その想定排出源プロファイルを説明変数として,重回帰分析を適用することで起源推定を行う手法を提案している.また,多くの道路粉塵試料を粒径別に分画した上で化学分析を施し,貴重な環境モニタリングデータを提供している.これらの知見は,都市内の道路交通由来のPAHs汚染実態を把握して,その汚濁削減を検討する上で非常に有用な貴重な知見を提供しており,都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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