学位論文要旨



No 117608
著者(漢字) アラビモガダム セイヤドモハマドレザ
著者(英字) Alavi Moghaddam Seyed Mohammad Reza
著者(カナ) アラビモガダム セイヤドモハマドレザ
標題(和) 目の粗い濾布を固液分離に用いた活性汚泥法における運転操作因子と微生物群集構造に関する研究
標題(洋) STUDY ON OPERATIONAL PARAMETERS AND MICROBIAL POPULATION STRUCTURE IN COARSE PORE FILTRATION ACTIVATED SLUDGE PROCESS
報告番号 117608
報告番号 甲17608
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5325号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、不織布でできた濾布を用いて濾過モジュールを活性汚泥法における固液分離に用いたプロセスを開発し、その処理機構について論じたものである。これまで精密濾過膜による膜モジュールを固液分離に用いた、膜分離式活性汚泥法という手法が知られている。汚泥濃度を高く維持できるため、反応槽を小さくすることができ、また沈殿池も不要であるため、省スペース型の活性汚泥法として注目されている。本研究では、この精密濾過膜の代わりに、不織布でできた濾布を用いている。

 不織布による濾布は、精密濾過膜と比べて目が粗く、目の形も不規則である。このため、20-30cmの水頭で処理水を引き抜くことが可能であり、膜分離に比べて、高フラックスでの処理が可能である。エネルギー消費を押さえることもできる。さらに不織布は、精密濾過膜に比べてはるかに安価であるため、初期投資やランニングコストを大幅に削減することができる。当然処理水質は、膜分離式活性汚泥法に比べて、特にSSや濁度の点で不安定になるものの、許容範囲内といえるので、不織布による濾布を固液分離に用いた活性汚泥法は、革新的で環境にも優しい水処理技術であるということができる。

 そこで本研究では、本プロセスの運転操作因子が、処理性能や微生物群集構造に与える影響を調べることを目的とした。さらに、汚泥の性状と濾布の目詰まりの関係を調べることも目指した。これらの目的を達するため、本研究では以下の3段階に分けて実験を行った。

 第一段階では、プロセスの性能を概観し、汚泥収率をチェックすることを目的とした。目の粗い不織布でできた濾過モジュールを、有効容量30Lの実験室スケールリアクターに沈め、完全混合好気条件で運転した。水理学的滞留時間(HRT)は7.5-8時間、フラックスは1m/d、流入TOCは100mgC/Lに保った。濾布は、定期的に空気洗浄を行い、空気洗浄後3分間は処理水をそのまま排出せずリアクター内に循環させた。この運転の結果、目の粗い濾布を固液分離に用いた活性汚泥法では、8000mgMLSS/Lという高MLSS濃度においてまで運転が可能であることが明らかとなった。また、流出水のSS、TOC、DOC、濁度は、バルキングが起こってからの方が改善するのが観察された。平均汚泥収率は、約0.24kgMLSS/kgBODremovedだった。汚泥収率が低かったのは、汚泥滞留時間(SRT)が長かったことと、原生動物などの高次微生物が存在したためであると考えられる。

 一方、東京都の下水処理場において、同様の実験をパイロットプラントスケールと実スケールの両方で行った。この結果、運転期間を通して安定した処理水質が得られることを確認した。

 本研究の目的は、運転操作因子が処理性能に与える影響を調べることである。そこで第二段階では、まずフラックスや曝気強度、汚泥滞留時間などの運転操作因子が処理性能に与える影響を調べるため、短期実験と長期実験の二つの実験を行った。有効容量10.5Lの完全混合リアクターを3つ用意し、それぞれに不織布でできた目の粗い濾布を組み込んだ濾過モジュールを沈め、連続運転を行った。モジュールの空気洗浄や逆洗は行わず、不定期にモジュールをリアクターから取り外して洗浄した。まず、フラックスと曝気強度の影響を調べるため短期実験を、ついで汚泥滞留時間の影響を調べるため長期実験を行った。

 短期実験の結果、フラックスは重要な因子であることがわかった。高いフラックスでは、汚泥が濾布モジュールの内側にまで入り込んでしまい、流出水質が低下した。この現象は、とくにMLSS濃度が高いときに見られた。一方、曝気強度は、2-10L/minの間で変化させても、流出水質に大きな変化は見られなかった。

 長期実験では、汚泥滞留時間をそれぞれ10日、30日、75日として、3つのリアクターを運転した。75日というのは、汚泥滞留時間を長くするため、余剰汚泥の引き抜きを行わずに運転したものである。しかし、水質の測定などで最低限の汚泥はサンプリングしているため、これを計算すると、平均汚泥滞留時間が75日と計算された。フラックスは1m/d、流入TOCは100mgC/Lとした。長期実験の結果、汚泥滞留時間10日と30日で運転したリアクターでは、洗出水中の平均SSはそれぞれ1.7、2.9mg/Lとなり、そのほか濁度、TOC、DOCも許容範囲内におさまった。一方、汚泥滞留時間を長くした(75日)リアクターでは、運転80日目以降から、濾布モジュールに目詰まりが観察され、流出水質が低下した。目詰まりが起こると、濾布モジュール内の負圧が大きくなり、汚泥が濾布を通過することが可能となって、流出水質が悪化したと考えられる。汚泥滞留時間を長くしたリアクターにおける汚泥収率の最小値は、0.19kgMLSS/kgBODremovedであり、膜分離活性汚泥法(MBR)や生物学的好気フィルター(BAF)でみられる収率とほぼ同じレベルだった。

 長期実験ではさらに、異なる汚泥滞留時間で運転した場合に見られる微生物群集動態や微生物産生物質についても調査を行った。上記3つのリアクターについて、糸状菌の量や細胞外高分子物質、後生動物の存在を調べた。この結果、汚泥滞留時間を10日にコントロールしたリアクターにおいて、非常に多量の糸状菌が観察された。また、細胞外高分子物質ももっとも多く検出された。滞留時間を10日にコントロールしたリアクターは、もっとも流出水質が良好だったリアクターである。一方、濾布モジュールが目詰まりしたリアクターでは、MLSS濃度が高く、糸状菌量は少なかった。また、Pristina sp.やTardigradeなどの後生動物が多く観察され、高い細胞外高分子物質濃度も観察された。fluorescence in situ hybridization (FISH)法の結果から、増殖していた糸状菌の大部分は、Eikelboomの分類におけるタイプ021Nの第二群であった。

 第三段階では、目の粗い濾布による固液分離を無酸素好気運転と通常の好気運転に用い、それぞれの運転において、処理性能や濾布の目詰まりと微生物群集との関係を調べた。好気運転でのMLSS濃度は、運転最後の数日で10,000mg/Lを超え、本研究を通しての最高濃度を記録した。これは、濾布モジュールの洗浄頻度を上げたためだと思われる。

 糸状菌は、概して好気運転の方で多く観察された。FISH法によると、これらの糸状菌は、運転開始から30日目まではタイプ021Nの第二群に属するものが大部分であった。しかし30日目以降は、FISH法ではほとんど糸状菌は観察されなかった。30日目以降に存在した糸状菌の分類は不明である。一方、無酸素好気運転で出現した糸状菌は、ほとんどが021Nの第二群に属するものであった。濾布の目詰まりは、無酸素好気運転では65日目から、好気運転では70日目から、観察された。目詰まりの程度は、無酸素好気運転における目詰まりの方がより深刻であった。

 以上、目の粗い濾布を固液分離に用いた活性汚泥法を、様々な運転条件下で運転した結果、濾布の目詰まりは、重度、中度、軽度またはほとんどなしの3つのタイプに分類できた。重度の目詰まりは、無酸素好気運転における好気槽で用いた場合に観察され、濾布モジュールの投入後数時間で流出水質は悪化した。中度の目詰まりは、主に汚泥滞留時間を長くしたときの好気槽で観察され、濾布モジュールの投入後数日で流出水質が悪化した。目詰まりが軽度であるかほとんど起こらないときは、モジュール洗浄後数週間にわたって流出水質は安定して良好であった。このような状態は、汚泥滞留時間を10日または30日程度にコントロールしたときの好気槽で主に観察された。

 糸状菌が少なく、かつMLSS濃度が高い状態の汚泥が、濾布目詰まりを引き起こす大きな要因であると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、廃水処理の中心技術である活性汚泥法での固液分離として不織布でできた粗い目の膜を利用するという新しい技術を確立するための工学的基礎研究として位置づけられ、「STUDY ON OPERATIONAL PARAMETERS AND MICROBIAL POPULATION STRUCTURE IN COARSE PORE FILTRATION ACTIVATED SLUDGE PROCESS (目の粗い濾布を固液分離に用いた活性汚泥法における運転操作因子と微生物群集構造に関する研究)」と題する。

 下水処理など一般の廃水処理で用いられる活性汚泥法では固液分離技術として沈殿池を用いるのがふつうであり、活性汚泥(処理をになう微生物)の沈降性が悪化した場合に処理性能が著しく損なわれるバルキングを呼ばれる現象が運転管理上の重大な問題となっている。これに対する一つの技術的解決策として開発されたのが本研究で対象とする不織布分離活性汚泥法である。本法では不織布自体が固液分離を担うわけではなく、その表面に形成された生物膜がろ過の主体となるものである。処理水質としては精密ろ過に劣るものの、小さな水頭差でろ過が可能であり、初期投資やランニングコストを大幅に削減することができる可能性がある。処理水質は、精密ろ過膜に比べて特にSSや濁度の点で不安定になるものの、許容範囲内といえるので、不織布による濾布を固液分離に用いた活性汚泥法は、革新的で環境にも優しい水処理技術であるということができる。本論文は、不織布を固液分離に用いた活性汚泥法のもつ最大の弱点である膜の目詰まりの機構に焦点を当て、運転操作因子が処理性能や微生物群集構造に与える影響を調べること、および、汚泥の性状と濾布の目詰まりの関係を調べることを目的としておこなった実験的研究の成果をとりまとめたものであり、9章からなる。

 第1章は「INTRODUCTION」であり、本研究の対象技術である粗い目の濾布を固液分離に用いた活性汚泥法、および関連技術である膜分離活性汚泥法の技術的意味づけを論じ、本研究の目的を述べている。また、本論文の構成を説明している。

 第2章は「LITERATURE REVIEW」であり、関連する既存の知見をまとめている。不織布を用いた活性汚泥法は日本で開発された新しい技術であり、現在も自治体の下水処理の現場や関連企業において実証研究が進められている。その現状や本技術の特徴をまとめている。また、類似技術である膜分離活性汚泥法との差異について整理し、さらに、本研究が微生物の群集構造と処理性能の関連を論じようとしていることから、活性汚泥法に関与する微生物の群集構造解析手法に関するレビューをおこなっている。

 第3章は、「MATERIALS AND METHODS」であり本研究で用いた実験・分析の手法について記述している。

 第4章からは実験結果が述べられており、まず第4章は「COURSE PORE FILTRATION ACTIVATED SLUDGE PROCESS」と題して、実験室内に設置したパイロットプラントにより本装置の基本性能や汚泥収率の評価を行った結果が示されている。結論の一つとして、沈殿池による固液分離をおこなう標準活性汚泥法では障害となる糸状性微生物の発生が本法においては安定した固液分離に寄与することが示され、本法の新たな可能性を示唆する結果となった。なお、本研究での実験では無為な運転上のトラブルを避けるため、ヘッド差ではなくポンプによる吸引で処理水を引き抜くこととし、また逆洗浄はやらない方針で装置を設計した。そのような装置の妥当性も確認したことになる。

 第5章は「EFFECT OF IMPORTANT OPERATIONAL PARAMETERS ON THE PERFORMANCE OF COARSE PORE FILTRATION ACTIVATED SLUDGE PROCESS」であり、不織布膜表面における流量フラックス・曝気強度・汚泥滞留時間(SRT)・汚泥性状などの因子がプロセスの処理性能、とくに固液分離性能の安定性に与える影響を実験的に検討した結果が示されている。これらの因子の処理性能に与える影響を定量的に示すことができたと言える。

 第6章は「MICROBIAL COMMUNITY ANALYSIS OF COARSE PORE FILTRATION ACTIVATED SLUDGE PROCESS UNDER DIFFERENT SRT」と題し、第5章で扱った実験において、微生物群集の構造が処理性能にどのように影響するかを論じている。微生物群集構造の指標として、糸状性微生物の種類と量、微小動物の種類と量、微生物由来細胞外ポリマーの量を取り上げ、それらと特に膜目詰まりとの関連について検討した。結果的に、糸状性微生物の量が固液分離の安定性に非常に強く影響していることが示された。また、微小動物の種類や量は、固液分離の安定性にはあまり影響せず、また、精密ろ過において目詰まりに影響する重要な因子である細胞外ポリマーは、本法においては処理水質にとくに強い影響を与えるものではないことも示された。

 第7章は「PERFORMANCE AND MICROBIAL COMMUNITY ANALYSIS OF COARSE PORE FILTRATION ACTIVATED SLUDGE PROCESS FOR CARBON AND NITROGEN REMOVAL」である。ここでは、栄養塩除去を目指して汚泥濃度をできるだけ高く維持したパイロットプラントを運転し、その処理性能および微生物群集に関して検討している。結論として、第4-6章で得られた結論をさらに追認できたことに加え、汚泥濃度を最大10,000mg/L程度にまでは上げることができる可能性を示した。

 第8章は、本論文の中核をなす章であり、「COARSE PORE FILTRATION MECHANISM AND CLOGGING」と題する。本章では、第4章から第7章までの結果を総合して、本法における膜目詰まりのメカニズムとその影響因子について論じている。目詰まりに対してもっとも強く影響する因子は糸状性微生物の量と汚泥濃度であり、これらの状況により目詰まりの程度を3タイプに分類できることを示した。そして、これまでの常識では望ましくないとされているものの本来の有機物除去能力は非常に高いとされる糸状性微生物を、本法では積極的に利用できる可能性を提案している。

 第9章は「CONCLUSIONS AND RECOMMENDATIONS」であり、本研究全体を総括し得られた結果をとりまとめると、今後おこなうべき研究やそのための戦略について提言している。とくに、糸状性微生物を積極的に利用することにより、ある種の工場排水処理や中間的な固液分離が必要な処理プロセスにおいて本技術が新しい可能性を提示していることを指摘しているのは本研究の大きな成果と言える。

 粗い目の膜による固液分離を活性汚泥法において用いることは、土地の少ない東京のような高密都市においては沈殿池の代替技術として、また途上国にあってはエネルギーのかからない小型簡易固液分離技術として発展してゆく可能性があり、さらに本研究の結果から、これまでの活性汚泥法では嫌われていた糸状性微生物を積極的に利用することで全く新たな技術分野を開拓する可能性も出てきた。また、本法が最終的な処理水質を安定して保証するプロセスというよりは、簡便な固液分離技術としてプロセスの途中で固液分離が必要なケースにおいて威力を発揮する可能性も指摘している。結果的に、本技術がこれまで想定されていた枠組みを越えて新たな使い方の可能性を持っていることを示すものである。以上のような観点から、本研究は都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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