No | 117609 | |
著者(漢字) | ファン チュイ ロアン | |
著者(英字) | PHAM THUY LOAN | |
著者(カナ) | ファン チュイ ロアン | |
標題(和) | ベトナム・ハノイ市における住宅開発供給システムの構造と住宅地の環境についての研究 | |
標題(洋) | Study on Structures Of Housing Provision And Residential Landscape In Hanoi City | |
報告番号 | 117609 | |
報告番号 | 甲17609 | |
学位授与日 | 2002.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5326号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 都市工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 都市問題の中でも住宅の供給は一番重要なテーマである。住居は生きるうえで欠かせないものであり、人々の生活の質にとても深く関わる。人々の文化やライフスタイル、社会的公正や政治への影響はもちろんだが、都市面積の大部分を占める住宅地の物的環境が、都市自体の生活の質を特徴付けているといえる。 ハノイをはじめとするベトナムの諸都市において、社会経済及び都市開発に関する様々な議題のなかでも、これまで住宅の供給は最も差し迫った、そして困難な課題であり続けてきた。既存の住宅の劣化、供給不足、劣悪な居住環境、管理不足、供給の不公正の問題など、ハノイは様々な問題を抱えている。このような大きな問題を抱えるに至った背景には、それぞれ異なる社会経済状況下において住宅供給の仕組みが変化しつづけ複雑化してきたことがある。 1945年の独立、75年の国家統一の後、中央政府による計画経済のもとでベトナムは社会主義的住宅開発を行った。その間ハノイでは、国の補助金で多数の公営住宅が造られ公務員に供給された。また1986年からは経済改革にともなって住宅と不動産運営にも変化が起きている。中央政府は唯一の住宅供給者として直接関与することをやめ、個人の住宅建設を奨励するようになった。その結果、1990年代初め以降の住宅建設は「自己責任供給型」、つまり個々の家計が住宅生産主体として機能することとなった。近年ハノイの都市政策担当者らは、危機的な住宅不足と人々による住宅生産が制御不能に陥っていることに頭を抱えている。ハノイ市が住宅不足を補うため1998年打ち出した新しい開発政策ではまた、計画による秩序と制御力の回復、および住宅市場の発展をねらいとしている。これは市場主義的政策であり、住宅開発の新しい時代がハノイで実現しようとしている。 ハノイの住宅問題への切り口として、本研究では住宅開発、住宅開発政策、そして物理的アウトプット(成果物)という3つのコンセプトからなる総合的な分析の枠組みを用いている。住宅開発とは(1)投資や企画段階を含む建設(修復)、(2)住宅の引渡し、(3)住宅消費という包括的なプロセスを指す。そして、様々な主体がプロセスの中で異なる役割を演じ、彼らの経済的社会的関係が1つの仕組みをかたちづくる様子を、ここでは住宅開発制度と呼んでいる。 1つ目の研究課題は「行為者」「行為」とその結果生まれる「物理的成果物」との平均的・一般的な関係を明らかにすることである。 これまで時代ごとに採用されてきたハノイの住宅開発手法である、社会主義下での国家供給モデル、改革後の自己責任供給モデル、そして1998年以降の市場主義的包括的モデルという3つのモデルにそれぞれ分析を加えた。 2つ目の研究課題は各モデルについて、その制度と物理的成果物という点においてメリット・デメリットを評価することである。また、成功や失敗が示唆する重要な点を見つけ出すことである。 研究は以下のような手順で行われた。まず各モデルの背景となる政治的、社会経済的、また文化的文脈を分析し、住宅開発制度に影響を与えた重要な事実を認識する。その後、住宅開発における変数、つまり中心的な役割を演じた主体、主体相互の経済的関係などを分析している。文献、政府関係資料、2次的データ、聞き取り調査やアンケートによって得られた情報をもとに、彼らの行動パターンを分析し、行動原理(動機)について論じた。3つのケーススタディ、トルング・トゥー地区、ギアパット居住区、リンダム開発計画をそれぞれ用い、各モデルにより造られた物理的環境を評価した。 1つ目の研究課題についていえば、関係する主体や彼らの行動パターンの変化によって住宅開発制度に変化が生まれた場合には、最終的にもたらされる物理的環境も変化することが分かった。大規模開発を擁する住宅開発制度のもとで造られた住宅地は概して良いインフラ環境は整っているものの、住宅の質やまちなみの豊かさなどの点では必ずしも満足のいくものではない。一方、人々の自発的な行動を促す制度は豊かな住宅環境をもたらすが、インフラの質という点では一定のレベルに到達できない。インフラ整備は居住環境にとって重大な影響を及ぼすが、それは個々の政策や主体同士の協力によってのみ可能となり、政策の規模や専門家の素質などに左右されやすい。他方、いかなる住居であっても占有している住民の個性、意思、好みが反映され、暮らしに合った姿につくり変えられてゆく。そのため住宅供給のプロセスにおいて住民は、一定レベルの自発的行為と参加を常に要求するのが普通だ。 第2の研究課題である、各モデルの長所・短所は次のようになる。 国家供給モデルは国がすべての主権を握る中央集権的な住宅供給、政策理念、標準化された工業生産が特徴的であり、住民には受身的役割のみ与えられる。このモデルの下では、住宅への投資サイクルは破綻しやすく国家財政に負担となってのしかかるだけでなく、低い家賃、持ち家率ゼロ、人々の受身的態度をつくり出すなど、政府が継続的に住宅を供給し、仕組みを維持していくことは不可能だった。物理的成果を見ても、機能的な土地利用や整った空間的配置を生み出した一方、魅力的な居住環境、多様な家族構成のニーズに対応した住戸の供給という面では力不足に終わった。 自己責任供給モデルにおいては国民が住宅開発の第一の主体となる。企画、投資、建設、設計、仕上げまですべて自発的に行われる。この仕組みは非集権的、自助的思想の住宅供給と、プロセスにおける市民自治、参加が特徴的である。これらの長所により、小さな資源(小規模資本、労働力、伝統的な職人)の利用が活性化される。また、ある意味誰もが自らの能力に見合った住居を手に入れられるという社会的重要性もある。しかしながら、建設のスケールが非常に断片的で漸進的なため、インフラの計画・供給は欠如、もしくは著しく不足することになる。質の良い住宅、魅力的なまちなみが創出される一方で、まち全体としての環境はあまり望ましいものにはならない。 最後の市場主義的包括的モデルでは、総合的な計画や投資、インフラ整備によってより良い環境の住宅地が実現されている。自治体政府がプランナーとして市全体の開発計画、ディヴェロッパーとしての機能、出来上がった住宅を買い上げる消費者としての役割を演じる。そのプロセスは生産面では官僚的だが供給の側面では市場志向型である。ただし現状では3つの問題点が指摘されている。低所得者層への供給不足、投機的な土地所有の増加、人々の生活のニーズにそぐわない住宅の開発などがある。 現時点において、ハノイを含むベトナムの諸都市における住宅開発は未だ実験的段階にある。本研究によって明らかになった政策への示唆としては、自己責任による市民独自の開発と大規模プロジェクトの2つの軸は維持されるべきだろう。むしろ、様々なスケールや状況、および計画段階において公共と民間のパートナーシップの機会を増やし、大規模と小規模開発の組み合わせ、集合的アクションと個人レベルとのかみ合わせを進めることが、今後可能性のある住宅政策といえるのではないか。 | |
審査要旨 | 本論文は、ベトナム・ハノイ市における住宅地に関して、その環境的な特徴と住宅開発供給システムの構造との関連を詳細に調査し、明らかにしたものである。論文は7章からなっている。論文の目的、構成を述べた導入の第1章及び既往研究を概観し、本研究の枠組みを述べた第2章は全体の序にあたる。つづく第3章において事例研究の対象とするベトナム・ハノイ市の都市形成史をまとめ、現状における都市行政機構を概説し、都市空間とりわけ居住地区の空間的特性を公共住宅型、自力建設型、市場・総合型の3種の住宅供給のシステムに起因するものとして大別しつつ要約している。第3章は以降の事例研究の大枠を決める居住環境の類型化をおこなっている点、並びに居住環境の類型化は住宅生産システムに拠っており、両者に緊密な関係があることを研究の枠組みとして示している点で重要である。 第4、5、6章はそれぞれ公共住宅型、自力建設型、市場・総合型の住宅供給システムごとに、各住宅供給システムの具体的なフローと鍵となる役割を担っているセクターの動向、同住宅供給システムの全体に占める割合、結果的に生成される居住空間の特徴とその評価について具体的な地区の調査をもとに考察している。 第4章では、ドイモイによる改革が開始される前の1985年までの社会主義的な公共住宅政策を総括している。住宅政策は社会政策の一環としておこなわれ、各人が有する同等の権利を満たす住宅供給システムとは安価で画一的な住宅の生産に主眼が置かれ、住宅に対するニーズや住宅団地の立地に関する配慮はほとんどなされていないことが明らかにされている。具体的な住宅団地を取り上げた事例調査では、外部空間の意匠や維持管理への配慮が不足していること、住宅が個々の居住ニーズに対応していないため、広範な不法増築がおこなわれていることが明らかにされている。伝統的な近隣住区システムによって計画されている公共住宅は近年、より細かなゾーニングによる住空間の再構成が計画されており、均質的な空間構成に変化が生まれつつあるものの、全般的に画一化され、老朽化し、維持管理が万全でない住居環境に対する評価は高くない。 第5章では、1980年代後半から急速に進む経済改革と並行して出現してきた自立建設型の住宅供給について、調査をもとにまとめている。公的な介入を受けない自律的な住宅建設によって、主として2乃至4階建ての連棟型、もしくは自立型のショップハウスによる町なみが形成されている。こうした住宅の居住環境は公共住宅型と比較して大幅に向上しているものの、道路や上下水道のインフラの計画的整備が遅れており、全体として自然発生的な市街地の様相を呈している。住宅供給の生産性が低く、住宅金融のシステムが未発達のため、自立建設型の住宅を負担できる層は富裕層に偏っている点が顕著である。市街地の景観としては見るべきものがあるものの、計画的コントロールは弱小であると述べている。計画初期段階のインフラ整備などと連動することによって実り多い住宅市街地形成に寄与できる可能性が高いと結論づけている。 第6章では、さらに近年具体的な成果が見え始めてきた市場・総合型の大規模住宅供給のあり方について事例をもとに検討している。同タイプの住宅供給は2000年以降活発化してきているもので、その特徴は高層住宅棟を含む大規模開発であること及び住商の複合開発であることにある。また、広域的な基本計画との整合が図られていることも挙げられる。居住者へのアンケートによると、各住戸をより個性化するために改造を望んでいる居住者が多いことが明らかになっている。一般的に、従来の伝統的な住生活様式をいかに継承しつつ新しく供給された住宅において適合させていくかが居住者の主要な関心事である。 以上の調査研究及び考察をもとに、最終の第7章においては、ベトナム・ハノイ市における住宅供給は3種のタイプに分類できることがまとめられ、それぞれの住宅供給タイプは固有の住宅市街地景観を形成しており、両者には密接な関係があることが明らかにされている。また、従来過渡的な住宅供給様式として比較的重視されてこなかった自立建設型の住宅供給システムは、適切なインフラ整備の計画と併用されることにより、良好な住宅市街地を形成する有力な住宅供給様式であるとひょうかすることができることが実証的に示されている。 ベトナムにおける住宅供給は過渡期にあり、客観的な分析や資料収集が容易でない状況において、3種の住宅供給システムの存在とその内容を明らかにし、その結果生成される住環境との関連をあとづけ、さらに今後の住宅供給のあり方に関してこれらの分析をもとにした提言をおこなっている。これらの作業は今後のベトナムの住宅供給のあり方及び住宅地環境のあり方に関する貴重な貢献をなしている。さらに近隣途上国の住宅供給のあり方にも示唆を与えるものである。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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