学位論文要旨



No 117613
著者(漢字) 武市,昇
著者(英字)
著者(カナ) タケイチ,ノボル
標題(和) 楕円軌道におけるテザーシステムのダイナミクスとその制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 117613
報告番号 甲17613
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5330号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 助教授 藤本,浩司
 東京大学 助教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 中須賀,真一
内容要旨 要旨を表示する

 テザーシステムとは、宇宙空間で複数の宇宙構造物をテザーと呼ばれる紐で接続することにより構成されるシステムであり、一般的にはテザーの伸展・収納機構を持つスペースシャトルのような比較的大きい宇宙構造物と衛星のような比較的小さい宇宙構造物、及びそれらを接続するテザーによって構成される。テザーは圧縮力を持つことができないので、その張力を失ってしまうとテザーシステムは構造物システムとして成立しなくなってしまう。このようにテザーが張力を失う状態は、スラック状態と表現される。テザーシステムは、張力を与えるために重力傾斜を利用する宇宙構造物であるので、システムの姿勢は基本的には重力方向を向くことになるが、姿勢が重力方向からずれている場合や、軌道の離心率や地球の扁平性の影響で重力方向に変化がある場合などには振り子のような運動をする。この運動を本研究では秤動運動と呼ぶ。テザーを用いることにより容易に大型の宇宙構造物システムを構築できるので、これまでに多くのテザーシステムの用途が提案されてきた。それらのうち、高層大気の観測を目的としたテザー衛星システムが提案されている。このシステムの目的は大気観測であるため、空気抵抗によって軌道エネルギーが失われてしまう。したがってあらかじめエネルギーの高い軌道を取ることが望ましいのであるが、その一方で観測高度が限られているのでこのテザーシステムは楕円軌道を取ることになる。テザーシステムは楕円軌道では重力傾斜と軌道角速度の変化を常に被り、また、近地点付近では空気抵抗を受けることになる。本研究では、このような環境にあるテザーシステムのダイナミクスを解明することを目的とする。さらに、その理解に基づいた制御方法を示すことを目的とする。

 1章は序論であり、研究の背景と本研究の目的を述べている。

 2章「数値実験」では、現実に起こりうる現象を明らかにする。そのために、テザーの柔軟性と分布質量、テザーシステムに分布する空気抵抗、子衛星の姿勢運動などを考慮した、多自由度の力学モデルを用いた数値実験を行う。この力学モデルを離散質点モデルと呼ぶ(図1)。このような現実に近い力学モデルを用いることにより、過去の研究で着目されていない動的挙動を新たに明らかにすることができると考えられる。数値実験の結果、テザーシステム全体の秤動運動に関しては、空気抵抗の影響で周期運動から徐々に発散し(図2)、やがてシステム全体の回転運動を生じることを示した。楕円軌道における剛体の秤動運動に関する過去の研究では周期解が存在することが示されているが、本章の数値実験ではそれを厳密に求めることができないので便宜的に周期運動と呼ぶことにする。発散のメカニズムは、周期運動に着目することにより推測することができる。近地点通過前後に秤動運動が周期運動よりも速い場合には、より大きい遠心力がかかるのでテザーが伸び、テザーシステムの下端部は密度の大きい大気中を通過する。この時システムの被る空気抵抗は、周期運動と一致する場合に被る空気抵抗よりも大きくなり、速い秤動運動はさらに加速される。逆に、遅い場合には空気抵抗は小さくなり、遅い秤動運動がさらに減速される。以上が秤動運動の発散のメカニズムであると予想できる。また、テザーのスラック状態が生じうる状況と、生じた際の子衛星の姿勢運動への影響を明らかにし、そのメカニズムを示した。スラック状態は、テザーシステム全体の回転運動が発生した場合や、近地点通過時に大きい空気抵抗がインパルス的に入力する場合(図3)に起こりうる。テザーがスラック状態になると張力の大きな変動が生じ、これが子衛星の姿勢運動への擾乱となり、子衛星の姿勢運動が不安定になる。また、複数の子衛星を持つテザーシステムの場合、スラック状態が部分的に生じ、一部の子衛星のみが不安定になる場合があることを示した。

 本論文ではこれ以降、秤動運動に焦点をあてている。

 3章「秤動運動の発散のメカニズム」では、秤動運動の発散に焦点をあて、そのメカニズムを明らかにし、発散を抑制するための指針を得ようとしている。2章の離散質点モデルを用いた数値実験で予想されたメカニズムが合っているのであれば、秤動運動とテザーの伸縮を表現する力学モデルは必ず空気抵抗により発散するはずであり、そのメカニズムが周期解を中心として起きているはずである。そこで、秤動運動とテザーの伸縮のみを考慮した2自由度の簡単な力学モデル(図4)を用いた数値実験を行った。また、簡単な力学モデルを用いることにより、数値的に周期解とその安定性を求めるシューティング法という数値解法によって、数値的にではあるが厳密に周期解を求めることができる。数値計算の結果、秤動運動が発散する場合と収束する場合があることが分かり(図5)、近地点通過時の状態量を周期解の状態量と比較することにより、秤動運動の発散と収束のメカニズムを明らかにした。近地点通過時に秤動運動が周期解より早い場合には、テザーの遠心力が大きくなるためテザーが伸び、テザーシステムの下端部は密度の高い大気中を通過する。そのため、周期解よりも空気抵抗は大きくなる。その一方で、周期解よりも対気速度は小さくなり空気抵抗は小さくなる。この時、テザー長の変化による空気抵抗の増加分が、対気速度の変化による減少分を上回る場合に秤動運動が発散し、その逆の場合には周期解へ収束する。また、秤動運動が周期解より遅い場合には逆のことが成り立つ。以上が秤動運動の発散・収束のメカニズムである。また、周期解の安定性を求めることで、秤動運動の安定性を解析することができる。そこで、テザーシステムの様々なパラメータの安定性への影響を調べた。その結果、子衛星重量・テザー自然長・テザー断面積などのテザーの弾性に関与するパラメータが秤動運動の安定性、つまり不安定であるか漸近安定であるかを決定し、空気抵抗係数・空気抵抗断面積・近地点高度などの空気抵抗の大きさを決定するパラメータは秤動運動の発散あるいは収束の速さのみを決定することが明らかとなった。また、離心率は安定性へは影響せず、発散あるいは収束の速さを決定するだけである。これは、離心率の小さい軌道ほど空気抵抗を受ける時間が長くなるためである。以上の安定性解析の結果は、秤動運動の発散・収束のメカニズムに合致するものとなっている。本章での数値解析の結果、テザーシステムの弾性や空気抵抗を考慮した場合であっても周期解が存在することが明らかとなった。また、発散・収束のメカニズムが周期解を基準として生じていることを示したが、このことは周期解が単に周期的な運動となっているだけでなく、秤動運動の平衡解ともなっていることを意味している。

 4章「秤動運動の周期解の力学的特徴」では、楕円軌道における秤動運動の周期解の力学的特徴を明らかにしている。楕円軌道上の宇宙構造物の秤動運動に関する過去の研究においては、数値解析によってその振る舞いが調べられ、それが周期解を中心とした軌道安定の系であることが示されているが、秤動運動の発散は扱われていない。また、その安定性に関して数学的根拠が与えられていない。本章では、秤動運動と軌道運動の相互作用を考慮することにより、系全体を保存系として扱いその力学的エネルギーに着目する。まず、非線形運動方程式の近似解析解をLindstedtの摂動法により求め、系全体の力学的エネルギーを求めることにより、運動が周期解と一致するときに力学的エネルギーが最小値を取ることを示した。つまり、軌道のパラメータを一定とすれば、秤動運動が周期解と一致する時に姿勢運動に関する力学的エネルギーが最小となり、またこの場合に秤動運動に何らかの摂動が入力された場合には、系の全エネルギーは必ず上昇することになる。つまり、秤動運動の周期解は、単に周期的な運動となっているだけでなく、最小エネルギー解ともなっているということである。また、非線形数値解析からも同様の結果を得た。したがって、秤動運動に何らかの摂動が加わりその力学的エネルギーが上昇する場合には、ポアンカレマップでは秤動運動の状態量が周期解からより遠い値をとる様子が見られることになる。2章及び3章での数値計算では、空気抵抗により秤動運動のエネルギーが上昇し発散し、ポアンカレマップでは状態量が周期解から徐々に遠い値を取る様子が見られたが、これは本章における力学的エネルギーからの解釈と合致する運動である。そしてこのことは、テザーシステムの柔軟性や空気抵抗などの軌道運動以外の影響がある場合や、軌道運動と秤動運動の相互作用を無視した場合でも、秤動運動が周期解を平衡解とする運動であり、周期解が最小エネルギー解、つまり姿勢運動に関する力学的エネルギーが最小となっているという、基本的な運動の性質は変わらないことを意味している。過去の研究では、円軌道において静止している状態、つまり平衡状態が最小エネルギー解であるということが自明なこととして扱われてきたが、本章では任意の離心率の軌道において最小エネルギー解が存在することを示し、かつその理論的根拠を示した。

 5章「秤動運動の制御」では、楕円軌道にあるテザーシステムの秤動運動の基本的な制御の考え方を示した。ここでは実際のテザーシステムに適用しうる制御方法を示している。円軌道にあるテザーシステムに適用可能な制御方法の一つに、子衛星搭載のスラスタによるオンオフ制御がある。そこでここでは、このスラスタによる制御方法を楕円軌道での秤動運動の制御に適用する。まず、前章までに周期解が秤動運動の平衡解であり最小エネルギー解であることが分かっているので、エネルギーおよび制御効率の観点から周期解が制御目標として適していることが分かる。運動の周期性を考慮すると、軌道上のある1地点での状態量が少なくともその後の1周回間の運動を決定するという考え方が可能である。そこで、軌道上のある特定の地点での周期的なオンオフ制御を試みる。これは軌道上のある特定の地点での秤動運動の速度を周期解と比較し、その差に比例して加速あるいは減速するものである。秤動運動の速度が周期解と一致する場合も、秤動運動の姿勢角に周期解との差があれば必ず1周回後には速度の差が生じるので、速度のみを制御することによって周期解への漸近安定性を持たせることができる。そして簡単な力学モデル(図6)を用いた数値計算により、周期的オンオフ制御の有効性を確認した(図7)。また、離散質点モデルを用いた数値計算を行い、空気抵抗による発散を抑制することができることを示した。いずれの場合にも秤動運動が周期解に十分収束した場合には制御大力が0に収束している。ここで示す制御方法は、秤動運動が可能な任意の離心率の軌道において適用可能であると考えられる。

 6章は結論である。本研究では、楕円軌道で空気抵抗を受けるテザーシステムの特徴的なダイナミクスを示し、そのメカニズムと運動の力学的特徴を明らかにした。また、ダイナミクスの理解に基づいた基本的な制御の考え方を示した。その過程で、任意の離心率の軌道におけるテザーシステムの秤動運動の発散のメカニズムを明らかにし、その安定性解析および制御の考え方を示した。これらは、楕円軌道における秤動運動の周期解に着目することにより初めて可能となった。本論文の成果は、秤動運動が可能な場合、つまり秤動運動が可能な範囲の離心率の軌道で秤動運動となる初期状態が与えられた場合には、円軌道を含む任意の離心率の軌道におけるテザーシステムについて有勲なものである。したがって、円軌道にあるテザーシステムについて同様の内容を扱った過去の研究を包含するものとなっている。

図1離散質点モデル

図2秤動運動の発散

図3スラック状態と子衛星の姿勢運動

(テザー要素の張力)(子衛星の姿勢運動)

図42自由度簡易モデル

図5時間積分結果

(a)ms=500[kg](b)ms=500[kg]

図61自由度簡易モデル

図7秤動運動の制御:

(a)時間履歴(b)時間履歴(95〜100周回)(C)制御入力の履歴e=0.2,(ψ0,ψ0)=(0.1,0.0)

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)武市昇提出の論文は「楕円軌道におけるテザーシステムのダイナミクスとその制御に関する研究」と題し、6章と5項目の補遺とから成っている。

 テザーシステムとは、宇宙空間で複数の宇宙構造物をテザーと呼ばれる紐で接続することにより構成されるシステムである。それは容易に人型の宇宙構造物システムを構成しうるので、将来の宇宙開発における多くの用途が期待されている。本研究では、直接には高層大気観測システムの実現のために楕円軌道に着目して、そのテザーシステムの基本的な挙動を解明している。楕円軌道であるので、テザーシステムは重力傾斜と軌道角速度の変化を常に受け、また、近地点付近では空気抵抗を受けることになる。そのような場合には、いわゆる振り子運動に対応する秤動運動が周期解を平衡解とする運動であり、その周期解が最小エネルギー解となっているという基本的な運動の本質をはじめて明らかにした。さらに、その周期解を制御目標とする基本的な考え方を提示して、その有効性を示している。本論文の成果は、テザーシステムの秤動運動が可能な円軌道を含む任意の離心率の軌道において有効で、円軌道のテザーシステムについて同様の内容を扱った従来の研究を包含できるものとなっている。

 第1章は序論であり、研究の背景と本研究の目的を述べている。

 第2章では、現実のテザーシステムにより近い力学モデルとして、テザーの柔軟性や分布質量、テザーシステムに作用する空気抵抗、子衛星の姿勢運動などを考慮した多自由度離散質点モデルによる数値実験を行っている。その結果、テザーシステム全体の秤動運動が、空気抵抗の影響で周期運動から徐々に発散する場合があり、その時にはシステム全体が回転運動に至ることを示している。また、複数の子衛星を持つテザーシステムの場合、スラック状態が部分的に生じ、一部の子衛星のみが不安定になる場合があることを示した。

 第3章では、秤動運動とテザーの伸縮のみを考慮した2自由度の力学モデルによる数値実験とシューティング法により、数値的にではあるが厳密に周期解を求めて、楕円軌道におけるテザーシステムの秤動運動の発散のメカニズムを明らかにした。近地点通過前後に秤動運動が周期解よりも速い場合には、より大きい遠心力がかかるのでテザーが伸び、テザーシステムの下端部は密度の大きい大気中を通過する。この時システムが受ける空気抵抗は、周期解と一致する場合に受ける空気抵抗よりも大きくなり、速い秤動運動はさらに加速される。逆に、遅い場合には空気抵抗は小さくなり、遅い秤動運動がさらに減速される。また、周期解の安定性を解析して、子衛星重量・テザー自然長・テザー断面積などのテザーの弾性に関与するパラメータが秤動運動の安定性を決定し、空気抵抗係数・空気抵抗断面積・近地点高度などの空気抵抗の大きさを決定するパラメータは主として秤動運動の発散あるいは収束の速さのみを決定することを示した。

 第4章では、剛体モデルにより、秤動運動と軌道運動の相互作用を考慮して、秤動運動の周期解の力学的特徴を明らかにしている。非線形運動方程式の近似解析解をLindstedtの摂動法により求め、姿勢運動エネルギーと重力傾斜ポテンシャルエネルギーの和を求めて、運動が周期解と一致するときにそれが最小値を取ることを示した。そして、テザーシステムの柔軟性や空気抵抗などの軌道運動以外の影響がある場合や、軌道運動と秤動運動の相互作用を無視した場合でも、秤動運動が周期解を平衡解とする運動であり、周期解が最小エネルギー解、つまり姿勢運動に関する力学的エネルギーが最小となっているという基本的な運動の性質が変わらないことを指摘している。過去の研究では、円軌道において静止している状態、つまり平衡状態が最小エネルギー解であるということが自明なこととして扱われてきたが、本章では秤動運動が可能な任意の離心率の軌道において最小エネルギー解が存在することを示し、その理論的根拠を明らかにした。

 第5章では、楕円軌道にあるテザーシステムの秤動運動の制御について、制御目標を平衡解であり最小エネルギー解である周期解とする基本的な考え方を提示した。ごく一般的なスラスタの周期的オンオフ制御を試みて、1自由度簡易モデルおよび多自由度離散質点モデルのいずれの場合にも、秤動運動が周期解に十分収束した場合には制御入力がOに収束していることを示して、提示した制御の考え方が有効であることを明らかにした。

 第6章は結論であり、本研究の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、楕円軌道で空気抵抗を受けるテザーシステムの特徴的なダイナミクスを示し、そのメカニズムと運動の力学的特徴を明らかにし、さらにその理解に基づいた基本的な制御の考え方を示したものであり、宇宙工学上、特に宇宙構造物工学、および構造動力学の分野において、貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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