学位論文要旨



No 117618
著者(漢字) 富田,邦裕
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,クニヒロ
標題(和) 原子力発電所における地域共生のモデル化
標題(洋)
報告番号 117618
報告番号 甲17618
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5335号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 中田,圭一
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
内容要旨 要旨を表示する

I.はじめに

 原子力発電を取り巻く情勢は、政治・社会構造や国民意識の変化により一段と厳しさを増し、他方では平成12年3月に始まった電気事業の一部自由化等の規制緩和の波を受け、電気事業者は、競争力,公正性,情報化,透明性等が不可欠となり、今後益々経営の高度化・合理化が急務となる。また一方で、原子力発電所立地地域では、原子力発電や放射線に対する安心感や発電所への信頼感について、相次ぐトラブルとその対応の不適切さの影響もあり、確固たるものが得られているとは言い難い状況であり、それが一部から「発電所と地域社会との間には大きなギャップがある」と言われる所以でもある。この解決には多面的な取り組みが必要とはなるが、まず第一に、最も根本の関係である立地地域と電気事業者の関係を中心とした議論が重要であり、双方の長期自立発展に向けた、よりよい関係を目指した地域共生をより積極的に模索していく必要があると考える。

 そこで、本稿では、これまでに発電所と立地地域の相互関係について全国大では言うに及ばず個別サイトにおいても調査された例はないため、まず、電気事業者が行っている地域共生活動の現状と今後の対応方針等について原子力発電所13ヶ所でインタビュー調査を行った。その後、それらの活動に対する立地自治体の評価・意見並びに今後事業者に期待すること等について予定地を含む立地地域21ヶ所でインタビュー調査を行い、両者間の考え方のギャップや立地地域による普遍性個別性を明確にする。次に、それらの結果から抽出されたキーポイントを基に、「場」の理論と知識創造理論を適用することにより、両者の相互作用概念モデルを構築した。また、同時に、両者のギャップをできるだけ定量的に扱うことを目指したツールやそれを踏まえた上で地域共生活動を改善するメカニズムを提案する。

II.地域共生の定義

 「共生」とは、もともと生物学用語であるが、最近では生物学から派生して様々な学問で論じられているが、要するに相互作用がある関係の全てを言う。本稿での「地域共生」とは、「原子力発電所と地域社会との相利共生を指し、両者が双方向的・相利的・相互学習的・相互発展的で持続可能な関係を構築すること」と定義する。

III.調査方法

 調査は、平成11年末から14年初頭に亘り、原子力発電所所有の電気事業者10社13ヶ所と原子力発電所立地地域21ヶ所の自治体及び住民に対し、インタビュー法により行った。質問項目は、前者に対しては、(a)地域共生活動(代表的な分類は表1)の現状と今後の対応方針,(b)地域が発電所に期待していると思われること,(c)地域共生活動に対する自身での評価方法等である。後者に対しては、地域の概要をお伺いすると共に、(a)原子力へのイメージ,(b)発電所による地域共生活動への認識・評価・コメント,(C)発電所建設に伴う地域への影響,(d)今後発電所に期待すること等である。

IV.調査結果

 調査の結果を、下記5項目に分け、それぞれの普遍性と個別性を明確にすると、表2の通りであり、要約すると下記のような発電所と地域の見解の差が明らかになった。

1.理解活動

 発電所は良くやっているとの意見が多かった。両者の見解に大差は見られないが、住民の理解レベルを発電所は過大評価しており、同じ目線でやさしい表現で説明してもらわないと、ただでさえ原子力という無関心なテーマなだけに理解は難しいとしている。

2.安心・信頼

 発電所によりどこまでやるべきかという経営方針が若干異なってくるため、地域は全般的に積極的に地域に出てきてもらいたいとする見解とギャップが出てくる。発電所の地域への溶け込み不足が信頼関係醸成を難しくしている原因だと考えている。

3.長期自立発展

 2.以上に発電所による経営方針の差は大きい。地域は大なり小なり振興を期待しているが、両者間に本音で話し合える場がほとんど存在しないことから真の意志疎通ができておらず、発電所は疑心暗鬼になり積極的な方針の所でさえ前進することがなかなか難しい。

4.地域への溶け込み度

 地域により温度差があるが、両者ともあまり溶け込んでないと答えた所が最も多く、全般的に地域にはあまり溶け込んでいない。その原因として、地域側は発電所の積極的取り組み不足を挙げることが多く、地域の閉鎖性を認める場合も半数程度はいた。発電所側はまず地域の閉鎖性を挙げ自身の取り組み不足もかなりは認めている。

5.発電所への期待

 安全運転,信頼関係,地域振興は共通するが、地域の方がかなり人,ノウハウ,人脈の提供を期待していることがわかった。中には発電所が二の足を踏ませている原因になっている金銭的協力(ハード)を中心に考えている地域もあるし、ハードはそのままでソフトもという地域もあったが、発電所の現状の経営状態をある程度は把握し、今後はソフト中心と考えている地域が発電所が考えているよりもかなり多かった。

V.考察

1.場の理論と知識創造理論

 IVの調査の結果、発電所による積極的な"人,人脈,ノウハウ提供"及び"両者間の信頼関係の構築"や"本音で話し合える場の創設"が非常に重要な位置付けになっていることがわかった。

 そこで、これらを説明するために経営学での「場」の理論と知識創造理論が重要となる。伊丹によれば「場とは、人々が参加し、意識・無意識のうちに相互に観察しコミュニケーションを行い相互に理解し相互に働きかけ合い共通の体験をする、その状況の枠組みのことである」と定義し、その場を上手にマネジメントしていくことが、最終的には組織の業績に結びつくとしている。また、ノウハウ提供・交流・創出に関しては、野中・竹内がSECIモデルを提言しているのを始めとして、知的資産の共有化は、単にデータ・情報・知識・知恵の蓄積にとどまらず、そこから新たな知識・知恵を創出することが重要である。要するに、発電所と地域間の信頼関係を構築するにも、発電所がノウハウを提供するにも、その基となる「場」を如何に上手に創り出し、本音で話し合える場とできるか、そしてその場をどううまくマネジメントするかが最重要ポイントとなる。

2.発電所-地域間相互作用概念モデル化

 上記の理論を適用することにより、発電所と地域の相互作用概念モデルを図1に示す。地域と発電所はいかなる場合にも相互作用を及ぼしあいながら"共生の「場」"を維持している。そこでは、共有資源を有効活用して、地域と発電所の間で真に相互に長期自律発展的な関係を如何に構築できるかというのが課題である。その解決のため特に重要なのは、知恵の創成と各人が持っている価値観の共有であると考える。そのためには、"共生の「場」"を創発的に運用・管理することが重要になる。

 まずは発電所職員が地域共生の重要性・必要性を共通理解すると共に共鳴し、それが地域に広がり関係者間で共鳴することにより形成される。そのため、企業発展のための最重要経営資源である知識と発電所,地域の文化の基層をなす価値観を中心に取り上げる。これら知識と価値観の共有化を通じて、"共生の「場」"は発展していくが、「場」の外の社会・経営環境のダイナミックな変化にも常に適応していく必要がある。

 また、両者間の相互作用を改善するためには、これまでの原子力発電所によって行われてきた地域共生活動で蓄積された知的資産を共有化するとともに、それに基づき価値観の共有化と共に明確な評価基準による地域共生活動の評価・改善を継続的に行う必要がある。本稿では、発電所-地域の相互関係における共鳴現象と共生文化醸成の度合を、共生レベル(表3;数字が高い程、共生文化の醸成度が高いことを意味する)という概念を提案する。そこで、共生文化を醸成させるためには、如何に「場」をマネジメントし活動の共生レベルを上昇させるかが最重要課題となる。

3.原子力発電所内における改善メカニズム

 以上を考慮することにより、発電所内の改善メカニズムを図2に示す。地域共生に関係すると思われる課題,問題点,改善点を、ブレーンストーミング方式で挙げ、その後の議論によって明確な改善目標を設定した後、地域共生活動を評価するための基準づくりとその評価手法を決定する。ここでは、表3で示した共生レベル毎にどの程度達成されているのかを評価基準とする。

 この評価基準を基に、具体的にどのような事柄・要因について評価するのかといった地域共生パフォーマンス指標(PI)を設定する(表4)。2回目以降ではこのPIを再評価レ再設定していくことになる。また、他方、地域共生への取り組みの重要性,必要性を発電所員に意識づけするとともに、動機づけと知識の向上を目指したチャレンジガイド(CG)(表5)を作成する。

 このCG,PIは共に地域共生のために重要なツールであるが、発電所経営に関わる全体的なパフォーマンス評価の中でどのような位置づけをとるべきかを決定しておくことが重要である。そして、CG,PIを実際の現場に適用することにより、地域共生パフォーマンス及び発電所全体の総合パフォーマンスを評価し結果を提示する。これを基に、改善メカニズムの見直しも含め、新たな課題,問題点,改善点を抽出し共生文化の醸成を目指すことになる。

参考文献

[1]「エネルギー・原子力に関する世論調査と国際比較」(社)エネルギー・情報工学研究会議(2002)

[2]例として、原子力長計第2分科会(第5回)議事概要

[3]伊丹敬之,「場のマネジメント」NTT出版(1999)

[4]野中郁次郎・竹内弘高,「知識創造企業」東洋経済新報杜(1996)

表1地域共生活動の分類

表2.立地自治体と発電所へのインタビュー結果概要

図1:発電所-地域相互作用の概念モデル

表3:地域共生活動の共生レベル

表4.地域共生パフォーマンス評価指標(PI)の例

図2:発電所内での改善メカニズム

表5.地域共生パフォーマンス向上を目指したチャレンジガイド(CG)の例-励起レベル向上による共生文化醸成のための5つのポイント-

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、原子力発電所と立地地域の相互関係を明確にすることにより地域共生に関するモデル化を行うと共に、その時代の社会情勢や地域情勢に出来るだけ適合した地域共生活動を実施し改善するメカニズムを提案したものであり、5章で構成される。

 第1章では、最近様々な場面で使われている「共生」という言葉について、生物学,社会学,哲学での既往研究を紹介しこの言葉の真に意味するところを理解すると共に、企業の社会的活動に関する既往研究や現状を踏まえつつ、この両者を結合することにより、地域共生の必要性を明確にし、その上で「新たな相利的な関係を創出することを目的として、両者が共益的で双方向型の相互学習のもと相互発展的で持続可能な自己組織化された関係を創造していくこと」と定義している。

 第2章では、本論文での中心的データベースになる章であり、原子力発電所(電気事業者)と立地地域住民の間の相互関係を理解するために、当事者である原子力発電所10社13サイト,立地自治体行政23市町村(一部、住民3層も)を対象として、発電所による地域共生に関して、主に(1)理解活動,(2)安心・信頼,(3)長期自立発展,(4)地域への溶け込み度,(5)今後の発電所への期待についてインタビュー調査を行っている。その結果、各項目について地域と発電所の意識の差を明確にし、現状の問題点として「本音の関係」と「知識の共有」をキーワードとして抽出している。また、補足的に、都市部と立地地域においてアンケート調査も実施している。

 第3章では、第2章で抽出した2つのキーワードのうち「知識の共有」を採り上げ、経営学での「場」の理論と知識創造理論を適用することにより、発電所と地域の相互関係について「共生の場」を核としたモデル化を行い、第2章で行ったインタビュー結果をそのモデルと比較することによりモデルとしての妥当性を検証している。また、このモデル中に、「共生レベル」なる指標を設定し、曖昧模糊とした定性的な双方の意識の度合いを定量的に明示する一つのメカニズムを提案している。

 第4章では、第3章で行ったモデル化の有用性を明らかにする観点から、その一例として原子力発電所内での地域共生活動の継続的改善メカニズムを提案している。その評価に当たっては、上述した「共生レベル」毎に、各サイトに適合した評価指標を試行錯誤的に設定し、評価基準に従って将来目標,現状実施度,現状効果の3点について着目している。同評価法によりどの側面に問題点があるかの明示化が可能であることを示している。また、インタビュー結果を基にして、2サイトについて具体的に評価してみることにより、発電所,行政,住民各層間の意識の差を明示的に表すことができ、地域共生活動改善に向けての問題点を抽出できることを確認している。

 第5章は結論であり、地域と発電所の地域共生に関するモデル化を提案し、それをもとに改善メカニズムが自立的に機能するように出来れば、社会情勢や地域情勢により適合した地域共生活動を実現することができると結論付けている。

 現在、原子力工学、とくに原子力発電技術に関わる工学は地域や社会と不可分の学問分野にますますなりつつあるが、以上のように、本論文は、日本国内のほぼ全ての立地地点でのインタビュー調査を基にした斬新で独創的な視点から原子力発電所における地域共生の改善策に関する方法論を提案しており、原子力工学の発展に寄与するところは少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク