学位論文要旨



No 117622
著者(漢字) 李,俊昊
著者(英字)
著者(カナ) イ,ジュンホ
標題(和) 溶鉄の界面反応におけるイオウの物理化学
標題(洋) Physical Chemistry of Sulfur Related to Interfacial Reactions of Molten Iron
報告番号 117622
報告番号 甲17622
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5339号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 助教授 岡部,徹
内容要旨 要旨を表示する

鋼中イオウは、凝固や溶接において、偏析により鋼の性質を低下させるため、精錬プロセスの各段階で除去されている。特に、熱力学的に脱硫に有効であると考えられる溶銑予備処理においては、粉体インジェッションによる脱硫プロセスを行っている。粉体インジェッションでは、吹き込まれた粉体が気液界面で付着し、反応が起こると考えられる。一方、溶鉄中イオウは、溶鉄の表面に吸着しやすい性質を持ち、表面張力を減少させることが知られている。イオウの表面濃度(表面吸着)は直接に観察できず、表面張力やガス吸着反応速度によって間接的に評価されているが、これらの研究によって得られたイオウの表面吸着は異なっており、十分な検討はなされていない。また、脱硫反応が進行中の動的な条件における界面現象、すなわち固液気界面における脱硫反応中動的濡れに対する検討はまだ行われていない。そこで、本研究では、第2章で溶鉄表面でのイオウの物理化学性質について表面張力測定及び熱力学モデル計算により調査、検討を行った。また、第3章では得られた結果から溶鉄への窒素ガス溶解反応における界面反応速度を求め、実験結果と比較し、そのモデル計算の妥当性を検討した。さらに、第4章では炭素とイオウが含まれている溶鉄の表面張力を求め、その結果に基づいて第5章で固液気三相の共存時の溶鉄とCaOとの間における動的濡れを測定し、脱硫反応速度を求めた。第6章には、実際のプロセスにおける脱硫反応に関する検討を行った。

第2章:溶融Fe-S合金における表面張力及びイオウの吸着

 表面活性元素は溶鉄表面で理想吸着する仮定が多かったが、直接表面観察ができる固体金属の表面における表面活性元素は理想吸着しないことが明らかになっている。そこで、本研究では溶融Fe-S合金の表面張力を静滴法により測定し、その結果をモデル計算値と比べて、イオウの非理想吸着モデルを提案した。Fe-S合金の場合、イオウ以外にも表面活性元素である酸素が不純物として存在するため、表面張力の測定結果の評価が難しい。よって、本実験では、60ppmの酸素濃度でのFe-S合金の表面張力を測定し、Oginoらの仮定を用いて酸素濃度ゼロのFe-S合金の表面張力を評価した。また、モデルとしては、FeとFeSの物性及び広い濃度領域におけるFe-FeS系の相互作用を考え、Bulter式による計算を行った。その結果、実験結果と非理想吸着モデル計算値は良く一致していることが分かった。されに、このモデルにより、イオウの非理想吸着が与えられた。非理想吸着モデルによるイオウ吸着は理想吸着より吸着増加速度が速いし、イオウの表面飽和における吸着は1.42x10-5mol/cm2であり、Oginoら(14.9x10-5)及びPopelら(14.0x10-5)の測定値と良く一致していた。すなわち、イオウの表面飽和において、FeとSの比は1:1であると考えられた。

第3章:溶鉄中への窒素溶解における界面反応速度

溶鉄中への窒素の溶解における化学反応機構に関する研究は、O、S、Se、Teなどの16族元素によるsite-blockageモデルによって行われている。ここで、窒素の界面化学反応は[1]窒素分子の吸着((1)式)と[2]吸着した窒素分子の解離((2)式)の2段階に分けられる。

 Ban-yaらは[1]の過程が、Onoらは[2]の過程が律速過程である可能性が高いと報告したが、彼らは理想吸着を仮定しており、実際の吸着反応機構は明らかにはされていない。そこで、本研究ではイオウの非理想吸着モデルのデータに基づいて窒素溶解モデルを提案し、窒素同位交換反応を利用して得た測定結果と比較することによりモデルの妥当性を検討し、また窒素の溶解機構を推察した。

素反応[1]と[2]が律速過程である場合、表面における空サイトにおける反応のみを考えると、反応速度定数はそれぞれ(3)式と(4)式に表される。

ここで、kOは純鉄における窒素の溶解速度定数であり、ανはメタル表面における空サイトの活量である。kOは低酸素濃度の純鉄中への反応速度定数の報告値をゼロ酸素濃度まで外挿して得た値を、またανはイオウの非理想吸着データから得た結果を用いた。実験結果及び計算結果を比較すると、測定値は(4)式による計算値と良く一致していることが分かった。したがって、本研究で得た非理想吸着モデルはイオウの表面吸着をより正しく評価していると考えられ、吸着した窒素分子の解離が律速課程であることが分かった。一方、高イオウ濃度領域においては、(4)式による速度定数の計算値が測定値より低いため、吸着したイオウを介した反応も考え、全イオウ濃度領域における溶解反応として(5)式を得た。

 第4章:Fe-C-S合金の表面張力

 Fe-C-S合金の動的な濡れを評価する前、非反応条件でのFe-C-S合金の表面張力を検討した。Fe-C-S合金においての既存の表面張力モデルは研究者によって異なるため、本研究では、Fe-4%C-S合金の表面張力の測定とともに、計算モデルから求めた。Jimboらのモデルは測定値より高い値を、Divakarらのモデルは測定値より低い値を示したが、本モデルは実験結果とほぼ一致していることが分かった。また、本モデルは高イオウ活量領域において、Fe-S合金の表面張力とほぼ一致していた。Fe-C-S合金の場合、酸素の影響が無視できるため、高イオウ活量領域でのFe-S系モデルの妥当性もされに確認出来た。

 第5章:固液気界面での脱硫反応における動的濡れ

 Fe+S塊状の試料約0.3〜2.0gを約5mmの穴のあいたアルミナるつぼに入れCaO基板の約10mm上部に設置し、溶解した試料がるつぼからCaO基板上に滴下し、広がる挙動を観察し、接触角や表面張力の変化を測定して、溶鉄とCaOとの動的な濡れを評価した。

溶鉄がCaO基板の上に落ちる瞬間を直接観察した結果、低イオウ濃度のサンプルの場合、溶鉄は基板上で弾み、振動し、安定になったが、高イオウ濃度のサンプルの場合、弾む現象は観察できなかった。それは、イオウ濃度が高くなると、表面張力が下がるためであると考えられた。そして、ここで得た初期表面張力及び、接触角を用い、Fe-C-S合金とCaOとの界面張力を求めた。

その後、接触角/表面張力の経時変化を測定し、脱硫反応中動的濡れを評価した。その結果、反応とともに濡れが増加することが分かった。ここで、初期濡れ増加の原因としては、強い界面反応が、反応進行が進むとCaS層の生成の影響が大きいことが分かった。また、表面張力の変化から反応速度を評価すると、本実験条件においては生成層の影響は見られなかった。ここで得た化学反応速度定数は2.8x10-3cm/secであり、メタル側の物質移動の影響が大きくなると、総括反応速度定数が3.2x10-5cm/secとなった。

第6章:CaO粉体インジェッションによる溶鉄の脱硫反応

本研究で得られた結果に基づいて、CaO粉体インジェッションによる溶鉄の脱硫反応を評価した結果、反応サイトとして、固液気三相界面が最も有効であることが分かった。また、約0.5mm以下の粉体は、溶鉄中に取り込まれず、気泡と溶鉄の界面で安定し、溶鉄と反応することが分かった。シミュレーションにより、プロセスの効率を上げるためには、ガス吹き速度及び吹き込まれた粉体の浮上時間を長くする必要があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 溶鉄の脱硫プロセスて行われている粉体インジェッションでは、吹き込まれた粉体が気液界面で付着し、反応が起こると考えられる。一方、溶鉄中イオウは、溶鉄の表面に吸着しやすい性質を持ち、表面張力を減少させることが知られている。イオウの表面濃度(表面吸着)は直接に観察できず、表面張力やガス吸着反応速度によって間接的に評価されているが、これらの研究によって得られたイオウの表面吸着は異なっており、十分な検討はなされていない。また、脱硫反応が進行中の動的条件における界面現象(気固液界面における脱硫反応中の動的な濡れ)についても明らかにされておらず、反応プロセスの最適化においてもこれらの究明は非常に重要である。そこで、本論文では、溶鉄表面でのイオウの物理化学的性質について表面張力測定及び熱力学モデル計算、溶鉄への窒素ガス溶解反応速度の観点からの検討が行われ、溶鉄-CaO界面の動的濡れの測定結果と併せて、脱硫反応プロセス最適化のための条件が提唱された。本論文は7章よりなる。

 第1章は緒言であり、溶鉄の脱硫反応とその機構、界面現象に関する既往の研究結果と吸着モデルについて総括し、本論文の目的を明らかにするとともに、その構成を述べている。

 第2章では溶融Fe-S合金の表面張力を静滴法により測定し、その結果をモデル計算値と比べて、イオウの非理想吸着モデルを提案している。イオウ以外にも表面活性元素である酸素が不純物として存在し、表面張力の測定結果の評価が難しいため、60ppmの酸素濃度でのFe-S合金の表面張力を測定し、既報告の仮定を用いて酸素濃度ゼロのFe-S合金の表面張力を評価している。また、FeとFeSの物性及び広範な濃度領域におけるFe-FeS系の相互作用を考え、Bulterの式によるモデル計算を行った結果、実験結果と非理想吸着モデル計算値は良く一致していることが明らかになり、本モデルにより、イオウの非理想吸着が与えられた。非理想吸着モデルによるイオウ吸着は理想吸着より吸着増加速度が速く、イオウの表面飽和における吸着は他者らの測定値と良く一致していたことから、イオウ飽和の溶鉄表面では、FeとSの比は1:1であると考えられることを示した。

 第3章では、ではイオウの非理想吸着モデルのデータに基づいて窒素溶解モデルを提案し、窒素同位交換反応を利用して得た測定結果と比較することによりモデルの妥当性を検討し、また窒素の溶解機構を推察した。測定値は計算値と良く一致していたことから、本研究で得た非理想吸着モデルはイオウの表面吸着をより正しく評価していると考え、吸着した窒素分子の解離が溶鉄中への窒素ガスの溶解反応の律速課程であることが示された。一方、高イオウ濃度領域においては、計算値が測定値より低いことから吸着したイオウを介した反応を考慮し、全イオウ濃度領域における窒素溶解反応モデルを得た。

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