学位論文要旨



No 117623
著者(漢字) 小林,健
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,タケシ
標題(和) 化学溶液法によるβ-BaB2O4光学薄膜の合成と結晶化
標題(洋)
報告番号 117623
報告番号 甲17623
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5340号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 助教授 井上,博之
 東京大学 助教授 近藤,高志
 東京大学 助教授 小田,克郎
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

本研究ではβ-BaB2O4(β-BBO)薄膜導波路を実現するために必要不可欠な,β-BBO薄膜の単結晶化と,そのパターニングに関する研究をおこなった.β-BBO薄膜導波路の実現のために達成されるべき課題を,薄膜に関する研究の現状と問題点から抽出した.この課題は次のとおりである.

・化学溶液法により面内配向したβ-BBO薄膜を,低屈折率基板上に作製すること.

・完全な面内配向が達成されていなくても,少なくとも数十μmのオーダーの結晶からなるβ-BBO薄膜にすること.

 ・金属アルコキシド溶液だけでなく,酢酸塩溶液などの化学的に安定な前駆体溶液からの作製法を提案すること.

 ・優先配向の機構を明らかにすること.

 ・β-BBO薄膜のパターニング法を,マイクロモールド法を中心に検討すること.

第2章 金属アルコキシド溶液からのβ-BaB2O4粉末,薄膜の作製

 β-BBO薄膜を,金属アルコキシド溶液から作製し,溶液のコーティング後の乾燥温度を最適化することで,(001)優先配向の配向度が0.93という,高配向性β-BBO薄膜を作製することに成功した.しかしながら,金属アルコキシド溶液からのβ-BBO薄膜作製には再現性に問題があり,化学的に安定な前駆体溶液からの薄膜作製の必要性を指摘した、また,β-BBO粉末の結晶化温度,粒径が加水分解条件,溶液濃度に依存していることを示した.

第3章 酢酸バリウム-ホウ酸系溶液を用いたβ-BaB2O4薄膜の作製と微構造

 第2章で明らかになった問題点を受け,金属アルコキシド溶液を用いないβ-BBO薄膜の作製法について検討した.その結果,酢酸バリウム,ホウ酸系溶液を出発原料として高配向性β-BBO薄膜が作製できることを明らかにした.面内配向の達成は依然として不可能であったが,サイズが1μm以上の薄膜が作製可能であることを明らかにしたまた,薄膜の(001)優先配向性,ならびに結晶子サイズが膜厚に依存していることを明らかにした.

第4章 β-BaB2O4薄膜における結晶成長

 第3章で作製された,β-BBO薄膜についてその結晶化過程と結晶成長の関係を明らかにし,それをもとに結晶子サイズを増大させるための指針を提示した.また,薄膜/基板界面の状態を調べ,薄膜/基板界面反応に由来する非晶質層が存在することを明らかにした.この結果から結晶子サイズの制御においては,薄膜/基板反応を回避できるような,バッファー層導入の必要性を指摘した.

第5章 マイクロモールド法によるβ-BaB2O4薄膜のパターニング

 マイクロモールド法によるβ-BBO薄膜のパターニングについて検討した.1μmオーダーにパターニングしたβ-BBO薄膜の作製に成功した.また,断面の形状制御が,マイクロモールドの溝幅,厚さ,および薄膜の厚さを制御によって可能であることを示した.さらに,β-BBO薄膜の優先配向性が形状に依存していることを見出し,これを積極的に利用した,β-BBO薄膜の配向制御の可能性を提案した.

第6章 β-BaB2O4薄膜の光学特性

 薄膜の光学特性について調べた.今回作製した薄膜では面内配向が達成されていないため,微弱なSHGしか観測されなかった.しかしながら,金属アルコキシド溶液から作製したβ-BBO粉末が,十分に結晶化した場合は,明確なSHGを示しており,薄膜に関しても第4章で述べた,基板/界面反応の問題を解決できれば,明確なSHGを示すβ-BBO薄膜にできることを述べた.

第7章 総括

 本研究の成果をまとめ,最初にあげた課題の到達度について述べた.これらのうち,3,4,5については本研究でほぼ解決されたといえる.β-BBO薄膜の結晶子サイズを,1μm前後にまで大きくできたとはいえ面内配向はランダムであり,1,2はほとんど達成されていないと,言わざるを得ない.しかしながら,第4章で,結晶成長の核の数を減らすことによる,結晶子サイズを増大の可能性を示しており,この点からの検討が2つめの課題解決の糸口になるであろう.結晶子サイズを数十μmにまで大きくできれば,パターニングによって,数十μmのライン状薄膜にすることで(これは第5章で方法を確立した),面内配向したβ-BBO薄膜導波路が作製できるであろう.

審査要旨 要旨を表示する

 非線形光学結晶による光の波長変換は、レーザーフォトニクスにおける必須技術であり、第二高調波(SHG)発生を用いたレーザー光の短波長化による短波長レーザー光源の実現は、レーザーデバイス工学において特に重要なものとなっている。実用上重要な非線形光学結晶として、LiNbO3やKTiOPO4(KTP)などが存在するが、β-BaB2O4(BBO)は3500nmから190nmの紫外域まで透明で、かつ耐光損傷性に優れていることから、紫外域までの高帯域レーザー光源の実現を可能とする結晶として特に注目を集め、結晶の組成変調や薄膜化も含めた材料プロセスに関する多くの研究がなされてきている。本論文は、短波長薄膜レーザー光源開発の観点から、化学溶液法を用いたβ-BBO非線形光学薄膜の合成を目的として、薄膜の合成条件(溶液組成、膜厚、焼成条件、等)と得られる薄膜の結晶化、微構造との関係について詳細な検討を行った研究を纏めたものであり、全6章よりなる。

第1章は序論である。β-BBO結晶の結晶構造とその基本的な光学特性について述べた後、β-BBO結晶が示す非線形光学特性の特徴について調べた結果を述べている。また、デバイス応用における薄膜導波路化の重要性を指摘し、その観点からこれまでに行われてきた液相法によるβ-BB0薄膜の合成研究における問題点についても言及し、本研究の背景と目的について述べている。

第2章では、2-メトキシエタノール(EGMME)を溶媒として、Ba(OC2H5)2とB(O-i-C3H7)3のアルコキシド溶液を用いたβ-BBO粉体および薄膜の作製について述べている。溶媒量Rsと加水量Rwを様々に変えた実験から、Rw/Rs=15/20と20/20の溶液は650℃でβ-BBO単相粉体を与えることを見出し、650-750℃で作製したβ-BBO単相粉体に対してNd3+:YAGレーザーを用いたSHG観測実験を行った。その結果、300nm程度の結晶粒子から成る粉体(750℃焼成)からは明瞭なSHGが観測されたが、100nm程度以下の結晶粒子から成る粉体からはほとんどSHGが観測されず、第二高調波発生には少なくともβ-BBO結晶子を300nm程度以上に成長させる必要があることを明らかにした。また、アルコキシド溶液を用い、SiO2/Si基板上に(001)優先配向度0.93に達する薄膜の合成に成功したが、得られる薄膜特性の再現性が低く、アルコキシド溶液法による薄膜合成における問題点を溶液の不安定性の観点から指摘した。

第3章では、酢酸バリウムとホウ酸を酢酸とエタノールの混合溶媒に溶解した前駆体溶液を用いたβ-BBO薄膜の作製について述べている。この前駆体溶液に適量のEGMMEを添加することにより、室温で極めて安定なコート溶液が得られることを見出した。この溶液を用いた薄膜作製において、多数回コートによる膜厚の増大により、(001)優先配向度が0.95に達するβ-BBO薄膜の合成に成功した。走査型電子顕微鏡(SEM)観察から、得られたβ-BBO薄膜は1μmサイズレベルの明確な粒子(ドメイン)構造を持つことが判明したが、この薄膜からのSHGは認められなかった。この原因を探るため、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた組織解析を行い、ドメインは(001)優先配向した20-30nm程度の結晶子から成っていることを明らかにした。この結果から、結晶軸の空間反転の可能性も含め、この小さな結晶子のサイズがSHGを与えなかった原因であると結論した。

 第4章は、第3章の実験において見出した、β-BBO薄膜におけるドメイン粒子構造の形成過程を明らかにする目的で、熱処理過程での薄膜の結晶性、配向性、ドメイン構造変化、さらに膜厚と結晶性の関係について詳細な検討を行った結果を述べている。実験結果から、薄膜は500℃から550℃の間で結晶化し始めるが、形成された個々の結晶子はこの段階で既に基板に対して(001)優先配向した形態をとっており、それらの結晶子の集合体がドメインを形成し、また、膜の焼成過程において(001)優先配向度の高いドメインが優先的に成長するというモデルを提出した。このモデルに基づき、厚膜化によりドメインサイズが増大する理由を、膜厚が大きいほどドメインの成長可能領域が拡がるためであるとして説明した。さらに、本手法により結晶子の大きな薄膜を作製するには、β-BBO薄膜との反応を抑え、かっ結晶成長を促進するバッファ層の導入およびその導入に適した基板の選択が必要であることを示した。

 第5章では、薄膜の幅をドメイン粒子のサイズと同程度まで小さくした、ライン状β-BBO薄膜を作製し、その薄膜中に形成されるドメインの配向性と微構造について述べている。ラインの形成により薄膜の成長領域を制限すると、これまでのβ-BBO薄膜に見られたドメインと共に、これまでの薄膜には見られなかった表面に明確なファセットを持つドメインも形成されることを見出した。このファセットドメインにはファセットに沿った多数の亀裂が見られ、個々のサブドメインは単結晶的な様相を示していることから、薄膜の形態制御により、SHGの発生が可能なマイクロメータオーダの結晶子から成るβ-BBO薄膜合成の可能性を示した。

 第6章は、本論文の総括である。

 以上のように、本論文は、化学溶液法を用いたβ-BBO薄膜の合成において、0.95に達する高配向薄膜の合成に成功し、従来ほとんど不明であった薄膜の結晶化及び微構造形成プロセスを明らかにしたものであり、電子セラミックス材料におけるプロセス研究の進展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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