学位論文要旨



No 117627
著者(漢字) 金,永錫
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヨンソク
標題(和) 表面複合材料を用いた脆性材料の耐力学損傷性の向上
標題(洋) Improvement of Damage Tolerance in Brittle Materials Using a Tough Surface Composite Layer
報告番号 117627
報告番号 甲17627
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5344号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 朱,世杰
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

構造用セラミックスなどの脆性材料では表面に損傷が導入されると材料の強度が著しく低下し、構造部材としての機能が著しく損なわれる。したがって、構造用セラミックスなどの表面の保護はセラミックスの強度維持と信頼性確保の面で非常に重要である。現在、表面保護には、高温下まで利用が可能なセラミックス系コーティングが広く用いられているが、コーティング自体の脆性破壊の問題を克服することは難しく、何らかの新しい材料開発が求められている。

最近開発された酸化物繊維強化酸化物基複合材料はセラミックス材料であるが、セラミックス単体とは異なり、大きな損傷許容性を持っていることが特徴である。また、この複合材料は繊維とマトリックスの組み合わせによって多様な環境に適用できる複合材料を造り出すことが出来る。このような大きな損傷許容性の持つ材料を非酸化物セラミックスのかわりに脆性的な破壊挙動を示すセラミックス材料の耐損傷コーティングとして使うと使用環境による力学的な損傷を防ぐことができるのではないかと考えられる。しかし、このような可能性に対する研究は行われていない。本研究ではこのような背景から、繊維強化セラミックス基複合材料を耐力学損傷保護層として利用することの可能性を検証することを目的とした。

第2章 表面複合材料を用いた力学損傷保護の可能性

織物構造としたAl2O3繊維強化Al2O3マトリックス複合材料をSi-Ti-C-O繊維結合型複合材料の表面複合材料として用いた場合の効果を確かめ、表面複合材料の考え方が有効かを調べると同時に表面複合材料を用いた場合の問題点を探ることを本章の目的とした。

 表面複合材料には平織状のAl2O3繊維にZrO2を含浸させたものをAl2O3マトリックス中に複合化したものを用いた。この複合材料は本論文中を通して用い、表面複合材料と称し、以後、必要に応じて(Al2O3f-ZrO2)mc/Al2O3と記述する。1層の織物からなる(Al2O3f-ZrO2)mc/Al2O3と繊維結合型複合材料を真空ホットプレス法で接合した。接合の前に繊維結合型複合材料を空気中で熱暴露させ、表面複合材料のマトリックスであるAl2O3と反応させ、接合力を増やすためにSiO2膜を形成させた。その後、表面複合材料を繊維結合型複合材料の上に乗せ、1473Kの温度で加圧圧力10MPaのもとで3h保持し接合した。接合後の表面複合材料の厚さはおよそ300μmであった。得られた接合体を用い、表面複合材料側の表面を直径20mmの鋼球で押込む試験を行い、破壊過程を詳細に調べた。同時に、アコースティックエミッションの測定も行った。

その結果、薄い繊維強化セラミックス複合材料がSi-Ti-C-O繊維結合型複合材料に対する力学的な保護コーティング層として有効であることを確認するとともに、破壊に及ぼす表面複合材料特性や界面接合性の影響を知ることができた。また、表面複合材料による基材の応力遮蔽効果を検証できた。

第3章 表面複合材料結合ガラスの破壊機構

第2章では表面複合材料が脆性材料の力学的損傷を減少させる可能性を検証した。しかし、効果が生じる機構は明らかでない。本章では、詳細な破壊過程を調べるために基材としてガラス材を用い、破壊挙動の直接観察を試み、表面複合材料有無によるガラス基材の破壊を検討した。

焼結した一層の織物からなる(Al2O3f-ZrO2)mc/Al2O3表面複合材料を硼珪酸ガラス上に乗せ、温度1023K、加圧圧力1.5MPaで真空ホットプレスし、接合体を作製した。この接合体に直径10mmのZrO2球を用いた押込み試験を室温で行った。試験の際に2つのCCDカメラ用いてクラックの発生と破壊様子を異なる角度から直接観察した。比較のために用いたガラス単体の場合は、表面粗さの異なる試験片を作製し、同様の圧子押込み試験を行った。

 直接観察によってガラス基材の初期亀裂発生とリングクラックの形成と成長の様子が観察できた。その結果、ガラス単体の初期クラック発生荷重は約0.9kNであるが、表面複合材料結合ガラスの場合は約1.8kNまでにも増加することが確認された。この結果と有限要素法による応力分布解析から球状圧子による集中応力下での試験片の破壊機構が明らかになった。初期クラック発生荷重前後の表面複合材料結合ガラスの圧痕近傍の観察により、押込みの試験時に表面複合材料の内部に生じるミクロな破壊の累積と界面の結合力がガラス基材表面への応力遮蔽に大きな影響を与えることが明らかになった。

第4章 表面材料と基材の接合力の基材クラック発生挙動に及ぼす影響

 表面材料と基材の接合はガラス基材表面への応力遮蔽を得るのに重要な要因の一つであることを前章で確認した。しかし、界面結合の差が応力遮蔽効果にどのように影響するかは明らかになっていない。本章では、界面結合力をパラメータとして用いて応力遮蔽効果を調べることにした。

 前章と同じ接合体と表面材料をガラスで挟んだサンドイッチ試験片を前章と同様の条件で作製した。接合したそれぞれの材料の熱暴露を923Kで10と20h行い、界面の結合力の異なる試験片を作製した。界面における臨界エネルギー解放率をDCB試験片を用いて測定した。ノッチは界面に沿って入れ、ノッチ長さと試験片長さの比は約0.4にした。試験は室温で一定クロスヘット速度条件下で行った。また、表面複合材料の効果を直接調べるために予め押込みによる損傷を与えた試験片を用いて3点曲げ試験を行った。

 熱暴露を行っていない試験片の界面における臨界エネルギー解放率は0.02J/m2で、10h熱暴露したものと20hしたものはそれぞれ0.03J/m2と0.09J/m2であった。押込み試験から得られたクラック発生荷重は臨界エネルギー解放率の増加に伴って増加する傾向を示した。また、損傷を与えた試験片の3点曲げ試験の結果、ガラス単体の場合には約0.8kNで初期クラックが発生した後、急激に減少したが、表面複合材料を接合したガラスの強度に急激な変化は見られなかった。損傷を与えた試験片の曲げ強度は臨界エネルギー解放率に依存し、臨界エネルギー解放率が増加するとガラスに破壊が生じる押込み荷重の許容量も増加することが確認された。これらの結果から、表面複合材料を用いて力学損傷に対する大きな許容量を得るには臨界エネルギー解放率を大きくすることが望ましいことが明らかになった。

第5章 表面複合材料によって保護されたガラスの耐衝撃挙動

 前章では静的条件下での表面複合材料の効果を確かめたが、セラミックス材料は衝撃力を受ける環境で用いられることもある。そこで、本章は衝撃力による損傷に対する表面複合材料の効果を評価することを目的とした。

 表面複合材料を1層および2層接合した試験片を前章と同様の方法で作製した。これらの試験片を圧縮窒素による鉄球発射装置を用いて衝撃試験を行った。直径5mmの鉄製球を40と110m/sの速度で試験片表面に衝突させ、その瞬間を超高速カメラで撮影した。試験後の試験片は光学顕微鏡と走査型電子顕微鏡を用いて観察した。

 衝撃速度が40m/s以上ではガラス単体の場合には細かい破片になったが、表面複合材料を接合したガラスは細かな破片にならず、押込み試験時と同様に鮮明なコーンクラックが表面近傍で観察された。コーンクラックの角度は表面材料の層数により異なり、1層の表面材料の試験片と2層の表面材料の試験片はそれぞれ約54°と60°の角度を示した。コーンクラックの角度と衝突速度は反比例関係にあり、この結果から、表面複合材料が鉄球のガラス基材表面への衝突速度を減少させたことが明らかになった。この結果から、表面複合材料が衝撃エネルギーを吸収し、ガラス基材に与えるエネルギーを減少できることが確認でき、衝撃損傷下でも有効であることが確認された。

第6章 表面複合材料によって保護されたガラスの耐疲労挙動

 前章までに、表面複合材料に対する静的負荷、衝撃負荷では著しい効果があることが明らかになった。しかし、実用的に重要な疲労負荷に対してその効果は明らかではない。本章では疲労負荷に対する効果を調べることを目的とした。

 表面複合材料結合ガラスとガラス単体に直径10mmのZrO2球を用いて大気中、室温で繰返押込試験を行った。周波数は1Hz、最大に105の繰返し数まで正弦波負荷-除荷の繰返し応力を加えた。試験中にCCDカメラを用いてクラックが発生するまでの繰返し数を測定し、クラック発生の様子を調べた。試験後に、レーザ顕微鏡を用いて損傷された表面の様子を観察した。また、直径の異なる球を用いて同様の試験を行い、力学的条件の異なる環境下での比較、検討を行った。

 表面材料で保護されたガラスの場合は繰返し押込み回数による表面損傷の差はほとんどないが、ガラス単体ではその差が著しいことが明らかになった。また、クラック発生サイクルと繰返し荷重との関係を調べたところ、表面複合材料の導入がガラスの疲労損傷に対して有効であることが確認された。

 これらの結果から、表面複合材料を脆性材料表面に施すことによって繰返し荷重による強度低下を防ぐことが可能であることを検証した。

第7章 総括

 この章では、本研究でえられた知見を整理した。その結果、下記の結論が得られた。

(1)損傷許容性の高い繊維強化セラミックス複合材料を表面材料として用いると、外部からの負荷に対して基材に達する応力を効果的に遮蔽できた。

(2)表面材料と基材の界面結合力は脆性材料のクラック発生と進展に大きな影響を及ぼすことが明らかになった。界面臨界エネルギー解放率が大きい方が基材の損傷防止に有効であった。

(3)表面複合材料の概念は衝撃損傷条件、および疲労負荷条件下でも有効であった。

(4)これらの結果より、表面複合材料の考え方は脆性材料の表面に対する外部からの力学損傷に対して効果があると結論できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Improvement of Damage Tolerance in Brittle Materials Using a Tough Surface Composite Layer」(日本語訳:表面複合材料を用いた脆性材料の耐力学損傷性の向上)と題し、セラミックスなどの脆性破壊を生じる材料の表面に傷や衝撃に対して抵抗力のある薄い繊維強化セラミックスを設けることにより、耐力学損傷特性を大幅に改善する考え方を提案し、実験的に証明したものであり、全7章よりなる。

第1章は序論であり、構造用セラミックスを始めとする脆性材料の強度は、表面に傷が導入されることにより著しく低下し、構造部材としての機能が損なわれる問題が実用化への障害になっていることを指摘した。ついで、現状でのセラミックスコーティングによる表面保護では解決が難しく、何らかの新しい表面保護の手法が求められていることを示した。損傷許容性を持つ酸化物繊維強化酸化物基複合材料をセラミックスコーティングのかわりに用いると、損傷に強い表面ができるというアイディアを示し、証明することを本研究の目的としたことを述べている。

第2章では、織物構造としたAl2O3繊維強化Al2O3マトリックス複合材料を、Si-Ti-C-O繊維結合型複合材料の表面複合材料として用いた場合の効果を確かめた。平織状としたAl2O3繊維にZrO2を含浸させたものをAl2O2マトリックス中に複合化したものを表面複合材料として用いた。この表面複合材料は本論文中を通して用いられているので、以後、SCL(Surface Composite Layer)と記述する。一層の織物からなるSCLとSi-Ti-C-O繊維結合型複合材料を真空ホットプレス法で接合し、得られた接合体を用い、SCL側の表面に鋼球押し込み試験を行い、破壊過程を詳細に調べた。その結果から、SCLがSi-Ti-C-O繊維結合型複合材料に対する力学的な保護層として有効であることを確認した。

第3章では、SCLをガラス表面に接合したものを用い、破壊挙動の直接観察を試み、ガラス基材の破壊に対するSCLの効果を検証した。SCLには第2章と同様なものを用いた。接合体のSCL側表面にZrO2球を用いて圧子押し込み試験を室温で行った。試験の際に2個のCCDカメラを用いて亀裂の発生と破壊挙動を異なる角度から直接観察する方法を用い、直接観察によってガラス基材の初期亀裂発生とリング亀裂の形成および成長の様子を観察した。ガラス単体の初期亀裂発生荷重は約0.9kNであるのに対し、SCL接合ガラスの場合は約1.8kNまで増加することを確認した。この現象は、SCLの内部に生じる微視破壊の累積と、界面の結合力がガラス基材表面への応力遮蔽に大きな影響を与えることに起因する、ことを有限要素法解析を用いて明らかにした。

第4章では、SCLと基材の接合力が基材亀裂発生挙動に及ぼす影響を調べた。SCLをガラスで挟んで作製したサンドイッチ試験片の熱暴露を行い、熱暴露時間を変えることにより界面結合力の異なる試験片を作製した。界面剥離の臨界エネルギー解放率をDCB試験片を用いて測定した。その結果、熱暴露を行っていない試験片の界面の臨界エネルギー解放率は0.02J/m2で、10h熱暴露したものと20h熱暴露したものはそれぞれ0.03J/m2と0.09J/m2であった。熱暴露時間の異なる試験片に第3章と同様の圧子押し込み試験を行い、押し込み試験から得られた亀裂発生荷重は臨界エネルギー解放率の増加に伴って増加することを明らかにした。また、圧子押し込みにより損傷を与えた試験片の3点曲げ試験を行った。その結果、ガラス単体の場合には約0.8kNで初期亀裂が発生した後、荷重は急激に減少したが、SCLを接合したガラスの強度は損傷のない試験片の場合とほぼ同じレベルであることを確認した。曲げ強度は界面の臨界エネルギー解放率に依存し、臨界エネルギー解放率が増加するとガラスに破壊が生じる押し込み荷重の許容量も増加することを確認した。これらの結果から、SCLを用いて力学損傷に対する大きな許容性を得るには、SCLと基材間の界面臨界エネルギー解放率を大きくすることが望ましいことを明らかにした。

 第5章では、第3章と同様の材料を用いて、衝撃力がSCL表面に加えられたときのSCLの効果を調べた。SCLを1層および2層接合した試験片表面に、直径5mmの鋼球を40m/sと110m/sの速度で衝突させ、破壊の様子を超高速カメラで撮影するとともに、衝撃後の試験片の状況を詳細に観察した。衝突速度が40m/s以上ではガラス単体は細かい破片になったが、SCLを接合したガラスは細かな破片にはならず、コーン状の亀裂が表面近傍に生成するにとどまった。さらに、1層よりも2層のSCLを用いた場合のほうが効果が顕著であることも確認した。これらの結果から、SCLが衝撃エネルギーを吸収し、ガラス基材に与えるエネルギーを減少できることを示した。

 第6章では、SCLを接合したガラスの耐疲労挙動を調べた。第3章と同様の材料にZrO2球を用いた繰り返し押し込み試験を、室温、大気中、1Hzの周波数で行った。また、直径の異なる球状圧子を用いて同様の試験を行い、力学的条件の異なる環境下での疲労挙動の比較を行った。ガラス単体では押し込み回数が数回以内で亀裂の発生が観察された条件下で、SCLを接合したガラスの場合は繰り返し押し込み回数は105回までは極めてわずかの表面損傷しか観察されず、SCLは疲労負荷に対しても効果があることを証明した。

 第7章は総括であり、本論文の結果を整理することにより、本論文で提案した表面複合材料(SCL)の考え方が、脆性材料の表面に対する外部からの力学損傷に対して効果があると結論できることを述べている。

 以上のように本論文は、脆性的な破壊挙動を示す材料の表面を利用した耐力学特性の向上に対して新たな考え方を示し、それを実験的に検証したものであり、複合材料学に対する寄与が大であり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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