学位論文要旨



No 117628
著者(漢字) 胡,明輝
著者(英字)
著者(カナ) フ,ミンフィ
標題(和) 透過型電子顕微鏡による金属薄膜のナノスケールでの初期成長の研究 : 支配因子の抽出とモデルの提案
標題(洋) Initial Growth of Metal Thin Films at The Nanoscale Studied by Transmission Electron Microscopy : A Proposal of Three-parameter Model
報告番号 117628
報告番号 甲17628
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5345号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 山口,猛央
 東京大学 助教授 藤岡,洋
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第1章 緒言

近年、電子デバイスのサイズ縮小化と性能向上に対する要求に伴い、薄膜の初期成長の制御は益々重要になってきている。しかしながら、現時点では、薄膜成長モードや、微粒子・薄膜の結晶構造、及び非濡れ性成長での微粒子の数密度・間隔・サイズ等の構造形成について、そのメカニズムと制御方法は十分に理解されていない。そのため、本論文では、透過型電子顕微鏡を用い、ナノスケールで金属薄膜の初期成長を検討し、微粒子・薄膜の形態と構造の形成を説明するモデルを提案した。

本論文は、8つの章から成る。第1章では、研究背景の紹介を行い、本研究の目的、内容と特色を述べる。第2章では、単結晶TiO2(110)上の金属薄膜の成長モードの表面/界面相互作用の依存性を考察する。第3章では、実験材料、条件及び構造解析の手法について説明する。第4と5章では、アモルファスSiO2上のCu、Cr薄膜の初期成長について検討する。基板表面上での吸着原子の拡散/微粒子のマイグレーションに基づき、初期成長過程における微粒子の数密度・間隔・サイズ等の時間依存性を説明できるモデルを作る。一方、薄膜成長時におけるアモルファスから結晶への変化を理解するための熱力学的モデルを考案する。第6章では、微粒子・薄膜の構造制御の観点から、有機分子もしくは金属中間層で修飾されたアモルファスSiO2上でのCu初期成長を検討し、非修飾SiO2表面での結果と比較、基板表面状態の効果を検討した。第7章では、知識の構造化への試みとして、薄膜初期成長の総合モデルを提案する。

第2章 金属薄膜の成長モードの検討

単結晶TiO2(110)上の金属薄膜成長について文献調査を行い、既往の実験的検討結果を収集した。表面エネルギーと界面エネルギーの尺度として、それぞれ金属の昇華熱と金属の酸化熱という容易に入手可能な物性値を用いることを提案した。これらの2軸を用いると、表面エネルギー支配での3D島状成長と、界面エネルギー支配での2D層状成長に、実験結果を整理できることを示した。

表面/界面エネルギーにより、初期膜が3D島状成長するか2D層状成長するかを定量的に説明できるが、これらのエネルギーの見積りは一般的に困難である。実際、既往の研究例の豊富なTiO2(110)上での金属の単原子層以下での成長では、界面エネルギーに相当する金属とTiO2間の酸化還元反応、即ち金属酸化物の生成熱(kJ/mol酸素)だけで、成長モードは評価されてきた(図1a)[1]。ここでは、表面/界面エネルギーとして金属の昇華熱/酸化熱という、導出の容易な熱力学的パラメータを用いる事を提案し、更に成長モードの整理を行った。2つのパラメータの取り方として、酸素原子基準(kJ/mol酸素)、および金属原子基準(kJ/mol金属)の2通りが考えられるが、金属原子基準の昇華熱/酸化熱を用いた際に、現象を最もうまく整理できた(図1b)。昇華熱が大きく表面エネルギー支配の領域Iでは3D島状成長となるのに対し、酸化熱が大きく界面エネルギー支配の領域IIIでは2D層状成長となり、金属上とTiO2上のいずれで金属原子がより安定であるかという考えで理解できる。更に、両者がバランスする中間の領域IIでは、界面歪みエネルギーや速度論的な因子などが重要な役割を果たし得ることが分かった。

 表面エネルギーと界面エネルギーの総和が最小の構造を取るという熱力学的モデルに、表面エネルギーとして金属の昇華熱、界面エネルギーとして金属酸化物の生成熱を適用する本方法で、実験結果の説明・整理に成功した。このモデルは薄膜の成長モードと因子の関係の全体像を示しており、表面と界面のエネルギーを評価するための適当なパラメータさえあれば、より一般の薄膜/基板の系にも適応することができると期待される。

第3章 実験材料、成膜方法及び構造評価

 本論文で検討を行った成膜系は、SiO2上の異なる金属の成長と、表面状態の異なるSiO2上のCuの成長の二種類に分けられる。具体的には、SiO2上のCuとCrの成長、及び3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン(MPTMS)処理したSiO2もしくはCr,Ti中間層上のCu薄膜の5つについて、初期成長を実験的に検討した。熱酸化膜(10-15nm)付きSi(100)基板を用い、その上にRFマグネトロンスパッタにより、金属を成膜した。すべての金属の成膜速度は0.1nm/sであり、その分布は2x2cm2の面積において±3%以内である。MPTMS中間層は、常温・窒素雰囲気下で30分間HNO3処理することによりOH終端したSiO2/Si(100)基板を、0.01-0.04MのMPTMS溶液に1時間浸した後、有機溶剤と純水で洗浄することにより得た。金属中間層はスパッタ法で成膜した。TEM観察用のサンプルは、SiO2/金属薄脚SiO2/Si(100)のサンドイッチ構造の加工により作製した。更に制限視野電子線回折(SAED)、エネルギー分散型X線分光分析(EDS)、X線回折(XRD)、X線光電子分光分析(XPS)、走査型電子顕微鏡(SEM)、原子間力顕微鏡(AFM)を用い、薄膜組成、表面形状、結晶構造の分析を行った。

第4章 SiO2上のCu薄膜の初期成長

 Cuと親和性の低いSiO2表面では、Cuは非濡れ性の3D島状成長を起こした。成膜初期の微粒子のサイズ・間隔・数密度や、結晶構造の変化を観察し、Gibbs-Thomson式に基づく2次元蒸気圧の変化、及び吸着原子の表面拡散の境膜厚さ変化を考慮して、その機構を説明した。

CuのSiO2上での初期成長は、平面TEM像(図2)が示しているように、3D島状成長である。成膜の進行に伴い、核発生により結晶構造が現れ、微粒子の数密度が減り、粒子間隔が増えていくことが分かった。これは、基板表面上の微粒子がマイグレーションし互いに融合するというモデルで説明することができる[2]。高分解能断面TEM像(図4aと4b)から見ると、Cu微粒子はSiO2上では球形であり、全く濡れていない。これは、Cu/SiO2の界面相互作用が弱く、Cuの表面エネルギーが大きいため、系の自由エネルギーを減少させる、すなわちCuの表面積を減少させる為に球状に収縮したと説明できる。更に、Cu微粒子は球状であるため、系のエネルギーは結晶の配向性に依存せず、Cu微粒子の結晶配向はランダムになることが図2中の電子線回折像と図4aと4bの高分解能断面TEM像から分かった。

微粒子数密度の時間変化は、微粒子のマイグレーションと融合の機構で定性的に説明できる[2]。更に粒子間距離の変化を説明する為、Gibbs-Thomson式に基づく2次元蒸気圧変化、及び吸着原子の表面拡散の境膜の厚み変化を導入し、初期成長過程を説明するモデルを提案する。基板表面、微粒子、及び気相の三相界面ではCu吸着原子濃度は平衡に達している、すなわち表面拡散が律速と仮定すると、Gibbs-Thomson式により三相界面でのCu吸着原子濃度は微粒子のサイズの増大と共に指数関数的に減少し[3]、拡散方程式より拡散境膜の厚さは微粒子のサイズの増大と共に増大することが分かる。成膜極初期で微粒子はほとんど存在せず(図2a)、微粒子間の間隔は吸着原子の表面拡散長の2倍及び微粒子の表面拡散長より大きいため、吸着原子同士の反応により微粒子が形成されると考えられる。成膜に伴い微粒子の数密度が増加し粒子間距離が減少するが、粒子間距離が吸着原子の表面拡散長の2倍より小さくなると、全ての吸着原子が既存の微粒子と反応し、新たな粒子形成は起こらず、粒子数密度は極大となる(図2b)。その後、微粒子のマイグレーションにより、微粒子同士が融合すると、微粒子の数密度は減少、間隔は増大する(図2c)。この際、粒子サイズの増大に伴い、吸着原子の2次元平衡蒸気圧が低下し、吸着原子の表面拡散長が増大するため、新たな微粒子は形成されずに連続膜になるまで、微粒子は成長し続けることとなる(図2dと2e)。

第5章 SiO2上におけるCr薄膜の初期成長

Cuに比べ、CrはSiO2との親和性が高く、濡れ性の3D島状成長を起こした。初期にアモルフアスの微粒子が形成され、数密度・サイズともに増大し、微粒子同士が融合する段階で結晶化が起き、微結晶の連続膜が形成された。Cr/SiO2界面の相互作用に着目し、成長機構のCuとの違いを説明した。

 Cr微粒子の数密度は、成膜時間3から10秒まで、1.6×1016から6.3×1016cluster/m2までに大きく増えた。この初期において、Cr微粒子の平均高さ及び直径はそれぞれ1.7から2.3mmまで、2.5から3.0mmまでにゆっくりと増えるのに対し、体積で評価する換算堆積量は成膜時間とともに線形に増大し、バルク成長とほぼ同じ速さであることが分かった。しかも、Cr微粒子の高さと直径からの計算により、微粒子は110度の接触角で濡れていて、SAEDによると初期でCr微粒子はアモルファスであり(図3a-3d)、20秒成膜で連続膜を形成した後(図3e)、50s成膜までに結晶化が起きる事が分かった(図3f)。この結晶化過程において、ランダム配向の核が形成されていることが高分解能平面・断面TEM像から判明した。

これらの実験結果から以下の初期成長過程を考えている。Cr原子は高い付着率で基板表面に吸着し、アモルファス微粒子を形成する。微粒子のマイグレーションや融合は起きずにサイズはほぼ一定を保ち、一方で連続して微粒子が形成されることで数密度が増加していき、互いに接触して連続膜になる。微粒子粒径もしくは膜厚が臨界サイズを超えたときにアモルファスからの結晶核発生が起き、微結晶連続膜を形成する。XPSの分析により、Cr/SiO2界面でCr-Oの結合が確認され、この強い相互作用により、Cr微粒子はSiO2に濡れると共に、SiO2表面をマイグレーションしないといったCuと異なる挙動を示したと考えられる。

微粒子融合の時点(20秒)から、結晶化が起きていることを熱力学原理により説明できる。アモルファスから結晶へ構造が変化する時の自由エネルギー変化は、微粒子の体積、表面と界面に由来すると考えられる。体積の自由エネルギー変化はサイズの3乗に比例し、表面と界面はサイズの2乗に比例している。Crはバルクでは結晶構造が安定のため、体積の項は負の値を取り、表面・界面の項が正の値を取る時のみ、熱力学的臨界径が存在し得る。ここでは、アモルファス/アモルファス界面に比べてアモルファス/結晶界面がエネルギー的に不安定だと考えると、臨界サイズが存在し、微粒子サイズが臨界径以下では界面エネルギーの寄与によりアモルファス相が熱力学的に安定になると説明できる。臨界径以上では、体積の寄与により結晶相が安定となり結晶化すると考えられ、微粒子が融合して連続膜を形成する際に結晶化することは、この機構により説明できる。結晶核の形成過程において、核がアモルファスに覆われることで表面・界面エネルギーの結晶配向依存性が減少し、核はランダム配向になったものと思われる。

第6章SiO2上におけるMPTMS、CrとTiを中間層としたCuの初期成長

 Cu薄膜を、SiO2上のMPTMS、5nmCr、5nmTi中間層の上に成膜し、初期成長変化を比較した。MPTMSはCuと相互作用する-SH基を有し[4]、Cr及びTiは、通常、Cuと酸化物の界面の密着性を向上させるために用いられる[5]。以下に示すように、Cu薄膜はこれらの基板上で3D島状で成長するが、微粒子の濡れ性、吸着原子の表面拡散と微粒子のマイグレーション、及び結晶構造の形成といった成長の特性は異なっている。

MPTMS中間層上では、XPSにより確認されているCu-S結合の形成により強くなった界面相互作用により、Cu微粒子はMPTMSの上で選択的に成長する。その数密度はSiO2上のより大きく、微粒子の間隔はSiO2上より短い。このことは、高濃度のMPTMSで処理されたSiO2上でより明確に現れる。このような現象から、SiO2上よりもMPTMS上での方が、Cu吸着原子と微粒子は動きにくいことが分かる。5mmCr中間層上では、SiO2上と同じように、Cuの微粒子が球状に収縮する非濡れ成長を示している(図4cと4d)。これは、Cu/Crの界面相互作用の弱さに起因していると考えられる。高分解能断面TEM像から、SiO2上の5nmTi膜は強い(0001)配向性を示していることが分かる。このTi中間層上では、Cu微粒子は35度の接触角で濡れ、下地のTi中間層と(111)fcc-Cu||(0001)hcp-Tiというエピタキシャル成長を示している(図4eと4f)。成膜時間とともに、Cu微粒子の数密度は減少するが、微粒子の間隔はSiO2上の場合ほど増大せず、このことはCuがマイグレーションしないことを表している。CuとTiの相図からCuとTiの親和性が良いことが分かり、その強い界面相互作用と、小さいミスフィットにより、Cu微粒子は濡れ性が良く強い配向を示すことが分かった。これらの一部の結果を図4に纏める。

薄膜/基板の界面相互作用とエピタキシャル関係は共に薄膜の初期成長に影響を及ぼす。適切な中間層の導入により、初期成長過程を変化させ、微粒子サイズ・数密度だけでなく、濡れ性や結晶の配向性までを制御することが可能である。

第7章 金属薄膜の初期成長に関する三つパラメータモデルの提案

以上の金属薄膜の初期成長の検討に基づき、薄膜成長の次元、結晶構造形成、及び微粒子の数密度・間隔・サイズの時間依存性それぞれを説明する三つパラメータモデル(図5)を提案する。

吸着原子の表面拡散長より十分に小さいサイズスケールでは平衡に達すると考えられる。以下、このサイズスケールでの構造を単位構造とし、初期膜は単位構造の集合体として扱う。

一つ目に、単位構造の外形を決定する熱力学的軸を考える。界面エネルギーと歪みエネルギーの和が、基板と薄膜の表面エネルギーの差より小さいと2D層状成長に、それより大きく基板と薄膜の表面エネルギーの和より小さいと濡れ性の3D島状成長に、更にそれよりも大きいと非濡れ性の3D島状成長となる。

2つ目は、単位構造の内部構造、すなわち結晶構造を決める熱力学的軸を考える。アモルファスから結晶になるときの自由エネルギー変化は、内部の体積項と、表面及び界面の面積項からなる。ここで扱った金属のように、バルクで結晶構造が安定な場合は体積項が負となり、面積項が負の時、すなわち表面・界面共に結晶が安定な場合は、成長初期から結晶化することになる。一方、面積項が正の場合は、サイズが小さい領域で結晶化の際の自由エネルギー変化が正となり、アモルファスが安定に存在できる。サイズの増大に伴い体積項の寄与が大きくなり、自由エネルギー変化が減少に転じ、この時のサイズが結晶化の臨界サイズとなる。今回はアモルファスSiO2基板上での金属の成長を検討したが、金属結晶/アモルファスSiO2界面が不安定なために、結晶化の臨界径が現れたと考えると、現象を理解しやすい。今後は、アモルファスと結晶の界面エネルギーの評価が重要となるであろう。

 最後に、集合構造、すなわち3D島状成長における微粒子の数密度・間隔・サイズを決める速度論的軸を考える。堆積種の基板表面の移動過程として、吸着原子の表面拡散と微粒子のマイグレーションが重要な事が分かった。吸着原子の拡散係数は微粒子より一般に大きいが、吸着原子の拡散時間を吸着原子同士が反応するまでの時間、微粒子の拡散時間を成膜時間と考えると、拡散時間は吸着原子の方が短くなる。表面拡散長は拡散係数と拡散時間の積の平方根で表されるため、条件により、吸着原子と微粒子のどちらの移動過程が集合構造を決めるかは変わってくる。吸着原子の表面拡散が支配的な場合は、微粒子は移動せずに微粒子の数密度・サイズが増大し、微粒子同士が接触するまで大きく成長すると、急激に数密度が減少して連続膜となる。逆に微粒子のマイグレーションが支配的な場合は、成膜に伴い微粒子数密度の減少とサイズの増大が起き、連続膜へと至る。これらの表面拡散現象のより深い理解は、基礎的な見地のみならず、粒子数密度の制御といった応用面でも、今後重要となるであろう。

 ここで提案したモデルは、薄膜成長を支配する熱力学的・速度論的な三つの因子の組合せで成長機構を説明するものであり、多様な現象の俯瞰的な理解を可能にする。更に、これらの因子を決めている現象を理解し、それらの定量的評価が可能となれば、膜構造の制御に大きく貢献すると期待される。

第8章 結言

 本研究では、気相からの金属薄膜の初期成長を広範に検討した。薄膜の成長次元、アモルファスの結晶化、更に微粒子の数密度・間隔・サイズの時間変化を体系的に説明できる三つパラメータモデルの提案を行い、初期成長におけるナノ構造の形成と制御への明確な指針を示した。

[1]C.T.Campbell,Surf.Sci.Rep.27(1997)1.

[2]H.Shirakawa,and H.Komiyama,J.Nanoparticle Research 1(1999)17.

[3]J.E.McDonald,Am.J.Phys.30(1962)870.

[4]X.Huang,H.Huang,N.Wu,R.Hu,T.Zhu,and Z.Liu,Surf.Sci.459(2000)183.

[5]S.W.Russell,S.A.Rafalski,R.L.Spreitzer,J.Li,M.Moinpour,F.Moghadam,and T.L.Alford,Thin Solid Films 262(1995)154.

図1(a)既往の研究での金属酸化物の生成熱(kJ/mol酸素)によるTi02(110)上の金属薄膜の成長モードの整理。

記号はそれぞれ、3D島状成長(□)、および2D層状成長(■)を示す。

(b)金属の昇華熱と金属酸化物の生成熱(kJ/mol金属)によるTiO2(110)上の金属薄膜の成長モードの整理。

記号はそれぞれ、3D島状成長(●)、2D層状成長(△)、及び既往の研究例がない(×)ことを示す。

図2 SiO2上でのCu初期成長サンプルの平面TEM像及びSAEDパターン。

成膜時間はそれぞれ(a)3,(b)5,(c)10,(d)20,(e)35,(f)50秒である。

図3 SiO2上でのCr初期成長サンプルの平面TEM像及びSAEDパターン。

成膜時間はそれぞれ(a)3,(b)5,(c)8,(d)10,(e)20,(f)35秒である。

図4(a)と(b)SiO2上、(c)と(d)5nm-Cr中間層上、(e)と(f)5nm-Ti中間層上10秒成膜時のCu微粒子の高分解能断面TEM写真。

0.209nmはCu(111)の面間隔、0.256nmはTi(0001)面間隔である。

図5 金属薄膜の初期成長の三つパラメータモデル

審査要旨 要旨を表示する

 電子デバイスの性能向上に伴い、成膜プロセス、特にその極初期過程の理解と制御に関する要請が高まっている。本論文は、「透過型電子顕微鏡による金属薄膜のナノスケールでの初期成長の研究」と題し、実プロセスに近い条件でのスパッタ法による成膜を対象に、初期成長薄膜の構造を高分解能電子顕微鏡によって直接に観察し、機構解明だけでなく構造制御の観点から検討し、初期膜の構造を決める重要な支配因子の抽出とモデルの提案を行ったものであり、全8章から成る。

 第一章では、金属薄膜の初期成長の現状と課題をまとめ、問題点を明確にした上で、本研究の目的、内容と特色を述べている。特に、成長初期の薄膜構造を、熱力学的に決定される単位構造の内部構造と外部形状、及び動力学的に決定される単位構造集合体の特性に分けることを提案し、研究課題を明確化している。

 第二章では、成長モード、即ち単位構造がどの様に決まるかを説明するモデルを提案した。具体的には、表面・界面エネルギーの尺度として、金属の昇華熱と酸化熱という二つの熱力学的因子を選択し、これらから導かれるパラメーターを軸とした2次元空間上に、単結晶TiO2(110)上の金属薄膜の成長モードが整理できることを示した。入手容易な昇華熱と酸化熱によって整理できることは実用上非常に重要であり、この手法は他の材料系にも応用が可能である。

 第三章では、後続の章での初期成長過程の実験的検討の手法について説明した。

 第四章では、SiO2表面上で、親和性の低いCuの初期成長機構を検討し、成膜種と基板の界面相互作用が、微粒子形成と成長に大きな影響を与えることを示している。成膜初期の非濡れ性微粒子のサイズ・間隔・数密度、さらに結晶構造の変化を観察し、Gibbs-Thomson式に基づく2次元蒸気圧の変化、及び吸着原子の表面拡散に関する境膜厚さの変化を考慮するモデルを提案した。

第五章では、SiO2表面上で、親和性の高いCrの初期成長機構を検討した。成膜中にアモルファスから結晶へ構造が変化する現象を、高分解能電子顕微鏡により見出し、この相変化を古典的な熱力学モデルにより説明した。更に、成膜に伴うCr微粒子の構造変化をCuと比較し、界面相互作用の観点から説明した。

 第六章では、基板表面を有機分子および金属中間層で修飾し、成膜種と基板の界面相互作用を変えることで、界面相互作用が初期成長に及ぼす影響を検討した。成膜種と基板間の相互作用を強くするにつれ、非配向で非濡れ性の球状Cuナノ粒子から、高配向で濡れ性の半球状Cuナノ粒子へと変化することが分かり、適切な中間層の導入による膜構造制御が可能であることを示した。

 第七章では、以上の金属薄膜の初期成長の検討に基づき、薄膜成長の次元、成長に伴う結晶構造変化、及び微粒子の数密度・間隔・サイズ変化を説明する、三因子モデルを提案した。このモデルにより初期成長の多様な現象の統一的理解が可能になる。さらに今後、モデルに含まれる三つの因子の定量的評価が可能になれば、膜構造の制御に大きく寄与するものと期待される。

 第八章は、本論文のまとめと展望である。

 以上、本論文は、金属薄膜の初期成長における成長機構をナノスケールで解明するとともに、成膜物質と基板間の界面相互作用による構造制御の可能性を明らかに示したものである。これらの研究成果は、薄膜プロセス工学の基盤を確立することに役に立ち、化学システム工学の発展に大いに寄与するものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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