学位論文要旨



No 117631
著者(漢字) 杉山,暁
著者(英字)
著者(カナ) スギヤマ,アキラ
標題(和) 酸素分圧2%および低比重リポ蛋白質負荷培養条件下における平滑筋細胞の脂質蓄積現象の解析
標題(洋)
報告番号 117631
報告番号 甲17631
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5348号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 助教授 浅沼,浩之
内容要旨 要旨を表示する

 近年の我が国における生活環境の著しい変化に伴い,虚血性心疾患や脳血管障害といった血管障害に起因する疾患が死因の上位を占めるようになっている.これらの血管障害はアテローム性動脈硬化症(粥状動脈硬化症)が主たる原因であることから,動脈硬化症発症の危険因子を是正する治療が重要となってくる.中でも,高コレステロール血症と動脈硬化症との関連性は古くより知られており,食事から摂取する動物性脂肪やコレステロールの量の増加が血清コレステロール値の上昇を引き起こし,虚血性心疾患のリスクを増加させることが明らかにされている.その一方,高コレステロール負荷により,動物モデルにおいても動脈硬化症を発症させることができるが,そのメカニズムは未だ不明な点が多い.そこで,アテローム性動脈硬化病変形成のメカニズムを解明するために,血管壁のin vitroモデルである混合培養系を用い,「アテローム誘発因子」を探索した.その結果,LDLの負荷だけではなく,それらに加え何らかの「アテローム誘発因子」必要であると考えられた.

 そこで,本論文では,生理的条件下における血管壁の酸素分圧が2-6%であることに着目し,病変形成に及ぼす酸素分圧の影響を検討した.その結果,2-5%の酸素分圧下において,nativeなLDLを負荷することによって血管平滑筋細胞内に顕著な脂質蓄積が認められることを明らかにした.この結果は,従来の酸化LDL仮説とは異なり,LDLの酸化等の修飾を必要とせずに,生理条件下では高濃度のLDLの曝露により初期病変が形成される可能性を示唆するものであり,動脈硬化症の発症を理解する上で重要な知見であると考えられる.

 第3章では,血管平滑筋細胞の単培葉系を用いて,PO2 2%,LDL(+)の条件下で検討した結果,混合培養系と同様の脂質沈着が認められ,その主たる成分は,コレステロールエステルであることが明らかとなった.一般に細胞内のコレステロール量は,細胞外からの取込み,de novo合成,および細胞外への放出によって調節されている.そこで,これらに対する影響を検討した結果,細胞外への放出やde novo合成ではなく,取り込みであることが示唆された.しかしながら,これらの取込み機序は不明であった.

 第4章では,PO2 2%,LDL(+〉の条件下における脂質沈着のメカニズムを明らかにする目的で,DNA microarrayを用いたトランスクリプトーム解析を行なった.その結果,コレステロール合成系酵素の発現減少が認められるとともに,放出系関連タンパク質の遺伝子発現変化は変化が見られず第3章の結果が支持された.一方,取り込みに関するLDLレセプターやスカベンジャーレセプターの遺伝子発現は抑制または,変化がない結果となり,LDLレセプターおよび,スカベンジャー遺伝子以外の取り込み経路が示唆された.そこで,PO2 2%,LDL(+)培養条件にて顕著な発現増加が見られた脂質代謝関連遺伝子である,アディポフィリン,およびレプチンに関してプロモーター解析を行なったところ,2つに共通する転写因子結合エレメントとして,HREの存在が明らかとなった.さらに,PO2 2%,LDL(-)培養条件におけるHREの役割をレプチンのプロモーター用いて解析を行なった.その結果,-116にあるHREが重要な役割を果たしており,遺伝子発現解析の結果,HIF-1がその転写を担っている可能性が示唆された.

 以上のことから,PO2 2%,LDL(+)培養条件下の血管平滑筋細胞において酸化変性されていないLDLにより脂質沈着が起り,その際の遺伝子発現はHIF-1が何らかの転写制御を担っていることを示唆した.これらのことは,PO2 2%の条件下でプロモーター解析を行なうことで新たな動脈硬化症の発症に関与する因子の同定が可能になる点で重要な知見をもたらしたと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 アテローム性動脈硬化は脳血管障害や虚血性心疾患の原因として世界の多くの国で成人死因の上位をしめる重要な疾患である.アテローム性病変の成因には血液中のコレステロール特に低比重リポ蛋白(LDL)コレステロールが高値であることが重要であることが知られる.本論文著者らは、アテローム成因解明のin vitroモデル混合培養系の開発を進め、血管内皮細胞と平滑筋細胞の混合培養系での実験からLDL負荷だけではアテローム性病変形成は進まず、それに加える何らかの「アテローム誘発因子」が必要であるとの作業仮説にいたった.

 本論文で著者らは、血管壁の生理的条件の検討から、従来の20%酸素分圧のモデルと比べ、血管壁の酸素分圧が2-6%と低値であることに注目し、低酸素での混合培養系を作成して脂質沈着の条件を検討した.その結果2-5%の低酸素条件でLDL負荷を加えると顕著な脂質沈着が血管平滑筋細胞におこることをウサギ動脈壁細胞の混合培養系で発見し、さらにヒト冠状動脈平滑筋細胞の単独培養系でも同じ条件で脂質沈着が促されることを発見し、低酸素が「アテローム誘発因子」の一つであることを発見した.

 本論文で著者らは、LDL負荷と低酸素による平滑筋細胞における脂質沈着がLDL受容体に依存しない脂質取り込みによりおこることを確認した.しかし、低酸素がなぜLDL負荷に加えてのアテローム誘発因子になりうるかの機序は全く不明であった.

 そこで著者らは、ゲノム解読から急速に進展してきた遺伝子発現の網羅的解析、DNAマイクロアレーを用いたトランスクリプトーム解析を行い、5800の既知重要遺伝子の発現解析から、アテローム形成におけるLDL負荷と低酸素の影響を検討した.その結果、脂質沈着にかかわるアディポフィリンとレプチン遺伝子がこの2条件の組み合わせで顕著に発現誘導されることを発見した.その他にも成長因子、マトリックス蛋白、シグナル伝達関連蛋白など多数の遺伝子誘導をDNAチップで発見し、ノーザン解析で確認した.

 脂質関連遺伝子の誘導機構の解析のためレプチン遺伝子プロモーターにおいて、低酸素での誘導にかかわるエレメントの同定を培養平滑筋細胞で行い、-116のHREが重要であり、発現解析からここにHIF1が作用することが重要であることが示唆された.

 以上のように本論文で著者らはアテローム性病変における脂質沈着誘発因子として低酸素が重要な役割を果たす事、その課程でレプチンとアディポフィリン遺伝子発現が誘導されること、この誘導にHREが重要でHIF1がかかわる可能性を明らかにし、動脈硬化発症機序解明に重要な知見をもたらした.

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク