学位論文要旨



No 117632
著者(漢字) 馬場,敏幸
著者(英字)
著者(カナ) ババ,トシユキ
標題(和) 「アジアの裾野産業に関する研究」
標題(洋)
報告番号 117632
報告番号 甲17632
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第5349号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 橋本,毅彦
 東京大学 教授 後藤,晃
 東京大学 教授 藤井,眞理子
 東京大学 教授 馬場,靖憲
内容要旨 要旨を表示する

 本論文ではアジアの裾野産業を研究対象とした。裾野産業とは,最終製品を製造するために,部品・部材を供給する産業の総称である。たとえば自動車産業の場合,第一次,第二次,第三次以下の協力企業など,様々な企業の製造する数万以上の部品・部材が,最終的に自動車メーカーで組み立てられて自動車が生産される。自動車を製造するためには,金属,プラスチック,ゴム,ガラスなど様々な素材が必要となる。また,必要とされる技術も,切削加工,鍛造,鋳造,熱処理,プレス加工,溶接,塗装など,様々な技術が必要となる。このため,最終的に自動車が生産されるためには,自動車部品産業だけでなく,非常に多くの産業の協力が必要となる。さらに,最終製品の性能は,それを構成する個々の部品・部材の性能に依存するところが大きい。そのため,最終消費者から見れば裾野産業はあまり目立った存在ではないが,その役割は決して小さなものではないと言える。

 アジアの裾野産業に関する先行研究では,裾野産業がアジアの工業発展に果たす役割は大きいと考えられ,アジア各国で育成策が実施されてきたこと,そして裾野産業育成に重要な手段は技術移転だがこれまで容易ではなかったこと,などが論じられている。しかし,こうした議論の前提となるべき定量分析はあまり行われてこなかった。裾野産業は複雑に入り組んだ産業構造をしており,定量化が難しかったためである。本論文では,従来あいまいであった裾野産業の現状とこれまでの推移について明確な形で提示することが第一の目的である。さらに,裾野産業育成に重要な手段である技術移転についても検討を行った。裾野産業関連技術の移転はこれまで困難であると考えられてきたが,近年の科学技術の進歩により状況が変化していることも考えられる。そのため,本論文では「近年のデジタル化技術の進展により裾野産業関連技術の技術移転が容易になる」という仮説を設定した。本論文の第二の目的はこの仮説について検討することである。

 まず,産業の需給が複雑に入り組んだ裾野産業を定量化するために,アジア国際産業連関表を用いて1975年から1995年にかけてのアセアン4,韓国の裾野産業について新たに直接・間接調達の指標を開発し分析を行った。分析対象としたのは,幅広い裾野産業を持つ自動車・二輪産業と電機・電子産業であり,この2産業について国内の裾野産業からの直接・間接の調達構造について定量化を試みた。

 その結果,一口に裾野産業といっても,自動車・二輪産業と電機・電子産業における直接・間接調達の動向は明らかに異なるという発見があった。自動車・二輪産業は自国からの調達を重視する産業であり,逆に,電機・電子産業は構造的に海外依存する産業であった。その違いを生んだ要因は,自動車産業と電子電機産業の,「部品の性質の違い」,「需要先よる要求品質の違い」,「政策の違い」であると考察した。

 この裾野産業の定量化分析により,本研究で初めてある産業の裾野産業全体の調達構造を定量的に示した。本分析で導入した直接指標・間接指標により,国別・産業別の裾野産業の調達構造解析が可能となった。この研究成果は,今後の裾野産業分析の議論に役立つものである。

 産業連関分析に引き続く分析として,裾野産業の現状と推移について,国産化率と技術水準の観点より,自動車産業の歴史の古いインドネシアについてのケーススタディを中心に,韓国,アセアン4について論じた。

 アセアン4各国および韓国では,数十年にわたり,自動車部品国産化政策により自動車関連の裾野産業の育成を行ってきた。この結果,表面上,アセアン4について表面上国産化率は高くなった。しかし,実際には海外あるいは外資系部品メーカーに依存している状況が明らかとなった。これに対して韓国は国産化率が100%近く,部品メーカーの外国からの輸入を勘案しても国産化率は9割前後であった。従って国産化率の観点からみると,アセアン4は日本を中心とした海外依存が強く,一方韓国は海外依存から脱しつつあると結論づけられた。

 次に技術水準について,承認図取引,貸与図取引という取引形態の違いを手がかりに分析を行った。その結果,アセアン4では製造技術を提供する段階にとどまっており,開発能力は自動車メーカーの要求する水準には達していないと判明した。一方,韓国では自動車メーカーの要求する開発能力を持つ部品メーカーも存在しており,部品メーカーの技術水準は高まっていると結論づけられた。

 この国産化率と技術水準で行った分析で,国産化率に関しては,先行研究での指摘の確認を行ったことになる。一方で技術水準の分析からは,次の新たな発見が得られた。すなわち,これまでアジアにおける地場産業の技術水準の低さ,特に開発能力の低さは指摘され続けてきた。しかし,その技術水準について客観的に提示することは困難であった。本研究では,取引形態という視点で分析を行うことにより,アジア地場産業の技術水準について明確な形で提示できた。

 以上の分析で本論文の第一の目的である,「従来あいまいであった裾野産業の現状とこれまでの推移について明確な形で提示すること」については達成した。引き続く分析では,第二の目的である「近年のデジタル化技術の進展により裾野産業関連技術の技術移転が容易になるのではないか」という仮説の検討を行った。分析対象とした産業は,裾野産業のうち,これまで技術移転が困難な産業の代表格として捉えられてきた金型産業である。金型産業について,近年発展の著しい韓国金型産業のケーススタディにより,デジタル化技術による設計・生産工程の自動化が技術移転に与える影響について論じ,設定した仮説の検討を行った。

 韓国では,長年金型産業が未熟で多くの金型を日本から輸入しなければならない状況であった。しかし,日韓の金型貿易バランスは1990年代中盤以降,逆に韓国からの輸入が日本からの輸出を大幅に超過する構造に変化した。この現象は,2000年時点の日本とアジア主要国との金型輸出入では韓国にだけ見られる。この事実は韓国の金型産業が日本の水準に急速にキャッチアップしたことを物語っている。この逆転現象の前後で韓国金型産業の変化を分析した結果,NC工作機械とCAD/CAMというデジタル化技術の普及が大きく関わっていた。すなわち,NC工作機械の普及による生産工程の自動化が必要条件,CAD/CAMの普及による設計工程の自動化が十分条件となり,韓国の金型産業のキャッチアップが行われたと結論づけられた。言い換えると,デジタル化技術により設計・生産ノウハウが機械に体化される形でパッケージ化され,このパッケージ化された技術を導入することにより韓国の金型産業が急速にキャッチアップしたといえる。以上より,第二の目的であるデジタル化の進展による裾野産業関連技術が容易になるという仮説は成り立つと推論した。

 最後にそれぞれの分析結果より,産業タイプの違いによる裾野産業の発展形態の違い,裾野産業の発展段階をわけた要因,今後の発展途上国における裾野産業のキャッチアップの可能性について論じた。その結果,品質難に苦しんできたアジア各国の地場産業も,ある程度以上の市場が得られるなどの条件を満たせば,パッケージ化技術の導入が可能となり,急速にキャッチアップする可能性があることを示唆した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はアジアの裾野産業を研究対象としている。裾野産業とは,最終製品を製造するために,部品・部材を供給する産業の総称である。アジアの裾野産業に関する先行研究では,裾野産業がアジアの工業発展に果たす役割は大きいと考えられ,アジア各国で育成策が実施されてきたこと,そして裾野産業育成に重要な手段は技術移転だがこれまで容易ではなかったこと,などが論じられている。

 しかし,こうした議論の前提となるべき定量分析はあまり行われてこなかった。さらに,裾野産業関連技術の移転はこれまで困難であると考えられてきたが,近年の科学技術の進歩により状況が変化している。そこで、本論文では、このような問題の分析を、「裾野産業の定量化(3章)」、「裾野産業の技術水準(4章)」、「裾野産業関連技術の移転に必要な要件(5章)」の3章にわたって行っている。

 第3章では、産業の需給が複雑に入り組んだ裾野産業を定量化するために,アジア国際産業連関表を用いて1975年から1995年にかけてのアセアン4,韓国の裾野産業について新たに直接・間接調達の指標を開発し分析を行っている。分析対象としたのは,幅広い裾野産業を持つ自動車・二輪産業と電機・電子産業であり,この2産業について国内の裾野産業からの直接・間接の調達構造について定量化を試みている。

 その結果、自動車産業については、韓国の裾野産業が1975-1990年に発展したが、アセアン4の裾野産業は1990-1995年に発展したことを明らかにした。韓国は対日依存を脱したが,アセアン4は対日依存が続いている。間接調達で見るとアセアン4の対日依存が特に強いことが明らかになった。電子産業については、1975-1990に韓国で国内調達率が向上した。アセアン4では海外依存構造に変化した。1990-1995年は,ほぼ同じ構造で推移したが,アセアン4,韓国とも海外依存は強くなっている。

 自動車産業と電子産業の相違を分析し、部品特性の違い(部品特性や設計の違いにより,自動車部品は国内調達指向となったが,電子部品は国内調達にこだわる必要がなかった)、需要先による要求品質の違い(自動車は国内需要向けであり,製品は国内競争力を満たすレベルでよかったが、電子は輸出向けであったため,国際競争力を持った製品を製造する必要があったため、国内調達部品では困難であった)、政策の違い(自動車は国産化政策が採られていたが,電子では部品輸入は比較的自由であった)の3つの要因が大きいことを明らかにしている。

 第4章では、裾野産業の現状と推移について,国産化率と技術水準の観点より,自動車産業の歴史の古いインドネシアについてのケーススタディを中心に,分析している。アセアン4各国では,数十年にわたり,自動車部品国産化政策により自動車関連の裾野産業の育成を行ってきた。この結果,表面上,アセアン4について表面上国産化率は高くなった。しかし,実際には海外あるいは外資系部品メーカーに依存している状況が明らかである。次に技術水準について,承認図取引,貸与図取引という取引形態の違いを手がかりに分析を行っている。その結果,アセアン4では製造技術を提供する段階にとどまっており,開発能力は自動車メーカーの要求する水準には達していないと判明した。

 第5章では、「近年のデジタル化技術の進展により裾野産業関連技術の技術移転が容易になるのではないか」という仮説の検討を,裾野産業のうち,これまで技術移転が困難な産業の代表格として捉えられてきた金型産業を対象として行っている。具体的には、近年発展の著しい韓国の金型産業のケーススタディにより,デジタル化技術による設計・生産工程の自動化が技術移転に与える影響について論じ,設定した仮説の検討を行っている。

 韓国では,長年金型産業が未熟で多くの金型を日本から輸入しなければならない状況であった。しかし,日韓の金型貿易バランスは1990年代中盤以降,逆に韓国からの輸入が日本からの輸出を大幅に超過する構造に変化した。この現象は,2000年時点の日本とアジア主要国との金型輸出入では韓国にだけ見られる。この事実は韓国の金型産業が日本の水準に急速にキャッチアップしたことを示している。

 この逆転現象の前後で韓国金型産業の変化を分析した結果,韓国の金型産業の1990年代後半の発展要因は,市場(学習機会の拡大,設備導入の源泉)、技術(デジタル技術によるボトルネック解消)、人材(金型技術,デジタル技術に熟知した人材の育成)の3つの要因の相乗効果であることを明らかにしている。市場要因としては、1990年代は前半,後半とも,韓国金型産業の主要顧客である自動車産業,電子産業産業が順調に生産拡大した結果、韓国金型産業の学習機会が増え,経験・ノウハウが蓄積されると同時に、取引拡大により,デジタル技術導入のための源泉も得られた。

 技術要因としては、1990年代中盤以降,日本から韓国への金型発注の際に,デジタル化された金型図面、加工データが韓国へ手渡されるケースが多い。金型生産でもっとも困難でノウハウが必要とされているのは,詳細設計図である。この図面がデジタル化され,一番型という完成品教材とともに手渡された場合,韓国金型メーカーはこのノウハウを学習することが可能になる。

 人材面については、韓国ではデジタル技術により金型設計・生産システムが普遍化されたと考えられており,高等教育機関の金型関連学科で金型人材の育成が行われている。そのカリキュラムには,デジタル技術を用いた金型設計・生産が組み込まれている。実践的な金型設計・生産法を教育された人材が毎年数千人規模で輩出されている。こうした高等教育機関での人材育成により,高度なデジタル技術の有効活用が可能となった。

 以上を要するに、本論文は、1)裾野産業の測定指標を開発し,裾野産業の現状について定量化を行った、2)裾野産業の技術水準を測定した、3)裾野産業関連技術の移転に必要な要因を分析し,デジタル技術による技術移転難易度低下について検討を行った。よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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