学位論文要旨



No 117633
著者(漢字) 宮内,雅浩
著者(英字)
著者(カナ) ミヤウチ,マサヒロ
標題(和) 室内照明で高度に親水化する薄膜の研究
標題(洋) Photoinduced Highly Hydrophilic Thin Film under Indoor Light Illumination
報告番号 117633
報告番号 甲17633
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博第5350号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 教授 藤嶋,昭
 東京大学 教授 渡部,俊也
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 助教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 酸化チタン(TiO2)は光触媒材料として良く知られており、そのバンドギャップ以上のエネルギーを持つ光を吸収すると、価電子帯に正孔、伝導帯に電子が生じる。TiO2の価電子帯は深いエネルギー位置(+3.OV vs.NHE,pH 0)にあるため、生じた正孔は強い酸化力をもつ。このような強い酸化力をもつTio2粉末は、水処理や空気浄化のための環境浄化材料として盛んに研究されてきた。光触媒による有機物の分解は表面で起こる反応であるため、分解すべき物質を光触媒の表面まで到達させることが必要である。このため、大量の有機物を処理するよりも微量汚染物質を対象とする方が現実的であり、TiO2を薄膜化して部材にコーティングすることで防汚機能や抗菌機能を付与する技術が1990年代から研究され、実用化にも成功している。このような状況において、1995年にTiO2の表面が紫外線照射によって非常に高い親水性(超親水性)を示すことが発見された。このTio2の光誘起親水化現象は、曇らない(防曇)機能や、雨水によるセルフクリーニング等の新たな応用展開をもたらした。1,2

 光誘起親水化現象は学術的にも大きな興味がもたれており、その発現機構も次第に明らかになっている。TiO2の光誘起親水化現象は、光励起することによって電子・正孔対ができるところまでは従来から知られている光触媒反応と同一であるが、この先、吸着物質と反応するのではなく、Tio2の結晶格子と反応するスキームが考えられている。すなわち、光励起で生成した正孔がチタン-酸素間の結合に直接作用する結果、水酸基が再配列し、水酸基密度が増加することで親水化に至ると考えられている。

 一方、TiO2の表面を高度に親水化させ、且つその状態を維持させるためには、少なくとも10μW/cm2以上の紫外線照度が必要である。室内空間において、蛍光灯などの照明装置から照射される紫外線照度は1μW/cm2以下の領域であるため、室内空間においてTiO2の表面を高度に親水化させるのは困難である。したがって、光誘起親水化現象を利用した防曇、セルフクリーニング材料への応用は、太陽光からの紫外線が豊富に存在する屋外に限定されているのが現状である。そこで、本研究では室内照明で親水化反応を発現する薄膜材料の研究開発をおこなった。

2.高感度化のための設計指針

 これまで、有機物の酸化分解反応の分野において、酸化チタンが最も安定で優れた光触媒材料と考えられている。著者らは、酸化チタン以外の各種光半導体(SnO2、WO3、ZnO、SrTiO3、V2O5、Fe2O3等)の光誘起親水化反応を評価した結果、TiO2が最も優れた特性を示した。3,4 そこで、親水化反応の高感度化の試みとして、TiO2をベースにしてTiO2の親水化反応をアシストするような材料の複合化を考えた。前述したように、光誘起親水化反応は本質的には光励起した正孔が関与している。このため、光励起した正孔を効率的にTiO2の表面に集めることが高感度化のための有効な手段と考えられ、TiO2と複合する材料として酸化タングステン(WO3)に注目した。Fig.1に示すように、WO3の価電子帯、伝導帯ともTiO2よりも正側に位置しており、TiO2部で励起した電子はWO3側へ、WO3部で生成した正孔はTiO2側へ移動することが可能である。また、WO3のバンドギャップは2.8eVとTiO2(3.2eV)よりも狭く、TiO2では吸収できない2.8eVとTiO2(3.2eV)よりも狭く、TiO2では吸収できない可視光を親水化反応に利用することが期待できる。本論文では、TiO2とWO3の間の電荷移動や可視光の利用を実験的に検証するとともに、構造の最適化、更には屋内用防曇材料としての実用性の検証をおこなった。

3.TiO2/WO3の複合化による高感度化

 TiO2とWO3を複合する際、WO3自身は酸化分解活性、親水化活性とも弱いため、WO3を表面に存在させる必要性は無い。5 そこで、Fig.2に示すような積層型TiO2/WO3薄膜を考案した。6 この薄膜は、基材の上にWO3、更にその上にTiO2が積層されている。最表面は親水化反応が起こり易いTiO2で構成され、下層のWO3においてTiO2では吸収できなかった可視光を吸収するシステムである。TiO2/WO3積層薄膜の光誘起親水化特性をFig.3に示す。膜厚はTiO2、WO3いずれも70nmである。この結果、TiO2とWO3が直接擦合されているサンプルのみが高度に親水化した。一方、TiO2とWO3の間に絶縁体のSiO2が介在している場合は全く親水化しなかった。また、メチレンブルーの酸化分解、水溶液中における銀イオンの還元試験をおこなったところ、メチレンブルーの酸化分解は親水化反応と同様に下地のWO3によって反応が促進したが、銀イオンの還元力はWO3によって逆に抑制された。これらの結果からも、TiO2とWO3の間で電荷移動が起こっていることが示唆された。

 前述したように、WO3のバンドギャップは2.8eVとTiO2よりも狭いため、可視光を利用できることが期待される。この効果を検証するために、親水化特性に対する照射光の波長依存性を評価した。光源として、紫外光のみを照射した場合と、紫外線と可視光を同時に照射した場合の親水化特性を評価した。結果をFig.4に示したが、TiO2単体の薄膜に関しては可視光を吸収することができないため、紫外線を照射した場合と紫外線と可視光を同時に照射した場合で同様な親水化特性を示す一方、積層型TiO2/WO3においては、紫外線と可視光を同時に照射した方が高度に親水化した。以上の結果から、WO3部において可視光励起で生成した正孔がTiO2側へ移動し、TiO2表面の親水化反応に使用されていることが明らかになった。一方、積層型TiO2/WO3薄膜に可視光のみを照射しても全く親水化せず、親水化にはTiO2とWO3を同時に励起することが必要であった。この理由としてTiO2とWO3の界面でのショットキー障壁の形成が関与していると考えている。

 次に、TiO2,/WO3薄膜の実用的な価値を検証するため、白色蛍光灯の下での水との接触角変化をTiO2単体の薄膜と同一膜厚の条件で比較した。この結果、TiO2、/WO3積層薄膜の方が高度に親水化した。この親水化速度の相違は吸収フォトン数に依存している。つまり、WO3が蛍光灯に含まれる可視光を吸収できるため、TiO2/WO3複合系ではTiO2単体よりも多くのフォトンを親水化反応に利用することができ、実用的な室内照明の下で従来の材料に比較して高度に親水化することが可能であった。

4.屋内用の防曇コーティング技術としての応用

 TiO2、/WO3複合構造は、室内光程度の微弱な光でも親水化するが、光の照射を停止すると再び元の疎水的な状態に戻ってしまう。実用的な使用を想定した場合、暗所における親水性の維持性も必要になる。そこで、TiO2/WO3複合構造に対し更に水との親和性の高いSiO2の複合を試みた。前述の積層型TiO2/WO3複合薄膜の上にSiO2を担持し、室内環境での暴露試験をおこなった。比較例としては、自動車のサイドミラー用の防曇フィルムとして市販されているTiO2とSiO2の混合薄膜を使用した(TOTO、ハイドロテクトフィルム)。これらの薄膜を実際の洗面化粧台の鏡として暴露した場合の水との接触角変化を測定した。水接触角の変化をFig.5に示したが、従来のTiO2+SiO2混合薄膜は徐々に疎水化してしまうのに対し、積層型TiO2/WO3薄膜の上に更にSiO2を担持したものは高度に親水化した状態が約3ヶ月間も維持された。高度に親水化したサンプル表面を蒸気に晒しても曇ることはない。つまり、室内環境において光触媒作用によって実質的な防曇効果を長期間発揮できる材料を提供することが可能になった。

5.結論

 室内照明で機能する光触媒薄膜の創出を目的として材料開発をおこない、TiO2とWO3の複合化によって、光誘起親水化反応の高感度化を実現した。TiO2/WO3複合化による高感度化の発現は以下の2つの効果と考えられる。

1.WO3における可視光の吸収による吸収フォトン数の増大。

2.TiO2とWO3の間の電荷移動によってTiO2側に正孔が集まる。

 更に、実用的にも室内照明下で高度な防暑性を維持するサンプルを実現することができた。

6.発表論文

(1)M.Miyauchi,N.Kieda,S.Hishita,TMitsuhashi,A.Nakajima,T.Watanabe,K.Hashimoto,Surf.Sci,511,401(2002).

(2)T.Watanabe,S.Fukayama,M.Miyauchi,A.Fujishima,K.Hashimoto,J.Sol-Gel Sci.Technol.,19,71(2000).

(3)M.Miyauchi,A.Nakajima,A.Fujishima,K.Hashimoto,T.Watanabe,Chem.Mater.,12,3(2000).

(4)M.Miyauchi,A.Nakajima,T.Watanabe,KHashimoto,Chem.Mater.(2002),in press.

(5)M.Miyauchi,A.Nakajima,K.Hashimoto,T.Watanabe,Adv.Mater.,12,1923,(2000).

(6)M.Miyauchi,A.Nakajima,TWatanabe,K.Hashimoto,in preparation

Fig.1:TiO2/WO3複合構造のエネルギーダイアグラム

Fig.2:積層型TiO2/WO3薄膜の構造

Fig.3:蛍光灯を照射した場合の水接触角変化

Fig.4:照射光の波長依存性

O:TiO2 with UV illu.,△:TiO2 with UV and VIS illu. ◆:TiO2/WO3 with UV illu.,■:TiO2/WO3 with UV and VIS illu.

Fig.5:室内鏡として暴露した場合の水接触角変化

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年、防曇、防汚等の光触媒の新たな機能として注目を浴びている光誘起親水化現象に着目し、室内照明の様な微弱な光照射の環境でも作用する薄膜材料の創出を目的としている。光誘起親水化現象の反応機構の考察から、室内照明でも親水化反応が進行する薄膜として、酸化チタン(TiO2)と酸化タングステン(WO3)の複合構造を提案し、構造最適化をおこなうとともに両酸化物間の電荷移動について考察し、更に、室内の防曇鏡としての実用性の検証をおこなった結果についてまとめたもので、全7章からなる。

 第1章は序論であり、光触媒に関するこれまでの研究について述べ、光誘起親水化現象の反応機構、応用展開の実例についても述べた。また、現状での光誘起親水化現象を利用した応用への問題点、すなわち、室内照明の様な微弱な紫外線照射では親水化反応が進まないことを念頭に置き、本研究の目的と意義を明確に記している。

 第2章では、目的達成のための材料設計の指針について明確に述べられている。これまでには知られていなかったTiO2以外の酸化物の親水化特性を評価した結果、各種酸化物の中で酸化チタンが最も優れた親水化特性を有していたことを報告している。これらの実験結果をふまえ、親水化反応の高感度化のための材料設計の指針を述べている。具体的には、異種の光半導体の複合、つまり、TiO2の親水性をアシストするような材料の複合化を考えている。親水化反応は本質的には光励起した正孔が作用するため、TiO2に複合させるべく光半導体として、光励起した正孔がTiO2に移動することが期待でき、且つ可視光の吸収が可能であるWO3に着目している。

 第3章では、TiO2薄膜の上にWO3粒子が島状に担持された構造の薄膜の光誘起親水化特性を評価している。WO3粒子の担持量や結晶性の最適化をおこなっており、担持量がX線光電子分光法で評価した被服率に換算して約20%の場合、最も親水化特性が優れることを見出している。また、WO3の結晶性は非晶質の方が親水化特性が優れているといった興味深い結果を見出しており、蛍光灯(紫外線照度1μW/cm2)の照射によって水との接触角に換算して0度まで高度に親水化するといった、従来には無い優れた親水化特性を有する薄膜を創出している。一方、この薄膜は親水化特性に優れているが、酸化分解活性は逆に低下するといった結果も報告している。

 第4章では、基材の上にWO3薄膜が形成され更にその上にTiO2薄膜が形成された構造について光誘起親水化特性を評価している。TiO2/WO3複合構造において、WO3自体は光触媒活性が弱く、TiO2の親水化をアシストするといった役割を考えた場合、WO3を表面に露出させる必要性は無いと考え、新規な積層構造を提案している。両半導体間の電荷移動を考察するため、TiO2とWO3の間に絶縁体のSiO2層を介在させた場合の特性評価をおこなっており、この結果、光励起した正孔はTiO2側へ、電子はWO3側へ移動し、下層のWO3がTiO2表面の親水化反応、酸化分解反応を促進することを明確に示している。また、基材に電気伝導性を持たせて接地した場合、更に電荷分離効率が向上し、親水化特性が向上するといった興味深い結果を見出している。更に、TiO2/WO3積層薄膜の親水化特性に対する照射光の波長依存性を評価した結果、可視光照射によってWO3に生成した正孔がTiO2表面の親水化反応に利用できることを見出している。

 第5章では、前章で得られた薄膜について、室内の防曇鏡としての実用性を検証している。前章までの結果から、蛍光灯の様な室内照明の照射でも高度に親水化する薄膜を見出したのだが、実用上では親水性の暗所維持特性も必要になる。第5章では、暗所維持特性を持たせるため、更にSiO2の複合を試みている。鏡の上に第4章で得られたTiO2/WO3積層構造を形成し、更にその上にSiO2(コロイダルシリカ)を島状に担持して、室内環境(洗面所)で暴露試験をおこなったところ、高度に親水化した状態が3ヶ月以上も維持され、室内環境で高度な親水化状態を発揮できる光触媒材料を創出している。こうした技術は、トイレ、キッチン、風呂、洗面所等の室内の水周り部材の防汚や防曇技術に広く応用できることが期待される。

 第6章は、光誘起親水化現象を利用した異なる応用展開として、TiO2表面における親水性-疎水性の制御技術について報告されている。MOCVD法で成膜したTiO2薄膜に対し、光励起を伴う紫外線を照射した場合と、熱処理効果のある可視光照射をした場合の親水-疎水変換特性を評価している。この結果、紫外線照射で親水化、可視光照射で疎水化するといった現象が短時間に、かつ、可逆的に変換するといった大変興味深い現象を見出している。また、親水-疎水変換の過程における表面の状態変化を分析するとともに、親水-疎水変換特性に対する表面組織の影響も調べている。本技術は、接着、印刷、パターニング等の技術へ応用できることが期待される。

 第7章は総括であり、本研究を要約し、得られた研究成果をまとめた上で、今後の展望について述べている。

 以上に述べたように、本論文はこれまでに不可能であった室内照明によって親水化する薄膜材料を創出することに成功し、更に、表面の濡れ性制御といった新たな技術も提案している。また、実用面はもとより、光半導体間の電荷移動の過程を解明するための有力な知見を与えており、材料科学・工学の発展に寄与するところが大である。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク