学位論文要旨



No 117636
著者(漢字) アディカリ,モハン
著者(英字) Adhikari,Mohan
著者(カナ) アディカリ,モハン
標題(和) 森林管理における参加プロセスに対する住民の動機付け : ネパール国チトワン地方の事例
標題(洋) People's Motivation in Participation Process of Forest Management : A Case of Chitwan District of Nepal
報告番号 117636
報告番号 甲17636
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2473号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 助教授 白石,則彦
 東京大学 助教授 井上,真
 東京農工大学 助教授 土屋,俊幸
内容要旨 要旨を表示する

問題の所存

 1950年代から1960年代までは、ネパールの森林資源は非常に豊富であり、政府は"Hariyo Ban Nepal Ko Dhan"(森林は国富である)というスローガンを掲げていた。しかしここ20-30年にネパールの森林資源は枯渇し、近年には"Rukha Ropau Ban Jogau"(植林は森を救う)という新たなスローガンを掲げるに至っている。この新しいスローガンは、ネパールにおける森林資源の危機と政府が問題の重要性を認識するようになったことを反映している。

 森林利用・管理上の主要な問題は、1957年にネパ一ル政府が全ての森林資源を国有化し、中央集権的な森林管理システムに置いたことにより生じた。政府の森林政策に不満をもった地元住民は、地元の森林資源から森林産物を不法に収穫し政府に対抗しはじめた。ネパールは中央集権的な森林管理時代下に、大幅な森林資源を失った。この事態はまた、政策立案者が地元の森林資源を管理するには地元住民の重要性を考慮することを促すきっかけとなった。

 特に地元住民の参加を促すユーザーグルーフ(以下UG)林業の考えを導入するようになってから、チトワン地方における森林資源は近年増加傾向になってきた。この事実がきっかけとなり、著者は森林管理活動における住民の動機付けと参加プロセスに影響を与える要因を分析しょうと考えた。UG林業の規約を調べることにより、その生き生きとした、しかし複雑なプロセスが明らかになるからである。

本研究の目的

 参加プロセスに対する住民の動機づけの重要性とUG林業の成功を鑑みるに、本研究は、地元人々がなぜ・どのように森林管理に対する動機づけを変化させ、草の根レベルの森林管理に参加するようになったかを検証する。そして地元森林利用者の行動変化のプロセスにどのような要因が存在するかについても検証する。本研究の主な目的は、森林・コミュニティ・森林利用規制が変化した場合に、森林管理における参加プロセスヘの地元住民の動機づけがどう変わるかのメカニズムを明らかにすることである。

研究対象:地域・森林・住民・土地利用形態

 チトワン地方は、「中央発展地域」のナラヤニ地帯に位置しており、ネパールの首都から南西に152キロ離れている。1957年以前は、チトワン地方はTharuを中心とした先住民が多く居住する地域で、焼畑移動耕作が主に行われていた。1957年から施行された定住政策、肥沃な土壌、マラリア撲滅プログラムの成功によって、チトワン地方への移住が活発化し、1951年には36000人だった人口が2001年には470713人まで増加した。

 土地利用形態は入植直後から組織的な耕作システムが導入されるようになり、米、カラシ菜、小麦、トウモロコシの順で輪作システムが実践されるようになった。また農産物市場の発展、野菜の商業的な価値、道路の利便性などによって付加価値の高い作物や野菜も、近年栽培するようになってきた。

方法

 研究対象地には、8つのUG林業地が存在し、それらは異なるVillage Development Committee(VDC)に散在している。研究対象地には31の村があり、森林UGの構成員とは無関係に492世帯を無作為抽出した。 調査票を用いたフォーマル・インフォーマルなインタビュー調査を実施して研究に必要なデータを収集した。さらに現地に赴き、インフォーマルな会話、観察、地元住民や重要なインフォーマントとの議論を通じて、補完的な情報を収集した。

結果:

コミュニティの特質の変化

 ヒンズー教によって、コミュニティは司祭階級(Brahman)、武士階級(Kahatriya)、庶民階級(Vaishy)、隷属民階級(Shudra)に分かれている。封建システムのもとでは、カースト制度や社会的規範は合法的に強制され、ネパール人社会の階層化を助長した。1965年に法律によってカースト制度が禁止されたにもかかわらず、社会的規範は未だにネパールの農山村地域では残っている。封建システムの影響は、チトワン地方のエスニックグループの中にも未だに存在している。しかし教育の普及によって、カースト制度に基づく社会的偏見は消失する傾向にある。過去において、同族の者は同じ村でも同じ集団にとどまるのが常であった。しかし移住や土地の細分化によって、チトワンでは同じ集団にとどまろうとする形態は劇的に変わってきた。

森林管理の問題と制度変化

 1957年以降の政府による中央主権的な規制は、地元住民と政府間の摩擦を過度に大きくさせ、地元住民は体制に対する抵抗を強めた。チトワン地方でも中央集権的な森林管理の行われた間に、森林資源を大幅に失った。制度をより柔軟にするために、ネパール政府は参加型パンチャヤット制林業プログラムの概念を1978年に導入し、チトワンでも1986年に施行された。パンチャヤット制林業プログラムの制度の下では、利得の分配、意志決定プロセス、利用者の権利は非常に曖昧なままであり、森林管理において地元住民の参加を喚起するまでには至らなかった。パンチャヤット制森林プログラムの下で、効果的な森林管理を政府は発展させようとしたが、このプログラムによって、地元住民の参加による経済的・社会的・環境変化をもたらすことはなかった。

 パンチャヤット制から多数政党型の民主主義に政治システムが変化したことがきっかけとなって、1990年になるとチトワン地方において代替的な制度が導入されるようになった。1993年森林法や1995年森林施行令は、森林管理において、森林利用者や森林担当官の役割を明確に定義するなど、柔軟な制度を構築するに至った。この制度のもとで、運営規則、集団決定制、組織規定は相互に作用し、住民参加や持続的な森林管理を促した。

UG林業における住民参加の変化

 UG林業の概念を導入することによって、チトワン地方における住民参加や森林資源は実質的にも良好に変化した。本研究でも、UG林業フログラムにおける住民参加の度合いが過去数年の間に増大していることが明らかである。住民の大半は、森林管理の柔軟な制度と、森林産物の所有が主たる理由となって、UG林業において住民が動機づけられ参加するようになつたと考えている。

 UG林業フログラムの下では、6000haの国有林の管理は、森林管理局から地元森林UGに委譲された。約85%の地元住民は燃材や他の森林産物を採取する場としてUGの森林を利用している。地元住民はさらに、かなりの量の家畜用飼料、草、落葉、床敷き、木材、非木材森林産物を地域の集落林から得ていた。このUG林は、燃材の総需要の50.3%、草や床敷きの20%、木材の32.7%、非木材森林産物の8.7%を満たしている。

社会、経済、環境、制度変化

 森林、コミュニティ、利用規制の特質の影響を分析し、UG林業への参加に対する住民の動機付けへの役割を影響評価手法を用いて明らかにした。森林管理システムと住民の動機づけの間には正の関係がみられた。この関係は経済・環境の変化を保証することで地域コミュニティの社会変化を引き起こすことに効果的であった。

 適切な政策手法を適用させることは、UG林業プログラムのメンバー内の公平性を増大させ、このプログラムが成功する確率を増やすようである。研究結果によれば、UG林業は休閑期の活動と家内産業の発展には有意な影響を与えていなかった。地域住民の大半は地域レベルにおけるUG林業の成果に満足している。

 UG林業における森林資源の状況の変化は、地域森林利用者が必要としている日常的な森林産物を提供する上で重要である。研究対象地では、森林資源の状況に明らかな変化がみられた。これは森林管理や森林資源の保全における活発な住民参加に因るところが大きい。燃材や他の森林産物の供給は地域森林利用者の需要を満たしている。森林産物利用に対する異なる政策の導入は、閑散期における森林産物を利用可能にしたという点で有効であった。

 地域環境や天災に関する変化も、UG林業地域で認知されていた。被験者の大半は、洪水、土壌流出、農地におけるシルト堆積等の現象が減ってきていることを実感していた。また農業生産性の増大、水位の上昇についても実感しているが、これはUG林業による正の影響を反映していると言える。

 研究対象地でUG林業プログラムに個人の参加が盛んになっている傾向は、ネパールにおける分権的な制度が発展していることを表している。UG林業の制度は、地元住民が森林管理の参加プロセスに関わるよう動機付けている。UG林業の制度の主要な弱点の一つとして、地域森林利用者と森林官との間で完全な信頼関係が結ばれていないことが挙げられている。未だに森林官の役割に対する、恐れと疑念が住民の間で存在している。本研究で、住民参加の程度が進んでいることや大半の基準で正の結果が見られた。この結果は、森林資源、コミュニティ、利用規制の正の影響によって、UG林業プログラムにおける地域住民の動機づけが、非常に高いことを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、地元住民の参加を促すユーザーグループ(以下、UG)林業政策が導入されてから、森林資源が増加傾向を示すチトワン地方に着目し、森林管理における参加プロセスに対する住民の動機づけの要因を明らかにするものである。

 第1章の導入の後、第2章でこの分野の文献をレビューし、多くの研究者が、中央集権的な森林管理政策、政策決定と計画過程において地元住民の意見が反映されないことが主な原因となって、森林資源の多大な減少と森林部門における危機を引き起こしてきたと論じていることを指摘し、第3章で論文の枠組みを、森林・コミュニティ・森林利用規制が、森林管理における参加プロセスヘの地元住民の動機づけにどう影響を及ぼすかのメカニズムを明らかにすることと定めている。

 第4章で、研究対象地について、8つのUG林業地が存在し、31の村があることを述べ、また調査方法を記述している。森林UGの構成員とは無関係に492世帯を無作為抽出し、フォーマル・インフォーマルなインタビュー調査を実施して、データを収集した。さらに現地に赴き、インフォーマルな会話、観察、地元住民や重要なインフォーマントとの議論を通じて、補完的な情報を収集した。

 第5章では歴史的展開を以下の様に述べている。ネパールにおける主要な森林問題は、1957年に政府が全ての森林資源を国有化し、中央集権的な森林管理システムに置いたことにより生じた。政府の森林政策に不満をもった地元住民は、地元の森林資源から森林産物を不法に収穫し、この時期にかなりの森林資源を失った。1978年にネパール政府は参加型パンチャヤット制林業プログラムを導入したが、利得の分配、意志決定プロセス、利用者の権利は曖昧なままで、森林管理において地元住民の参加を喚起するまでには至らなかった。パンチャヤット制から多数政党型の民主主義に政治システムが変化したことがきっかけとなって、1990年にチトワン地方において代替的な制度、UG林業が導入された。1993年森林法や1995年森林施行令は、森林管理において、森林利用者や森林担当官の役割を明確に定義し、民主的な制度となった。この制度のもとで、運営規則、集団決定制、組織規定は相互に作用し、住民参加や持続的な森林管理を促した。

 第6章ではUG林業の導入による制度変化を記述している。それによれば、制度の定着に伴い、住民参加の度合いが過去数年の間に増大していることが明らかとなった。住民の大半は、森林管理の柔軟な制度と、森林産物の所有が主たる理由となって、UG林業において住民が動機づけられ参加するようになったと考えている。

 第7章で地元住民によるUG森林の利用実態を明らかにしている。UG林業プログラムの下では、6000haの国有林の管理は、森林管理局から地元森林UGに委譲されたが、約85%の住民は燃材や他の森林産物を採取する場としてUGの森林を利用している。さらに、かなりの量の家畜用飼料、草、落葉、床敷き、木材、非木材森林産物を地域の集落林から得ていた。このUG林は、燃材の総需要の50.3%、草や床敷きの20%、木材の32.7%、非木材森林産物の8.7%を満たしている。

 第8章では地元住民のUG林業の評価を明らかにしている。社会的要因に関しては、UG林業プログラムのメンバー内の公平性を増大させている。UG林業は閑散期の活動と家内産業の発展には大きな影響を与えていないが、地域住民の大半は地域レベルにおけるUG林業の成果に満足している。森林資源の状況の変化にういては、明らかな変化がみられた。これは森林管理や森林資源の保全における活発な住民参加に因るところが大きい。燃材や他の森林産物の供給は地域森林利用者の需要を満たしている。森林産物利用に対する異なる政策の導入は、閑散期における森林産物を利用可能にしたという点で有効であった。地域環境に関しても、被験者の大半は、洪水、土壌流出、農地におけるシルト堆積等の現象が減ってきていることを実感していた。また農業生産性の増大、水位の上昇についても実感しているが、これはUG林業による正の影響を反映していると言える。

 第9章では研究をまとめると共に、UG林業の制度の主要な弱点の一つとして、地域森林利用者と森林官との間で完全な信頼関係が結ばれていないことを挙げ、政策提言を行っている。

 以上、本論文は、丹念な現地調査に基づき、ノンパラメトリック統計を用いて、森林管理参加プロセスに対する住民の動機づけの要因を明らかにするとともに、チトワン地方のUG林業に関して貴重な知見を提示したもので、学術上応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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