学位論文要旨



No 117640
著者(漢字) 秋山,良
著者(英字)
著者(カナ) アキヤマ,リョウ
標題(和) 化合物ライブラリー構築のための新しい方法論の開発
標題(洋)
報告番号 117640
報告番号 甲17640
学位授与日 2002.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1008号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 柴�ア,正勝
 東京大学 教授 夏刈,英昭
 東京大学 講師 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

 有機合成においては、高い化学収率や広い基質一般性を有する反応が優れた反応とされ、特に近年はこれらの要素に加え、高い選択収率を達成することが反応の効率化につながると考えられ、反応開発における目標とされてきた。これらの要件を兼ね備えた優れた反応を駆使する有機合成では、これまで合成目標となる化合物は一つあるいはせいぜい数個であったのに対し、ごく最近になって、多数の化合物群(ライブラリー)を標的とし、それらをいかに効率良く合成するかという新たな命題が設定されてきた。多種類の化合物は、これまでに開発されてきた高収率、高選択的反応を用い、人と時間をかければ合成することは可能であるが、これでは真に効率的な方法とはいえない。ここでは、多数の化合物群の合成、すなわち「ライブラリー構築」のための新しい方法論の開発が必要になってくる。そこで筆者は、化合物ライブラリー構築のための新しい方法論の開発を目指し、研究に着手した。

1.新規高分子固定化反応剤の開発

 固相法は、ろ過という簡便な操作のみで生成物を分離することができ、また過剰に用いた試薬もろ過によって容易に除けるなどの利点を有することから、実用的なライブラリー構築において非常に有用である。実際すでにペプチドや核酸などの生体高分子の合成においては、固相法による自動合成が汎用されている。しかしながら、低分子化合物の合成を目的とした一般の有機合成反応はいまだ未開拓な分野であった。

 そこで筆者は、有機合成反応の中で最も重要な位置を占める炭素-炭素結合生成反応を固相上で行うことを考え、新しい高分子固定化反応剤の開発に着手した。グリオキシル酸エステルやα-イミノ酢酸エステルは、α-ヒドロキシカルボン酸、α-アミノ酸、β-アミノアルコールなどの生理活性化合物の合成前駆体として有用な化合物である。しかしながら、これらの化合物は室温では非常に不安定であり、容易に分解、重合などを起こすことが知られている。そのため、ほとんどの場合使用直前に調製してそのまま反応に用いる必要がある。これらの化合物を高分子上へ固定化すれば、ヒドロキシ酢酸誘導体やアミノ酸誘導体のライブラリー構築に有効な手段を提供できるものと期待される一方、これらのneatや溶液状態ですら不安定な化合物を高分子上に固定化することにより化合物自体を安定化し、取り扱いが容易で保存も可能なライブラリー合成用の試薬が開発できるものと考えた。

 種々検討した結果、酒石酸樹脂より誘導されるグリオキシレート樹脂(1)が一水和物であるものの、室温下、安定に取り扱うことが出来ることを明らかとした。また触媒量のランタノイドトリフラート存在下、固相上でエン反応が円滑に進行し、対応するα-ヒドロキシ酢酸誘導体が良好な収率で得られることも見出した(Scheme 1)。本合成ルートは市販のMerrifield樹脂より簡便かつ迅速に目的とするグリオキシル酸樹脂を合成がすることができる。

 さらに、活性中間体2-クロロ-2-エトキシ酢酸樹脂(2)より調製したα-イミノエステル樹脂(3)は、固体NMR(Swollen Resin Magic Angle Spinning[SR-MAS]NMR)によって単一化合物であることが確認され、固相上で副反応を伴うことなく合成できることを明らかとした(Scheme 2)。また、α-イミノエステル樹脂を用いるMannich型反応およびアザDiels-Alder反応が触媒量のランタノイドトリフラート存在下、固相上で円滑に進行することも示した(Scheme 3)。

2.新規高分子固定化触媒の開発

 以上述べてきたように、高分子固定化反応剤を用いる固相上での有機合成は、化合物ライブラリー構築において極めて有用である。しかしながら、この方法には既に序論でも述べたように、いくつかの問題点がある。すなわち、反応性の低さ、高分子固定化試薬の基質導入率の低さ、さらには、大量合成が実質的に不可能である点である。

 一方、化合物ライブラリー構築のための方法論という観点から考えると、高分子固定化反応剤を用いる方法の他にもライブラリーを合成するための様々な方法が想定できる。その一つとして筆者は、高分子固定化触媒と多成分縮合反応を組合わせたライブラリー構築法が有望であると考えた。しかしながらこれまでの高分子固定化触媒は、しばしば高分子触媒の調製が煩雑であったり、高分子担体の嵩高さによる触媒活性の低下が問題となる場合が多い。当研究室ではこれらの問題を解決するために、新たな高分子固定化触媒の開発が必要であると考えた。

 そこで注目したのが「マイクロカプセル化」という手法である。「マイクロカプセル化」は、もともと医薬品や農薬などを必要になるまで外部環境から保護し、必要となればカプセルを壊して外に出すという目的で用いられていたが、この手法を触媒の高分子上への固定化に応用することを考えた(マイクロカプセル化法)。

 筆者はまずポリスチレンを高分子担体として用い、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム[Pd(PPh3)4]のマイクロカプセル化を行った。実験操作としては、まず、ポリスチレンをシクロヘキサンに加熱溶解させ、生じた高分子溶液にPd(PPh3)4を加え、さらに加熱条件下1時間撹拌を行った。すると、黄緑色の高分子溶液中にトリフェニルホスフィン(PPh3)と思われる固体が析出し、溶液の色も褐色に変化してきた。その後反応系が完全に黒色になったところで反応混合物を氷冷し、高分子を固化させ、生じた固体をろ取、洗浄を行ったところ、ろ液からPPh3が3当量回収された(Scheme 4)。

 合成したマイクロカプセル化パラジウムトリフェニルホスフィンは、アリル位置換反応や鈴木-宮浦カップリングの触媒として有効に機能し、触媒の回収、再使用も可能であることが明らかとなった(Schemes 5、6)。

 ここで、高分子上のベンゼン環が配位子として働く可能性が示唆され、次に、様々な有機合成反応の有用な触媒前駆体であるアレンルテニウム錯体の高分子上への固定化を行った。まずポリスチレンを高分子担体として用い、[RuCl2(C6H5CO2Et)(PPh3)]をマイクロカプセル化したところ、配位子交換が起こり、アレンルテニウム錯体が高分子上に固定化された。

 さらに、本錯体より調製されるカルベン錯体が、オレフィンの閉環メタセシスにおいて有効に機能することを見出した。本触媒は反応終了後定量的に回収でき、回収した触媒を再度活性化することにより、再使用が可能であることも明らかにした(Scheme 7)。

 一方、四酸化オスミウム(OsO4)を用いるジヒドロキシル化反応は、オレフィンから1行程で連続する2つの不斉炭素を有するジオールを合成できることから、有機化学上有用な手法の一つであるが、OsO4は昇華性で毒性を有していることが問題となっていた。

 この問題を解決すべく、当研究室ではマイクロカプセル化四酸化オスミウムの開発を行い、さらに高分子担体としてアクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS)樹脂を用いたマイクロカプセル化四酸化オスミウム触媒(ABS-MC OsO4)が、均一系における不斉ジヒドロキシル化反応において有効に機能し、また回収、再使用が可能であることを見出している。しかしながら本手法は基質のslow additionを必要とするため、操作に簡便性を欠くこと、また溶媒に溶けにくい基質には適用が困難であることといった問題点を有していた。

 そこで筆者はこれらの問題点を解決するため、新たな高分子担体の設計を行い、新規マイクロカプセル化四酸化オスミウム(PEM-MC OsO4)を開発した。本触媒を用いることによりslow addition法を必要としない2相系での不斉ジヒドロキシル化反応を実現した(Scheme 8)。

 さらに合成したPEM-MC OsO4はオレフィンの酸化的開裂反応にも適用可能であることも明らかにした(Scheme 9)。

 このようにマイクロカプセル化法が金属触媒の高分子上への固定化法として非常に有効であることが示された一方で、本手法がポリスチレンを高分子担体として用いているために、ポリスチレンを溶解する有機溶媒を反応に用いることができないという問題点を残していた。

 筆者はこれらの問題を解決するために高分子担体として架橋型ポリスチレンに着目し、マイクロカプセル化を行った後に得られたマイクロカプセル化触媒を加熱架橋させることにより、有機溶媒に対して不溶でより汎用性の高い新規架橋型マイクロカプセル化触媒を開発した。

 本触媒はオレフィンの水素化反応やアリル位置換反応、さらにはアリルアルコールの酸化反応において有効に機能し、何れも高収率をもって対応する生成物を与えることが明らかとなった。さらに何れの場合もパラジウムの流出は起きず、触媒の回収、再使用が可能であることも明らかとなった(Scheme 10)。

 以上のように、化合物ライブラリー構築のための新しい方法論として、新規高分子固定化反応剤を用いる固相上での炭素-炭素結合形成反応の開発、ならびにマイクロカプセル化法を用いる新規高分子固定化触媒の開発を行った。

 これらの手法を用いれば、多数の化合物群をそれぞれ単品として純粋かつ大量に合成することが可能である。このようなライブラリーを効率的に構築する手法の開発は、単に医薬品分野に限らず、触媒や香料、金属錯体のリガンドのデザインなど幅広い分野での応用の可能性があり、今後の発展が期待される。

Scheme 1. Ene Reaction Using Polymer-Supported Glyoxylate 1

Scheme 2. Synthesis of Polymer-Supported α-Imino Ester 3

Scheme 3. Carbon-Carbon Bond-Forming Reactions Using 3

Scheme 4. Preparation of Microencapsulated Palladium Triphenylphosphine

Scheme 5. Allylic Substitution Using MC Pd(PPh3)

1st use; 83%, 2nd use; 90%, 3rd use; 84%, 4th use; 94%, 5th use; 83%.

Scheme 6. Suzuki-Miyaura Coupling Using MC Pd(PPh3)

Scheme 7. Ring-Closing Metathesis of Olefin

1st use; 75%, 2nd use; 81%, 3rd use; 98%, 4th use; 83%, 5th use; 82%.

Scheme 8. Asymmetric Dihydroxylation of Olefins Using PEM-MC OsO4

Scheme 9. Oxidative Cleavage of Olefins Using PEM-MC OsO4

Scheme 10. Several Reactions Usning Cross-Linked Microencapsulated Palladium Catalyst

1st use; 85%, 2nd use; 80%, 3rd use; 87%, 4th use; 91%, 5th use; 90%.

審査要旨 要旨を表示する

 従来有機合成では、合成目標となる化合物は一つあるいはせいぜい数個であったのに対し、ごく最近になって主に医薬品開発の効率化に伴い、多数の化合物群(ライブラリー)を標的とし、それらをいかに効率良く合成するかという新たな命題が設定されてきた。本論文はこの問題に取り組み、多数の化合物群の合成、すなわち「ライブラリー構築」のための新しい方法論の開発を目的として研究を行った結果について述べたものである。

 まず第一章では、固相上において効率的炭素ー炭素結合生成を行うための新規高分子固定化反応剤の開発を行っている。固相法は、操作の簡便性から実用的なライブラリー構築において極めて有用であり、実際すでにペプチドや核酸などの生体高分子においては、固相法による自動合成が汎用されている。しかしながら、低分子化合物の合成を目的とした固相上での一般の有機合成反応は未だ未開拓な分野であった。そこで本論文では、有機合成反応の中でも最も重要な位置を占める炭素-炭素結合生成反応を固相上で行うこと目的として、新しい高分子固定化反応剤の開発を行っている。すなわち、α-アミノ酸誘導体など様々な生理活性化合物の合成前駆体として有用なグリオキシル酸エステル及びα-イミノ酢酸エステルを高分子上に固定化し、固相上でエン反応、Mannich型反応、アザDiels-Alder反応などを円滑に行うための触媒及び反応条件を見いだしている。ここでは、これらのneatや溶液状態ですら不安定な化合物を高分子上に固定化することにより化合物自体を安定化し、取り扱いが容易で保存も可能なライブラリー合成用の試薬を調製できることも明らかにしている。また、固定合成では、一般に反応追跡や生成物の構造決定に煩雑な操作を必要とするが、本論文では膨潤させた樹脂を用いるマジックアングルスピニングNMR法(Swollen Resin Magic Angle Spinning [SR-MAS] NMR法)を用いることにより、固相上からの切り出しを行うことなく容易に生成物の構造決定が可能であることも明らかにしている。

 第二章では、従来にない新しい化合物ライブラリー構築のための方法論として、高分子固定化触媒と多成分縮合反応を組合わせたライブラリー構築法を提案している。ここで問題となるのが高分子固定化触媒であり、しばしば調製に煩雑な操作が必要であったり、高分子担体の嵩高さによる触媒活性の低下が問題となったりする場合が多い。これらの問題を解決するために本論文では、「マイクロカプセル化」に着目している。「マイクロカプセル化」は、元来医薬品や食品などを必要になるまで外部環境から保護し、必要となればカプセルを壊して外に出すという目的で用いられてきたが、本論文ではこの手法を触媒の高分子上への固定化法として応用している(マイクロカプセル化法)。

 第二章第二節ではポリスチレンを高分子担体として用い、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム[Pd(PPh3)4]のマイクロカプセル化を行い、合成時に3当量のPPh3が回収されることからパラジウムモノトリフェニルホスフィンが高分子上に固定化されること、この触媒はアリル位置換反応や鈴木-宮浦カップリング反応に有効に機能し、触媒の回収、再使用も可能であることを明らかにしている。

 続いて第三節、第四節では、それぞれルテニウム錯体、四酸化オスミウムをマイクロカプセル化し、これらの触媒がオレフィンの閉環メタセシスおよび不斉ジヒドロキシル化反応において有効に機能することを明らかにしている。前者ではアレンルテニウム錯体がポリスチレンのベンゼン環の配位を利用して固定化されること、また後者では、新たな高分子担体の設計を行い、slow addition法を必要としない2相系での不斉ジヒドロキシル化反応が実現できることを示している。

 以上のように、マイクロカプセル化法が金属触媒の高分子上への固定化法として非常に有効であることが示された一方、本手法ではポリスチレンを高分子担体として用いているために、ポリスチレンを溶解する有機溶媒を反応に用いることができないという問題点を残していた。本論文ではこの問題を解決するために高分子担体として架橋型ポリスチレンに着目し、マイクロカプセル化を行った後に得られたマイクロカプセル化触媒を加熱架橋させることにより、有機溶媒に対して不溶でより汎用性の高い新規架橋型マイクロカプセル化パラジウム触媒を合成している。本触媒はオレフィンの水素化反応やアリル位置換反応、さらにはアリルアルコールの酸化反応において有効に機能し、何れも高収率をもって対応する生成物を与えることを明らかにしている。さらに何れの場合もパラジウムの流出は起きず、触媒の回収、再使用が可能であることも示している。

 以上、本論文は化合物ライブラリー構築のための新しい方法論として、新規高分子固定化反応剤を用いる固相上での炭素-炭素結合形成反応の開発、ならびにマイクロカプセル化法を用いる新規高分子固定化触媒の開発を行っており、これらの手法を用いれば、多数の化合物群をそれぞれ単品として純粋かつ大量に合成することが可能であることを示している。本論文は、有機合成化学、医薬品化学の分野に貢献するところ大であり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク