学位論文要旨



No 117645
著者(漢字) 小松,浩典
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,ヒロノリ
標題(和) コブシガニ科ロッカクコブシ属および近縁属(甲殻綱:十脚目)の分類学的再検討
標題(洋) A Revision of the Genus Nursia Leach, 1817 and its Allied Genera (Crustacea: Decapoda: Leucosiidae)
報告番号 117645
報告番号 甲17645
学位授与日 2002.10.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4258号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,正倫
 東京大学 教授 雨宮,昭南
 東京大学 教授 太田,秀
 東京大学 講師 上島,励
 琉球大学 教授 諸喜田,茂充
内容要旨 要旨を表示する

コブシガニ科カニ類は全世界の熱帯から温帯にかけて分布する小型のカニ類である。主に浅海の砂泥底を中心に棲息するが、中にはサンゴ礁域や河口の汽水域、はては深海3000mmにまで進出しているものもある。大きさは甲長3mm足らずと、カニ類の中でも最小クラスのものから、野球ボール大のものまで様々である。頭胸甲は一般的に半球形のものが多いが、中には甲表面に複雑な彫刻を施されたものもある。これまで約54属430種が記載されており、カニ類各科の中でもかなり多様性の高い分類群と言える。しかし、これまで分類学的な再検討がなされたグループはわずかで、α分類の段階で非常に混乱した状態にあると言え、当然ながらコブシガニ科内における系統関係もほとんど研究がなされていない。コブシガニ科の系統分類を困難としている原因として、標本数が少ない、体サイズが小さい、しかし種数は多い、ことなどが挙げられる。

本研究で中心的に扱うロッカクコブシ属Nursiaはこれまで17種4亜種が記載され、インド-西太平洋の温熱帯域に広く分布し、主として浅海の砂泥底に棲息する。大きさは甲長3mm足らずのものから2cm近いものまで様々である。主に甲表面の左右対称な稜線によって属の定義がなされているが、以前からその多系統性が指摘されており(Serene&Soh 1976,Komatsu&Takeda 1999)、分類学的再検討を行う必要がある。

本研究では形態形質による分岐分析的手法によってコブシガニ科内の系統を推定し、ロッカクコブシ属Nursiaの分類学的再検討を行った。また、得られた系統樹から高次分類、幼生形態、および繁殖生態にともなう性的二型についての考察を加えた。

材料

本研究では調査船、刺し網の混獲物、スキンダイビングや磯採集等によって日本各地から採集した標本に加えて、国立科学博物館を初めとする世界各地の博物館や大学に収蔵されている標本を用いた。

方法

1.標本調査

 標本はLeica MZ8実体顕微鏡を用いて、口器や付属肢の解剖を行い観察するとともに、描画装置を用いてスケッチを行った。また、細かい部分の観察にはメチレンブルーによる表面の染色を施した、またはOlympus BH光学顕微鏡を用いた。今回の調査では口器や付属肢の微細な構造など、これまで注目されてこなかった形質も詳細に観察し、結果として以下8個の新規分類形質を発見した:頭胸甲側部の小歯、入水溝の突起、第一小顎内肢の退化、一葉の第二小顎基節内葉、第一・第二顎脚外肢の退化、第三顎脚外肢の綾の長さ、第三顎脚脚鰓の退化。

2.系統解析

 系統解析にはコブシガニ科の64種・属を内群として用い、標本調査によって82の形態形質を抽出した。各属内においては用いた形質が一致していることを可能な限り確認している。なお、N.phylloidesは非常に特殊な形態をしているが、標本が模式標本の雌1個体しかなく、解剖もできないため形質を拾うことができない。このため今回の系統解析のOTUから外すことにした。また、外群については、Heterotremataに所属する上科全てを網羅し、計10科11属を外群として用いた。なお、コブシガニ科において分岐分析を用いた系統解析が行われるのは今回の研究が初めてである。

結果

1.コブシガニ科の系統解析

解析の結果、樹長199、一致指数(CI)0.61、修正一致指数(RC)0.56の最節約樹が144本得られ、その厳密合意樹を図1に示す。しかし安定性の高い分岐は決して多くなく、慎重な検討を要するだろう。形態形質を使って系統を復元した分岐図から形質の進化について論じるのは循環論になるが、コブシガニ科カニ類の形態進化の特徴としては、1)砂泥底生活への適応、2)各部位の退化・癒合傾向にあると言える。

2.Nursia属の分類学的再検討

系統解析の結果、Nursia属は明らかに多系統性を示しており、模式種であるN.larを含むクレードを残して各種群の所属の変更が必要であることが示唆された。各クレードの主な共有派生形質を表1にまとめる。結果として、Nursia属およびその近縁種は計7属34種に分類され、その内1属7種を今回新たに新規分類群として設定した。なお、N.phylloldesについてはNursia属に保留しておく。

 考察

1.コブシガニ科の高次分類について

 コブシガニ科は11のCI=1の形質を含む15個の共有派生形質でその単系統性が強く支持された。また、コブシガニ科内には、類型的な分類ではあるが、これまでイリア亜科、エバリア亜科、コブシガニ亜科の3亜科が認識されており、ロッカクコブシ属Nursiaはイリア亜科に所属するとされてきた(Ihle,1918)。今回の系統解析の結果、コブシガニ亜科は8個の収斂や逆転のない形質を含む16個の共有派生形質でその単系統性が強く支持されたが、残りのイリア亜科、エバリア亜科は多系統性を示した。また、コブシガニ亜科を認めるとなると、残りのコブシガニ科カニ類は必然的に側系統群となるため、分岐分類学的にはこれを認めるわけにはいかず、亜科レベルの分類については廃止するのが妥当だと考えられる。

2.幼生形態と系統樹との比較

 十脚甲殻類において、幼生形態は古くから系統を推定する上で有効であると考えられてきた。本研究においては文献より得られた幼生形態情報を用いてコブシガニ科の系統推定を行い、成体形態から得られた分岐図との比較を行った。6属16種の幼生形態しか系統解析に使えなかったので、あまり正確なことは言えないが、この分岐図でもコブシガニ科の単系統性が示唆された。しかし、成体形質から得られた分岐図では強く支持されたコブシガニ亜科の単系統性は支持されなかった。これは共有派生形質となるべき部位が幼生段階ではまだ未発達であるからと考えられる。

3.繁殖生態に伴う性的二型について

 自由生活型の十脚甲殻類には交尾前数時間から数日間にわたり、雄が鋏脚や歩脚等を使って雌を確保する"交尾前ガード"と呼ばれる行動がしばしば観察される。主に浅海の砂泥底で自由生活を送るコブシガニ科の仲間にも、交尾前ガードを行う種がいくつか知られているのだが、この行動をとる十脚甲殻類には雄の体サイズや鋏脚が増大するという形態的な特徴が現れる。この形質は雄同士による雌をめぐっての闘争に有利であるため進化してきたと考えられている。コブシガニ科カニ類において交尾前ガードの有無を実際の観察によって調べるのは、浅海産、小型種、低個体密度などの理由で困難である。本研究において分類学的研究の対象としたNursia lar,N.pllcata,N.rhomboidalis,N.komaii,N.japonicaなどでは明らかに鋏脚のサイズが雌雄で異なり、交尾前ガードが行われていると考えられる。一方、Merocryptoides frontalisでは逆に雌の体サイズが増大していた。この種は小石の下などに定住している種で、自由生活を離れることで雄同士の闘争がなくなり、結果として性的二型が失われたものと推察された。また、サンゴ塊の隙間などに棲息しているコブシガニ科のNucia speciosaとHetronucla venustaにおいても同様に雌の体サイズの増大が見られた。これらの種とM.frontalisは系統的類縁性が無いため、生態に応じてその性的二型が変化しうることが見て取れる。

まとめ

コブシガニ科内の分岐図を82形態形質を用いて作成した。

・ロッカクコブシ属Nursiaおよびその近縁属、計7属34種の分類学的再検討を行った。

・コブシガニ科およびコブシガニ亜科の単系統性を示した。

・文献情報に基づき幼生形態から分岐図を作成し、成体のものと比較を行った。

・繁殖生態に伴う性的二型は系統よりも生息環境に強い影響を受ける。

<参考文献>

 Komatsu, H. and M. Takeda. 1999. A new leucosiid crab of the genus Nursia from the Ryukyu Islands. Bulletin of the National Science Museum, Tokyo (A) 25: 59-64.

 Komatsu, H. and M. Takeda. 2000. Leucosiid crabs (Crustacea: Decapoda: Brachyura) from the Osumi Islands,with description of a new species of Cryptocnemus. Species Diversity 5: 267-283.

Komatsu, H. and M. Takeda. 2001. A new leucosiid crab of the genus Nursia Leach, 1817 from Vietnam(Crustacca: Decapoda: Brachyura), with redescription of N. mimetica Nobili, 1906. Proceedings of the Biological Society of Washington 114: 599-604.

Komatsu, H. and M. Takeda. 2001. On Merocryptoides, a leucosiid crab genus (Crustacea: Decapoda: Brachynra)endemic to Japan, with description of two new species. Zoological Science 18: 993-1002.

Komatsu, H. and M. Takeda. 2002. A new genus of leucosiid crab (Crustacea, Decapoda, Brachyura) from the Red Sea. Zoosystema. (Accepted).

表1.Nursia属各種群。

(*収斂や逆転のない形質)

図1.82形態形質に基づくコブシガニ科の系統推定で得られた144本の最節約樹の厳密合意樹。

TL=199,CI=0.61,RC=0.56

審査要旨 要旨を表示する

 コブシガニ科は熱帯から温帯海域に分布するカニ類で、浅海砂泥底から水深3,000mの深海底まで分布している。一般に小型(甲長5mm〜1cm)で、現在まで53属約420種が知られている。個体数が多くないため、原記載だけしか記録がない稀種も多く、まとまりのある属あるいは亜科のレベルでの分類学的、系統学的検討はなされていない。本研究で中心に扱ったロッカクコブシ属Nursiaは17種4亜種からなっており従来からその多系統性が指摘されていた。

このような現状において、形態形質に基づいた分岐分析的手法によってコブシガニ科内の系統を推定し、ロッカクコブシ属および近縁属の分類学的再検討を行ったのが本研究である。詳細な形態学的記載に加えて得られた系統樹に高次分類、幼生形態、および繁殖成体に伴なう性的二型についての考察を加えている。

本論文では、序論においてコブシガニ科およびロッカクコブシ属に関する従来の研究を総括した後、材料と方法について述べ、本論の記述を行い、総括的論議を行っている。日本近海において行った自らの採集品だけでは十分でないため、世界の有名博物館のほぼすべてから標本を借用して研究を進めた。

合計82の形態形質を用いた分岐分析において、口器や付属肢の微細構造など、従来注目されてこなかった形質も詳細に観察している。結果として、頭胸甲側部の小歯、入水溝の突起、第1小顎内肢の退化、1葉の第2小顎基節の内葉、第1・第2顎脚外肢の退化、第3顎脚外肢の稜の長さ、第3顎脚脚鰓の退化という8個の新しい分類形質を発見した。

系統解析の結果はロッカクコブシ属Nursiaの多系統性を明らかに示しており、Nursia各種は5つのクレードに所属した。この中で安定性の高いN.jousseaumei+N.cornigeraのクレードには新属Nobiliellaを設定した。記載に関する章において、結局、ロッカクコブシ属およびその近縁属は本研究において1新属7新種を含む7属34種の分類学的再検討がなされた。

考察の章においては、コブシガニ科の高次分類について考察している。従来イリア亜科、エバリア亜科、コブシガニ亜科が認められており、ロッカクコブシ属はイリア亜科に属すとされていた。本研究において得た系統解析の結果、コブシガニ亜科は8個の収斂や逆転のない形質を含む16個の共有派生形質によってその単系統性が強く支持されたが、イリア亜科とエバリア亜科は多系統性を示した。コブシガニ亜科を認めるとなると、残りのコブシガニ科カニ類が必然的に側系統群となるため、分岐分類学的にはこれを認めるわけにはいかず、亜科レベルの分類は廃止するのが妥当と判断された。コブシガニ科自体については、11個の収斂や逆転のない形質を含む15個の共有派生形質によってその単系統性が強く支持された。

 コブシガニ科においては従来わずかに9属28種の幼生形態が記載されているにすぎない。例数は少ないが、第1・第2小顎など各付属肢の剛毛数(毛式)や尾扇の側棘数、ゾエアの令期数などを用いて分岐分析を行ったところ、成体で得られた系統樹と同様にコブシガニ科の単系統性が示唆された。しかしコブシガニ亜科の単系統性については棄却され、成体で得られた系統樹との矛盾が見られる。

 また、繁殖生態に伴う性的二型について考察した。自由生活型の十脚甲殻類には、雄が雌を確保するいわゆる交尾前ガードがしばしば観察される。この行動をとる種では雄の体サイズと鋏脚が増大するという形態的特徴が見られる。コブシガニ科カニ類でも交尾前ガードを行う種がいくつか知られているが、浅海産、小型種、低個体密度などの理由で実際に観察することは困難である。本研究において分類学的研究の対象としたNursia lar,N.plicata,N.rhomboidalis,N.komaii,N.japonicaなどでは明らかに鋏脚のサイズが雌雄で異なり、交尾前ガードが行われていると考えられる。一方、Merocryptoides rontalisでは逆に雌の体サイズが増大していた。この種は小石の下などにほぼ定住している種で、自由生活を離れることで雄どうしの闘争がなくなり、結果として性的二型が失われたものと推察された。また、サンゴ塊の隙間などに棲息しているコブシガニ科のNucia specifosaとHeteronucia venustaにおいても同様に雌の体サイズが増大していた。これらの種は系統的類縁性が無いため、生態に応じてその性的二型が変化しうることが見て取れる。

なお、本論文の記載に関する章の内容は、新属の設定と新種の記載に関する4論文として、指導教官である武田正倫との共著で国内外の学術誌に発表されているが、種の同定、記載、描画、写真撮影まで論文提出者が主体となって行ったものである。第1著者である論文提出者の寄与が十分であると判断される。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク